目を見開き、わなわなと震える月詠さんに対し、地雷亜は目を細め、懐かしそうな顔を崩さなかった。
「何故かと……。そうだな、お前を救いに来たといえばいいか。月詠、その頽落はなんだ。かつてのお前はもっと美しかった。かつてのお前はもっと鋭かった。その様はなんだ。その姿はなんだ。安寧に身を落とし、堕落しきったその姿はなんだ。俺の、俺の作り上げたお前は……
一転、怒りと侮蔑が篭った声に、月詠さんはビクリと身を震わせる。
「……み、未熟の致すところ承知。言葉もござんせん。けれど、決して鍛錬を怠ったことはなく……」
なんとか言葉を紡ごうと、唇を震わせる月詠さんに、地雷亜は首を振る。
「そうじゃない、そうじゃない……俺が聞きたいのはそんな言葉じゃあない。なあ、月詠、その女を殺せ」
「師匠!?」
信じられないというように、目を見開く月詠さんに、地雷亜は言葉を続ける。
「その女、ソイツがなんなのか知っているか? ソイツは種火だ。油のたっぷり染み込んだ種火だ。やがてその火は、江戸中を巻き込んだ大火を引き起こすだろう。お前は護りたいと言ったな。だから俺は技を授けた、だから俺はお前を育ってた。ならばお前は、その任を真っ当しなければならない。そうだろう?」
「どういう……」
「人の身をしているが、ソイツはその身には莫大なエネルギーを宿している。この
「お……お言葉ではありんすが……」
「殺せ」
言い募る月詠さんに対し、地雷亜は他に方法はないのだというように、強く断言する。奥歯を噛み締め、月詠さんは惑うように私に視線を寄越した。
「地雷亜、アンタの欲しいもの当ててあげようか?」
私の言葉に、月詠さんを見つめていた地雷亜が顔をこちらに向ける。
「俺の欲するものがお前に分かるというのか……面白い」
「写し身。アンタが欲しいのは写し身だ。己の写し身……。私を殺す? 悪いけどツッキーには無理だよ。ツッキーはそんな非情な女じゃあない。アンタが思ってるよりずっといい女なんだよ」
「……聞く価値もない戯言だったな。月詠! 苦無を抜け!! 構えろ!!!」
強い怒号に、脊髄反射のように月詠さんは苦無を手にした。そして、手にしてしまった自身を呪うかのように顔を歪めた。
「師匠……わっちは……」
「狙え!」
重ねて告げられる地雷亜の言葉に、ギチギチと、まるでゼンマイの巻かれた人形のように、月詠さんは私と相対する。まるで見えない糸に絡め取られ操られているかのような姿に迷った。何が正しいのか?
と、カツン、カツンと、堅い足音が木霊す。
「吉原一二を争う美女交えて乱交パーティーやってるって聞いてきたんだが……
振り向けば、壊れた機械や、コンテナの間から、にじみ出る人影。ゆるゆるの銀髪パーマネントで、シリアスをぶっ壊しにきたとばかりに、木刀を肩にかけ、銀さんは鼻をほじっていた。
「わらわらと羽虫がよくも群がってくる」
忌々しげに地雷亜が言い捨てる。
「おたくがうんこくせー顔してっからだろ? 羽虫どころか蝿だってたかるだろうぜ」
言葉と同時に銀さんが鼻くそを飛ばす。
カーンと、地面に降ろした木刀の先甲が高い音を立て、響いた。
その音に呼応するように、地雷亜は自身も苦無を抜く。
「……何匹たかろうと同じこと。的が増えたに過ぎん。お前は俺が相手してやろう。月詠、続けろ」
――ダメだ。
そう強く思った。
「地雷亜!!」
再度強く呼ぶ。
――ギンッ
地雷亜の手から放たれた苦無が、木刀に弾かれ鈍い音を立てる。
ダメだダメだダメだダメだ。何か、何か!!
「地雷亜!! 私が!! 私に
ガキッと苦無と木刀が交差する境目。瞼のこそげ落ちたギョロリとした目と視線が合った。
ギチギチとしばらく力比べのように押し付けあった苦無と木刀が離れ、距離を取った地雷亜が値踏みするかのように私を見つめる。
だが、
「月詠」
静な、淡々とした声であった。
「来い」
「……師匠」
迷うような素振りで一度月詠さんはこちらを向いたが、やがて暗闇の中に溶けていく地雷亜の背を追い消えて行った。