東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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遺骸王の覚醒


 目を覚ますと、そこは見知らぬ暗闇の中だった。

 

 私の部屋は、ここまで暗くない。

 深夜であろうとも、アパートの安っぽい磨りガラスの向こうにある街灯のせいで、いつでも室内は薄っすらと明るいのだ。

 完全な暗闇があるとすれば、それは私のアパートのトイレの中か、冬に包まれる毛布の中だけである。

 

 だが、この暗闇はそのどちらとも違うらしい。

 私はここに二つの足で立っているし、両手はしきりに辺りの闇を掻き分けているが、何に触れる気配もない。

 

「はて」

 

 私は不思議さに声を漏らした。そして、その声に驚いた。

 

「なんだ、この声」

 

 声が、酷い。

 枯れてるだとか寝ぼけているだとかではない。経験したこともないほどに酷かった。

 その酷さのあまりに、自らの置かれている謎の闇空間の現状さえ一瞬忘れかけたほどである。

 

「おお……」

 

 声が、低い。二日跨ぎのカラオケの後に扇風機の前で“宇宙人ごっこ”を一日中やっても、ここまで低く、醜い声は出ないだろう。そのくらい、低かった。

 しかもその声が、ただ低いというばかりではなく、ゴワゴワとしている。痰が絡んでいるわけではないのだが、なんとなく粗い麻布で濾したかのような声である。

 

 ……私は、普通に仕事から帰って、普通に眠った。ただ、それだけのはずなのだが。

 

 ここまで異常事態が重なり続けると、私もそろそろ正気ではいられない。

 私はどうなってしまったのか? ここはどこなのか?

 

 求めるものは、辺りを照らす輝きと、自らを見つめるための鏡だ。

 私は状況が転ずることを願い、闇の中で一歩、足を進める。

 

 ひんやりとした……石の感触。

 うん? 石?

 

「アスファルト?」

 

 屋外? 足下は、冷たい。なら、ここは外なのか。少なくとも室内であるはずがない。

 じゃあ、どこ。

 こんなにも暗いのに。月も星もないのに。

 この闇は一体、何なのだ。

 

 明かりが欲しい。自らの置かれた状況を判断する明かりが、とにかく今、欲しい。

 

「何か、光を……」

 

 その時、私の身体が緩やかな“何か”の流れを感じ取った。

 それと共に、私の右手がぼんやりと白く輝き出す。

 

「えっ」

 

 右手が光った。比喩ではない。物理的に、まるでライブの時にぶんぶん振り上げるサイリウムのように、内側から輝いているのだ。

 

「えっ、何……」

 

 輝く右手。闇より暴かれる、私が置かれた状況と、私の身体の状況。

 

 妖しい光によって照らされた床は、平らな石材。

 そして、光源に最も近い私の身体は……まるでミイラのように皺くちゃで、水気無く干物のようにやせ細っていた。

 

「ウギャァアアアアア!」

 

 世にもおぞましい自分の肉体を見て、私は醜い声で大きな悲鳴を轟かせた。

 リアル志向のホラー映画でもなかなか聞けないようなデスボイスが、周囲の空間に響いて、大きく反響する。

 

「……こ、怖っ」

 

 その時、私は自らの悲鳴が身体の見てくれ以上に恐ろしかった事に冷静さを取り戻した。

 こんなことで我に返りたくはなかったが、あまりの恐ろしさにパニックさえ一瞬で鎮まるほどだったのだから仕方ない。

 

 しかし、参った。というよりも、一体何が起こったのかが更にわからなくなってきた。

 

「……」

 

 自らの輝く手を見る。

 そして、それを光源として、床や身体を照らしていく。

 

 身体は、ミイラだ。黒ずんで、ガリッガリで、局所を隠すようにボロ布が巻かれている。

 けれども、身体を確認するために関節を動かしていても、痛みは感じられない。どこかに不調があるでもなく、腹が減っているわけでもない。

 はっきり言えば異常だが、今は異常の飽和状態。それらに一々驚いてはしゃぐほど暇ではない。

 

 ひとまず身体がなんともないなら、後回しだ。次は、自分の置かれている場所を確認しなくては。

 

 

 

「……石の部屋、だな」

 

 輝く右手をかざしながら歩き回り、私のいる場所が密室であることが判明した。

 空間は、一辺五メートル程度の立方体の総石造り。

 灰色の石に継ぎ目はなく、大きな石の中身だけを繰り抜いたかのような、完全な空洞だった。

 どうやってこんな空間を作ったのか。いや、そもそもどうしてこんな完全な密室に私は存在しているのか。そもそもここから出られるのか。

 

 疑問は尽きないが、自らの身体がひとまず無事らしいことに安堵した私は、それらを先送りにした。

 

 わからないことに躍起になったり、翻弄されても仕方ないのだ。

 やるべきは、わかることを確実に遂行し、わからないことを追い詰めてゆくことであろう。

 

「……ううむ」

 

 自分の右手を見る。

 光ってる。それは良い。とても都合がよろしいから。しかし、何故光っているのだろうか。

 

 そういえば、私は明かりを求めていた。それと同時に、この右手が輝いていたのではなかったか。

 とすると、これは私の都合の良い仮説であるが、私の右手は、私の意志によって輝いているのではないか。

 つまり、私がこの光を制御できるのではないか……。

 

「……消えろ」

 

 意思を持って小さく呟くと、その瞬間、私の右腕は電池を枯らしたかのように、すぐに消灯した。

 空間が一気に真の闇に包まれたので、自分で言っておいてものすごく焦る。

 

「か、輝け」

 

 再び呟くと、やはり想像通り、腕が発光した。

 どうやら、私の意志が光に関わっているというのは間違いないらしい。

 

 ということは、つまり。

 

「……左腕、輝け」

 

 更に言葉を重ね、左腕に呼びかける。

 するとこちらも予想通り、言葉のままに忠実に輝きだした。

 

 眩く光る私の両腕。すごく明るい。

 

「イェイイェイ」

 

 私はなんとなく、両腕を使ってアイドルのライブでサイリウムを振る熱狂的なファンの真似事を一分くらい続けた。

 当然、虚しくなったので二度とやらないことにした。

 

 

 


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