儀
魔界の僻地に、巨大化させた“月時計”が浮かんでいる。
地球を中心として、私が解る限りの全ての輝く星々が、ミニチュアとして運行を続けている。
その範囲は、私が普段使っている“月時計”の何倍にも及ぶし、そちらの方では略されている地面よりも下の領域も、常にオンの状態だ。
いわばこれは、“月時計”の純粋な進化系である。
加えて、この魔術には追記が可能。
私は動く天体のひとつひとつに個別の魔法を書き込み、特定の輝きや動きを与えてゆく。
すると、複雑な意味を持った色付きの輝きが空間に溢れ、混沌が発生する。
一見するとただのゴチャゴチャした光の渦であるが、“月時計”はこれで良いのだ。
それとは別に、空間には“月時計”と重なるようにして、“算術盤”を高度化した係留文字が浮かんでいる。
タッチパネルのような感覚で自在に動かせる文字列は、ちょっとしたメモであったり、役割を持たせた式でもある。
私は全くもの忘れしない便利な力を持ってはいるが、だからといってパソコンというわけでもないのだ。こういった補助がなければ、複雑な事は難しい。
いつからか、私はこの作業に没頭し続けている。
何百万年……だろうか。うろ覚えだが、こればかりに傾倒し続けている。
その前までは、オーレウスの子孫を見守ったり、石碑に硝子の花を手向けたりしていたのだが、いつからか、オーレウスの里に棲まう神族達は居を移したようで、あの場所にいなくなっていた。
まさに、蛻の殻。
集落に棲まう人々は何百年も昔に出ていったらしく、私が再び“そろそろ顔見に行くかー”と訪れた頃には、家々の多くが朽ちていたので、びっくりしたものだ。
場所としては、秘薬を作れるキノコもあるし、他の魔族が多い大陸からは離れているしでかなり恵まれているのだが、彼らは彼らなりの理由で、別の新天地を探そうというのだろう。
永遠の命には拘らず、地上で楽しく生きようという気持ちの強い彼らだ。世界には物騒な脅威も多いが、彼らならどこでも、きままにやっていけるような気がする。
オーレウスの子孫達は、皆魔法使いとなるために、魔法の修練に励んでいた。
しかし、有限の生命が。事前知識の少なさが。彼らの実りを青いまま、地に落としてしまう。
彼らの魔法の修行は、永遠の命どころか、命の延長にも辿り着けぬままに、終わってしまうのだ。
それは、私が最後に会ったオーレウスの子孫もそうだったので、成果は最後まで、芳しくなかったのだろうと思う。
……まぁ、元々修練とはいっても、結構な時間のお茶を挟んでいたり、のんびりと散歩していたりと、かなりマイペースな所も多い人達だったから、熱心に打ち込んでいたわけではない。
実際、道半ばで天寿を迎える当人たちも、まんざらでもない様子で死を迎えているそうなので、私も特に気にしていない。
誰もいなくなったオーレウスの里には、以前と変わらなく佇むオーレウスの家だけが残された。
他の家には魔法的な保護もないので、時と共に朽ち果ててゆくだろう。
結局、この里には初代のオーレウスが建てた家だけが遺るのだ。
それ以外は土も、山も、のどかに飛び交う鳥でさえも、いつかはきっと、消えゆくのである。
……そう考えると、私は何故かとても寂しくなってしまって、誰もいなくなったこの島に、ちょっとした封印を施した。
魔族がやってきても困る。
他の神族が移り住むのも、ちょっと違う。
まぁ、誰が来てもそれはそれで良いのだが、この島にはきっと、オーレウス達のような、彼らが似合うのだ。
だから私は、島の全体に“魔術的知識でしか解けない結界”を張り、島を保護、隔離した。
結界は魔術的知識を持つ神族にしか解けないが、その知識はほんの僅かでもいい。
オーレウスの家系であれば、おそらく誰でも解けるはずだ。
結界は同時に自由高次……穢れを迂回させ、隔絶する力を持っている。
穢れが流れ込んだりするということもないはずだ。内側で勝手に生まれてきたのは知らん。
彼らが再びここを訪れた時、きっと島は、変わらぬ姿のまま、彼らを迎えてくれることだろう。
山に植えた、“だいたい完成した”吸魔の樹木と共に。
穢れをとりあえずまとめてくれる樹木も置いておいたのだ。地上のことは、しばらくの間気にせずとも大丈夫だろう。
特別気になるような事も、特にはない。
故に、私は魔界で研究に没頭することに決めたのだ。
私自らの身体、その成り立ちを、完全に理解するために。
おおよそのあたりはついている。
大体、こうなのだろうなという予想はある。
だが、完全に真実を理解するには、まだまだ至っていない。
そして理解するためには、今までよりも広い視野で宇宙を見つめる他に、手は無かったのだ。
「うーむ……もっと加速機能を強化させないと、果てしないなぁ」
私は一向にまとまりを見せない輝きを前に首を傾げ、本格的な人類が誕生するまでの遠大な時間を、わりと簡単に消化してゆくのであった。