電話が繋がらなかった時――私は何を伝えたかったのだろうか? ごめんなさい、ありがとう、さよなら、どれもこれも手のひらからこぼれ落ちる水のようで、最後に残る言葉はなんだろうか。
それを私が知ることはあるだろうか? 知りたいだろうか? 何もないと知って再び後悔するだろうか?
「……一本。そこまで」
崩れかけたビルの中で、静かなお妙さん声が
吹きさらしになった壁面からおぼろ月が見えた。
天堂無心流とビームサーベ流。新八君の剣に応え、最後に勝ったのは尾美一。
蝋燭の火が消えかける寸前、強く燃えるように彼は侍の意地をかけて戻ってきた。
だが、彼自身の肉体は一度波動砲が放たれれば、それに耐えうることはないだろう。
「尾美一さん。空の船は止めました」
「キリさん!」
「きーやん!」
柱の影から姿を表した私に気づき、新八君と神楽ちゃんが声をあげる。
新八君に体を預けていた尾美は「そうか……」と、安心したように笑った。
「なら、わしも最後の一仕事とするか、坂田塾頭、後を頼むぜよ。新坊、お妙ちゃん……ここに戻れて、二人に会えてほんまに良かった。宇宙を旅してちいとは強うなった気がしていたが……。ここに来てようやく本当の強さちゅーもんに近づけた気がするぜよ。サンキューベリーハムニダ」
「
「
剣を杖代わりに立ち上がろうとするのを新八君が止めようとし、その手をそっと尾美が外す。
何も言わずともお妙さんも新八君も、この時間がもう長くはないことを分かっているのだろう。
「
よろめきながら立ち上がった尾美の言葉にお妙さんの口が固く結ばれる。
けれど――
「安心してください。いつまでも泣き虫のまま私達じゃありません。ちゃんと覚えていますから」
「そうです。僕ももう。だから安心してください」
笑って顔をあげる二人に、尾美は驚いたように目を見開き、くしゃりと顔を歪めて笑った。
「そうか。ほんま敵わんなー。強うなったの」
「はい」
「うん」
互いに笑う三人。
その姿に、私は私が迷っていたことを認めることができた。詐欺師というのは本当に心の隅をついてくる。
同じ狢だろうとも、私は私の罪をちゃんと背負って生きよう。
「きーやん……?」
訝しげに呼ぶ神楽ちゃんに笑みを返す。
「尾美一さん、少しいいですか?」
「悪いが……野暮用でな。ちいとばかし時間がない」
私の言葉に、困ったような表情を浮かべる。けれど、続く言葉に目を細めた。
「緊急停止の信号装置を貰いました」
「それは……」
設計図のおまけに貰ってきたモノだ。追加の弾が二、三発必要だったけれど、やはりあった。
「キリさん、それがあればオビワン兄様は……」
お妙さんの言葉に、尾美が困ったように首を振る。
「お妙ちゃん……」
「ここへ来る前に源外さんのところに寄ってきました。ケノフィと尾美一。再び目覚めた時、どちらが目覚めるか分からないと……」
「そんな……」
お妙さんは握った手を震わせる。一度希望を見い出しただけ、その落差は激しいだろう。
「停止している間にゆっくりエネルギーを放出し、害が出ないレベルまで減らします。目覚めさせることができるまで、10年、20年、あるいはもっと……どのぐらい掛かるかは分からないですが……」
彼のエネルギーは彼を生かすためにも使われている。取り外すことは死を意味するとも言われた。
源外さんが頭を捻って考えてくれた唯一の方法だ。それに尾美は首を振る。
「骨を折ってくれて申し訳ないが……わしは」
「もし再び目覚めた時、貴方が貴方でなかったら……私が貴方を斬りましょう。それに貴方は言ったじゃないですか『またな』と。侍は約束を破っちゃいけないんです」
尾美の願いをすり潰すように、言葉を紡ぐ。
きっとこれは彼の為ではない。私の為の言葉だ。
そんな言葉が届く訳はないけれど……。
「キリさんにそんな事はさせません。その時は僕が再び斬ります」
「私も再び見届人となりましょう……それにオビワン兄様は約束を違える人じゃないと信じてますから。『また』ですよ……『また』お会いしましょう」
そっと二人が寄り添ってくれた。
「ほんま敵わんのう……迂闊な言葉は言うもんじゃないな。それに……」
何か眩しいものを見るように目を細め、未来の二人を見たくなってしまったと続いた言葉は十分過ぎた。
尾美が決心したように顔を上げる。
「尾美一さん、『またな』です」
「ああ、新坊も、お妙ちゃんも『またな』」
「はい、『また』」
「『また』です。一兄ぃ」
装置のスイッチを入れる指はもう迷わなかった。