紅蜘蛛党を探せば、一ヶ月ほど前に、潰されたという情報を耳にした。何がどうなってそうなったのかわからないが、ともかく、存在しないものは探せない。
人間関係の不和という問題を更に抱え、私は頭痛を通り越して、脳溢血でも起こしたかのような頭を抱えていた。
総悟は、総悟らしからぬ優しさまで尽くして、私を助けようとしてくれたのだ。それを私は有耶無耶の内になかったことにしようとした。ようは気持ちだけを受け取って、流そうとしたのだ。だから腹を立てたのだ……と思う。理由が明確なのであれば、改善し、頭を下げて許しを乞えばいい。頭を下げた相手を許さない程に、総悟は短慮ではない……と思う。
思う、思うと推定の内を出ないのは、私が総悟の内側に上手く踏み込めていない所為なのだろう。総悟を好ましいと思っていたのは事実だけれど、その身の内に深入りする程に、私は総悟を知らなかった。遅まきながら気付く。どこか、総悟とは友人というよりも、共犯者のようなシンパシーを感じていた。総悟が優しいのは知っていたけれど、互いに引いた暗黙の線を飛び越えてくるとは考えていなかったのだ。
と、そこまで考えて、彼の怒りがただの八つ当たりのように思えてきた。なんだって私はそんな押し付けがましい好意に悩ませられなければならないのだろうと、腹を立てること3分。許さざるを得ない事を悟るのに5分。解決策に悩むこと1時間。
諦めて放り投げた。
「万事屋さ~ん、友達と喧嘩した時の解決方法をおしえてよ。ついでに万年痔主の居場所も教えてよ」
万事屋に乗り込んだ私は、銀さん専用の椅子に腰掛けた銀さんの前にある銀さん専用の机に手を突き、身を乗り出すようにせがむ。
「万事屋さんはドラ◯もんじゃありません。なんでもかんでも他人の手を借りて解決しようと思うな」
「確かに、万事屋さんはドラ◯もんほどに有能じゃないね。少しはドラ◯もんを見習って欲しい」
「同意すんのはそこじゃねェよ」
ドラ◯もんじゃないと言いながら、銀さんは読んでいたジャンプを降ろした。
「喧嘩って誰よだよ相手」
「総悟」
「……お前、後ろから刺されるなよ」
「総悟は刺さないよ友達だもの」
「どっから湧いて出んだその自信」
総悟は刺すとかそーいう直接的な攻撃じゃなくて、もっと地味に精神
「そっちはまあいいんだけど……痔のつく忍者しらない? 万年痔に悩んでてボラ◯ノール手放せない奴」
「万年痔に悩んでるねぇ……ああ、三丁目の飯田さん」
「飯田さんが悩んでるのは便秘だね」
飯田さんは厳つい見た目に反して、ストレスを抱えると便がでなくなるというナイーブな大工の棟梁だ。まったくの人違いだ。掠りもしていない。あーだこーだ悩む銀さんの頭の中は糖分しか詰まっていないのだから無理かと考える。
「銀さん」
「……な、なんだよ」
更に体を乗り出し、身動ぐ銀さんをじっとみつめる。
「前から思ってたけど、銀さんパーマいらずで経済的だよね」
「……何、馬鹿にしてんの?」
「それにさ、意外とこまめに爪手入れするよね。深爪気味だけど」
「だから……なんだよ」
「あと、銀さんの目って時々光って綺麗だと思う」
「ふーん」
「私、銀さんのこと好きだなぁ」
「へ、へぇー」
銀さんがやや引き気味で相槌を打ったと同時に、 ガタガタ、バキッバキャッと激しい音がして、天井から何かが降ってくる。
「あ、ああああああなた!! 私の銀さんにな、なななななにいってるのよ!」
天井から降ってきた謎の物体X――さっちゃんは、
「はい。さっちゃん、眼鏡」
「あら? ありがとう」
「どういたしまして」
「じゃなくて!」
差し出した眼鏡をスタイリッシュに装着し、くるりと反転、こちらを向き、さっちゃんは再度ビシリと指差すと、言い直す。
「アンタさっきのはど――」
「ねぇねぇ、さっちゃん、服部全蔵の居場所知らない?」
「なんで私が、というか知っててもアンタなんかに教える訳ないでしょ! というか人の話聞きなさいよ!」
さっちゃんの台詞を遮って問えば、激おこですと言わんばかりに頬を膨らませる。素直に答えてはくれそうにもない雰囲気に、ニンジンをぶら下げてみる。
「教えてくれたら今度銀さんがデートしてくれるって」
「……おい」
「えっ、そんな……本当? いえ、そんなの嘘よ! 騙されないんだから! 今まで押しても倒しても乗っかってもつれなかった銀さんがそんなこと……ははーん。そういうプレイね。二人で結託して持ち上げるだけ持ち上げて、落とす感じ? いいわよ。望むところよ。それもまた……KA・I・KA・NNNNN!」
両腕で体を抱きしめると、さっちゃんは、体をクネクネを揺すりながら「いいわよ、いいわよ」と呟き始めた。なんだろう? この残念な感じ。さっちゃんだからしょうがないといえば、しょうがないのだが……。
「もう一度聞くけど、服部全蔵の居場所に心当たりない?」
「全蔵は……えっ、言っちゃう? 言っちゃうの? キャッ」
「そーいうのいいから早く教えて」
「しょうがないわ。教えてあげる! 全蔵は最近、吉原のブスっ娘クラブに嵌ったみたいで入り浸ってるから、そこに行けば会えるんじゃないかしら。ああん、言っちゃった。早く! 早く! 早く私を罵って! 都合の良い馬鹿な雌豚だと罵って! さあ早く!」
なんというか、階段を三段踏み外した感じの色っぽさで身悶えるさっちゃんにお礼を告げて、私は万事屋に後にする。背後から銀さんの怒鳴り散らす声が聞こえてくるが、「男なんて用が済んだら、ポイヨ。ポイ。まあ、たまに再利用してあげてもいいけどぉ?」と言っていた
再び地下へ。なんだ最初の選択肢が答えに近かったんじゃないか。急がば回れということわざの虚しさを噛み締める。かぶき町を思わせるような一角。看板を確認し、間違いないと暖簾を潜る。
「すみませーん」
「いらしゃ……なによ、客じゃないの? 働きたい口? ダメダメあんたみたいな中途半端。この店じゃ通用しないわ。個性がないのよ個性が」
出会って三秒の他人を否定するだけはある。個性的な顔をお持ちの店員が、店の入り口に立つ私を値踏みするように、上から下へと視線を走らせると、ため息をつきながら首を横に振る。無個性で中途半端という言葉がジワリと心に染み入るが、何事も平凡が一番だと、自分で自分を慰める。
無駄に凹んでいる場合ではないのだ。
「いえちょっと、人を探していて。服部全蔵さーん居たら出てきてもらえませんかー」
「ちょっと!」
大声で呼びかける私を止めようと手を伸ばす店員、構わず呼び続ける私。外れたか? と思ったところで、店の奥からのそりと一人の男が出て来る。薄茶色のざんばら髪が目元を覆い隠し、短いあごひげを持つ男。
「やかましいな。人がいい気で酒飲んでる時に、なんだ?」
「すみません。すぐおとなしくさせますので。ほら、店からでて」
ぐいぐいと私の背中を押しし、店から出そうとする手にあらがい、全蔵さんに告げる。
「
「なんでもいいから、早く出ていきなさいよ……ぐぎぎぎぎっ」
店員が私を押し出そうと更に力を込める。だが、それを止めるように、全蔵さんが肩に手を置いた。
「店騒がして悪いね。そいつはどうも俺絡みの客のようだ。俺ァ、ブス専うたってんだがね……。箸にも棒にも引っかからなさそうな女がどうして釣れちまうのやら」
「日頃の行いじゃない?」
どいつもこいつも失礼な。冷ややかな視線と共に、嫌味を口に乗せるが、全蔵さんは全く意に介した様子もなく、肩をすくめるだけで私の脇を通り、店の外へと出ていく。まあ、店の中で話したい話題でもないしと、私もその後を追った。