天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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相打ち御免

――おちゃらかほいほい、おちゃらかほい、おちゃらか、おちゃらか……

 

 自室の昼下がり。窓の外から子供等の声が聞こえてくる。窓に吊り下げた風鈴がリィンと鳴った。まどろみの中、新八くんの小言と、それに伴う銀さんの言い訳、神楽ちゃんの少しズレた追撃を聞く。

 

『アンタ、また味噌汁にガムシロップとか……カブトムシでももっとマシな味覚してんでしょうよ』

『ばっか。塩スイーツ的な感じでうまいんだって、ほれ、分けてやるから感謝して食うように』

『わぁああああ、何してくれてんですか! 麦茶入ってたコップですよ!? 麦茶と味噌汁とシロップが混じり合ってカオスってる! 牛乳拭いた雑巾みたいになってる!』

『牛乳含ませた雑巾は床掃除に使うといいネ』

 

 ワイワイがちゃがちゃと食卓の上で会話が行き交い、流れで羽交い締めにされた新八君の口に麦茶と味噌汁とシロップが混ざった新食感スイーツが押し込まれる。

 そこに重なるように響いてくる声。

 

月詠姐(つくよねぇ)ってば、オイラにも修行つけてくれよ。スーパーサ◯ヤ人になりたいんだよ!』

『たわけ。スーパーサ◯ヤ人というのは、修行してどうこうなるものじゃない。クリ◯ンを殺された怒り、苦しみがスーパーサ◯ヤ人を生むのじゃ。なろうと思ってなれるものじゃない』

『……やけにドラ◯ンボールに詳しいんだけど。月詠姐(つくよねぇ)もしかして、オイラのドラゴンボール読んだ? その目の下の隈ってもしかして……』

『ご、ごっほごっほ……それより晴太、お前に必要なのは修行などよりも勉学だ。勉学に励んで立派な大人になる。それがなによりの親孝行だと思わぬか』

『かあちゃんは関係ないだろ! 俺がなりたいのは立派な大人じゃなくて、月詠姐みたいな皆を護れる人間なんだよ!』

 

 さらに上書きされるように、響く。

 

『ババア アレ クダサーイ』

『あれじゃわかんないよ。あれってなんだいあれって』

『アレハ アレデスヨ アレ アレダッテバアレ』

『たまちょっと翻訳しておくれ、何言ってるかさっぱりだよ』

『過去のデータから推測するに、「給金はまだかど腐れババア」といいたいんでしょう』

『あんだって!?』

『チ、チガイマース』

『あ、済みません、データが古かったようです。今年のデータを加えると「ババア最近シワが増えたんじゃないか?」でした』

月詠姐(つくよねぇ)!』

『あんだってぇえええ』

『それよりも……』

『銀ちゃーん』

 

「あ、ダメだこれ」

 

 うわんうわんと鳴り響く副音声ならぬ三重音声に首を降って全部の音を遮断する。心なしか頭痛までしてきた。地雷亜の取る手段が見えない中、どうにかその糸を断ち切ろうと試行錯誤してみるのだが、全てを監視するのは無理だ。どうしたものか……。地雷亜の目的は月詠さん。というか、己自身。それに気づいてるのか気づいていないのか、だがそれを指摘したところで、彼の月詠さんに対する執着は消えやしないだろう。多重音声と同じように絡まる思考に嫌気がさして気分転換という名の現実逃避に出かけることにした。

 かぶき町をぶらつく。鬱々とした気持ちとは反対にからりと晴れ上がった空が憎らしい。隕石でも降ればいいのに。

 

「500円見つかったかィ」

 

 どーしてこうも会いたくない時に限って会いたくない人間に出会うものなのか。

 

「見つかんない。総悟ぱくった?」

「ぱくるかよ。俺ァ、お巡りさんだぜィ」

 

 あまり見ることのない着物姿の総悟は、心外なという表情でそう言った。意外と律儀に探してくれてたりしたのだろうか。

 

「ご飯食べた? 一緒しない?」

 

 方向性を見失った罪悪感は、500円(ワンコイン)の蕎麦に姿を変えた。

 

 

 

 

 ズルズルと蕎麦を啜る。いつもなら互いに相手の話を適当に流しながら、喋りたいことを喋る筈なのに珍しく、無言で蕎麦を啜っていた。そんな調子で食べるものだから一杯のかけ蕎麦なんてあっという間に食べ終えて、普段は飲まない汁まで一滴も残さず飲み干してしまった。

 仕方なしに善哉(ぜんざい)を注文して、それすらも食べ終えて、手持ち無沙汰になった私は、コップの中の氷をくるくる回す。

 

「失恋でもしたのかィ」

 

 からんと氷が鳴ったタイミングで総悟はそう口にした。

 

「しないよ。なんで男ってのは女が悩んでたら原因はそれだと決めつけるさ」

「古今東西、女の悩みってのは、そーいうものって相場が決まってんだろィ。でなきゃ、便秘かィ」

「ちがいますぅー」

 

 コップの氷を口の中に放り込み噛み砕く。なんでこーもデリカシーがないのか。

 

「たいして違わねぇーだろィ。糞がつまったような顔してんぜ。出したくてもだせねぇってんなら、手伝ってやろうか」

「総悟っていつから悩み相談受け付けるようになったの?」

 

 デリカシーがない。全くもってデリカシーが足りてない。そしてそんな返答を返す私自身も、デリカシーというものが足りていない。結論、デリカシーなんてものはちり紙に包んで便所へ流してしまうべきである。

 番茶を音をたてて啜る総悟の顔色を伺う。

 

「んでぃ」

「大切なものを護るために、大切なものを犠牲にするのは正しいのか?」

「間違ってるに決まってるだろ」

 

 間髪を入れずに返ってくる潔さが気持ちよかった。

 

「それしか方法がねぇなんて目つむって斬り捨てるやり方が正しいってんなら、最後は何も残りゃあしねーぜ。斬って斬って斬り捨て御免の人生なんて碌な人生じゃねーや」

 

 続けて返ってきた言葉は、重く、見てきたかのような実感が篭っていた。

 

「ならば、大切でないもっと言えば、斬ることでしか救えない何かを斬り捨てるのは正しいか?」

「……間違ってんだろ」

 

 間が一瞬空いた。酷い言葉を投げつけている自覚はあった。これは総悟自身に対する自己否定だ。

 

「私は、そーやって何かを護る事は正しいと思う」

「間違ってるよ」

 

 今度は間が空かなかった。確信をもって伝えられた言葉は、総悟自身を否定し、私を否定しようとしたのだと思う。反対に私は総悟を肯定し、これからの私自身の行動を肯定しようとした。合わせ鏡を相手にするような左右ちぐはぐの滑稽なダンスを私達は踊っている。

 どちらがより正しいかというパワーゲームを生き抜くコツは、そんなものを始めない事だ。

 

「総悟、私は総悟の事好きだなぁ」

 

 総悟は虚をつかれたような顔をして、口をへの字に曲げた。まるで苦手なものを食べてしまったかのような顔だった。ケラケラと笑う私に、ぶすくれた表情で総悟は言った。

 

「アンタはアンタしか見てねぇ。アンタのやり方ってのは、土方さんが言ってたお人形ごっこまんまだよ。テメェーがどうしたいかしかねぇ。周りがテメェに対し、どうしたいかなんてちっとも勘定に入っていやしねぇ。そーいうのは他所でやってくれ。そんなものに人を巻き込もうとしてんじゃねぇ」

 

 怒りすら滲む辛辣な言葉を返した総悟は、勘定といって、私が払うべきものを奪って店から出ていってしまった。それが意趣返しだと気付くのに、しばらく時間を必要としたのは、私が思いの外、総悟の言葉にダメージを受けていたからなのだと思う。

 総悟は、気まぐれなんかじゃなく、真剣に私を救おうとしてくれていたのだ。手痛いしっぺ返しを食らいそれを知った私は、しばらく茫然自失となっていた。

 

 


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