東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 直列呼び出し倉庫塔を確認すると、やはり100km級の物が消えていた。

 神綺は消失した分を塔の近くに生成したようで、まぁ補充に関しては全く問題がないのだが、塔の行き先が一番の問題である。

 

 あれは、まさに破壊にのみ特化した巨大な爆弾のようなものだ。

 地獄が地獄絵図になっていてもおかしくはない。もし地獄とやらが私の知識にあるような地獄だとしたら、囚人だけでなく獄卒さえも苦しみ悶えていそうだ。ちょっとそんな救いようのない光景は、見たくない。

 

「ライオネル、行くのか?」

「うむ。ちょっくら、話をつけてくるよ。やったからやり返した、だけじゃあ双方とも納得できないだろうしね」

 

 地獄という機関は、地上の穢れを抑制するために必要だ。

 オーレウスの寿命も、穢れの影響でやってきたようなものであるし、それでなくとも、悪性を増した霊魂が様々なものに宿り、悪さをするのは、結構困る。

 

 しかし、だからといって魔界に存在する魔力を好き勝手に破壊したり、持っていかれたのでは魔界として納得できるものではない。

 双方が頷ける規則を設けるべきだ。

 

「……神綺も、今回のことはあまり快く頷けないかもしれないけど……」

「はい、大丈夫です」

「……そうか」

 

 神綺は力強く頷いた。

 が、口数は少なく、それだけであった。

 

 ……まぁ、怒ってるよね。

 すぐに納得できるはずもないよな。

 

 ……それは向こうも同じであろうということを、覚悟しなくてはならないな。

 

「ライオネル、以前にコンガラのイメージから掬い上げた地獄の位置は、まだ把握できています。この門を潜れば、すぐにあちらの本拠地へと辿り着けますよ」

 

 神綺は手を空中に翳し、そこに白く渦巻く扉を形成した。

 あともう少し原初の力を込めれば、それは完全にあちら側へと開通するだろう。

 

「……ライオネル。私、地獄は嫌いですけど……ライオネルの思うままに、やってきてください。私はそれが最善だと、納得しますから」

「……ごめんよ」

「いいんです、謝らなくたって」

 

 神綺は首を振り、薄く微笑んだ。

 

「私がライオネルによって生み出されたから、とか……私がライオネルの相談役だから、とか……そういうのじゃないです。私は、ひとつの神として、優しいあなたを信頼しているんです」

「……」

「だからお任せします、ライオネル。きっとそれが最善だと信じて、待っています」

「……ありがとう、神綺」

 

 ローブを正し、手には黒曜石の杖を握り、私は白い門と対峙した。

 

「綺麗に解決して、戻ってくるよ」

 

 神綺のため、魔界のため、地上のため。

 私は意を決して、白い扉の中に踏み込んでいった。

 

 

 

 

「……! 何か来たぞ!」

「人……いや、骸だ!」

「骸が現れた! 骸が……魔界から現れたぞーッ!」

 

 私が降り立った場所は、赤黒く灼けた、瓦礫の地面。

 見上げれば、塞がれているのか、果てしなく広がっているのかもわからぬほどの、暗黒の天上。

 一面暗黒に焼けた荒廃の世界は、どこまでも続いている。

 

 どうやら、ここが地獄と呼ばれる場所らしい。

 ……先程から私のことをムクロとか呼んでいる連中もいるようだし、きっと間違いは無いのだろう。

 

 声のした方向に目を向けてみると、赤黒い肌の巨人が瓦礫の山に隠れるようにして、こちらの様子を伺っていた。

 五メートルを超える図体には似合わない警戒のしようであるが、それは裏返せば、相応の知性を持っているということでもある。

 私の外見によらない力量を警戒しているのだ。

 なるほど、そう考えると、ここはなかなか、話の通じる場所らしい。流石、神族によって支配されているだけのことはある。

 

 私は自分の喉に拡声の術を付与し、続々と多くの気配が結集しつつあるこの地の空に向かって、叫ぶ。

 

「……私の名は、ライオネル! 魔界の使者、ライオネル・ブラックモア!」

 

 低いゾンビ声が地獄に轟く。

 その瞬間、私の周囲を囲むようにして集う気配の動きが、わずかに止まった。

 

「私は今日、魔界と地獄の共存のため、ここにやってきた!」

 

 話が通じるなら、通じてくれ。

 協議を行うなら、いくらでも参加してやろう。

 

「魔界は以前、コンガラと名乗る男の襲撃を受け、多大な被害を被ったが……我々は地獄からの横暴に対し、“炸薬”を送り返すことによって、その報復とした!」

 

 杖の石突きで地面を勢い良く小突き、私は高らかに謳う。

 

「故に、過去の因縁は精算されたものとする! だから今日は、平和的な話し合いを――」

「ふざけんなッ!」

「あの大爆発で何人の獄卒が死にかけたと思ってやがる!」

「殺せ! やっちまえッ!」

「こいつを炉にくべてやれえッ!」

 

 私の演説は、聴衆達の大熱狂にかき消されて終了した。

 同時に取り囲む地獄の住民達が走りだし、一斉に私に向かって襲い掛かってくる。

 

 うん、知ってた。

 私、こういうの苦手だったからね、結果はわかっていたよ。

 うちの会社、プレゼンとかそういうのなかったしね、うん。

 失敗しても仕方ない。これは私のせいだ、うん。

 

「……ああ、まだ決着がついていないと言うなら、かかってくるが良い! 納得がいかないなら、納得のいくまで私を痛めつけてみるが良い!」

 

 私は杖を横薙ぎに振って、顎を大きく開いて、叫ぶ。

 

「魔界を焼くだと? サリエルや神綺をこちらに移すだと? ……好き勝手なことばかり言いやがって……怒っているのはこちらも同じだ」

 

 “魔力の収奪”を発動。環境は地属性と炎属性。

 属性魔力は潤沢。天体魔力は極僅か。術の使用に問題なし。

 

 ゴーレム生成魔術、“ロードエメス”……“多重発動”。

 

「私を殺す、おお良いだろう、やってみるがいい。だが……こちらにやられる覚悟はできているんだろうな、地獄の雑兵共」

 

 私の足元の地面が急激に姿を変え、赤黒い熱を帯びたゴーレムの大群となって溢れかえる。

 地面がそのまま無数のゴーレムに急変する現象に、近づこうとした地獄の巨人たちは大慌てでその場で立ち止まってゆく。

 

 私は黒い騎士鎧のゴーレム、ロードエメスによって築かれた二十メートルほどの塔の上に立ち、再び杖を振って叫んだ。

 

「責任者呼んでこぉおおおおおい!!」

 

 “魔力の全解放”。

 4メートル級のロードエメス三千体全てが起動して、一斉に地獄の兵たちへと襲いかかっていった。

 

 

 


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