鉛像を落とすタイミングが、少しだけ遅れていたみたい。
コンガラは像の下敷きになっているけれど、腕と頭は範囲外に出ていたのだ。
瞬間移動で近づいてみると、彼は半分以上地面に埋もれながら、苦悶の表情を浮かべていた。
……いや、苦悶というより、怒りっていうのかしら。
「この……私を、踏み潰すとは……!」
「本当は道具も使いたくなかったけど、貴方、しつこいんだもの」
直列呼び出し倉庫塔。
私が出現させた鉛の巨像は、重量級オブジェを保管するための巨大なタワーの内部から引っ張り出したものである。
本来は、ライオネルが外界から武器を取り出すために使われるものなんだけど、こうして魔界の中で取り出すこともできる。
外界ではそうもいかないらしいけど、魔界では転移の魔法が使いやすいのだ。保管してある場所の座標を思い起こし、接地面を接続するだけで良い。
「……どうやら、私如きでは、貴女がたに立ち向かうことはできないようです……それは、認めましょう……」
「はいはい」
ライオネルが居たら貴方、数秒で死んでるけどね。
「しかし、地獄は決して、浄化を諦めることはないでしょう……必ずや貴女がたを審判の場に召喚し、ここ、魔界の全てを審査し……焼き払う」
「無理だと思うけどねぇ」
「それは貴女が決めることではない」
「あら、そ」
私は鉛の巨像に手を添えて、原初の力を込める。
素材を変換。性質を変容。同時に、広範囲の転移門を創生する。
コンガラが埋もれた地面に、巨大な外界への門の起動光が出現した。
門が正常に機能すると同時に、彼は巨像と共に外界へと落下するだろう。
「……私を、外へ送り返すつもりか……無駄なことを」
「ねえ、貴方の上司がいる場所を思い浮かべてくれる?」
「……何?」
「ああ、地面の中。そんな場所にいるのね。随分と暑そうな場所だわ」
「!」
私は常に心が読めるわけではないけれど、無抵抗の相手から一瞬のイメージを汲み取る程度のことは出来る。
たとえ言葉を利用できない者が相手でも、こうして思考を見透かしてやれば良い。
「何をッ……!?」
「さっき貴方が言ったでしょ。送り返してあげるのよ……その、地獄っていう所にね」
私がコンガラから読み取ったイメージは、外界の地面の中。
剥き出しの岩、どろどろに溶けた鉱物、灼熱の炎……魔界とは大違いな、恐ろしい場所だ。
こんな場所にいる連中に魔界を委ねるなど、冗談ではない。
「まぁ、貴方のせいで魔界がちょっと荒れちゃったし……それなりの、お返しはさせてもらうけどね」
当然、コンガラには帰ってもらう。
私は優しいから、命までは奪わないであげる。
けど、許してはあげない。
魔界を穢したその地獄とかいう場所に、報復を添付してあげるのだ。
「貴様! このような――」
「それじゃあ、いってらっしゃい。向こうの人と貴方が生きていたら、よろしく言っておいてね?」
門が起動する。
亀裂の走った地面が唸り声を上げて輝き、コンガラを始めとした、巨大な鉛の巨像を呑み込んでゆく。
「ライオネル、ごめんなさい。後で足しておきますから、一つだけ使わせてくださいね」
鉛の像は、巨大な塔にも等しいサイズの大質量だ。
中までぎっしりと鉛のみで構成されている物体だけど、上方部、像の頂点に備わっている機構には、繊細な細工が施されている。
魔導炸薬。
頂点部分には、ライオネルが組み上げた極大破壊魔法を小型化したものが備わっている。
起動させることで鉛を破裂させ、広範囲に撒き散らすことが可能だ。
今の状態は鉛だけど、ここから様々な金属に変成させることもできる。
本来は100㎞級の隕石に衝突させて、内部に埋め込んでから起爆させるものだけど……保管数は多いので、ひとつくらいこういう使い方をしても、大丈夫でしょう。
地下とはいえ、ライオネルの愛する地球だ。威力を強くしてはいけない。
なので私は、鉛に干渉して故意に威力を弱めてあげる。
地球は壊さず、地獄だけを壊し尽くす。その程度の力で勘弁してあげるのだ。
「いってらっしゃい」
私は最後に門をくぐりかけた巨像の頂点に起動魔力を注入し、門を閉じた。
魔界に静寂が戻る。
一方、向こう側では大騒ぎになっているだろう。
「サリエルー、終わったわよー」
私は空に浮かぶ彼女の魔眼に手を振って、厄介事が片付いたことを知らせた。
サリエルも一部始終は見ていただろうけど、一応ね。