東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

107 / 625


 此度の取引は、魔界産大判上質紙五十枚で成立した。

 樹の枝一本に対し、樹木ほとんど一本分の紙との取引である。これが損か得かは、まだわからない。

 

「全ては、この枝を詳しく調べてみてからだな」

 

 クベーラから買い取った、不思議な枝。

 一見するとただの枝だが、こんな植物は見たことがないし、いてたまるものでもない。

 何者かが人為的に、高度な技術で作り上げたものであろう。

 

「クベーラ、最後にちょっとだけ聞いて良いだろうか」

「うむ? なんだ、どうした」

 

 クベーラは他にも取引があるということで、すぐに魔界を離れるつもりらしい。

 今回手に入れた紙だけで満足したようだ。彼の審美眼の基準がよくわからない。

 

 だがいなくなってしまう前に、聞いておくべきことがある。

 

「この枝は、一体どこで手に入れた物? 誰が作ったか、わかる?」

 

 辺境とは聞いた。だが、具体的にどこかは聞いていない。こいつの製作者の名も。

 

「ああ、そりゃあ高天原のものだな」

 

 クベーラは特に考える素振りもせず、即答した。

 高天原。聞いたことがあるぞ。

 

「辺境だが、最近は格の高い者達が現れたのか、勢力が拡大している。ちょっと前から、地上に陸地まで作っているからな。大方、そちらに勢力のいくつかを移住させるつもりなんだろう」

「ほほう……陸地を作るなんて、それはまた実に神らしい……」

「ああ。イザナギだかイザナミだかいうやつらが産んだのだとさ。けどまぁ大きさで言えば……どうした?」

「ライオネル? どうされました?」

 

 あかん、思わずのけぞって頭だけでブリッジしてしまったよ。

 

 い、イザナギとイザナミだって? 日本神話の世界じゃないか……。

 流石の私でもその名前くらいは知ってるぞ……。

 

 ……ま、まてよ。ということは高天原って……やっぱり神の国か。

 それも、日本の神々の住まう国ってこと。

 

 っそいてイザナギとイザナミが陸地を作ったってことは……日本ができたってことか?

 いや、作っていると言ってるし、途中か……?

 

「な、なんでもない。ちょっと魔力酔いしただけだから」

「そうか。魔界人も大変らしいな」

 

 ……日本か。いや、大和と言うべきなのだろうか。わからん。今は日本の、どのくらいなのだろう。

 いやいや違う、思考を逸らすな。今の問題はそこではない。

 

「クベーラ、その、高天原の誰が、この枝を?」

「……ライオネル、ひとつ忠告しておくぞ」

 

 私が気を取り直して尋ねると、クベーラは急に真剣な面持ちとなり、私を真っ直ぐに見据えてきた。

 

「高天原へ、その者を訪ねようと考えているのなら……それだけはやめておけ」

 

 なんでバレた。いや、それよりも。

 

「何故?」

「都合が悪いのだ。あの派閥は、穢れや呪術に対しては、特にうるさい」

「……魔界に対して、あまり良い印象を持っていない?」

「ああ。向こうのイザナギという権力者が、穢れや呪いを嫌っている。疑わしきものは近づくだけで射られてしまうだろうよ。実際、俺も悲惨な目に遭いかけた」

 

 射るって、また弓みたいな……いや、本当に弓なのかもしれないな。

 そして、ただの弓でもないのだろう。

 クベーラもそんな場所を訪れてしまうのだから、よくやるよ。

 

 ……けど、参ったな。

 それだと、魔界出身の私は高天原に行けない、ということになるわけか……それは困る。

 製作者に会い、枝の具体的な使用法や、どこで行き詰まっているのか、どのような場面で使うのかを聞きたかったのだが……。

 

「一応、作った奴なら知っている。確か、“ヤゴコロ”という女だった」

 

 ヤゴコロ。

 

「だが、くれぐれも直接訪れるのはやめておくことだ。魔界と天界を巻き込むような、大きな抗争になりかねんからな」

 

 彼は私に脅すわけではない、単純に釘を刺すような意味で、そう言った。

 

「……わかったよ。ありがとう、クベーラ」

「うむ。神綺よ、くれぐれも、頼んだぞ」

「まぁ、はい」

 

 

 

 直接赴くことはできない。

 又聞きで、見知らぬ私が研究成果を聞き出すようなことも難しいだろう。

 

 だが、ヤゴコロ。

 私はその名を知っている。

 サリエルが口にしていた神族の名がそれだった。

 

 日本の神族の一人、ヤゴコロ。

 

 ……興味深い枝のこともある。コンタクトが取れないからと諦めるのは、早計だ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。