東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「はーぁあああああぁ……」

「ライオネル? 大丈夫ですか?」

「うーん……だいじょばない……」

「はぁ、それはまた……」

 

 久方ぶりに僻地を離れ、魔界の中央へと戻ってきた。

 私はまるでゾンビのような生気の無い姿で椅子に腰を落とし、口を半開きにして灰色の煙を吐き出す。

 ちなみに、これは口の中で魔法によって生成した煙である。

 

「研究、されていたんですよね。何か問題でもあったんですか?」

「うむ……」

 

 私は吐き出した煙でドクロマークを作ると、それを魔力の風で吹き消して、立ち上がった。

 神綺は心配そうに、私の顔を見上げている。

 

「私、あまり汎用的な魔術には役に立たない、とある研究を進めていたのだが」

「はい」

「その研究が、上手く進んでいないのだ」

「あら、それは……」

 

 原因は色々ある。

 私が認識している宇宙の領域が、まだ微妙に狭いこと。

 予定よりも広範囲、高精度を求められた月時計を維持するための魔力が不足していること。

 輝きが干渉する際に、いくつかのパターンによって勝手に意図しない魔術が出来上がってしまい、暴発の末に月時計を中壊させてしまうこと、など。

 観測モデルを作ろうというだけでも、私の目論見はなかなか思うようには進まなかったのである。

 

「それと、その研究を続けていく途中で、私が今まで使ってきた汎用的な魔術の一部に、かなり低効率な部分があるのを発見した」

「……? どういうことですか?」

 

 神綺は首を傾げ、訊いてきた。

 うん、まぁ、魔法に関しては神綺も専門外なところがあるものね。

 うまく想像できないのは仕方ない。

 

「つまり……今まで作り上げてきた魔法の式の大部分を、かなり書き換えなくちゃいけないんだ」

「へえ……」

 

 ここまで言っても、やっぱり神綺は反応が薄いのだった。

 

 で、まぁこれがどういう状態なのかというとだ。

 簡単に言えば、全ての魔法の式を最初から改善する作業が始まる、ということなのである。

 

 

 

 こつこつした作業は好きだ。

 単調で、地味ーなことを続けるのは、人間だった頃の私から何ら変化していない。

 とはいえ、一度崩した砂の城を再び建てるというのは、あまり良い気分ではないのだが。

 

 既に作った建築物などにある魔術式は、仕方あるまい。内部を書き換えるのはものすごく面倒だし、多少の非効率さはあっても、理論上は問題なく稼働するのだから、放置だ。

 後から見られるとちょっと恥ずかしいけど、そこは我慢しよう。

 

 問題は、これから使っていく魔法である。

 これから使う魔法には、どうしてもその最効率を実現した魔法を使っていきたい。

 魔力を集める術は豊富だし、特に困ることもないとは思うのだが、いつどんな場面で、私の全力が運命を左右するかはわからない。

 

 “月時計”の複雑な魔光が偶然生み出したこの発見に感謝して、更なる魔法の研鑽に励もうと思う。

 

 私は、この地球の行く末を見守ることを、アマノの死に誓ったのだ。

 そのために、外来する“何か”に対して全力で抵抗する術を身につけることは、私の義務である。

 

「まずは、本の追記からやっちゃおうかなぁ」

 

 私が記した十三冊の魔導書。

 そのうちの“血の書”、“涙の書”、“骸の書”、“慧智の書”の四冊は、私が保有している。

 そして他の五冊は、確かメタトロンが保有しているのだった。

 これだけ時間が経ったのだから、メタトロンも既に全ての書物を読破しているかもしれない。

 何を読んだかはわからないが、きっとそうに違いない。

 

 となると、五冊は彼からちょっと返してもらうから良いとして、残る行方不明の四冊は、私がどうにかしなくてはならないだろう。

 それぞれに“栞”があるので書物に近づくのは容易いことであるが、もしもまだ魔導書を読んでいる最中の知的生命体がいるのであれば、その人が死んでから追記させてもらう、という形を取る必要がある。

 もちろん私としては前時代的な式を公開して教えるのは恥ずかしいので、気は進まないのだが。

 

「とりあえず行ってみ……あっ」

 

 ひとまずはメタトロンの持っている魔導書をいじるために、“栞”を目印に転移を試みようとしたものの……。

 私一人では、天界への入り口がわからないことに気付いた。

 

 ……ちょっとだけ、サリエルに手伝ってもらおうかなぁ。

 

 

 


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