旅の末、私は魔界へと戻ってきた。
オーレウスに助言を乞うために始まった旅ではあったが、終わってみれば随分と予定が変わったものである。
それでも情報としての収穫はあったし、地上に生きる数人の神族とも出会うことができた。
成果は十分。さて、魔界の様子はどうだろう。
「む、ライオネルか」
「おや、サリエル。ただいま」
「ああ」
ちゃっちゃと魔界への扉を開けて突入すると、すぐにサリエルが出迎えてくれた。
大渓谷は今日もいつも通り、ドラゴンが空を飛んでいる。平和で何よりだ。
「突然だがライオネル、あまり良くない知らせがある」
平和かと思ったらなんだ。いきなり雲行きが怪しくなってきたなぁ。
「どうしたんだい。魔力施設が故障でもしたとか?」
「それどころではない、侵入者だ」
「おお」
侵入なんて大型原始魔獣だのクベーラだの、色々されてるじゃないか。
魔力施設が故障するよりは、かなり小さな問題のように思えるけども。
「お前の表情は相変わらず読めないが、楽観しているのだろう」
なんて考えていると、サリエルに言われてしまった。
「今回あった侵入は、今までのものとは違う。魔界を滅ぼす目的意識を持って、神族が乗り込んできたのだ」
「何だって」
魔界を滅ぼす? 神族が?
……天界の神族達が魔界を嫌っているのは知っているけど、何故そんな……。
別段、魔界が外の世界に対して迷惑行為を行ったことはないはずだが。
「侵入者は一人で、コンガラと名乗る剣士だった。私と神綺が迎撃に当たったが……なかなかの強者だったな」
「ほう、サリエルをして強い、と」
「当然、本気で戦っていれば私の方が上手だがね」
サリエルは自慢げである。こういう時のサリエルはちょっと信用できない。
……が、それでもサリエルに強いと言わせる辺り、そのコンガラという侵入者は、なかなかのやり手のようである。
「コンガラを追い払ったのは、神綺だったな。ズタボロにして元いた場所へ送り返してやったようだ」
「おお、神綺が。戦いは初めてだと思うけど、大丈夫だったかな」
「大丈夫も何も、不安要素の欠片もなく圧倒していたがね」
ああ、神綺は戦いなんて出来ないんじゃないかと思ってたけど、大丈夫なんだ。良かった良かった。
まぁ魔界は彼女の庭だし、いざとなれば逃げられるから、心配はするだけ無駄か。
「ところで、そのコンガラっていう神族は、どこから来たんだろう。地上? それとも天界から?」
天界の神族か地上に堕ちた神族かによって、話は大分変わってくる。
天界からの神族だと、ちょっと厄介そうだが……。
「いや、そのどちらでもない」
しかし、サリエルは小さく首を振った。
「コンガラは、地獄から来たのだと言っていた」
戦闘が繰り広げられたという僻地へ赴いてみると、激しい戦いの傷跡が見て取れた。
熔かされたであろう岩石。鋭利な刃物の傷。破砕痕。見る限り、かなり膠着状態が続いたようだ。そこらへんはきっと、サリエルとの戦いによって作られたものだろう。
……コンガラは炎を扱っていたと聞いていたが、本当に強い火力だったらしい。
岩が溶解するなんて、神族の力にしたって尋常じゃないぞ。
「ライオネル、おかえりなさい」
「ただいま、神綺」
私が現場を検証していると、捻れた空間の向こうから神綺が現れた。
「サリエルから話を聞いたよ。地獄から侵入者が来たんだってね」
「はい。私が追い返しておきましたけど……ライオネルは、地獄という場所をご存知ですか?」
「うーん……知ってるようで、知ってない」
正直、サリエルから地獄という名を聞かされた時には“まさか”と思ったが、本当に存在するとは。
天界があるくらいだし、地獄があっても不思議ではないんだけどね。
「あ、ライオネル……その、実はちょっと、コンガラを地獄へ追い返す時に、魔界の道具を使ってしまって……ごめんなさい、私、勝手に……」
「道具? いやいや、大丈夫だよ。物なんてここにはいくらでもあるし。魔界を守ってくれたんだから、そんなの全然……」
「はい……直列塔の……」
「大丈夫大丈……」
私は硬直した。
「……直列塔?」
「はい……」
「直列呼び出し倉庫塔?」
「はい……」
「……何キロメートル級?」
「…………100」
アカン。
「神綺、それを起動させて、地獄へ送ったと?」
「はい……」
神綺はとても申し訳無さそうにしている。
それは良い。別に私は怒っていない。彼女がやったことは防衛だ。正しいことである。
でも神綺さんや、その報復はちょっと、不味いかもしれない……。
「……むーん」
できるなら、今すぐにでも地獄へと急行したい。
そこで、起動した魔導炸薬による惨状をどうにか収拾し、和平なり何なりを申し込まないと、後々非常に大変なことになりそうな気がする。
が、まずは、情報を統合しなければならない。
「一旦、落ち着こうか」
「はい」
焦ってはダメだ。こういう時こそ、慎重に動かないと。
「神綺。サリエルと一緒に、ちょっと細かい会議をしよう。まずは、私がいなかった期間の報告もしたいからね」
「わかりました」
地獄の状況は気になるが、今はちょっとだけ後回し。
先に、準備を盤石にしなければ。