東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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遺骸王の波紋


 

 魔界へ戻った私は、オーレウスとの出会いや、地上での様々な出来事などを、神綺とサリエルに話した。

 特にこれといった土産はないものの、話だけなら沢山だ。

 外に生えている植物、神族が築いた集落、そして天界での魔術の扱われ方など。

 

 特に、天界に対して強い想いを抱くサリエルにとって、今回の私の報告は大きな意味を持っていた。

 

「そうか、魔術がそのような扱われ方を……」

「うむうむ」

 

 彫刻の街の無人ベーカリーで、私達三人が集い、お茶を飲んでいる。

 といっても実際に茶を飲んでいるのはサリエルだけで、私と神綺はいつものビールだ。

 

「確かに、魔術は天界において、強く秘匿、管理されてきたものだ。私やメタトロンであればその力の性質を理解できるが、下層の者達が発見したとなれば、そうはいかず、悪しき力と誤解するのも仕方ない、かもな……」

 

 サリエルは天界で、月魔術の秘密を守り続けてきたという。

 しかしオーレウスが扱う魔術は、彼が独自に編み出し、発見したものだ。自ら発見した魔術までは、いくらメタトロンでも塞ぎようは無いだろう。

 また、オーレウスの他にも様々な神族が独自に魔術と出会い、少々誤解があるとはいえ、魔術の存在自体は段々と天界に認知されてきたらしいので、これから天界は、魔術という新たな力と付き合っていかなくてはならなくなるはずだ。形はどうあれ。

 

「オーレウスが天界を追放されたくらいだし、天界の魔術に対する理解は、かなり低いのかもしれないなぁ」

「いや、下層は私にもわからないが、少なくとも我々のいる上層では、そういった偏見は……」

「魔術って難しいものねぇ」

 

 そもそも神族には、固有の能力が備わっているらしい。

 それこそ魔術並みのものから、一部ではそれさえ凌駕する力もあるのだとか。

 サリエルの持つ邪眼なども、固有の能力の一種だ。

 

 神族の能力は、大なれ小なれ強力である。彼らの場合は、そもそも努力して魔術を体得する必要などない。魔術という力に、長い間自力では気づかないのも、無理のない話だ。

 生まれ持っての力の差を参照する上下関係は、長い間、一部神族たちの原器として扱われてきたが、しかしそれも、魔術の登場によって揺らぐことは必至であろう。

 

 ……まぁ、そこからのことは、正直私もどうだっていいけどね。

 神族同士の諍いは、彼らで好きにやってもらえばいい。

 魔法が悪者のように扱われるのは、ちょっと悲しいけどさ。

 

 

 

「ところで神綺、魔人達の様子はどうかな。元気にやってる?」

 

 私はしばらく放任していた(私の子ってわけでもないけど)神綺の創造生物、魔人達の様子を訊ねた。

 すると神綺はぱあっと笑顔になり、嬉しそうに彼らの近況を話し始めた。

 

「とっても元気ですよ。皆、なかなか私の言うことを聞いてくれませんけど、自分たちの意志で動くし、喋るし……それに、賢くて。一緒にいると、全然飽きません」

「ほほー……」

 

 魔人なら神綺が母としてしっかり手綱を握れると思ったけど、やっぱり言うことを聞いてくれなくなっちゃうのね。

 まぁ、彼女は嬉しそうだし、それでもいいのかな?

 

「けど、最近みんな勝手に出歩くせいで、いなくなっちゃった子がいたりするんですよね」

「えっ」

 

 それって大丈夫なのか。

 

「まぁ、魔界を出れるわけじゃないので、あまり心配はしてないんですけどね」

 

 あ、駄目っぽい。

 

「……神綺、ちなみに、今魔人ってどれくらいの人数になった?」

「え? 二万人くらいでしょうか?」

「そんなに増えたの?」

「はい。創るのも慣れてきたので、一度に十人くらい創る練習を何度かやっていたら、そのように」

 

 なってしまったわけか。なるほど。

 ……まぁ、まぁまぁ、住民は多い方が賑やかで楽しいもんね。

 

 でも急にそんなに増えるなんて、ちょっと私不意打ち食らった気分だよ。

 もうちょっとなだらかに増えて、少しずつ少しずつ文明が発展して、ってなるかなと思ってたんだけどね。うん。

 

 いや、増えちゃいけないってわけではないんだ。

 ただ、その増えていく過程を見れなかったのは、少し残念だなーって思っただけで。

 

 ……なんて口をすべらせると、神綺が“じゃあ消します”とか言って次の瞬間に魔人大虐殺を始めてしまう可能性がゼロとは限らないので、言わないけどもさ。

 

「なんだか、地球も魔界も、人が増えてきたなぁ」

 

 最初は誰もいなかったのに、随分と賑やかになったものである。

 神綺が生まれ、名も無き神が生まれ、アマノが生まれ、そして消えて……。

 

 地上、天界、魔界。

 魔族、神族、魔人。

 

 全てを把握しながら過ごすのは、もう非常に難しくなってしまった。

 四億年前は、全ての生き物を記憶に留め、全ての海藻の性質を事細かに覚えていけたというのに。

 

 ……けれど。

 

「ねえ、サリエルの方にはあの子たち行ってない?」

「魔人か? いいや、私の方には来ていないな。幽玄魔眼を通して見る限り、まだまだ行動範囲は狭いようだぞ」

「あ、そうなの。なら安心だわ」

 

 様々な生命が呼吸をし、様々な想いに従って行動する。

 それが地球の形作った自然の摂理だ。それが地球の尊い姿だ。

 

 手の届かない、目の届かないものが増えて、これからもっと不安にもなるだろう。

 だけど私はそれを当然のものだと受け入れて、自然のひとつとして、一緒に生きていこうと思う。

 その先にきっと、私が求めてやまない、完成され、満たされた世界があるはずなのだ。

 

 人類さん、早く生まれてきてもいいんだよ?

 

 

 


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