東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 本を返してもらったのは、良い。順調である。

 天界に他の書物もあるかもしれないので、天界で全ての“栞”魔法を使ってみたが、転移は不発に終わった。

 ということはつまり、本が転移を阻害する何らかの結界によって阻まれているか、天界の外、地上にあるかのどちらかということになる。

 結界のせいで行方が知れないのであればどうしようもない。だが、多分そんな面倒な処置をしている人もいないだろうし、普通に全て外にあるのだろうと思うので、天界を出てからまた“栞”魔法を使ってみようと思う。

 

 ……けど、その前に。

 メタトロンが言っていた、月のことがちょっと気にかかる。

 随分と月にも行ってなかったし、丁度いい機会だから、月旅行にでも行こうかな。

 

 そんなわけで、私は天界を後にして、人気のない地上の草原で月へ出発する準備を進めていた。

 

「まず魔力を練ります」

 

 魔界に通ずる直前、魔力そのものが強い輝きを放つ手前の状態まで圧縮し、それを複数用意する。

 

「次に魔力を月へ弾き出します」

 

 事前に用意しておいた月の“呪い”目掛け、圧縮した魔力を解放する。

 すると魔力は一本の柱となって、天高く吹き抜けていった。

 

「乗ります」

 

 あとは“上弦飛行”で月を目指そう。

 詳しいやり方は、“新月の書”と“星界の書”を読んでね。

 

 

 

 

 所要時間2時間ちょっとで、月が見えてきた。

 月までの道のりは、個人的にタイムアタック的な要素があるので、結構楽しかったりする。

 ただ、宇宙空間をぽつんと孤独に飛んでいるのは、ちょっと寂しい。

 いつかは隣を並走してくれるような人ができると良いんだけども。

 

 ……ああ、別に変な意味じゃない。

 意味不明なプロポーズみたいになっちゃったけど、単純に暇だってだけですから。

 

「ほっ」

 

 着陸。

 月到着時の威力の殺し方も、かなり慣れてきたように感じる。

 魔力が潤沢なので着弾なんてことにはならないのだが、最大限早く最低限の衝撃で降り立つのは、そこそこ難しいのだ。

 

「……うーむ?」

 

 月の大地の上で、辺りを見回す。

 相変わらずの殺風景だ。

 満天の夜空に、真っ暗な海。元々生き物などもいないけれど、住みたい場所とは思えない。

 

 メタトロンはここが騒がしいとか言っていたけど、一体全体、何が騒がしいというのだろうか。

 

 どこを見たって月の荒涼とした土地が広がるばかりで、目につくものと言えばクレーターの隆起によってできた山脈や、その近くに群生する植物くらいのもので……。

 

 ん? 植物。

 

「うそーん」

 

 前にも同じようなリアクションをしたことを思い出し、とにかく私は、月に生えている植物を目指し、飛んで行くことにした。

 

 

 

「うーん……桃の木だ」

 

 そこにあったのは、桃であった。

 桃の木。枝葉が少々羽振りが悪いが、れっきとした桃の木である。

 樹木だけなら研究過程で飽きがくるほど見たので、間違いない。

 

 桃の木が、月の大地にいくつも生えている。

 ここは丁度、月の裏側に近い場所だろうか。

 地上からは確認しにくい場所であるが故に、“眺望遠”でも確認できなかったが……月に、桃の木の森ができている。

 

「おいおい、誰か植樹したのか」

 

 可能性は高い。

 桃には、私が前に作った全自動ロケット打ち上げ植物のような、都合のいい繁殖拡散能力が備わっているわけではない。何者かが地上の桃をここへ持ってきて、植樹したのだろう。

 

 注意深く観察し、そっと手を触れてみれば、わずかに魔力に抵抗するような、反発するような力を感じる。

 どうやら、桃には神族の力が込められているらしい。

 

 しかし、誰が、何のために?

 

 桃と言えば穢れをどうこうすることに向いている植物ではあるが、それを月に植樹するというのが、ちょっとよくわからないな。

 まさか、どこぞの神族が月に拠点を移そうと考えているのではないだろうか。

 

 ……拠点を移すのは別にいいけど、月の表面が散らかって、光が反射しなくなるのは、ちょっと嫌だなぁ。

 

 まさか既に、移民が完了しているのだろうか。

 だとするとそれは、どのような神族たちなのだろう。

 

「う、ウサッ!?」

「うん?」

 

 私が桃の実を片手に首を傾げていると、近くの木陰から、珍妙な鳴き声が聞こえてきた。

 そちらへ目を向けると、木陰から顔だけを出すようにして、少女が私を見つめている。

 

 頭には、うさぎのような耳。

 うさっこだ。

 

「ウ、ウサーっ!?」

「あ」

 

 なんてまじまじと観察していると、うさっこは気の抜けるような叫び声をあげながら、ぴゅーと逃げ出してしまった。

 ちらりと見えた後ろ姿には、なんとウサギのしっぽも確認できた。

 

 ……ふむ、ウサギ。

 ウサギの神族? ……ふむ、獣っぽい神族っていうのも、なんとなく初耳だ。

 

 逃げていった彼女のことが気になるけど……相当に私を怖がっていたというか、恐れていたというか。

 落ち着いてお茶でももらおうという雰囲気になるかといえば、難しいかもしれない。

 

「う、うさ?」

「うささ?」

「おおっ?」

「うさーっ!?」

「うさっ、うさーっ!?」

 

 しかし、よく見ればうさっこ、どうも大勢いるらしい。

 そしてみんな、一目散に逃げていった。私が何をしたというのか。

 

 ……これだけいれば、一人くらいは私とコンタクト取ろうとしてくれる人も……ウサギもいるだろう。

 どれどれ、ちょっと試しにナンパでもしてみようかな。

 

 


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