東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 サリエルは魔法で、名も知らぬ男は剣と炎で闘っている。

 無数の光弾をばらまくサリエルは自在に宙を舞い、男はそれをどうにか避け、捌きながら接近を試みている形だ。

 

 簡潔に説明すればそんなところ。でも実際には、光弾の一つ一つが岩石質の地面を砕き、鋭利な石片が業火によって真っ赤に溶かされ、剣の一振りがそれら全てを吹き飛ばすような、壮絶なものだったりする。

 それは私が魔界で見る、初めての“闘い”というものだった。

 

「火生!」

「ぐっ」

 

 男の纏う火炎がその勢いを増し、火柱となって噴き上がる。

 丁度その真上を飛行していたサリエルは巨大な炎に飲み込まれてしまったようだ。

 

「サリエル、大丈夫?」

「手出しは無用っ!」

 

 ちょっとだけ心配したけど、サリエルは炎を吹き飛ばすことでそれに答えた。

 ダメージはある。少し強がっている風に見えなくもないけど、彼女が大丈夫だと言うのなら、信じてあげるとしよう。

 彼女はライオネルから魔界の警備を任されている。なのでこの仕事の優先順位は、サリエルが一番高いのだ。

 

「諦めることです、死の天使サリエル」

「私は月の大天使サリエル。そのような名で呼ばれたことは一度としてない」

「地上で数多の穢れを焼き払い続けた貴女には相応しい名だと想いますが」

 

 一本角の男が冷淡に言い放つと、サリエルは不愉快そうに眉を顰めた。

 

「撤回しろ」

「しませんね」

「そうか」

 

 ああ、サリエル怒ってる。

 もう知らない。

 

「ならばお前も死ぬが良い」

「!」

 

 サリエルの目が赤く輝き、彼女の持つ105度の視界範囲内に灰色の衝撃が走り抜ける。

 男は、その範囲の丁度真ん中に立っていた。運の悪い人だ。

 

 サリエルの目の前は、亀裂が走ったような音と共に灰色の石となって凍り付いた。

 足元で赤く燃え盛る炎は一瞬にして消失し、巻き上がる軽い煤は石片となって地に落ち、古びた石の香りが辺りに広がってゆく。

 

 男は全身が灰色に染まり、微動だにしない。

 手にした剣も、服も、髪の毛も、全てが石に変化して、動けなくなってしまったのだ。

 

 知っていれば、ある程度の抵抗は出来たかもしれない。けど知らなければ、避けることはもちろん、防御することも難しい攻撃。

 それこそがサリエルの持つ“眼”の力。邪眼の脅威なのだ。

 

「……ふう」

 

 サリエルの目が邪眼を解いて元に戻り、放出され続けていた古臭い気配も霧散した。

 彼女が扱う石化の邪眼は、視界全てを石に変えるほど強力だけど、その半面、自らの力を多く使ってしまうのが難点なのだそうな。

 一度使ってしまえば満身創痍になるし、避けようと思えば実際結構簡単に避けられるし、決して燃費の良い技とは言い難い。

 

「サリエル、怒りすぎ」

「……すまない、つい」

 

 本当なら、あの場面で使うべき技ではなかったはず。

 いくら相手がサリエルの“眼”を知らないからといって、特に手負いでもない動ける相手に対してそのまま邪眼を使うなんて、冷静さの欠片もない判断だ。

 彼女もそれに気づいているのだろう。闘いには勝利したものの、どこか悔やむような顔で、サリエルは俯いていた。

 

 ……よほど、死の天使だなんて言われたことが許せなかったのかしら。

 そういう気持ちって、よくわからないわねえ。

 

 まぁともあれ、侵入者は石にされて動かなくなった。仕事は完了。

 無力化はできたので万々歳だけど、どうしてここに来たのかについてお話できなかったのは、ちょっとだけ残念かな。

 かといって、サリエルも苦戦していたようだったから、責めたりはしないけれど。

 

「はあ、やってしまった……あの場面ではまだ……」

 

 私が言わなくても、サリエルは自分で自分を責めちゃうしね。

 

 

 

「待……て」

 

 あら。

 

「まだ……終わってません」

 

 顔を向けると、そこには小火に包まれた石像が立っていた。

 

 男の原型を色濃く残した灰色の石像。

 けれど、石像は小さな炎に包まれるうちに、その表面についた呪いが焼かれ、元の体を取り戻しつつあるようだった。

 

 あの炎には、解呪の力があったみたい。

 そしてサリエルの邪眼を持ってしても、あの男の内にあった炎は消せなかった、と。

 

「貴方、頑丈なのね」

「……」

 

 サリエルは力の大部分を使ってしまったために、正直に不味そうな顔をしているけれど、それは向こうも同じようなもの。

 石化を無効にする能力があるとはいえ、一度受けた“邪眼”によって、彼の体力も大部分が削がれてしまったようだ。

 

 お互いに消耗した、サリエルと侵入者。

 ……これは、いいタイミングかもしれない。

 

「ねえ、貴方」

「……なにか」

 

 男は灰色の石から元に戻った剣を私に構え、余裕なさ気に答える。

 

「名前はなんていうの?」

「……コンガラ」

「そう、コンガラっていうの」

 

 なるほど、名前を答えるだけの洒落っ気があるなら、十分だわ。

 

「二人共疲れたでしょう。ひとまず休憩して、お話でもどうかしら?」

 

 私は三人の丁度中央に鋼鉄製のテーブルを落下させ、その上に錫製のゴブレットを人数分配置し、微笑んだ。

 テーブルは岩石の地面に大きな亀裂を走らせ、ゴブレットは金属の長鳴りを響かせる。

 

 私の提案にサリエルは静かに困惑し、コンガラは無表情だけど、私への警戒を高めていた。

 

「殺し合いなら、その後でも出来るでしょ? 私は先に、コンガラの話を聞いてみたいわ」

 

 別に、何か罠を張ろうというわけではない。

 私は純粋に、テーブルの上で二人と一緒に話したいと思っただけだ。

 

 侵入者のコンガラから、魔界へ来ることになった経緯を、まずは聞く。

 それはきっと、ライオネルのためになるはずだし、これから似たような事が起こった時のヒントにもなるだろう。

 

 コンガラの処遇はそれからでも遅くないと私は考える。

 彼の実力は、先程のサリエルとの闘いで見せてもらった。

 

 後でどうとでもなる。

 

 それが、私の出した結論だ。

 


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