東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私は、魔界の様子を空から眺めていたサリエルを見つけると、天界の入り口まで案内してほしいと頼み込んだ。

 彼女は最初、とても嫌そう……というよりは、かなり気が進まないような顔をしたが、二言目に出たのは“構わない”という承諾だった。

 

 堕天した彼女は、未だ天界に戻ることを良しとしていない。

 それでも私のために、その寸前までの道案内を請け負ってくれるというのだから、ありがたい話である。

 

「ありがとう、サリエル」

「……よせ、大したことではない」

 

 ……メタトロンに会うついでに、ヤゴコロさんの様子でも聞いといてあげようかな。

 そうしたらサリエル、あと一千万年くらい頑張れそうな気がする。

 

 

 

 魔界から、地上へ。

 転移した場所は適当なので、特別何があるというわけでもない。

 決まった場所に転移する呪いもいくつか設置してはいるが、ランダムに戻ってみるのも、まぁ楽しいものである。

 

「こっちだ。すぐに到着するだろう」

 

 山の上をサリエルと共に“浮遊”で移動し、入り口を目指す。

 やはり、サリエルには天界がわかるらしい。私にはさっぱりなのだが。

 

「結構近いんだ」

「天界への入り口は、無数にあるからな。どこに居たとして、特別遠いというものはない」

「そんなに?」

「ああ。少々力のある神族であれば、迷うこともない。私としては、何故ライオネルに入り口を判別できないのか、不思議なくらいだがな」

 

 天界の入り口を見つけるのは、結構初級の技能なのだそうな。

 むしろ、天界にいる者にとっては必須技能であるのだとか。

 

 ……神族特有の力なのか。やっぱり。

 

「さあ、ここがそうだ」

「おー」

 

 サリエルが空中で立ち止まり、魔力を帯びた生命の杖で空を叩くと、空間がぐわんと歪みだした。

 もうちょっと魔力による干渉を強めれば、水面のようにグラグラと撓んで、入れるようになるだろう。

 

「ライオネル、私はここで待っていれば良いか? それとも、魔界へ戻っておくか?」

「いや、帰りは私一人でも大丈夫。サリエルこそ、地上を散策しなくても良いのか。今なら、地上に生きる神族も多いけど」

「……興味はあるが、私には魔界を守護するという役目がある。すぐにでも、戻らせてもらうよ」

 

 気分転換にたまには散歩でもしていればいいのに、サリエルは相変わらず、お固い人なのであった。

 

 

 

 入り口を突き破って、天界内へ。

 天界は変わらず、浮島が無数に存在するだだっ広い空間で、ぴりぴりと肌を刺すような刺激に満ちていた。

 アマノの内部のような感覚はある。だが、アマノはいない。

 

 ……私は物思いにふける前に、“新月の栞”を発動させた。

 

 

 

「む」

 

 私が転移魔法によって“新月の書”の付近に転移すると、そこは白亜の神殿であった。

 目の前には石の台座に“新月の書”が置かれており、隣には、見たこともない男性が控えていた。

 

 日に焼けたような褐色の肌に、長い金髪。

 筋骨隆々の、逞しそうな姿である。

 

「誰かと思えば、ライオネル・ブラックモアか」

「……うん? その反応は、メタトロン?」

 

 男性が私の名を呟いたのを訝しく思ったが、それも消去法で考えれば、答えはひとつ。

 

「いかにも、私はメタトロンだ。今は、このような姿を取ってはいるがね」

 

 ……この人は、出会う度に見た目を変えているような気がする。

 サリエルを女体化させた時も思ったけど、姿を変えるのが好きなのだろうか。

 

「ライオネルがここへ来たということは、用向きは書物について……だろう」

「まさに。ちょっと、困ったことが発覚したからね」

「……聞かせてもらおう」

 

 私は、ここに来た理由、魔導書に関する不備について、ざっくりと説明していった。

 

 

 

「……効率……しかし、聞く限りでは、現在の書物に記された内容と、新たにお前が発見した法則には……大きな差はないのだろう」

「無い」

 

 呆れたような顔を見せるメタトロンに、私は断言した。

 通常の魔法であれば、百発や二百発撃った所で、一発分の誤差も出ないほどの微細な変化である。

 確かに彼の言う通り、大きな差は無い。個人使用において、この式の変更というか変革は、実に些細なものであると言えるだろう。

 

「だけど、私が新たに発見した法則が最も洗練されているというのは、紛れも無い事実なんだ」

「……書物の持ち主は、ライオネル、お前だ。私はこれを拒否するつもりはない」

 

 メタトロンは空中に手をかざし、その際に限定転移魔法を発動させたのだろう。

 空中から現れた本を手元に重ね、私に突き返してきた。

 

 “新月の書”を加えた、五冊の魔導書。

 どうやら、ちゃんと天界で保管されていたようだ。

 

「だが、既存の魔法で妥協はできないのか。これを修正する手間を考えると、とてもではないが……」

「妥協はしない」

 

 私は本を受け取ると、それを小脇に抱え、再び断言する。

 彼の目を見ると、そこには目を妖しく輝かせたドクロの姿があった。

 

「私は、何者よりも真っ先に、魔法の果てにあるものを見たいのだ」

「……そうか。余計な口出しだったな」

「いや、無駄だと思う気持ちもわかるよ。実際、修正には時間がかかるからね」

 

 全ての魔術を覚え直す。その作業は、かなり途方も無いものになるだろう。メタトロンの言う事は正しい。

 しかし私は諦めないのだ。それだけである。

 

「じゃあ、しばらく本は預かるよ。修正が終わったら、返しにくるから」

「返す必要はない。元々、お前の物だからな」

「そう? あ、サリエルは……」

「くれてやる」

 

 哀れ、サリエル。そして本もいらないらしい。

 前にもやりとりしたように、メタトロンは天界の秩序を構築し終え、一切の本を必要としていないらしい。

 それだけ、自分の力に自信を持っているということだろう。

 

「しかし、サリエルか。懐かしい名前だな」

「ははは……」

 

 懐かしむようにサリエルの名を反芻しているらしいメタトロンを見て、更に不憫な気持ちになってきた。

 

「サリエルといえば、最近月のほうが騒がしいのだ」

「月? 月っていうのは、あの月?」

「そうだ。空に浮かぶ……この星の周囲を回っている、月だ」

 

 月のほうが騒がしい、って。

 月には騒がしいもクソもないと思うのだが。

 

「もしも足を運べるのであれば、一度行ってみると良い。何か、面白いものを見られるかもな」

 

 そう言って、メタトロンは意味深に笑ってみせた。

 

 

 

 ……月が騒がしい?

 面白いもの?

 なんのこっちゃい。

 

 ……気になるなぁ。

 


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