東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 部屋の内装は様変わりしていたが、壁や天井などはそのまま残されている。

 彼が敷設した魔術もわずかながら稼働しており、効果は今もなお健在のようだ。

 建物自体はそのままで、壁紙を変えるくらいの気持ちで使い続けてゆける。これが、保護系魔術の何よりの強みであろう。

 

「いい香りだ」

 

 私は椅子に座り、出されたお茶の香りを嗅いでいる。

 飲んではいない。仮面を外すのが、まだ少し怖いからだ。

 

「……俺は、曾祖父さんを見たことがない。曾祖父さんは、俺が生まれる前に死んだんだ」

 

 そうして気分の上だけでリラックスしていると、テーブルの向かい側に座る青年がぼそりと口を開いた。

 くしゃくしゃな金髪は、窓から溢れてくる陽の光を受け、きらきらと神秘的に輝いている。

 

 彼は、オーレウスの曾孫なのだという。

 見れば、顔や髪などに、どこかオーレウスの面影があるようにも見える。

 

「けど、俺は曾祖父さんの話を、沢山聞いている。それだけ凄い人なんだって、誰もが言うからさ」

 

 私は何も言わず、無言のまま頷いた。

 

「この町を作って、町の人々を助け続けてきた、立派な魔法使いだった、ってさ……」

「ああ、それは本当だよ」

「そうか……。神族の人、だよな。あんたは、曾祖父さんと話したこと、あるのか」

「もちろん」

 

 私がもう一度頷くと、青年はわずかに、瞳を輝かせた。

 

「君の曾祖父、オーレウスは……立派で、聡明な魔法使いだったよ」

 

 天界から堕とされ、地上で暮らし始めた神族の魔法使い。

 集落の長として中央に家を構え、村に防御結界を張り、天界の神族と同じ不老不死を再現するために研究を続け……。

 

 だが、そんな彼は死んでしまった。

 何故か。私にはそれが、全くわからなかった。

 

 他の神族であれば、わかる。何らかの対処法を講じない限り、神族というものは地上において、不老不死ではないからだ。

 魔力増幅薬であるとか、サリエルのように元々高い力を持っているだとか、そういった難しい条件をクリアしなければ、数千年規模の延命は難しい。

 

 だがオーレウスは、独自に延命の魔法をかけていた。

 

 “研忘の加護”。自らの記憶と引き換えに命を延ばすこの魔術により、オーレウスは記憶や知識をあやふやなものに劣化させながらも、どうにか生き続けていたのだ。

 あの魔術は少々外側を見ただけであるが、呪いを持続させるに十分な機構を持っていることは、察知できた。

 第三者の高度な介入が無い限りには、オーレウスの魔法が解けることなどありえないというのに……。

 

「なぜ、オーレウスは死んだのか……君は、聞いているだろうか」

 

 私は思い切って訊ねた。

 “研忘の加護”がある以上、老衰で死んだとは考え難い。

 不慮の事故や事件によって、彼は亡くなったのか。

 

「もちろん、聞いてる。曾祖父さんのことは、爺ちゃんがよく話してたよ」

「爺ちゃん……そうか、君の祖父が」

「ああ」

 

 曽祖父だし、祖父もいるか。もう既に何代も子孫がいるだなんて、驚きだ。

 

「爺ちゃんは、オーレウス曾祖父さんと、もう一人の曾祖母さんの間に生まれたんだ。二人はとっても仲良しな夫婦で、オーレウス曾祖父さんが老衰で亡くなるその時まで、ものすごく幸せそうだった、ってさ」

「……老衰」

 

 オーレウスに奥さん。そして老衰。

 ……ふむ。

 

「俺、知ってるよ。聞いたことがあるんだ。オーレウス曾祖父さんには、不老不死の魔法がかけられていたんだって。記憶を失ってゆく代わりに、永遠に生き続けられる、呪いみたいな魔法」

「!」

「オーレウス曾祖父さんは、その魔法を自分で解いたんだよ。奥さんと……曾祖母さんと一緒に、暮らしていくために、さ」

 

 ああ、そうか。オーレウス。

 貴方は、自らに掛けられていた“研忘の加護”を思い出したんだな。

 

「魔法を解いてからのオーレウス曾祖父さんは、何一つ思い出を取りこぼすことはなかったんだって。奥さんと、楽しい思い出を共有して……それで、亡くなったんだ」

「……そうか」

 

 部屋の奥にある棚を眺め、私は息無き息を大きく吐き出した。

 

 オーレウスは、忘れてはならないものに出会ったのだな。

 

 忘れてはならないものを抱え込むために、自分の命を手放した。

 

「それまでは頭のふわふわした感じの人だって、町の人から言われていたらしいけど……魔法を解いてからは、まるで別人みたいに賢くなって、色々なものを残したんだ。それは爺ちゃんも、父さんも、この俺も誇りにしてる」

「……オーレウスを、誇りに思うかい」

「もちろんさ」

 

 青年は偏屈そうだったが、口元だけでうっすらと微笑んでいた。

 

 


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