東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 元を正せば、神族とは“穢れ”……原始魔獣だ。

 だが神族は特殊な進化により、大元たる原始魔獣とは大きく異なる生態を獲得した。

 それは、両者を参考に生物を創造した神綺の結果を見れば解るだろう。大型原始魔獣を参考にするとウミウシに、神族のサリエルを参考にすると魔人が出来上がったのだ。

 

 ここらへんは少々、私の専門外ではあるのだが、神族と原始魔獣の間に大きな種族性の隔たりがあるのは、まず間違いない。

 実際、原始魔獣は同じ存在を捕食しなければ延命できないのに対し、神族は何を食べずとも、かなり長命なのだから。

 

 種族的な差。実際、それはある。

 しかし、そこに“天界”という地質の影響が関わっていないとも思えない。

 

 永きに渡って同じ土地の上に鎮座し、世界を見守り続けてきた竜骨塔の唯一神、アマノ。

 彼女が座していた大地が浮き上がり、作り出した異空間……天界。

 天界が持つ異質な力には、まだまだわからないことが多い。私からしてみれば、天界がどこにあるかも未だ、謎が多いのだ。

 神族達には、感覚的に天界の位置や入り方がわかっているようだが、私などはどこに位相があるのかも見分けられないし、入り口を作るのだって、前回はサリエルの補助がなければ不可能だっただろう。

 そこらへんの隠蔽は、きっとメタトロン辺りが施したのだろうと思っているが、ひょっとしたら天界そのものが隠蔽機能を持っているのかも……。

 

 とは思いつつ、天界への行き方はわからない。

 サリエルは堕天した後だし、私は入り口を察知できないのだ。

 なので、今は別の方向からアプローチをかけてみることにしよう。

 

 

 

「これが魔力増幅薬じゃ」

「ほほー」

 

 仕上がった薬を見上げ、私は仮面越しにニンマリと微笑んだ。仮面がなくても、ニンマリとしているようには見えないだろうけど、心の中では笑っている。

 

 キノコ採集を続けて三ヶ月。

 目当てだったらしいアブクアワダケ(仮名)が見つかったおかげで、ようやく“必滅の病”の治療薬が完成した。

 

「前にも説明したが、これを飲めば魔力が増える」

「しかし、非常にゆっくりと」

「うむ。まぁ、一度に魔力が増えても困るじゃろうしな」

 

 オーレウスは、出来上がった瓶を机に置き、額の汗をぐいと拭った。

 やはりというか、薬は非常に貴重な品であるらしい。

 作る行程は私をして面倒の一言で済ませたくなるものだったし、件のアブクアワダケも消滅しやすく、とても養殖できる類の材料ではないので、仕方ないのだが。

 

「これがあれば、老いが治る、と」

「そうじゃな。飲めばかなりの間、老いが止まる。個人差もあるが……少なくとも、死ぬことは無くなるのう」

 

 私は包帯まみれの手で瓶を掴み、薬を掴みあげた。

 中身は無色透明。より洗練された効果の薬品というものは、大概は無色になる。

 だからというわけではないのだが、この薬品は確かに完成度の高い品物だ。

 

 私は魔力を周囲から掻き集めるタイプなので、自らの魔力を増幅する事はない。

 なのでこういった薬品を作る機会は、気が遠くなるほどの時間を数えても、今の今まで一度も無かった。

 そんな素人な私ではあるが、オーレウスから教わったお陰で、どうにか薬の作成法をマスターできた。

 材料が都合よく揃うはずがないという問題こそあるが、今度は一人で作ることも可能だろう。

 

「しかし、これをひとつ作るにも大変なんだなぁ……」

「ほほほ、そうじゃろう。だが、ライオネルが居てくれて助かった。すまんのう、商売人というのも、忙しいのだろう?」

「いやいや、全く」

「そうかね?」

 

 そもそも今のところ、お客さんがここにしかおりませんでな。

 

「……そうじゃ、ライオネルよ。今更ながらではあるのだが、お主が持っていればでいい。譲って欲しいものがあるのじゃが……」

「おっ? おおー、なんでしょなんでしょ。何をお求めでござんしょう」

 

 正直、ここまで貴重な品の製作法を見せて貰ったので、そこらへんの魔道具だったらタダであげちゃってもいいんだけど……まぁ、こっちも商売人という体だ。無料であげる、というわけには、一応いかない。

 

「瓶をくれぬかのう?」

「え? 瓶?」

 

 私は仮面ごと“ぐりん”と首を傾けた。

 

「ほほほ、以前ここにきた商人から貰った秘薬の瓶が、なかなか使い勝手がよくてなあ」

「……欲がないなぁ」

「ほっほっほ、ワシゃ欲深いさ。このような薬を頼らずとも良いよう、誰より長く、こうして生きてるんじゃからな」

「……」

 

 私はおどけたように腕を広げ、“ははは”とでも言いたげに振る舞ったが、声は出なかった。

 その時のオーレウスの顔は、とても寂しそうだったから。

 

 

 


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