天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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天国に告ぐ
飴ふらし


 飴売りというのを知っているだろうか? 時代劇や、小説では見るものの、真実目するまではソレを専門に商売するなどという事をあまり信じてはいなかった。

 四つ竹の小気味良い拍子に合わせ、唄を歌い、キラキラと光る飴が次々と袋に詰められ、笑顔浮かべる子供達の手に渡っていく。まるで本物の魔法のようだ。

 その魔法を分けてもらうべく、子供等にまじり、飴を選ぶ。

 どれにしようかと目移りする飴をどうにか選び終え、袋に詰めて貰った時の事だった。ありがとうと手を出すも、一向に品物が受け渡されないのに疑問を覚え、顔をあげると、

 

「月というものは……。月というものは空で唯一輝くから美しい、そう思いませんか?」

 

 頭巾の下で、アルカイックスマイルを浮かべながら、飴売りはそんな事を唐突にいい出した。

 なかなかに詩的な事を言う飴売りだと思ったが、どう答えるべきか? と戸惑う私が答えを出す前に、もう一度笑みを深くすると、「変なことを言って済みません。お詫びです。これからもご贔屓に」と、一瞬漂わせた空気をかき消すように、オマケを袋に追加し、再び四つ竹をかき鳴らすと、客を集め集め、行ってしまった。

 

 

 

 

「お邪魔しま~す」

 

 返事を待たずに、靴を蹴っ飛ばし脱ぎ捨て、どたどたと廊下を突き進み、居間で丸まっていた定春に抱きつく。

 

「綿飴食べたい、りんご飴たべたい、ラーメン食べたい、ピザ食べたい、寿司食べたい。新八君オムライス作って地味味のっ!」

 

 思考に引っかかったものから、片っ端から口に出す。

 呆れたような三人の視線は無視した。

 

「いきなりどうしたんですか? またご飯でもたかりに来たんですか? いい加減自立しないと婚期逃しますよ?」

 

 自立? このセクシーな二本のおみ足が見えないの? 眼鏡の度数あってないんじゃな~い? 新八君の台詞は聞こえないフリをして、ぐしゃぐしゃと定春の毛をかき混ぜる。

 

「落ち込むなヨ。料理の腕だけが女の魅力じゃないネ」

「卵かけご飯しか作れない奴が言っても説得力ねーよ」

 

 首をひねると、銀さんは銀さん専用の椅子に座り、行儀悪く机の上に足を投げ出してジャンプを読んでいた。神楽ちゃんはソファーで、バタバタと足を投げ出し、お煎餅をかじっている。

 ポロポロと零れ落ちる煎餅屑を見て、新八君は眉を潜めた。

 

「ダラッダラ、ダラッダラ、アンタ達は……少しはシャキッとしたらどうなんですか! 背筋を伸ばしてきりきり働く。それが正しい人間ってもんでしょ!」

「働くったってなぁ~」

「依頼ゼロ、連続記録更新中ヨ」

 

 神楽ちゃんが指し示すカレンダーは真っ白。指折り数えてみるが、記憶が正しければかれこれ一ヶ月近く依頼らしき依頼はない。『たかり』と言われたが、現在、万事屋で消費される食糧のほとんどは私の差し入れで賄われている。どうだ偉いだろ! 土下座して、靴を舐めろ。

 

「くうん」

 

 べろりと定春に頬を舐められた。

 親の敵かのなにかのように、カレンダーを眺めていた新八君だったが、何かを決心したよう頷くと、くるっとこちらを向いた。

 

「だったら……」

 

 続くお小言はりんりんと鳴り響く黒電話に中断された。銀さんから神楽ちゃんへ、神楽ちゃんから私へ、私から定春を素通りして新八君へ、お前取れよという視線がリレーされる。

 深い溜息をついて、アンカーとなった新八君(苦労人)は、受話器を取った。

 

「依頼!? は、はい! 承ってます! なんでも任せて下さい! 来週の月曜日ですね!!」

 

 食い気味でまくし立てられる言葉に、銀さんと神楽ちゃんが聞き耳を立てる。口ぶりからするに仕事の話だろう。 来週、来週と脳内のスケジュール帳を捲ると、丁度バイトは休み。神楽ちゃんとケイドロをする約束は延期するとして……墓でも参ろうか。そろそろ四十九日とかいう奴。夜兎にそんなものがあるかは知らないけれど。

 そんな事を考えていたら、チリンと音を立てて受話器が置かれた。どうやら話がまとまったようだ。

 

「聞いてたと思いますけど、来週月曜日、仕事が入りました。依頼内容は大掃除! 忘れないでくださいね。特に銀さん、二日酔いで仕事にならない、なんて勘弁して下さいよ」

「わーってますぅ、来週月曜日ね。はいはい、二重丸と」

 

 念を押すように、指をビシッと指した新八君に生返事を返した銀さんは、机の上の筆立てからサインペンを取り、キュッとカレンダーに二重の丸をつけた。

 その二重丸をじっと新八君は見ていた。

 

 

 

 注文通り作ってくれたオムライスのケチャップの残りを水で洗い流しながら、新八君と並ぶ。

 泡を付けた皿をリレーしながら、会話をリレーする。それが途切れる。会話の代わりに、水音と食器の触れ合う音だけが台所に響く。

 そういえばと、ふと思い立ち口にする。

 

「来週月曜日、なんかあった?」

「えっ」

 

 驚いたように、新八君の肩がゆれる。

 

「カレンダー、悩ましげに見てたじゃない」

「なにかって訳じゃないですけど……」

 

 更に追求すると、眉を八の字にしながら、言いよどむ。その表情はなにかあると言ってるようなものだった。

 ふむ……。

 

「来週月曜さぁ、丁度バイト休みなんだ。用があるなら、代わろうか?」

「いえっ! 仕事なんですから! 代わるだなんて、そんな!」

「やっぱり用事あるんじゃん」

 

 うぐっと喉を詰まらせた新八君はしぶしぶという感じで、口を開いた。

 

「実は、お通ちゃんの記念ライブが……」

 

 ごにょごにょとした口ぶりの後には、仕事は仕事、趣味と混同させるのはと、自身に言い聞かせるような未練がましい言葉が続いた。結局、「悪いですってそんな」「いいじゃんいいじゃん、たまには」などという応酬の末に、押切り勝ちで、新八君は鉢巻しめてお通ちゃんのライブへ旅立っていった。

 

 

 

 

 依頼日当日。若手実業家を名乗る依頼主の後についていけば、由緒正しそうな白壁に黒い瓦屋根のりっぱな倉。その扉をあけると、葛籠や甲冑、掛け軸だろうか? 長筒物が雑然と積まれていた。

 

「お宝! お宝! ひゃっほい!」

「はしゃぎ過ぎてモノ壊すなよ」

 

 テンションの上がった神楽ちゃんに、銀さんは念押しするよう釘を刺していた。私も、多少興奮気味に、あるところにはあるもんだなぁと、上に下にと目を走らせる。

 そんな三人の背後から声をかけられる。

 

「今日は、倉の整理をお願いしたくて……。()()にお願いしますね。それでは――」

「あっ、オイ、戸は開けて……」

 

 入り口に立つ依頼主は、そう言い残すと、銀さんが止める間もなく、バタンと倉の戸を閉めると去っていった。

 外界と隔絶し、一気に暗くなった室内に、しかたねぇなぁと銀さんは閉められたばかりの戸に近づく。

 それを尻目に、薄暗いひんやりとした土蔵(どぞう)に積み重なる葛籠(つづら)。その一つをなんの気なしに開けると――。

 

「これって……銀さん!」

「あれ? 開かねぇ」

 

 私と銀さんの声はほぼ同時だった。嫌な予感が――。

 低く鈍い爆発音と激しい振動が、一週間前まで『売家』と看板が立っていたその敷地を襲ったのはその直後だった。

 

 

 

 

「災難でしたね、ガス爆発に巻き込まれるなんて。水道管と間違えてガス管切っちゃったんですって?」

 

 万事屋の居間の中心に置かれたテーブルにコトンと淹れたばかりのお茶を出しながら、新八君は眉をへの字に曲げていた。

 事件の後、警察の事情聴取などというものに巻き込まれ、ようやくの帰宅。ウキウキ気分で帰ってきた新八君は、告げられた内容に、テンションを下げてしまっていた。

 

「まったくヨ。うっかりにも程があるアル」

 

 神楽ちゃんは湯呑みを手に、ふんっと鼻息荒く、ぷりぷりと怒っていた。銀さんも、銀さんで、

 

「ったくよ、依頼人もどっかばっくれやがるし、まじ災難。いやぁキリがいてくれて助かったわ。まじで、いや、まじまじ」

「ああ、えっと、うん」

 

 四人分だされた茶請けの饅頭。私の分だと出してくれたであろう饅頭が銀さんの口の中に放りこまれるのをぼんやり見ながら、生返事を返した。お通と焼き印が押されたそれは、新八君のおみやげだった。

 見え透いたおだてじゃあ、ごまかされないよ? と奪い合う気にはどうしてもなれない。

 倉にあった葛籠(つづら)の中身――。黒い――まるで花火をバラして遊んだ時に見たような粉。それがぎっしりと詰まっていた。()()()()ねぇ……。

 

「どうしたアルか?」

 

 あれ、バレてない? と首をひねる銀さんの饅頭を神楽ちゃんがこっそり奪い取り、もさもさと口を動かしながら首を傾ける。

 

「なんだか疲れたみたい。今日はもう帰るね」

 

 苦笑まじりの言葉を合図に、自分の取り分が神楽ちゃんの胃の中に収まっている事に気付いた銀さんが取っ組み合いを始める。

 「おう」というのは、銀さんで、「はいヨ」というのは神楽ちゃん。バタバタとやり合う合間に交わされた言葉を背に戸に向かう。

 

「まったくもうあの二人は……。気をつけて帰って下さいね」

 

 唯一、玄関先に見送りに来てくれた新八君が、ぼやきながら告げる。

 

「新八君も気をつけてね? 火の始末とか、ガスの元栓、ちゃんとね」

「はははっ、そうですね。昼間に続いてうっかりなんて、シャレにもならないですよ」

 

 冗談交じりに、けれど不安を含んだ視線で挨拶を交わし、万事屋を後にした。 


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