東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「ただいま」

「えっ、あ、ライオネル。おかえりなさい」

 

 私は一仕事を終えると、魔界へと戻ってきた。

 

「随分と早かったですね」

「うん、研究とか作業をしていたってわけでもないからね」

 

 地獄は地獄だぜフゥーハハハというわけでもなく、普通の戦闘能力しか持たない神族達がいるだけの場所だった。

 破壊力。腕力。そのようなものは、魔法の究極を前にしては無力である。

 

 魔界の浄化。確かに、成功すれば地獄の目論見も上手くいっていたのだろうが、噛み付いた相手が悪かった。

 穏便に通達してくれれば、こちらも大人しく大型原始魔獣を譲渡しても良かったというのに。いきなり殴り込みにかかるとは、常識のない人達だ。

 

 魔像に取り込んだ鬼のような連中は魔力を吸い取っていただけなので、殺してはいない。

 だが重度の疲労によって、しばらくはまともに動くこともできないだろう。

 魔界と争うことの分の悪さを、これでわかって貰えたなら楽なのだが。上だけでなく、下にまで和平という概念が浸透していることを祈るしか無い。

 

「コンガラはいましたか?」

「ああ、いたよ。彼に限らず、一応目につく相手にはお灸を据えておいたから」

「わあ、ありがとうございますー」

「一応和平ということになったから、もう地獄には手を出さないようにね?」

「はい。そのように」

 

 コンガラは、魔界にはもう手を出さないことを約束してくれた。

 私は地獄側の最高権力者を知らないが、そんなものはどうだっていい。コンガラが攻めてきたのだから、私にとってはコンガラの答えが全てである。

 コンガラが“申し訳ございませんでした”と頭を下げたのだから、私はそれで納得したのだ。

 

 ……まぁ、和平というか、ほとんど脅迫のようなものだったけど。

 仕方あるまい、話の通じる相手じゃなかったんだから。拳だって振り上げるさ。

 

「シンキ、シンキ」

「あら」

 

 私がそうして話していると、神綺のそばに子供の魔人が走りより、彼女の赤い裾をぐいぐいと引っ張った。

 ここは、魔人達が生活している区画。大森林の外側、“模倣の海”に近い場所にある、大きな集落のひとつだ。

 

 最近は魔人達も自立し、採集や狩猟などによって、魔人達のみによる、神綺の手を借りない生活ができるようになった。

 しかし神綺は時々各地の集落を飛び回り、様子を伺っては、その時々によってアドバイスを送っているのだとか。

 まぁ、子離れできない親のようなものである。

 

「シンキ、魚取る針が壊れて……あっ」

 

 私が微笑ましい目で眺めていると、魔人の子が私に気づいたようだ。

 

「きゃー!」

 

 そして泣きながら逃げた。

 あれは、ふざけているわけではない。ガチ泣きである。

 

「……ライオネル、ごめんなさいね」

「ううん、良いんだよ。いつものことさ」

 

 とは言いつつも、私は眼窩からドバドバと魔法で生成した涙を流すのであった。

 

 

 

 

 魔人に懐かれないのは初めからだ。自分の見てくれだってわかっている。なので、実際あまり気にしていない。

 だから私が今、こうして大渓谷の塒の上で胡座をかいているのは、そのせいではない。

 

 私は地獄でのいざこざについて、ぼーっと、適当に思い返していた。

 

 

 

 地獄には、鬼がいた。

 あれは多分、私の知っている鬼に近いものであろう。私も、地獄には鬼がいるものだと知っているからだ。

 地獄の鬼が、生前悪いことをしていた者を釜茹でにし、鞭を打つ。その鬼というのが、連中なのだろう。

 

 あの地獄が“その地獄”なのであれば、多分地獄の一番偉い人といえば、閻魔様である。

 私は宗教的なことについてあまり詳しくはないが、閻魔様といえば嘘を見抜き、嘘をついた人間の舌を、ペンチのようなもので引っこ抜くのだ。

 子供の時は、そんな閻魔様が怖くて、喩え話に泣きそうになったこともある。

 

 しかしその閻魔様は、多分実際にいる。

 だが……実際にいるが……私はその恐ろしい地獄を、力任せに制圧してしまった。

 

 今更驚くことではない。神と出会い、堕天使と出会い、色々なものを見聞きしてきたのだ。今更と言えば、今更なことである。

 

 だが、私は元々は人間だ。

 私は今もきっと、人間だった頃の魂を持っているのだ。

 

 私は地獄に勝利できる。魂も、穢れてはいない。

 だが、今まで数々の生物を殺めてきた私の罪深き魂は、地獄へ赴くべきだ。

 理論を抜きに、私はそう思ってしまう。

 

 


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