東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「こっちは、崖の上にあったものから集めたの。向こうにある樹からは、綺麗な蒼色が沢山採れるのよ」

 

 少女は瞳を輝かせて、これまでに集めた“実”達を自慢している。

 霊魂の破片、または穢れを吸収、固着し、結晶の中に封じ込めた、神秘の魔石。

 聞けば、彼女は生まれてからずっと、ふらふらとあちらの山に赴いては、この七色の石を集めているのだという。

 

 いつから集めているのかは、わからない。

 しかし集めた魔石が、時間とともに徐々に小さくなって消えてしまう……という発言を耳にしたので、つい十年や百年前から始まった蒐集でもないようだ。

 

 色だの形だの、摘むのに適した時期や大きさだの、彼女は聞いてもいないのに、ペラペラと語り続けている。

 長年のこだわり……というものがあるらしい。

 しかし、実際にはただの穢れの結晶体でしかない石の魅力を語られたところで、私は気持ちよく頷けるはずもない。

 彼女に合わせながらも、徐々に話の舵取りをしなければなからなかった。

 

「ところで、その赤い服は? 最初から着ていたもの? それともまさか、自分で作ったの?」

「服? これは、家に置いてあったものだけど」

 

 黒髪の彼女は、腕を広げて良く見せてくれた。

 確かに、どこもぶかぶかで、サイズがあっていないようだ。

 そのままだと袖で手先が完全に隠れてしまうし、それなりに厚手の生地で防寒を意識しているにも関わらず、首元もぶかぶかで、鎖骨が見えてしまっている。どちらかといえば、あのローブは男性用のものだろう。

 

 何より、あの服は彼女のイメージにそぐわない。私はそう感じた。

 

「ねえねえ、それよりあなた。八意って言ったわよね」

「え、ええ」

 

 それまで熱心にコレクションを売り込んでいた彼女が、急にその熱意だか興味だかを、私の方へと向けた。

 

「タカマガハラっていう場所から来たと言っていたけど、そこはどんな場所なの?」

「どんな場所、って……」

「人はいるの? 楽しい?」

 

 私は“清らかな場所です”と答えようとしたけれど、彼女の顔を見て、その答えがこの子の求めているものではないことに気が付いた。

 

 彼女は、他者との関わりに飢えているのだ。

 

 長い孤独のうちに溜め込んだ話したいことが堰を切ったように溢れ出し、止まらなくなる。

 私は人の心の機微に敏い方ではなかったが、彼女の今の気持ちだけは、不思議とすぐに共感できた。

 それはもしかしたら、サリエル様を求めて言葉と気持ちを募らせ続けている私と、彼女の姿が重なったからなのかもしれない。

 

「……賑やかで、のどかで……楽しいところですよ」

「!」

 

 私は、彼女が求めているであろう答えを言った。

 すると、やはり、彼女の笑顔は更に輝いた。

 

 ――純粋無垢で、綺麗な子。

 

 素直に、そう思う。

 神族というものは理想的な姿を求めて姿形を変容させることもあるけれど、彼女のようにひとつの穢れもない美しさをもった者は、そうはいない。

 

「ねえ、私をそこへ連れて行ってよ!」

「えっ、ええ……!?」

 

 十分に予想できた発言であったのに、私は彼女という存在について考察するのでいっぱいで、そこまでの頭が回っていなかったようだ。

 

 人が多くいる場所がある。

 彼女が今一番求めているものを私が知っているのだ。そこに行きたいと思うのは、当然のことなのに。

 

「ここも悪くはないけど、暇なのよね」

「……うーん」

「どうせなら、タカマガハラって場所に行って、そこに住んでみたいわ」

「そう、移り住む……うーん……」

 

 ちょっと面倒なことになっただろうか。

 確かに、彼女の気持ちはわかる。結界で封鎖されていたここは、宝石集め以外にはすることもないかもしれない。そのような日々は、とても退屈なことだろう。

 

「良いでしょ? ね?」

「んー……そう、ですねぇ……」

 

 しかし、高天原は閉鎖的な派閥だ。

 伊弉諾も天照も、その他大勢の高貴なる面々も、地上に対しての知識があまりないくせに、先入観だけで穢れを嫌っている節がある。

 確かに穢れは我々に有限の命をもたらすし、凶暴な魔族を生み出す忌むべき力ではあるが、すぐに影響が現れるわけではないし、ある程度の力を持っていれば、防げるものでもある。

 

 天界の勢力のほとんどは、警戒しすぎなのだ。

 地上で生まれた彼女を、引き取るかどうか……。

 

「……いえ、けど上手くすれば……」

 

 私は思案しながら、窓の外に映る穢れ無き山を見た。

 

 穢れを吸収し、無害な状態で結晶化させる、神秘の珪化木が群生する山。

 あれは私の研究をかなり高レベルな次元まで突き詰めた、おそらく地上の者の多くが求めている植物だろう。

 

 おそらく、ひとつひとつの穢れを浄化する能力は低い。

 群生させて初めて、ようやく効果が生まれる程度のものだろう。

 また浄化といっても、穢れを初期状態に戻すだけで、その点で言えば地獄の浄化と大差は無いし、根本的な解決に寄与するものでもない。

 正直に言って、地上の穢れを浄化しようとするのであれば、あまり現実的な装置とは言えない。地上に蔓延する穢れとは、それだけでどうにかなるものではないのだ。

 

 しかし、この樹木が穢れに対して有効なのは事実。

 これを地上探索の成果の手土産とすれば、彼女の居住の許可は、案外あっさりと降りてしまうかもしれない。

 穢れがないことは一目でわかる彼女だ。むしろ、かなりいい身分を与えられてもおかしくはないだろう。

 同時に、私の表向きの目的である、地上探索の成果にもなり、次からのサリエル様の捜索の布石となるか……。

 

「……ねえ、もしかして、私だとダメ?」

「えっ、あ、いや……」

 

 私が答えを躊躇っているのを悪い方にとらえたのか、彼女の表情が陰っている。

 その哀愁があまりに美しく、画になるものであったから、私は慌てた。

 

「大丈夫ですよ。もちろん、歓迎いたします」

「本当!?」

「ええ」

 

 ……喜んだり、悲しんだり、喜んだり。

 浮き沈みの激しい、まるで子供のような少女だ。

 

 嬉しさのあまり、先ほど集めてきたばかりのコレクションを盛大に宙にばらまく彼女を見て、私は内心で大きなため息を吐いた。

 

 ――拾い物と言えば拾い物だけど、おかしなものを拾ってしまったわね。

 

 サリエル様を探しにやってきただけだというのに、こんな奇妙な出会いがあるだなんて。

 とはいえ、乗り気になった彼女をここに捨て置くわけにもいかないだろう。

 出会ってしまったのだ。ここの樹木のサンプルを回収するついでに、丁重にもてなしてあげなくては。

 

「今日は、最高の日ねっ!」

 

 ドアを蹴破るように、少女が表へ飛び出してゆく。

 彼女はもう、このまま高天原へ向かう気でいるようだ。

 場所も行き方もわかっていないのに、なんとまあ脳天気なことだろう。

 世間を知らない、まるで箱入り娘のよう。

 

「ねえねえ、早く行きましょう!」

「ええ、わかっております、姫」

「姫?」

「姫でいいですよ、もう」

 

 私は笑い、投げやりにそう答えた。

 立場としても、そのくらい仰々しく迎えた方が私も近くに居やすいし、色々と都合がいいだろう。

 それに彼女は黙っていれば、天上の何者よりも、穢れとは無縁の気品に満ちている。

 姫。うん、ぴったり。

 

「じゃあ、私は蓬莱山の姫ってことね」

 

 赤いローブの裾を夜風にはためかせる彼女は、満月を背にそう言った。

 

「蓬莱山?」

「ええ、あの山よ」

 

 私が首を傾げると、お姫様は宝物を見せびらかすように、向こう側に構える穢れ無き山を指差した。

 

 蓬莱山。あの山は、蓬莱山という山なのか。

 初めて聞いた。

 

「良い名前でしょ?」

「……ええ、そうですね。蓬莱山……蓬莱山の姫。うん、それらしくて、良いと思いますよ」

「えへへ」

 

 あれを蓬莱の山と呼ぶのであれば、そこに群生する神秘の樹木は、蓬莱の樹と言ったところだろうか。

 ……そういえば、私はあの樹や試作の枝を、理論上のものであるとして、まだ名前をつけていなかった。

 

 蓬莱の枝。

 ……まぁ、それで良いか。

 名前をつける権利は、この島に住む彼女が持っている。

 

 あの山は蓬莱山。そして彼女は、蓬莱山の姫だ。

 

「さ、八意。私を連れて行って?」

「ええ、仰せの通りに」

 

 全く、無知とは恐ろしいものだ。

 私はこれから向かう高天原でも、相当に上の立場であるというのに……。

 

 後からそのことを知ったら、彼女はどんな顔をするのやら……。

 

「……ふふっ」

「? 何よ? いきなり笑って。変なの」

 

 なんとなくではあるけれど。

 不思議と、私の高い立場を知ったところで、彼女の表情や態度は変わらないような気がした。

 

「いえいえ、なんでもございません、姫」

「そ、なら良いけど……」

 

 でも、どうかしら。

 もしかしたら、驚いてくれるかもしれない。

 私は彼女が驚いて、かしこまっている表情を見てみたくて、天界と向かう旅路の中で、しばらく姫様の従者のように振る舞うのであった。

 

 ……一時の小芝居程度に考えていたこの悪戯心。

 これからずっと続くことになるとは……今の私は、全く予測できなかった。

 

 

 


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