里の神族たちに混じって生活し、彼らの輪の中に溶けこむことによって、私は少しずつ、彼らを取り巻く状況を把握していった。
何も考えずにオーレウスとキノコ狩りしているものだから、里の住人も私への警戒心を解いてしまったのだろう。重要らしい話も、いくつか聞き出せている。
さて、周囲には天敵である魔族がおらず、平和であるはずのオーレウスの里には、実はたったひとつだけ、頭を抱える問題があった。
それはたったひとつではあったが、神族たる彼らにとっては、とてもとても悩ましい問題である。
何せ、それは自分たちの“死”に関わる問題なのだから。
里には原因不明の“病”というものがあるらしく、それは伝染る、伝染らないというよりは、地上にいる者全てが等しく罹るもの……なのだと、里の皆は口々に言う。
曰く、病にかかった者は、段々と活力を失い、やせ衰え、やがて死ぬのだとか。
私は最初にそれを聞いた時、“殺人犯の100%はパンを食べたことがある”などというような言葉を連想した。
思ったのだ。“当然じゃないか。生き物には寿命があるんだから”と。
そして、はたと気付いたのである。
彼らには、本来であれば寿命らしい寿命が存在しなかったことに。
「地上は、必滅の病に冒されておる」
オーレウスは石鍋の中に乾燥させたキノコの粉末を振りまき、300ccの水に11グラムの貝灰を入れて、石匙でかき混ぜ始めた。
カラカラと石同士がこすれ合う音の中で、オーレウスは続ける。
「ワシが天界にいた頃には、それは魔術や魔界が原因であると言われておった。だが、ワシはそれは間違いだと考えておる」
「それはまた、どうして?」
「確証はない故、あくまで勘じゃがな。地上が死の病に冒されているというよりは、天界という土地そのものが長命の要因そのものだと思っているのじゃよ」
「ほう」
オーレウスは石匙を振って水滴を落とし、私にニコリと微笑んだ。
なるほど、地上の生物が死の病に冒されているのではなく、天界が不死の力を持っていると、そう考えているわけか。
私は天界の事情に詳しいわけではないが、きっとオーレウスの予測は正しいだろう。
アマノの力によって宙に浮かぶ巨大な隔離大陸、天界。それがどのような不思議パワーを持っていたとしても、私は何も驚かない。
それに、神族という種族的特性もある。天界にいる間は何らかの力が影響して不老不死となるが、力の弱い地上では少しずつ衰えてゆく。実にあり得る推論だ。
魔族達がお互いに喰らい合うという行動も、多分それで説明できる。
……そして里の住民は、神族としての力が供給されていないために、少しずつ衰えている、と。
「ある程度、木の実などを食す事によって回復はするし、時間稼ぎにはなる。だが、根本的な解決にはならんのじゃ」
「普通の食べ物でも、延命が?」
それは初耳。原始魔獣のように、同類しか食べられないのかと思っていたけど。
「本当に、ある程度じゃ。気の持ちよう、本人の精神力、様々な要因によって、“病”の進行も変わってくる……悪い方向に全てが揃ってしまえば、とても食事だけでは抑えきれるものではない」
石鍋が真っ赤な火にかけられる。
同時にオーレウスは棚から瓶を取り、粉末状のものを鍋へと振り撒いた。
「原因は、地上というわけではない。天界ではない、それが原因なのじゃ。だが……これは、まさに“病”と呼ぶに相応しい」
沸騰し泡立つ鍋に目を落としながら、オーレウスの表情は暗く、しかしそれ以上に真剣だった。
「堕天した我々にはどう足掻いても避けられ得ぬ、必滅の病なのじゃよ」
「……」
「なんてな」
「え」
私が彼の表情を真正面から受け止めていると、不意にオーレウスは無邪気に笑った。
「まぁ、死ぬ。しかしそれだけじゃ。確かにそれは恐ろしい。しかし、我々は心のどこかで、それを受け入れてもいるのじゃよ」
「死を受け入れている」
神族が、死を受け入れる。
……神様が自分の死を、か。
「もちろん、そのような病、治せるならば治したいとは思っておる。ワシの研究のほとんども、今はこれに注がれておるからな。だが地上に住まう生物たちのように、有限の時の中で生きてみるというのも、悪くはないのかもしれんじゃろう」
オーレウスは気軽に言ったのかもしれない。
けど今の一言は、私の空洞の胸へと、強く、深く突き刺さった気がした。
「自らの生に感謝する。その事を言えば、逆に永遠の命など、無い方が良いのかもしれん」
最後にそう言って、オーレウスは簡易発火魔術の火を止めた。
出来上がったのは、魔術的触媒を多量に含んだ、触媒スープである。
オーレウスはこの液体を用いて、これから薬の作成に入るのだ。
「オーレウス、私も手伝おう」
「おお、それは助かる。ライオネルの手際は、ワシよりも格段に良いからのう」
神族の死生観。それは、何億年も生きてきた私には、容易に想像できるものではない。
だが、これから薬の作成を手伝うにせよ、手伝わないにせよ、この先に待ち受ける結果を、深く想像しなければならないだろうと思った。