東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 “涙の書”複属性多元魔術。制圧整地系。

 

 “平定の魔像”。

 

 この巨大なゴーレムは、何者かによって占拠された地域を圧倒的な力でもって制圧し、環境を修繕することを目的として作られた。

 “何者か”というのは、考案した当時の私にも分かっていない。宇宙からやってきた巨大な生命体、謎の生命群……ともかく、考え付かない曖昧な仮想敵を用意した上で考えられた魔術だったのだ。

 

 まさか神族相手に使うことになろうとは思わなかったが、真面目に相手をしていると時間ばかり取られ、劣勢にまで追い込まれるかもしれない。それに、あまり罵詈雑言を大人しく受け止めていると、こちらが感情を持っていない化け物のようなものだと認識されてしまうかもしれない。

 そもそも、高圧的に攻め入ってきた地獄へ灸を据えてやるという目的もあった。

 こうして巨大ゴーレムを生成しても、私には何ら後悔は無い。

 

 

 

 平定の魔像は、主体となる人型の巨体を生成すると、周囲の魔力を吸い込んで稼働を始める。

 とにかく魔力を大食らいするため、最初は“魔力の収奪”などによってとにかく初動をつけなければ、ボロリと崩壊してしまうのが困りどころだ。

 

 しかしひとたび動いてしまえば、まずは周囲に存在する漏出魔力を発生させる動体(ようは神族とか)を捕まえ胴体内部に吸収し、鹵獲したそれら生物から最大限の魔力を吸い取って、元気よく活動を始める。

 魔像の内部は若干拷問部屋っぽい作りとなっており、完全に固定した生物が自己を防御する際に発生させる大きな魔力を掠め取るように出来ている。

 効率よく魔力を出して欲しいので、気を抜いたら“魔力でガードせざるを得ない”仕掛けを施している。

 当然、このゴーレムは人権などは考えていない。

 捕獲された生物は、この魔像が停止するまでの間は、捕虜兼魔力奴隷として、私の制圧に加担しなくてはならないのだ。

 

 魔像はそうして得られた莫大な魔力を元に、完全な力押しの制圧攻撃を行う。

 

 六本の硬質な巨腕は大地をありとあらゆるものをぶん殴り、捻り潰し、破壊する。

 時に超高熱を帯びて、地面を溶かして整地することもあるだろう。

 

 二本の脚は常に流動し、腕で破壊した近くの地面を吸い込んで、製材と魔力源の確保を行う。

 常に土石類を補充するため、魔力が供給される限りは魔像への攻撃はほぼ無意味だ。

 

 頭部は大きな顎と大きな空洞の単眼を有している。

 口からは相手の戦意を喪失させるような、“胴体から響く叫び声”を拡声したものを音響兵器として繰り出し、単眼は漏出魔力のセンサーとして機能する。

 

 これら全てが組み合わさることによって、“平定の魔像”は無慈悲な破壊兵器として稼働する。

 全ての敵対勢力を腹に収めて魔力を喰らい無力化し、土地をドロドロに融かしつけて平坦な土地を作り続けるだろう。

 

 

 

「うわっ……!?」

「うおおっ!?」

 

 私の想像通り、いかに丈夫な地獄の住民といえど、平定の魔像の圧倒的な力を前にしては、全くの無力であった。

 力任せに立ち向かおうとする鬼のような神族は次々に魔像の内部へと取り込まれ、逆に魔像の魔力源として利用されてゆく。

 

 人間が、人間の叡智によって生み出した鋼鉄のワイヤーを腕力によって千切れないように。

 鬼によって生み出された魔力もまた、彼らの腕力を完全に封じ込めるのである。

 

 魔像が大口を開けて、胴体内部で魔力捻出に勤しむ鬼たちの叫びを轟かせる。

 一人、また一人と倒れ、地獄の住人たちが吸い込まれてゆく。

 

 うーむ。このままだと地獄の神族がみんな魔像の中に閉じ込められてしまいそうだが、そろそろ偉い人か何か、出てきてくれないのだろうか。

 

「おお」

 

 巨像の肩の上でそんなことを思っていた所で、私は高速で接近してくる一人の神族を発見した。

 

 瓦礫を足場に軽やかに跳躍し、俊敏な動きで近づく長髪の男。

 日本刀のような武器を手に持ち、袴姿のような装いを風に靡かせている。

 

 間違いない。外見的な特徴は、神綺とサリエルから聞いた話と同じだ。

 

「貴方がコンガラか」

 

 私は余裕のうちにほとんど解いていた魔力を自身に引き寄せ、臨戦態勢を取った。

 

 コンガラ。魔界へやってきた、地獄からの遣い。

 神族の強さとしては、サリエルを基準に考えれば、かなり高位の存在と見て間違いないだろう。

 それはつまり、地獄での地位もかなり高いことを意味している。

 そもそも、重い魔力によって魔界へ侵入できる時点で、只者ではない。

 

 彼は、話の通じる、もしくは、話を通せばそれなりに影響をだせる神族だ。

 地獄の最高責任者が誰かわからない以上、和平をするのであれば、彼を通す必要があるだろう。

 

 だが……。

 

「多分、貴方には話が通じるんだろうけど……こんな私にも、感情というものがあるのだ」

 

 魔界は、私の住処は、彼に荒らされた。

 そのことについての謝罪の言葉を、私はまだ一言も聞いてはいない。

 

 和平をするならば、決着が必要だ。両者が納得できるよう、どちらかが頭をさげ、補償する必要がある。

 魔界はまだ、お前たちから何も受け取ってはいないし、何も聞かされてはいない。

 これは要するに、まだお前たちから切り出した抗争が収まっていないことを意味しているし……。

 

「一発だけでいいから、殴らせて」

 

 何よりそういう態度、気にいらないんだよ。

 

 

 

「は――」

 

 私は自身の身体を魔術によって高速で“射出”し、拳を握った右腕を、目の前のコンガラの顔面に向けて同じ原理で“射出”した。

 

「ふん」

 

 ロケット砲にも近い一撃によって、接近するコンガラは一転、反対方向へとふっ飛ばされ、瓦礫の海を何度かバウンドして、倒れた。

 私のパンチもなかなかのものである。

 

 この攻撃は、ものすごく単純な技だ。私の身体がものすごく丈夫な事を利用して、私自身を武器のような扱いとして、適当に射出しているだけのことである。

 脆い人間や、頑丈とはいえ耐久力に限度のある神族にはなかなか難しい技だ。良い魔法使いは真似してはいけない。

 

「く……お前は……」

「ライオネル」

 

 私もまた瓦礫の地に降り立って、魔像をバックに名を名乗った。

 

「魔界の偉大なる魔法使い、ライオネル・ブラックモア」

「……魔界……魔法使い……ライオネル……」

 

 コンガラが幽霊のようにゆらりと立ち上がり、刀を構える。

 顔は既に、半分が血で真っ赤に染まっているが、それでも立ち向かうというのだから、なかなかタフなヤツである。

 私の後ろにいる巨像を相手にするだけでも、絶望的だというのにね。その力の差がわからないはずはないのだが。

 

「“眠れる土蔵”」

「!?」

 

 前準備のほとんどない地属性魔術を発動。

 コンガラの背後で生成された土の蔓は、彼の握る刀を縛って取り込み、一瞬のうちに地中へと引きずり込んでいった。

 あの刀を回収するためには、この地獄の地面を十メートルは掘らなければならないだろう。咄嗟の回収は、なかなか難しい深さである。

 

 コンガラは自分の武器が一瞬の内に奪われたことに対し、警戒と呆然を半々に分けたような顔でこちらを見ていた。

 そこには多分、同じくらいの割合で恐怖も混じっているのかもしれない。

 何にせよ、私と力比べをしようという考えを放棄してもらえたなら、何よりである。

 

「コンガラ、私は貴方の行った魔界への侵略について、とても憤りを感じている」

「……侵略……」

 

 私は今が好機と、コンガラに語りかけた。

 

「魔界に対し、浄化などと抜かして攻撃を加えてきたことだ。まさか、とぼけるつもりではあるまいね」

「……とぼけるつもりはない。やったのは、この私だ」

 

 おお、素直だ。

 

「今日、私はその報復にやってきた。それは理解できるかな」

「……ああ」

 

 うむ、ならば話は早い。

 

「コンガラよ、地獄の使者よ。貴方が選べ」

「……」

 

 私は黒曜の杖を地面に突き刺し、両腕を浅く広げ、首を傾げた。

 

「二度と魔界に楯突かないと約束し、平穏に地獄を運営するか。

 魔界を敵に回し、我々によって全てを滅ぼされるか」

 

 私の背後で、平定の魔像が隻眼をコンガラに向け、唸り声を上げる。

 

「貴方が選ぶのだ」

 

 


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