源外さんにより、尾美が倒れた
睡魔に負けた神楽ちゃんを背負って、銀さんは万事屋への帰り道をテクテクと歩いていく。
私はというと、「新八君に付き添われて家まで帰る」か「志村家へお泊り」の二択を迫られどちらも選びようがなく、「万事屋へのお泊り」を選び取り銀さんの後を追う。
お互いに無言でテクテクと歩く。時折、街頭にぶつかる羽虫がパチパチと音を立てていた。
「明日、源外さんにさ、詳しく聞いてきてよ。身内じゃ言いにくいこともあるだろうからさ」
釘を刺す必要性と、自身の罪悪感の間で迷い。そう銀さんに伝えたのは大分後の事だった。
「……そうだな」
気負いのない抜けた声で銀さんは返事を返すと、神楽ちゃんを背負い直す。ゆすられた衝動で首を揺らした神楽ちゃんは一瞬目をさますものの、すぐにまた目を閉じる。
「先にいっとくけど、私じゃどうにもなんないから」
それを見ながら言い訳が口をつく。
「誰も責めねーよ、んなこと。ってか誰かに何か言われたか?」
「新八君にお妙さんのいないところでこっそりと。どうにかならないかって……。無理って伝えた」
奇跡のような万能の力なんて鼻で笑ってしまう。まがい物だ。
本当の奇跡ってのは、手のひらからじんわり溢れてきたり、
「おめーが落ち込んでどうするんだよ。幸いサイボーグだがなんだか知らねェが、ピンピンしてんじゃねーか。気にするな」
明日になればその言葉が気休めにしかならない事を銀さんも知るだろう。
「……嫌だな」
「嫌ってお前な」
ぐちぐちと説教臭く口数の多い銀さんの声をBGMに考える。
どうするのが正しいのか? どうなるのが正しいのか? 私はどうしたい? 彼はどうしたい? 彼は彼のまま死にたい? それとも奇跡に賭けて、運に未来を託したい? 私が彼なら――。
説教を続けていた銀さんがふいに立ち止まり、こちらを振り向いた。
「……なあ。何か知ってんのか?」
本当に嫌だなぁ。嘘を重ねるべきか、誤魔化すべきか考えている間も銀さんはじっとこちらを見ていた。
「……私はあまり関わりにならない方がいいと思う」
耐えきれず本心を告げれば銀さんはわずかに身じろいだ。
「随分冷てェじゃねえか……何があるっていうんだ」
「明日、源外さんにちゃんと聞いてきて。何度も言うけど私は無理だからアテにしないで」
「無理だからって、手を貸さねェってのは……」
「違う!」
思わず強く言い返すと、銀さんはなんとも言えない表情で「そうか」とだけ告げ、再び歩き出した。
嘘ではない。言い訳をさせて貰えば、死者を生き返らせる事が正しいか? という倫理的な問題を問題としている訳ではない。この中途半端な力はどちらを”生かす”か解らないのだ。5分5分。いや、ケノフィが優勢なのであればもっと分が悪い気がする。勘でしかないけれど。
試して、そうして、殺すのか?
――生まれなければ良かった
あの人と同じだ。
夜が明けて、ニュースは
ビーム兵器の輸出入、開発を禁止する法案を提出した地球への逆恨みだ。
私はそんな混乱を尻目に、バイトのシフトが入っていたので、赤いビームを出す相棒を片手に目の前の列を片付けていた。今日の仕事場は人々がティッシュペーパーやら、トイレットペーパーやら、果ては紙おむつまでを買い占めて長蛇の列をなしていた。集団食中毒だろうか? オムツ生活はちょっと勘弁。私も気をつけよう。
だって、どうやって星をぶっ壊すような兵器を前に、それらが役に立つというのだ?
そんな私の前に一人。
「ポイントカードお作りしますか?」
「いえ結構です」
「お会計は……の前に商品持って並んで貰っていいですか?」
「それが既に売り切れてましてね」
「では次回入荷をお待ちください」
「代わりにといってはなんですが、ちょっと責任とって一緒に同行して貰っていいですか?」
「いやいやいや?」
「ああ、丁度いいところに、私こういうものでして……」
私の意思を無視して通りがかった店長を捕まえた異三郎は「ちょっと、代わりに」という一言で、トイレットペーパーの代わりに私をお買い上げなさった。
これなんて人身売買? そんな事を思う暇もなく、私は車に連れ込まれる。
「忙しくないの? 今、大変じゃない? こんな事している場合?」
「知ってましたか? 現場が忙しい時というのは存外上は暇でしてね」
どこに向かうというのだろうか。言葉とは裏腹に、口調の中にいつもとは違う剣呑な雰囲気を含みながら異三郎は車を走らす。
「どこに向かうの?」
「さぁどこでしょうね……。逆に聞きたい。今話題の星間波動ビーム砲、どこにあるか知りませんか?」
「知るわけないじゃない」
「ふむ、貴方の周りが煩かったものでね、てっきり知っているものかと思ってましたが、宛が外れましたかね」
車の外の景色はくるくると移り変わり、既にもう歩いて帰れと言われてもどこをどう歩いて帰ればよいかわからぬ状態だ。
新手の脅しだろうか? 答えるまで帰さないと。
「どうやったら一介のスーパーの店員がビーム兵器なんて持ってるというのさ、ここは修羅の国ですか?」
「昔は侍の国と呼ばれていたそうですよ」
やがて車は大きなビルの地下へとたどり着く、そこからエレベーターを上がって最上階まで登る。ついたのは品の良い調度品がならんだ応接室だった。
江戸の街が一望できる大きな窓の手前にソファーが向かい合わせに一組並んでいた。
そのソファーにこちらを向いて座る男が一人。私達が部屋に入ってくるのに気づくと、立ち上がり人好きのする笑みを深めて歩み寄ってきた。
「足労だった、何分非常事態でな」
「はぁ」
手を差し出しそう伝える男に、社会人としての礼儀として私も手を差し出す。
「非公式だ。楽にせよ」
男は自身が座るソファーの対面に位置する場所を指し示すと、こちらの返事を待たずに再び座り直した。
まあいいんですけどね。
「それで? 一橋家の筆頭様が一介のスーパーの店員呼び出してどんな用?
座る気にもなれず立ったまま睨めつける。
目の前に座る男。この江戸において徳川家と双璧をなす政権の一つ、一橋家の筆頭――
「私を知っているか。話が早い。怖い怖い、そういきり立つな。これから話すことは貴様にとっても悪い話じゃない」
悪い話じゃない? そう切り出される話は大概詐欺だと、隣のベッドで寝ていた鈴木さんは言っていた。詐欺師というのは言葉を交わしてはいけない。そうも言っていた。NOと言おうがYESと言おうが言葉を発したらその手管に巻き込まれるのだとも……。
その忠告に従い黙りこくった私に構わず喜喜は言葉を続ける。
「今、巷を騒がしている
「なるほど、それは災難だったね。折角開発した兵器をよそにくれてやらなきゃならないなんて。だけど、そーいうのをスーパーの店員に愚痴ってどうするのさ。まさか、ミッションでポッシブルな諜報機関とスーパーを勘違いしてる?」
何がどうなってこうなったのやら。とんと身に覚えのない話に
「往生際が悪い……。が、最初に言っただろう『悪い話じゃない』と。我々だってテロリストなんて犯罪者に膝を折ったりしないさ。兵器を提供するフリをして、向こうに渡り彼等の組織を無力化するつもりだ」
「なるほど? じゃあせいぜい頑張って――」
「勿論、彼等も馬鹿じゃない。空のアタッシュケースを貰ってノコノコとお家には帰ってくれないだろう。そこで君にはアタッシュケースの中身の役割をお願いしたい。なに、簡単なことさ。ちょっとした威力実験に付き合ってもらい、後は相手の巣の中で人暴れしてくれるだけでいい。容易いことだろう?」
やんわりと無関係を主張してみるも素気なく無視される。桂さんとは違うタイプだが、コイツも人の話を聞かないタイプのようだ。はて、どうしようか――。
「何度も言わせないで欲しいのだが『悪い話じゃない』と言っただろう。君にも見返りがある。君が暴れまわって焼いてくれたせいで苦労したがね、アレに関する資料の復元に成功したんだよ。それを応用すれば、一方通行だった天女の国とこちらの国の双方向通行だって不可能じゃない」
「不可能だよ」
私は喜喜の言葉を否定する。騙されるものか。
酷く難解な資料だったが、書いた本人に直接読み解かせればそう難しい話じゃない。私を呼び出してくれた研究所の代表を名乗る男は確かに言った「元の世界に戻るのは、理論上は不可能ではない」と。理論上と但し書きがつくからには、現実的には不可能なのだ。それを成し遂げるには――。
「可能だと言ったらどうする? 君がこの資料について知っているのなら話は早い。気にしているのはエネルギー総量の問題だろう?」
「私は何かを犠牲にしてまで、何かを成し遂げたいなんて大層な意思なんてもっちゃいない。だから『悪い話』なんだよこれは」
そうだと胸の中で答える。滝の上から水を落とすのは酷く簡単だが、水を滝壺から滝の上に流そうとなると難しい。そういう理屈だ。水を下から上に流そうとするとするならば、落としたときと同じだけのエネルギーが必要だ。その総量は『アルタナ星一個分に相当する』男はそう言っていた。理論上は可能だが、現実的には不可能な理由。
アルタナが豊富な星というのは、生命が豊かな星ということだ。この地球もまた――。そんなものに手を出してまで戻りたい理由なんてありはしない。
「君は何か勘違いしているようだね。エネルギーというのはなんだって良いのだ。例えば今発射されようとしている全宇宙惑星同盟に向けられた『星間ビーム波動砲』のエネルギーだってね」
ケノフィ、尾美一……。新八君――何かを犠牲にしてまで何かを成し遂げたいなんて大層な意思なんてもっちゃいない。
だけど、もしがあるなら。
「……条件が一つある」
詐欺師とは口を聞いてはいけない。鈴木さんあなたの忠告は存外役にたたなかったよ。詐欺師ってのは口を開かすことにも長けているようだから。