天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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天国と釜の蓋
JK~常識とは考えるな感じろ~


 バイト先に異三郎は現れなくなった。恐らくだが、アレは私を戦力に取り込むための行動なのだろう。正面切って戦うには分が悪いとあちら側も分かってはいた筈だ。あの会話は売り言葉に買い言葉って奴。

 目の前を子どもたちが走り回る。

 

「まさか吉原に託児所が作られるとは……」

「しかも、公金でなんて。にわかには信じられないわね」

 

 月詠さんと、日輪さんの言葉に拳突き上げる。

 

「働き方改革ですよ! 働き方改革! やっぱり女性が多い職場にはこういう施設も必要じゃないかと!」

 

 毘夷夢星人(ビームせいじん)との取引に条件を一つつけた。それを喜喜は律儀に守ってくれたようだった。政府公認といううたい文句が逆に胡散臭く聞こえたようだが、疑念を抱く母親達を月詠さんと日輪さんが説得してくれた。

 遊女から産まれた子供は殺されるか、捨てられる。免れてもその出生からまともな道は歩めない。

 そんなしきたりはふざけんなとぶち壊した訳だけれど、じゃあ子供達をどうするのか? といえば、百華で面倒を見てもらっていたのだが人手があまりにも足りなかった。

 ならば、託児所を私が作ろうとも思ったのだが、吉原の土地というのはここNY? 上海? というぐらい高い。春雨への上納金やら、吉原の立て直し費用やらで出費が嵩み。お得意の手法で金を準備しようにも――額が額だけに市場の価格崩壊を招きそうで……。

 唯一治外法権的な場所がここ。旧政府庁舎があった場所らしく金では解決できないが――逆に言えば金がなくとも解決できる場所だった。

 

「オイラは運が良かったんだな……」

 

 晴太君が見つめる先では、身寄りのない子供達が集められ、併設する養護施設へ迎い入れられるところだった。

 皆、ボロボロの服を身に纏い、子供らしからぬギラギラとした目をしていた。

 専門家が必要だったが、吉原に来てくれる専門家の宛などなかったので、どうしようと日輪さんに相談していたのだが、喜喜はそれも手配してくれた。まあ、喜喜とは限らないが。きっと部下に気の利く人間がいたのだろう。馬面した片淵メガネのいけ好かないどっかの長官とか。

 この頃の喜喜というのは、利用されるだけのボンボンという印象だったのだけれど――損得勘定ができる頭はあるということだろうか? 予想外。

 それはいいとして――。

 

「保健体育の授業は早すぎるでしょ!!」

 

 びしっと指し示した場所では、幼稚園児達が雄しべと雌しべのぬいぐるみを見ながら先生の周りで体育座りしていた。

 いくらなんでも早すぎるとツッコミを入れると、したり顔で月詠(ツッキー)が首を振る。

 

「子供の内は物覚えが早い。折角の機会なので子供のうちから英才教育を施してやったほうが後々こやつらの為にもなる」

「どんな英才教育!? というか、月詠(ツッキー)は子供がどうやってできるか知ってんの?」

「も、もちろんじゃ――雄しべと雌しべがじゃなこうなんかこう、いい感じになって、キャベツ畑で産まれた卵が人体の中で子供に――」

「なるかぁあああ、そんなんで生まれるのは寄生虫だぁあああ!!」

 

 知ってて欲しい大人が一番知識がなかった。

 幼稚園児の後ろに月詠(ツッキー)を並ばせると、それに続いて百華の連中も続く。いやお前らもなのか――?

 

「月詠は小さいころから修行に明け暮れて、ちゃんと習ってこなかったからね。あの子達もなんとなくは知っているけど、知らないのよ。子を授からないようにと効きもしない御札を握りしめる――そんな連中ばかりなのさ」

 

 頭を抱える私に、日輪さんはそう言って悲しそうに微笑んだ。

 お前の常識は世界の非常識じゃないが、なんか悪いことをしたな。彼女達が自身に与えて欲しかった知識(もの)を子に与えようとしているだけなのか――と思っていたらなにやら怪しい道具が並び始めた。

 

「すとーーーーーぷ!!!」

 

 流石にそれは止めた。そこから大人達を説教して、保健体育は小学校――ここでいう寺子屋で教えて貰うことにした。

 

 

 

 

「疲れた~」

「お疲れ様でした」

 

 万事屋に戻り机に突っ伏す私の隣にコトリとお茶が置かれる。見上げれば新八君が笑っていた。

 そうそうこういうのだ。最近の私、働きすぎだ。こーいうのが必要なんだ。うん。

 

「気持ち悪い顔してんじゃねーよ。しんぱちー、かぐらー気をつけろよー。ロリコンってのは見境ないらしいからな」

 

 そんな私に銀さんがいつもの机に座り、ジャンプを読みつつぞんざいに言葉を投げつける。

 

「きーやんはロリコンじゃありませんー。イケ専ですー。大体ロリコンって言った方がロリコンなんだよ。新八君も神楽ちゃんも気をつけるべきは銀さんの方だからね」

 

 やられたら倍返しだという気力もないので、1.2倍を目標に返す。

 

「イケ専って何アルか?」

「イケメン専門の略」

「はっ、鏡みてからいえよそういうことは」

「銀さんも結野アナを見る半分でいいから鏡見た方がいいよ」

 

 ぐでーっと延びながら続く軽口を応酬する。

 時計の針は午後3時を指していた。5時からバイトが入っている。

 

「夕方からバイトかぁーいきたくなーい。なぜ人は働かないといけないのか」

「命題ですね。あ、銀さん、雨降りそうなんで洗濯物取り入れるの手伝ってもらっていいですか?」

「洗濯物と私どっちが大事なの?」

「今は洗濯物だな」

 

 二人は私を置いていってしまった。神楽ちゃんは再放送のドラマを見ている。机のそばで寝ている定春の尻尾が足にあたっていた。

 世知辛い。


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