東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私もサリエルも、同じ六枚羽。

 ただ、サリエルの方は鳥類のような造りをしており、私のもつ“翅”とは少々成り立ちが異なる。

 そもそも、私は神で、彼女は神族と呼ばれる種だ。根本的な違いがあるらしいことは、ライオネルも言っていた。

 

 けど、今はこうして二人が並び、目的地を目指して飛んでいる。

 不思議なものだわ。サリエルは、私と同じような忠誠を、ライオネルに抱いているわけではないのに。

 

「神綺、まずは私が前に出る。お前はいざという時、後方から援護を頼む」

「わかったわ。任せるわね」

 

 ……魔界は、もうライオネルと私だけの場所ではない。

 ここにはサリエルがいて、魔界人たちが居て、沢山の動植物が息づいている。

 私も、意識を切り替えていかなきゃ。

 

 

 

 

 以前、ライオネルが広域破壊魔術を練習していた場所までやってきた。

 辺り一面が砕けた石材で満たされたここは、岩石の荒野と呼ばれている。

 

 当然、ライオネルが魔術の実験をするような場所は魔界の中央から離れているので、周りには何もない。

 ただただ、淡く発光する岩石の墓場。

 

 そんな只中に、小さな人影が見えた。

 ライオネルが着るものとは違う白いローブのようなものの上に、赤い服を重ね着したような姿だ。

 

 長い黒髪を後ろで束ね、額から赤い一本の角が生えている。

 そして、左手には鋭利な刃物……剣を握っていた。

 

 剣は、工具ではない。切りつけ、突き刺す、闘いのための道具だ。

 闘いのための道具を手にしてやってきたあの者に、当然だけど、私は良い印象を抱かなかった。

 

 それはサリエルも同じだったらしい。

 

「殺気を感じる。敵だ」

 

 彼女がそう断じた直後、空に浮かぶ私達の存在に気づいたか、剣を握った男がこちらを見上げた。

 彼の顔は無表情だったが、滲み出る静かな闘志は、私にも伝わってくる。

 

 やがて闘志は実際の力に変化し、彼の体を取り巻いていた魔力は赤い炎となり、その身を包んだ。

 

「なかなか、手強い相手だな」

 

 サリエルは小さく、自分にだけ聞こえるくらいの声でそう呟いて、一気に翼をはためかせ、男の元へと急降下していった。

 

 炎の剣士に、魔界の天使。

 ひとまず、私は両者の闘いを見守らなくてはならない。

 

 

 

「“月の槍”!」

 

 男の頭上に急降下する最中、サリエルは生命の杖を伸ばし、真っ白な光線を撃ち放った。

 

「ふん」

 

 普通なら一撃で決まる。しかし、男はそれを容易く剣で弾き、払ってしまう。

 この時点で既に、男の力量はかなりのものだと伺える。

 

 サリエルもそれを察したのだろう。剣が光線をかき消した瞬間に降下をやめて、空中に留まった。

 そのまま翼を広げ、杖を構え直し、魔法陣を組み上げてゆく。

 

「挨拶は返しましょう」

 

 が、相手の男も黙って見ているわけではない。

 宙に浮かんでいるからといってサリエルに手出しができないはずもなく、彼は容易に一度の跳躍でサリエルと同高度まで飛翔すると、左手の剣を素早く薙ぎ払ってきた。

 

 サリエルは展開しかけた魔法陣を素早く防御用の魔術に転用し、半透明な力場を生み出して剣閃を防ぐ。

 

 青白い火花が空中に散らばり、力場に刃が食い込んだ。

 しかし、力場は割れない。サリエルの防御魔術が、相手の剣の威力をわずかに上回ったのである。

 

「貴女は……まさか、“死の天使”サリエルか」

「!」

 

 男が言い当てた。名乗ってもいない、サリエルの名を。

 

 まさか彼は、外界でのサリエルの知り合いなのでは……。

 私は一瞬そう思いかけて、判断を遅らせた。

 

「ならば、尚の事放っておくわけにはいきません。天界を追われ、地上を追われた貴女の行く先は……地獄であるべきだ」

「なっ……」

 

 男の身に纏う炎が大きく膨らみ、爆発となってサリエルごと周囲を飲み込んだ。

 炎は真っ赤だが、その温度は色とは違い、かなり高いように感じられる。私が余波を受けただけでも、かなり熱いと感じたのだ。サリエルにとってはたまったものではないだろう。

 

「くっ……!」

 

 爆風に煽られ、サリエルが吹き飛ばされるように煙から姿を表した。

 まだまだ元気だ。戦えるだろう。

 

「そこの貴女もです」

「うん?」

 

 炎を纏い、宙に浮かぶ男が、どうやら私に声をかけているらしい。

 

「後で貴女も、地獄へ来ていただきます」

 

 あらあら、お誘いされちゃった。

 サリエル、こうなったら貴女に勝ってもらうしかないわね。

 

 


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