天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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フェイタルチルドレン

 戦闘の傷跡が生々しく残る廊下や階段を突き進む。私がそこへ辿り着いた時には、神威は既にその場を立ち去っていた。

 月詠さんは晴太君を庇いながら扉を背に、構えを解かずにいる。

 

「阿伏兎」

 

 牽制する。

 

「そんな怖い顔しなさんな。これでも『ビジネスは誠実に』をモットーとしてんだ。おたくが約束を守ってくれる限り、手は出さねぇよ」

「アンタの上はそうでもなかったみたいだけど?」

 

 べったりと粘ついた(おり)が口から溢れ出るようだった。

 上の尻拭いをするのが下の役目だというのなら代わりに――。そんな愚にもつかない言葉が後を追って飛び出そうになるのを(こら)える。

 阿伏兎は耳に突っ込んでいた小指を顔の前にもってくると、ふっと吹いた。

 

「団長が殺らなきゃ。俺が殺ってた。そうじゃなきゃあるいは――。自ら幕を引くってのも悪かねぇがな。どの道、結末はたいして代わりゃしねぇだろうさ」

 

 どくんと心臓が跳ねた。皆、間違ってる――咄嗟に思い浮かんだ言葉は、自己弁護に過ぎない。

 

「…………」

「いちいち睨むんじゃねーよ。夜兎ってのはそういう生きもんなんだよ。だからアンタは甘いのさ。ま、団長はあわよくばと思ってたかもしんねぇが、それこそオマケみてぇなもんだろうよ。これに懲りたら、中途半端な覚悟で大人の世界に首突っ込むのは止めるんだな。次、首掻っ切られるのは、そこのガキかもしれねーぜ。これはビジネスパートナーからの忠告だ」

 

 痛み入る。そう返した声は(かす)れていた。甘いのは分かっていた。だが、知らない事を知らないのだ。それを身につまされる。何を以って美しい生き方とするか。その認識が違えば、無様に散らせるしかない。甘い。全く()ってその通りだった。

 すれ違い様、私にしか聞こえない声で「三日後、上の店で」と言った。上の店。阿伏兎と私が知っている店といえば『からくり堂』のことだろう。そう言えば、口利きをすると約束をしたのだった。

 

「何がどうなったのかは知らぬが、ぬしは――敵か?」

 

 月詠さんが目の前で困ったような顔をしている。ああ、彼女はまだ何も知らないのだ。

 

「女の敵は女って意味ならそうかもしれない。だけど今は通して貰えるかな?」

 

 月詠さんが身を引いた。その後ろに隠れていた晴太君は怯えるように後退(あとずさ)る。

 無理もない。

 

 鉄芯の入った分厚い扉が、何者をも通すまいと、目の前に立ちはだかる。作らせた人間の妄執を具現化した姿に、地下の座敷牢が生ぬるく感じた。

 力仕事はうんざりだったので、内側の閂を外し、扉を押す。丁寧に手入れされていたのか、音も立てずに開いた。

 行灯(あんどん)が、板張りの6畳と、そこに並ぶ鏡台や布団、衝立を照らしている。その真中で、こちらをひたりと見据え、一人の女性が座っていた。高く結い上げた髪に、金の簪を幾本も刺し、品の良い朱色の着物が長く足元を覆い隠していた。 

 

「日輪さんですね?」

 

 確認の言葉に、日輪さんは警戒を露わにして、眉を寄せる。チラリと後ろを振り返ると、恐る恐るといった風に晴太君が部屋を覗いていた。

 

「……そうだけど。アンタは?」

「どっかの馬鹿の代理人です。少し、失礼します」

「ちょっと、なにをするんだい」

 

 足元に(ひざまず)き、その着物の裾を(まく)る。静止しようと手が伸ばされるが、その手が辿りつく頃には、踵に刻まれていた十字の傷は痕跡を消していた。日輪さんを縛り付ける為に、夜王鳳仙が奪った羽だ。

 消した後、跡ぐらいは残しておいた方が良かったのかもしれないと気付く。夜王が藻掻き手に入れ損なった証拠を。

 

「……なにをしたんだい」

 

 確かめるように、震える指先で足の腱に触れる。続いて、足首をゆっくりと傾ける。

 

「日輪さん、貴方に会ったら一つだけ聞きたかった事があるんだ」

「……あんたには返さねばならない礼がたんとできたみたいだね。私に答えられる事であればなんでも聞いとくれ」

「もし、もし子供を殺そうとした母親がいたとしたら、それはどうしてかな?」

 

 命を賭して子を護ろうとしたこの人なら何か分かるのではないか? と思った。

 足を撫でていた日輪さんの手が止まる。息を押し殺し、何かを選ぶように時間をかけて答えは返ってきた。

 

「愛憎は表と裏。どちらが本当の理由なんてわたしには分かりゃしないよ。だけど、どんな事情があるにせよ、子を殺す母は、それはもう母親じゃない何かだ」

 

――それでも子供にとっては母親なのだ。

 

 その言葉を飲み込む。

 

「答えてくれて、ありがとう。晴太君!」

「!?……な、なんだよ」

 

 突然の呼びかけに応える声は上ずり、どことなくぎこちなかった。

 

「お母さん、会いたかったんじゃないの?」

「なんでアンタがそんな事を知ってんだよ」

「知ってるから知ってるんだよ。流石天下の日輪太夫。お茶代は少し高かった。無駄にしないでね?」

 

 私は坂田銀時にはなれない。朗々と語る言葉はなく、ぎこちなく歩みよる二人を置いて部屋を出る。

 部屋から出たところで、腕に包帯を巻いている月詠さんと目が合った。

 

「ぬしはこれからどうするつもりじゃ」

「上に帰るよ。門限過ぎちゃったけど、夕飯残しておいてくれたかなぁ? 最近、眼鏡のお母さん厳しいから」

「気をつけろ、ぬしが思っているよりも吉原の闇は深く暗い」

「皆して、口々に(いさ)めにかかるのはなんでだろう? でも、気をつける。ありがとう」

 

 月詠さんは、顔を(しか)め、最後に包帯をギュッときつく絞ると、懐から煙管を取り出す。だが片手では火がつけれない事に気付き、咥えるだけにとどまる。

 

「火、借りる?」

 

 指先に灯った火を差し出すと、月詠さんは臆することなく顔を寄せた。

 

「ぬしのそれはなんじゃ、奇術か妖術か?」

 

 味は変わらないんじゃなと、確かめるように煙を吐き出しながら、月詠さんは問う。

 

「天女の羽衣。そーいってた人がいた。じゃあ、私本当にそろそろ帰らなきゃ。人様の家、荒らすだけ荒らして悪いんだけど、後始末お願いしていいかな? やりくりも任せるよ。あ、でも立場上私が責任者って事になってるから、何か揉め事が起きたら、かぶき町の『万事屋銀ちゃん』ってお店に来て」

「待ちなんし。ぬしの目的は果たせたのか?」

 

 後ろを見る。

 晴太君が懐から取り出したお金に、日輪さんが理由を問いただし、頬をひっぱたく。あまりの剣幕に泣き出した晴太君につられ、日輪さんも泣き出した。涙を流しながら抱き合う二人は、他人の承認なんてなくとも、立派な親子だった。

 

「十分果たせたよ」

 

 月詠さんが紫煙を吐き、そうかと笑った。

 そんな三人を置いて地上に戻れば、冷蔵庫の中にコロッケが2つ、キャベツの千切りと共にラップされ残っていた。

 

 

 

 

 

 あの騒動から三日後。約束通り私は『からくり堂』の前にいた。

 『からくり堂』からは、やいのやいのと、やり合う声が表まで響いている。何をやってるんだか……。

 

「オプションパーツとして、超高速ドリルへの変形と、高枝切り鋏のジョイント、ついでに今なら出血サービス、この不動丸の腕もつけて、どうだ」

「ほう、そりゃお得だねェなんていうと思ってんのか? 耄碌(もうろく)ジジイ。つか不動丸ってなんだァ?」

「文字通り動かねえ失敗作のロボットだ」

「誰か消費者庁の番号を教えてくれ」

「ふむ、なら粗大ごみの回収費用を相殺して、こんなもんか」

「そうじゃねぇ、オプション全部外せ」

 

 電卓を弾く源外さんに対し、阿伏兎はげんなりした口調で返す。ごめんくださいの言葉で二人が振り返った。

 

「オイ嬢ちゃん、安くするつったのはどこの口だ? このジーさん、安くするどころか、ふっかけてきやがるんだが?」

「口利きはするけど、安くなるとは言ってない」

「……そう言われればそうだな。ジジイ、これでどうだ?」

 

 電卓を奪って金額を提示する阿伏兎に、源外さんが難しそうな顔を一つして、奪い返した電卓を弾く。

 

「人の自信作を即壊したに飽きたらず、また急ぎたー、随分な話じゃねぇか、こんなもんだろ」

「思ったよりも出張が長引いてな。残してきた仕事が山積みだ。とはいえ、二回目だ。こうなるハズだろ」

「馬鹿言うんじゃねぇ、そう簡単な話じゃねぇんだよ、これぐらいが妥当だろ」

 

 それからしばらくやり取りは続き、どうにか折り合いがついたのか、お互いを認め合うような硬い握手をして商談が終わった。

 

「とはいえ、日程的にギリギリだな、早速仕事に取り掛からねぇと間に合わねぇ。まずは買い出しからだ。悪いが、店番頼ァ。オイ、鉄の字、行くぞ」

 

 源外さんはそう言うと、奥にいた鉄矢さんを引っ張って、店から出て行ってしまった。

 

「と、部外者もいなくなった事だし、仕事(ビジネス)の話に移るとするか」

 

 適当な木箱に腰掛けた阿伏兎は、足を組みこちらに向いた。

 

「単刀直入に言う、吉原は今後どうなる?」

「そうだな、過去の事例から考えるとまず足がかりに下っ端共が『用心棒』として店に入り込む。で、繋がった先から、薬、非合法サービス、人身売買を手がけ、まあ後は生かさず殺さずってとこだな」

 

 腐っても海賊って事か。

 

「金だけで解決はできない?」

「やり方次第だが、メリットがない。そんな面倒を押し付けるのであれば、何かしらの旨味がなけりゃあなぁ」

 

 旨味、メリット、リターン。阿伏兎が欲しい物はなんだ? 人か? 金か? あるいは情報――例えば天導衆や元老院の。いや、違う。春雨ならともかくも、第七師団が欲しがるか? 火の粉を撒き散らすだけだ。商品になりはしない。

 ならば――。

 

「一回。一回だけ、どっかの海賊王を目指す馬鹿の尻拭いを手伝ってあげる。それで手を打って貰えないかな?」

 

 

 

 

 ダンボールに、銅線やら、基盤やら、モーターやらをつめて源外さんと鉄矢さんが帰ってきたのは、阿伏兎が店を後にしてから、しばらくしてからだった。

 

「オイ、それはそっちじゃねぇ。まずは、上腕部の部品を削りだしてこっちとくっつけて、違う、ガチガチにする奴があるか、そこは、そうそうだ」

「はい! 師匠!!」

「うっせーつってんだろ! 返事はいいからとっとと手を動かせ」

 

 鉄矢さんが火花を散らしながら部品を削り出す傍らで、源外さんは何やら複雑な配線で電子基板を組み付けていく。

 割り込むのも悪いと思ったが、これ以上の先延ばしは躊躇(ためら)われたので、懐から試験管を取り出し、源外さんに声をかける。

 

「忙しいとこ申し訳ないんだけど、もう一つ頼まれてくれないかな?」

「商売繁盛、貧乏暇なし。なんだ? 無茶は程々にして欲しいがな」

「これ見て」

 

 手を向けて、赤い液体で満たされた試験管を、源外さんに見せる。

 

「なんだこりゃ」

「血液」

「血液? 俺の専門はからくりだぞ。そういうのは医者に持っていけ」

 

 源外さんは一旦手を止めて、試験管を不可解そうに見ていたが、自分の守備範囲外の代物だと知るやいなや、しっしっと追い払うように手を振った。

 

「違う違う。調べて欲しいのは、血液そのものじゃない。含まれている筈なんだこれに――ナノマシンが」

「ナノマシン?」

 

 疑わしげに、語尾を上げ、貸してみろと試験管を奪い取った源外さんはそれをクルクルと回しながら観察する。

 

「ナノマシンを無力化する方法を探して欲しい。出来るだけ早く」

「出来るだけ早くつったってな。まあいい、やれるだけやってみるさ」

「ありがとう」

 

 用が済んだのだ。これ以上邪魔するのも悪いだろうと、引き上げようとした時だった。

 

「おまえさん、あんまあの男に深入りすんじゃねーぞ。ありゃあそうとうにヤバイ相手だ。身持ち崩すどころか、使い潰されて地獄を見るぞ」

 

 一瞬遅れて、源外さんが言う、『深入り』の意味を察した。

 

「違うから。そーいうんじゃないから」

「ならいいがな。気をつけろよ」

「はいはい。じゃあ、それお願いね。絶対だから」

「あいよ」

 

 何重にも念を押して店を出る。この世界が一周目でない事を祈りながら。


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