真選組屯所。黒々とした墨で書かれた看板を前に声をあげる。
「たのもー」
「あ、酢昆布さんですね、隊長は今訓練場じゃないかな」
立番の人に顔パスをして貰える程度には通いつめている。
でも、今日は総悟じゃなくて――。
「かーもーちゃん!! あそびましょー!」
そんな鴨ちゃんは、兵法書だろうか? 縁台で本を開いて膝に三毛を抱えていた。
ついでになぜか頭も抱えていた。
「君は……」
「どうしたの? 頭痛い?」
「分かってやっているだろう」
「まあ」
スキンシップって奴ですよ。親しみやすさというのが鴨ちゃんには足りないと思ったので添加してみたが、どうやら鴨ちゃんはそれがお気に召さなかったようだった。
座布団を端から引っ張ってきて隣に座る。
お土産のおやつを振ればのそりと鴨ちゃんの膝から三毛は移動してきてくれた。
「それで話って? あ、ジジ抜きする?」
万事屋でぷちブームが発生しているトランプを取り出しながらそう聞いてみたら、いやいい。とやんわり断られた。
そういうところだよという説教は心の中にしまう。
「上が動いている。君に接触があったそうだな」
ああ、そーいう話。
「んー、まぁ、でも大丈夫だと思う」
「否定しないのだな」
まあ、証拠ばっちり抑えているだろううし? ここでウダウダ誤魔化しても、言い負かされるだけだ。意外そうな鴨ちゃんの顔に、その予測はあたっていると確信する。
「鴨ちゃんって性格悪いって言われない?」
「君のように正面から言ってくる人間は少なくともいないな」
ほら、やっぱり鴨ちゃんには『親しみやすさ』って奴が必要なんだ。
それはそれとして、
「心配してくれてるのはありがたいけど、一橋家は将軍への足がかりが欲しくて私を利用しようとしているんだと思う。けど、それは私も分かってるから安心して。いつか土方さんにも言ったんだけど、私は真選組の敵にはならないよ」
「そういう心配はしていない。ずいぶんと甘く見られたものだな」
憮然とした表情に話の運び方を間違ったのだと気づく。
「ごめん、ちょっと機嫌が悪くて、機嫌というかまぁ、なんだろう。とにかくごめん」
なんと説明をしたらいいのだろうか。他人の好意を好意として受け取るのが難しいというのか。
三毛は最後の一欠を食べたところで、ナァーと鳴き声を上げてどこかへ行ってしまった。
「まあ、いい。君が敵に回るというのもぞっとしない話だからな」
「意外とジジ抜き強いよ? やる?」
もう一度トランプを取り出してみれば、先程とは少し違い迷うような顔を見せた。
「いいねぇー、やろうぜー、負けた人間は俺の奴隷な」
三毛は賢いといったのは誰だったか、ドS魔王の降臨を感じ取っていたのか?
振り向けば、総悟がオデコにアイマスクを引っかけて立っていた。
「んー。総悟の奴隷ってのはフェアじゃないから、一抜けした人間の奴隷ってとこでどうよ」
「いいぜ」
バチバチ火花が飛び散る中、腰を浮かせた鴨ちゃんの肩を押さえる。
「まぁまぁ、ゆっくりしていこうよ」
「そうだぜ、親睦って奴を深めようじゃないか」
一度目は負けた私が土方に告白してこいよという総悟の命令を断れず告白したところで、ネタバラシついでに土方さんも加わって、二度目の試合は鴨ちゃんは勝ち、負けた総悟にジュースを奢って貰っていた。
三度目は今度こそ土方さんに詰め腹斬らせようと総悟が意気込んでいたが、差し入れにきたミツバさんが加わり、ミツバさんに負けた総悟が頭を撫でられていた。
そんなこんなんで私以外は平和にトランプ大会は幕を閉じたのだったまる。
「くそ、生き恥を晒した」
「おめーは演技が下手くそなんだよ。なんだよありゃ、首取られるかと思ったわ」
片付けが終わったあとお茶を飲んでいたら、土方さんはそう言って首をさすっていた。
どうやら甘い雰囲気という奴を作り出すように失敗していたようで、あっけなく玉砕した私に総悟は不服そうであったが人選を誤ったとしかいいようがない。
ことの経緯を聞いたミツバさんは怒るでもなく、「あらあら」と笑ってくれていたのでセーフ。
「子供の遊びだと思っていたが……意外と面白いものだな」
カードをパラパラとめくりながら鴨ちゃんがそんな事を言った。
「私もいつぶりかしら。そーちゃんと小さいころはよく遊んだわ」
ミツバさんと総悟が遊んでいる風景を想像すると、互いに相手に負けようと苦戦する姿が目に浮かぶようだった。
ミツバさんと総悟が連れ立って帰って行くのを見送って、さて私も帰ろうかと思ったところで、土方さんに呼び止められた。
「話がある」
「え、告白の続き? やっぱり惜しくなったとか?」
「ちげぇよ!」
そんな全否定しなくても。「これ、断ったら俺殺されるのか?」と真顔で聞かれたのは先程のこと。そんなに嫌か。
ここではなんだからと部屋に呼ばれたものの、障子の戸は空けとけという台詞は矛盾していませんかね? 紳士と捉えるべきか。
「全治半年」
ピンときていない私に「
「あの時は必死だったからね。見逃して欲しいのだけど? 正当防衛的な」
「弾は全部綺麗に貫通していたそうだ。奇跡的に太い血管を避け、臓器にも当たらずに。医者がいうには隕石に当たるほうが容易いとのことだ」
まあ、そうなるようにしたからね……とは心の内で、土方さんの顔を伺うに怒ってはいないが、なんだか眉を寄せ難しそうな顔をしている。
「不幸中の幸いだね」
「そういうことになっているが……違うだろう」
おー、勘がいい。拍手を送ろう。
手を叩いていたら睨みつけられた。心外だ。
一睨みで私を黙らせた土方さんは続ける。
「お前と会った後ぐらいか……。政府お抱えの研究施設が幾つか襲撃を受けた。犯人は不明。攘夷浪士のテロ行為と推定されていたが、捜査は上からの圧力で止められた。もっぱらヤバいもんでも研究していたに違いないって噂だった」
「へー」
ヤバいものね……。地球破壊爆弾とか? それはヤバい。
軽口を叩きそうな顔でもしてしまったのだろう。土方さんの眉間のシワが深くなった。
「お前……郷は『トウキョウ』だったよな」
「うん? まあ、そうだね」
どうしてそんな話がでるのか……と開きかけた口は差し出されたソレを目にして止まった。
どこにでもあるようなプリンのカップ。外れかけたフィルムの蓋に印字されたプリンが美味しそうだ。
ソレはご丁寧に札までついて、重要な証拠品のように丁重に梱包されていた。
エル知っている? プリンってのは卵と砂糖とその他諸々でできているらしいよ? それを知るための成分表の欄の横には本社所在地が書かれている。有名なお菓子メーカーの本社の住所が。
「東京都中央区京橋……江戸ではなく東京の京橋をお前は知っているか?」
「知ってるような知らないような? まあ、京橋なんてどこにでもありそうな地名じゃない?」
「お前の姓は何だ?」
「確か黒島とか? まあ、家柄で人間が決まるわけでもなしに?」
くっきりかっきり黒いマジックでかかれたプリンの蓋に書かれた文字。『黒島キリ』。
共同の冷蔵庫に入れるものには名前を書くルールだったからね。
「襲撃にあった施設から見つかった研究資料だとよ。金庫に厳重にしまわれていたおかげで焼けるのを免れた奴だ」
「きっちりかっきり燃やしたつもりだったのになぁー」
「証拠品だと押収したことが功を奏してな、それの存在を上は誰も知らねぇだろうよ」
「そりゃ良かった」
乱雑に倉庫に突っ込まれたせいでザキが見つけなきゃ、永遠に見つかることもなかっただろうなと付け加えられた。
点と点が結びついて線になったというところか。
「お前は何だ?」
「異世界から呼び出された対天人用汎用人型決戦兵器……にされかけたスーパーの店員だよ。つまりは、ただのスーパーの店員」
ピラピラと手を振るけれど、土方さんの眉間のシワが浅くなることはない。
「謝罪する」
「何に? 田宮を捕まえきれなかった事を? 私を疑った事を? 嘘、ごめん忘れて。土方さんが謝る必要はないよ」
硬質な自身の声に気まずさを覚える。違うのだ……。何を言い訳しようともこぼれた声は戻らない。
哀れみや、負い目を感じてほしくはないのに。許すなと、怒り狂う獣が私の中から叫び散らす。
「すまない」
再度謝罪する土方さんからの謝罪をかわし、屯所をあとにする。
獣は白いのだけで十分なんだけどなぁ……。ねぇ、銀さん。