本日の業務も終わり、更衣室のロッカーから携帯を取り出した時だった。珍しく着信ランプがついているのに気づき、画面を開く。
また子だろうか? 高杉に渡した携帯はなぜかまた子に渡ったようで、罵詈雑言から始まったメールのやり取りは時を経て、今日の夕飯の写メを送り合う仲へと進化した。唯一のメル友と呼んでも良い。
今日の夕飯はなんだろうか? 昨日は肉だったから魚かな? と想像しながらメールの受信画面を開くと……。
『キリたんお疲れさま。ちょうど今近くのスタバいるんだけど、キリたんもどうかな? 待ってるヨ(`・ω・´)』
怪文書だった。
無視して帰ろうかと思ったが立て続けに鳴る着信音に反射して次のメールを見てしまう。
『さっきのメールだけど、さぶちゃんからでした☆突然でびっくりした? ごめんね (・ω<) 新作のフラペチーノ美味しいお\(^o^)/』
更に着信音が鳴る。誰か携帯電話を握りつぶさないでおいたことを褒めて欲しい。何度目になるか分からないが、個人情報保護法を一から勉強して頂きたい。仮にも警察だろう。
震え続ける携帯を鞄に押し込み、職場をあとにする。
「待ってましたよ」
相変わらずの私服姿で、コーヒーチェーン店のカウンター席に佇む様は場違いじみたものを感じさせるも、このおもちゃ箱をひっくりかえしたような江戸の中においては私の感覚などあてにならない。現に、周りの人間は距離を置くでもなく普通に過ごしている。単に関わり合いになりたくないとスルーしている可能性も否めないが。
「そこは丁度今来たところっていうのがジェントルなんじゃない?」
「ふむ……」
カウンターでアイスコーヒーを注文するついでにそう声をかける。
注文し終え、
『丁度今きたところだお\(^o^)/』
携帯の画面にそんなメールが届いた。
『本当? よかった!!\(>ω<)/』
コーヒーを受け取りながら、そんな返信を返す。何やってんだろう……。
「それで、今日はどんな用事なんですかね?」
カウンター席の隣に座り、ぞんざいになりつつつある口調でそう尋ねると、今日は今日とてとある反物問屋に一緒に来て欲しいという話だった。ふむと頷きながら、
「そこってどんな店なんですか?」
そう問うと、
「どこにでもある
という答えが返ってきた。ズズズと、ストローでわざと音を立ててコーヒーを啜れば、嫌そうに異三郎は顔をしかめた。
いい気味だと、更に音を立てて啜る。
「もう少し上品に飲めないものですか? 仮にも女でしょう貴女」
「上品に振る舞う相手ぐらい選びますぅー」
結局だ、そのままのらりくらりと押し切られ、まあ想像どおりの『普通の』反物問屋に連れて行かれ釈然としないまま車から降ろされる。
「これっていつまで続くんです?」
「さぁ……私はしがない公務員ですからねぇ、上の命令に従うだけですよ」
愛想の欠片もない顔で言い放たれた言葉は予想通りで、どうしたもんかと頭を捻らせる。付き合う気もないのに曖昧な態度を取るのは相手にも失礼だろう。相手が慇懃で無礼であることは諦めるより仕方ないとしてもだ。憎めないというのはずるい特性だと思うのだ。
結局のところ、流されるままにアパートまで送ってもらい、異三郎の運転する車を見送った。
そんなしつこい勧誘の翌日。バイトの休みということもあって、絶対に携帯を見ないという誓いのもと電源を切り、散歩がてら街をうろつく。
呉服屋や、乾物屋、金物屋、商店街とも違った専門店街がならぶ大通りに沿うように流れる川。それをなんと気なしに眺めていると、川にかかる橋が何やら騒がしい。野次馬根性よろしくちょっと見物しにいこうと近づいていく。
「ビームサーベ流! ビームサーベ流はいかがですか~!」
「今流行りのビームサーベ流。映える! バズる! 間違いなし! さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい」
不穏な単語が聞こえないでもしないではないが、まあおおよそ記憶が間違いなければアレだ。
案の定、目の前で光が天を貫き、轟音とともに橋を打ち壊した。
「ビームサーベ流ねぇ~」
場所を移し、志村家にて紙の輪っかで作った飾りの下、陽気にカラカラと笑う男を見ながらひとりごちる。
ざんばら髪を一つに束ね、額から右頬に斜め走った傷が特徴的な男はオビワンこと、
転送事故で銀河彼方へと転送され生死の境をさまよった後、体の半分をサイボーグ化する事で生き長らえ、紆余曲折のち地球にようやく戻ってきた……んだと思う。思うというか……まぁ、事情を知っているこっちからするとあれだ……。
「いやぁ~。門下生が入るたび、昔もこうやってよく騒いだもんじゃ。ほんま、懐かしいのぅ。お妙ちゃんも大きくなってからに。じゃが、昔から男勝りではあったが……そんなところまで男勝りにならんくてもよかとに」
「あら? そんなところってどんなところでしょうか? オビワン兄様???」
お妙さんの手元の徳利が割れる事にも気付かぬようで、呑気に尾美一は笑い続ける。
その前には対照的な二人。柳生九兵衛――九ちゃんと、近藤局長が呪い殺せるんじゃないかこれ? という目つきで尾美一を見つめている。
「お妙ちゃんの……お妙ちゃんの……」
「恨、恨、恨、恨」
その背景には、にこやかな新八くん、ただ酒だと思って酒をかっ食らう銀さん、良くわかってないが騒ぐのが好きな神楽ちゃん。まぁ、いつもの面子にラー油を垂らしたような面子で賑やかに会は進行していく。
「ワシは銀河一の剣豪になる!ちゅー夢を……」
転送事故後、自身の身に起こったことを説明している最中、まるで電池でも切れたかのように硬直した尾美一は、そのまま前に体を傾け倒れていく。
「
「
「どうしたアルか!?」
お妙さんの悲鳴を皮切りに、新八君、神楽ちゃんの声が響き渡り、周囲の空気が逼迫したものになる。
「銀さん手伝ってください! 神楽ちゃん! 源外さんを!!」
寝室に運び込まれる尾美一。しばらくして、源外さんが神楽ちゃんに担がれるように運ばれてくる。
慌ただしく駆け回る面々を、私はどこか冷めた目で見つめていた。