東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

108 / 625


 

 当然その後、枝の製作者であるヤゴコロについて、サリエルにも話しておいた。

 

「ヤゴコロが!?」

「落ち着け」

「うむ!」

 

 そしてご覧の有様である。けど予想はしてた。

 サリエルは本当にヤゴコロが好きなんだな。そのせいでメタトロンに女にされたようなものだってのに。

 

 まぁ、サリエルも天界を離れてから結構経つ。気にするなというのも難しい話だろう。

 

「私は、ヤゴコロという者が作ったこの枝の研究に入ろうと思う」

「ライオネル、それ少し触っても良いだろうか」

「うん。で、研究するに当たって、さすがにノーヒントで始めるのは厳しいところがあるから、サリエルに話を聞いておこうと思ってね」

「これがヤゴコロの……」

「落ち着け」

「おっと、すまん」

 

 そういうおっちょこちょいな所をもっと……まぁ、いいけどさ。

 

「……ヤゴコロについて、サリエルはどれくらい知ってる? 高天原の事情とかでもなんでも良い。とにかく、教えて欲しいんだ」

「ふむ……それが、この枝の研究に役立つのか?」

「まぁ、これを輪切りにして調べていくよりは、ずっと有意義だと思う」

 

 枝はあるが、これはヤゴコロが作りかけた物だ。

 どういう機構が備わっているのかは大まかに理解できたが、本人の口から聞いたわけでもない。全ては化石を見るがごとく、予想する他に解明の手段はない。

 だがそんな予想も、様々な関連知識を身につけていくことで、ある程度精度を高めることは可能だ。

 そのために、ヤゴコロをよく知っているサリエルから、まだ聞いていない高天原に関する話を聞き出しておこうということなのである。

 

「……その枝は……ヤゴコロが諦めた研究の遺物、と言ったか」

「らしい」

「あの聡明な彼女が諦めてしまうほどの研究……私には、想像できない次元だな」

「……」

「もちろん、喜んで協力しよう、ライオネル。この魔界にて、私が彼女の助けになれるのであれば、いくらでも」

「おお、ありがとう、サリエル」

 

 こうして、サリエルが研究に協力してくれることとなった。

 敵を知るには、まず身近な人に聞いてみよう。

 

 

 

 さて、サリエルからの話は、神綺を加えたいつもの三人で聞くことになった。当然、神綺もまた研究協力者の一人である。

 サリエルからの話は、一部ヤゴコロを持ち上げすぎているような部分も見受けられたが、彼女の協力によって得たものは多かった。

 

 曰く、ヤゴコロは高天原(タカマガハラ)におけるかなり上位の存在であり、位としてはイザナギ、イザナミよりも上なのだという。

 日本神話ってアマテラスとかいうのが一番偉いわけじゃなかったのねっていう新鮮な驚きがそこにあった。まあそれはどうでもいいや。

 

 ヤゴコロは高天原に存在する高位の神の娘で、知能を司っているらしい。言ってみれば、高天原の頭脳的な役割を担っているのだそうな。

 重要な決め事がある際には必ずと言って良いほどヤゴコロが乗り出して、事態の解決、改善を模索する。基本的に、高天原は彼女の決定や口添えによって動くのだと。

 

「なるほど……そこまでの知能を持った神様が直々に開発をしているとなると、相当重要な研究なのかもしれないなぁ」

「うむ。合理主義の彼女が手を出すくらいだ。無意味であるとは思えん」

 

 日本神話。いずれ、日本という国を創りだす神様達。

 その神様の研究対象が今、私の手元にある。

 

 無意味ではない。それは、私だってそう思うとも。

 贔屓目もあるが、日本の神様にはなんとなく、そんなことをしてほしくない。

 

「けど、この枝、一体何に使うんでしょうねえ」

 

 そう、問題はそこだ。

 無意味でないのは間違いないが、何に使うものなのか。それが重要である。

 

「観賞用ではない……かな?」

「ヤゴコロは……あまり、そういった方面に興味を示さないな」

 

 ふむ、なんだか私の中でのヤゴコロさんが理系女子って感じのイメージで固まってきたぞ。

 

「枝の中には、魔力を通す管があるんだけど、二人はこの通り道……どう思う?」

 

 魔力は不可視だが、二人ならばある程度は感じ取れるだろう。

 私は枝の中に魔力を流し込み、その様子を二人に見せた。

 

 するとサリエルは興味深そうな顔になり、神綺は“ほえー”みたいな顔になった。

 

「どう、とはどういう意味だ?」

「何に使うのか、とか。そういう予想?」

 

 聞いておきながら、ごめん。実は私もよくわかっていない。

 

「ううむ……何か、いくつかの箇所から漏れているようだが……これだけでは、なんとも……」

 

 そうだよなぁ。

 これだと、ホースの適当な場所にブスブスと穴を空けただけみたいな感じだ。何もイメージできない。

 

「それって、植物なんですよね?」

「え?」

 

 私とサリエルが悩んでいると、神綺が淡々とそう言った。

 

 確かに、植物である。それも人為的に造られた植物だ。

 しかしそれだけでは、この枝の利用法が……。

 

「だったらその穴のある部分から、もっと細い小枝が生えてるんじゃないですか?」

「あ」

「で、葉っぱや実の方まで魔力がつながってたりだとか……」

「それだ」

 

 何故にこんな簡単なことに気付かなかった、私。

 

 そうだ。ただの一本の枝状の部品というわけではない。

 これは植物なのだ。何らかの機能が持たされているのであれば、植物全体で機能すべきである。

 

 そして、これはまだ未完成品。予定されている植物の姿とは違い、欠損している姿である。

 この枝が、植物が完成しているとすれば、それは……。

 

「……研究室に行こう。ここだと試せないことも多い」

「はい!」

「うむ、行こう」

 

 

 

 こうして、枝の研究が始まった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。