私と、サリエルと、コンガラの三人がテーブルについている。
サリエルや私は当然、椅子の使い方なんてわかっているんだけど、どうもコンガラは知らなかったのか、それともわかっていてやっているのか、椅子の上に胡座をかいていた。
あまりも綺麗な胡座だったので私は何も言わなかったけれど、サリエルは素直に“その格好は辛そうに見えるが”と聞いていた。
コンガラはこれしき、と返していた。
サリエルは面白く無さそうな顔をしていた。
どうでもいいわね。
「私はコンガラ。地獄の主より遣わされた従者です。魔界へは、不浄なる霊魂を回収し、浄化するためにやってきました」
コンガラは剣を抱きながらそう言った。
いつでも抜刀できる。そんな、油断のない体勢である。
まぁ、サリエルには効くかもしれないわね。私には、絶対に当たらないだろうけど……。
「ふうん……不浄なる霊魂……霊魂って、何?」
「死んだ者の魂です」
「へえ、魂」
なんだか、ライオネルが喜びそうな話になってきたわね。
けど、確かその話に関しては、ある程度ライオネルの中でも結論が出ていたはず。
私にはよくわからないけれど、コンガラが求めているのはどういう話なのかしら。
「生物が死ぬと、その者の魂が剥がれます。魂は揺らめき、漂い、時に解れ、散り散りになり、形を失くす……この魔界には、そんな気配がたくさんあるように見えますが」
「そう? 私には、魔力が豊富に漂っているようにしか見えないわね」
生命の中に存在する霊魂。発せられる魔力。
物質そのものの質量。そしてエネルギー。
ライオネルから聞いた話は色々とあるけど、私はその中のいくつかをしっかりと覚えていた。
コンガラの言っていることはある意味正しいけれど、別の側面では間違っている。
きっとライオネルならこう言うはずだ。
“それはもう霊魂ではなく、高次自由魔力だ”と。
「呼び名はどうであれ構いません。地獄は、この霊魂を浄化するために運営されていきます」
「運営。ああ、魔人たちがそのような事をやり始めていたわね。お店、というものかしら」
「我々は利益を求めるものではありません。ただ、浄化する。それだけです」
ええ、ただ浄化するだけ?
「それって楽しいのかしら?」
「あなた方の云うところの楽しいとは違いますね。また、我々はそうすると決めたのです。それまでは、座し続けると。故に、完遂まで地獄は続けられる」
コンガラは口元を歪め、不敵に笑った。
「……目的がよくわからないけど、あなた達は魔界をどうしたいの?」
「当然、清い炎を放ち、浄化します」
「浄化」
「洗われた霊魂は地獄へ運び、洗浄された後に、元の世に還します」
「はあ」
へえ。
「そして我々は、常に地獄における使徒を集めています。天界からは多少独立した位置にあるためか、地獄はどうも、人気がない。霊魂の浄化は大仕事です。今は少しでも人手が欲しいのです」
「……サリエルは、地獄で働けと?」
「死の天使と呼ばれた彼女には、最適な役職であると考えますが」
サリエルは無言だけど、眉を動かして不快感を露わにしている。
死の天使も、地獄と呼ばれる場所へ連行されるのも、彼女にとっては我慢ならないことなのだろう。
「そして……それは、貴女も同じです」
コンガラは目線を動かして、そんなことを言ってきた。
「貴女、名前は?」
「誰?」
「貴女ですよ。そこのあなた」
「え? もしかして私? 私に言ってるの?」
コンガラは私を見て、頷いた。
「貴女も、見たところ神族のようだ。穢れとは違って、知性もある。であれば、地獄で働くものとして十分な力となるでしょう」
「え? 何? 貴女は私に、地獄で働けと、そう言いたいの?」
「それ以外に――」
穢らわしい。
私は言葉が終わる前に、奴を翼で薙ぎ払ってやった。
コンガラの抜刀は間に合わない。当然、翼は直撃する。
翼が空を切り、身体が吹き飛んでゆく衝撃が、辺り一帯に爆風を発生させた。
吹き飛んでいったコンガラは数キロメートル先の石塔に直撃し、大げさな崩壊音を立てながら埋もれてゆく。
ああ、もう嫌だ。穢らわしい。
「ぐっ、うぅっ……何を、する、つもり……!」
あ、瓦礫から這い上がってきた。
嫌だ。面倒くさい。また潰さなきゃいけないのかな……。
「……神綺。私が言うのも何だが、やりすぎではないのか」
「何を言ってるのサリエル。あんなものをここに存在させておく事の方が狂気じみてるわよ」
サリエルは苦い木の実を食べたような顔をしながら、立ち上がる私を見上げた。
私はゆっくりと翼を展開し、少しずつ、静かに宙に浮かび上がる。
……私は神綺。
ライオネルが生み出した相談役。そして、魔界の神だ。
それを、ここから引き剥がして、地獄なんてわけのわからない……ああ、嫌だ。吐き気がこみ上げてきそう。
「……ふん、やはり魔界の連中とは、相容れないというわけですか」
地上でコンガラが剣を構えながら、何かを言っている。
……汚い。
さっさと消えてもらいましょうか。