時間を潰すといってもやることはなく、つけっぱなしのテレビをダラダラと見つめる。
隣で、新八君がお通ちゃんのCDを聞いていて、少し羨ましく思った。貸してって言ったら喜んで貸してくれるんだろうなぁー。でもなぁー。これ以上踏み込む事は戸惑われて、マヨネーズ屋さんが主催する料理番組を見ている。
適量のマヨネーズをと、少し小太りなおばさんが、スプーン一杯程のマヨネーズをガラス容器に入れたところで、適量がそんなものでは済まない人を思い出す。土方さん元気でやってるかなぁー。もう会う理由もなくなった真選組の面々。
イカンな、やっぱり万事屋に居てはダメだ。生乾きでもいいから、適当な事を言って出よう。そう決めた時だった。
玄関のドアが乱暴な音を立てて鳴った。
「新八出ろヨ」
「えー、もうしょうがないなぁー。はいはい、どちら様ですか?」
ソファーに寝そべった神楽ちゃんがそういうと、ヘッドフォンを外して新八君が玄関に向かう。お客さんかな? 丁度いい、それを理由に出よう。神楽ちゃんに声をかけようと、そちらへ向く。
「神楽ちゃん!」
「えっ、ちょっと勝手に入ってこられては困ります!!」
私の声じゃない、野太い……聞き覚えのある渋い声と、焦る新八君の声。
廊下から現れたのは、特徴のある、砂色のダボついた衣装を身にまとったガタイのいい中年オヤジ。
「ぱ、ぱぴー?」
「えっ、この人神楽ちゃんのお父さんなの!?」
「神楽が世話になったな」
戸惑う新八くんを置いて、星海坊主さんはそういうと、神楽ちゃんの真向かいにドカリと座った。出て行くタイミングを失った私は端で縮こまりそれを見つめる。
「パピー何言ってるアルか、私が世話してやってんのヨ」
「相変わらずだな、神楽ちゃんは」
「本当に神楽ちゃんのお父さんなんですね、あ……銀さん起こさなきゃ!」
「銀さーん」と言いながら、和室の襖を開け、寝ている銀さんを起こす新八君。「銀? 誰だ?」そんな事を言う星海坊主さんに、神楽ちゃんが順序立てて説明している。
「今のダメな眼鏡が、新八ヨ。あっちで寝ているダメなモジャモジャが銀ちゃんネ。両方私が
もうここまで来たら嫌な予感は確信に変わっていた。息を潜め、こっそりと鳥を飛ばす。
「神楽の父親だぁ? このうっすらした奴が??」
二日酔いでテンションの低い銀さんは最初から喧嘩腰で、それから星海坊主さんと銀さんが大喧嘩を始めるのにはそう時間はかからなかった。
「こんなとこに、うちの神楽ちゃんをおいておく訳にはいかねェ。連れて帰るからな!!」
「今まで散々家庭をほっぽりだしておいて、勝手に決めないで欲しいネ!」
そのテンションに釣られ、神楽ちゃんもヒートアップしていき、とうとう星海坊主さんと神楽ちゃんは外へ飛び出していった。
「銀さん不味いですって! あんな二人が暴れたらめちゃくちゃですよ!!」
「親子喧嘩は犬も喰わねぇって言うだろ、ほっとけよ」
「それを言うなら夫婦喧嘩ですって!! そんな事言わないで止めて下さいよ」
ドガン! ガシャンと激しい音が外から聞こえてくる。
「ああもうクソ面倒臭いなぁ、オイ」
そんな事を言いながら、新八君と銀さんは外へ出て行った。残された私はつけっぱなしだったテレビから流れるアナウンサーの言葉を、人ごとの様に聞く。
――本日大江戸銀行を襲ったえいりあんによる負傷者は……。
本来はこの銀行でえいりあんに襲われた神楽ちゃんを助け、星海坊主さんとは出会う筈だった。新八君が取った電話……あれが拙者拙者詐欺の電話だったのだろうか。神楽ちゃんが銀行に行く理由のそれは切れてしまい、本来の未来に繋がらなかった。
どこでボタンをかけ間違えたのだろう。
違う方向に進み始めた未来。
――バタフライ・エフェクト
蝶の羽ばたきが、地球の裏側で台風に変わる事を指す言葉。
真選組の件も、もしかしたらそうだったのかもしれない。
テレビは半壊した銀行を映し出している。こんなに壊れてたっけなぁー。
テレビから聞こえてくる他人の不幸は思ったよりも小さくて、ほっとした。
海鳥達と一緒に飛んでいけば良かった。いつかの海を思い出す。想定外だったと言い訳もできない、だって私は私が蝶である可能性をずっと
赤い光が窓から差し込む頃、銀さんが一人で戻ってきた。新八君はそのままお家へ、神楽ちゃんは星海坊主さんと一緒に行ったらしい。念のために飛ばした鳥で知った舞台裏。
「まだいたのお前」
「鍵を開けっ放しに出て行く訳にも行かないですからね」
よっこいしょと声を上げ、寝転んでいた体勢から上半身を上げる。とっくに乾いていた服はとり込み、着替えも済んでいる。もう
「……昨日は悪かったな」
誰から聞いたのだろうか……神楽ちゃんか、新八君か。どちらにせよ、違和感を感じた。銀さんってこんなに簡単に謝る人だっけ? 赤い夕陽が銀さんの白い着流しと髪を染めていた。
『お前にゃやっぱ地球は狭いんじゃねーの。いい機会だ、おやじと一緒にいけよ。これでさよならとしよーや』
そんな言葉を思い出した。ああ、この人も弱っているのだ。困ったなぁ……。酔っぱらいに肩を貸す事はもうできやしないのに。
だからへらりと笑う。
「次から飲み過ぎには気をつけて下さいね」
トンと一歩距離を置いたのが銀さんにはわかったのだろう。わずかに見せた弱さを隠し、「そーするよ」と引いてくれた。それでいい。私にはもう銀さんを助けられないんだから。一人で立つのが精一杯の私には何かを背負い込む余裕なんてありはしない。重力に引かれた心を引き剥がす。
「それじゃこれで」
「なぁ……お前、神楽のダチなんだろ?」
出ていこうとした私にかけられた言葉はなんだか生ぬるくて、笑うのに失敗してしまい振り返れなかった。
「あいつ、行くってよ。父親と……見送りぐらいしてやれよ」
銀さんはいかないんだね。本来の未来と同じ行動にほっとする。同時に、自分を置いて私にそれを勧めるこの人を無性に殴りたくなった。そうやって必要な所に、必要な物を分け与えて、右から左へと……それでいいの? 銀さん。だけど、私にはどうすることも出来ず、希望を口にする。
「坂田さん、違うよ。私は……私はただの酢昆布の付属品ですよ」
そうなりたい、そうありたい。そんな気持ちを込める。ただのオプションパーツ、代替の効くそんな存在でいたい。
「アイツ、そんな事言われたら泣くぞ」
「神楽ちゃんが? どっちかっていうと怒ると思いますけど?」
「そんだけ知ってりゃあ十分ダチだろ」
嵌められた。きっと銀さんはニヤッと笑ってるのだろう。困ったなぁ……どうしろと言うのだ私に。
「気が向いたら、見送りに行きます」
侍じゃないけど、出来もしない約束はしたくなくて、曖昧に誤魔化し万事屋を出た。
かぶき町のゴミゴミとした人混みの中を歩く。客引きに腕を取られそうになるのを、そっと避ける。もう万事屋の屋根を借りる気にはなれなくて……次はどこへ行こう。あてもなく歩き続ける。
夜の蝶になろうか、その羽ばたきで何を引き起こそう。
「隕石降ってこーい!」
そう大声をあげたら道行く人々の視線を集める事ができた。そして後悔をする……。
だって私は嫌いじゃないんだこの世界が。
「こんな夜更けに何やってんだ? 補導すっぞ」
「あぁー? 出来るもんならやってみろよー」
行くとこなくて、非常灯が緑に光る、雑居ビルの外階段に腰掛けてたら、土方さんに絡まれた。いつになくササクレた私は柄にもなく絡み返す。
「仕事のジャマだどっかいけ」
お仕事……ね。この近くで討ち入りでもあるのだろうか? それならもう手も足も出ない。よっこらしょと腰を上げる。
せっかく見つけた居場所もこうして追われる。まあ、慣れてるからいいんだけどね。次はどこにいこうか。
「そこどいて下さい。邪魔ですよ?」
少し八つ当たりも込めて、階段の踊り場のど真ん中に立つ土方さんにそう言い返すと、肩透かしを食らった様な顔で「ああ」とか「おぉ」だとかそんな事を言って半身をズラしてくれた。あっさりと場所を譲られ少し気まずかったのだろう。その殊勝な態度にすこしスッとした私はその脇を通って階段を降りる。カンカンと堅い音が響く。
「お前……行く宛がないのか」
気遣われる様に言葉を選んだ問い。
奇跡は二度も起きてくれなくて私はそれに返事をし
「宛……世話してやろうか?」
聞こえなかったふりをして、余計に音を立てて階段を駆け下りる。流石フォロ方十四フォロー。でも、時と場合を選べよコノヤロー。危うく零れそうになった何かをのみ込み、駆ける。
隕石降ってこいよ超特大の!!