穢れの浄化植物。私のこの見立ては、外れていないはずだ。
しかしその先はどうにも、難しい。
私のいた時代では、ケナフという植物が二酸化炭素を削減してくれるということで、もてはやされていた時期があった。
ケナフは成長が早く、その分だけより多く二酸化炭素を吸収し、体内中に留めておける。燃やして再び炭素をばら撒いてしまっては意味が無いが、燃やさずに利用すれば確かに、地球には優しい植物だと言えるだろう。
成長が早い、という点では、桃も共通する。
桃栗三年、柿八年。桃は植えてから実を結ぶまで、たったの三年だ。樹木としてはなかなか成長が早い。
……が、成長の早さで言えば、他にも沢山の植物が存在する。
仮にヤゴコロの開発しようとした桃の木を、ケナフのような浄化植物だと仮定するならば、この植物の成長率は非常に高くあるべきだ。その点、桃は不向きである。
桃の木の魔力を通しやすい性質を贔屓目に見ても、それは確か。魔力を吸って幹の中に留めておくならば、それこそケナフのような植物をいじって作るほうが、効率は良い。
……ヤゴコロの考えがわからない。
彼女は、一体どのようにして、地上の“穢れ”を取り除こうというのか。
そして、どこで諦めてしまったのだろうか。
研究が、大きな壁にぶつかった。
私一人による研究が続けられてから、数千年が経過した。
サリエルや神綺に手伝ってもらえないこともないのだが、私の記憶力だからこそ成せる次元というものもある。
彼女らには彼女らのすべきことがある。そう説得して、私は個人での研究を進めていた。
いや、進めていた……という表現には語弊があるかもしれない。
なにせ、研究は未だ、終着点を見せずにいるのだから。
「吸魔の樹、試作サンプル……ツタノゴウ1020、投擲」
一粒の種を軽く放り投げ、粉々に砕かれた魔界の地面に落とす。
種は広大な地面の中央付近に力なく落ちて、しばらくの間、沈黙が訪れた。
しかし、状況はすぐに一変する。
あらかじめ地面に施しておいた土属性の魔力が蠢き、中央の種のあった場所に向かって収縮を始めたのだ。
種は魔力を吸い、根を出し、幹を出し、枝を振り、ニョキニョキと早回しのような速度で育ってゆく。
そう、樹木が魔力を吸い取り、急成長しているのである。
あっと言う間に、荒野の上には一本の樹木が出来上がり、見事なおどろおどろしい葉無しの枝を振りまいている。
が、これだけでも終わらない。まだまだである。
樹木が根本から小刻みに震え、同時に地面も小さく振動する。
低い轟きと共に樹木は段々と地面から抜けて、根をズルズルと上方向へ露出させ始めた。
「よし、発射!」
やがて地面に留まろうとする力と、上へ抜け出ようとする力の均衡が崩れると、樹木は勢い良く、魔界の空を目指して吹き飛んでいった。
軽い爆発のような衝撃と、樹木が飛翔することによる巨大な風圧が、私のローブをばたばたとはためかせた。
高度は十分。
もう少し改良すれば、大気圏を突き破って宇宙空間へと放り捨てる植物……全自動魔力宇宙排出植物が完成するはずだ。
「……でも、絶対にこういう物じゃないんだよなー」
私はキランと光って見えなくなった桃の木を見上げながら、自分の心の内で研究の失敗を悟ったのであった。
「で、結局振り出しに戻ってきたというわけか」
「申し訳ない」
長々と研究をした末に失敗を報告すると、さすがに神綺とサリエルの二人は呆れ気味であった。
当然である。出来上がったものが謎の宇宙ロケット植物なのだ。こんなトンチンカンなものをヤゴコロさんとやらが考えるはずもない。失敗は目に見えていた。単に私が作ってみたかっただけである。
「そもそも、魔力を吸ってどうするんだ。魔力自体は穢れとは直接の関係が無いのだろう」
「うっ」
「ライオネルは、魔力が絡むと暴走しちゃうからー」
サリエルの言うとおり、魔力と“穢れ”というのは、同じというわけではない。
ある意味、魔力は密接に関わっているだろう。だが“穢れ”……原始魔獣と土属性の魔力とは、ほとんど関係ないと言っても良い。
実際、私が作ったロケット植物は、ただ地球から土属性を吹っ飛ばすだけの傍迷惑な存在に過ぎないのだ。
……わかってはいたんだけどね。
作ろうって思ったら、どうしてもね……。