誰もいなくなった車内。唯一残された血だまりの上を歩き、連結扉――先が切り離された――を蹴り飛ばす。
扉は想像以上にあっけなく、そして想像以上に激しい音を立ててはじけ飛んだ。
ぽっかり大口を開けた開口部に立ち、顔を出す。はためく風に髪が乱れる。
それを押さえ見れば、遥か遠く、点になった先頭車両に向かい、鬼兵隊の車が列をなしていた。その後を、白黒ツートンが追いかける。
鬼兵隊の車のケツ――
べたりと血糊がついた刀を振るうと、ビッと飛び散った。――力任せに使用された侍の魂は、見るも無残に歯は溢れ、汚れていた。鞘に収めようとするが、入らない。歪んでいるのだ。
仕方なく、抜身のまま手に持つ。
ベコベコに潰れ、ガタガタと見るからに乗り心地の悪そうなパトカーが一台、進路を外れ、並走を始めた。
徐々に速度をあげ、追い越し、線路の上、前方を走る。
「きーやんそこで何してるアルか!?」
神楽ちゃんが後ろ向きに、トランクに立ち、叫ぶ。「旅行先に向かう途中だよ」といつものように誤魔化すには、あまりにも真剣で、心配そうだったから、私はその言葉を飲み込むしかなかった。
少し迷った末、事実だけの為に口を開く。
「一足遅かったね。土方さ……あっと、今はトッシーなのかな? 総悟、結構頑張ってたよ? 後で勘定方に掛けあって残業手当付けて上げてね? 受け取れるかどうかは別だけど」
「何言ってる……アルか……? っっ!?」
距離が更に近づき、床を流れる血を見たのだろう。神楽ちゃんが動きを止める。
「まぁ、そーいう事だから今は。こっちに構ってると本丸取られちゃうよ? それとも先に相手して欲しい? 残念ながらモテモテキリちゃんは予約が一杯でね、悪いけど後回しにさせて貰うよ。知り合いだからって融通しないのがキリちゃんの良い所。――じゃあね」
「きーやんっっ!」
軽口を垂れ流し、神楽ちゃんの呼び声を断ち切るように私は跳ぶ。
戸惑ったような新八君、目を見開いたトッシー、口を抑えたミツバさん――銀さんは幸いにして運転席に座っており、前を向いていたので顔が見えなかった。
それにしても、ミツバさんは……想定外だったな。目を見開き、わなわなと震える手にズキリと胸が傷んだ。
がらんどうの鉄の箱と化したパトカーを前に、鬼兵隊の車輌が並ぶ。
「……真選組の連中をどこに隠した」
車輌から降りてきた一人が油断なく距離を置きながら聞いてきた。
「さぁ、どこでしょう? マジックの種を知りたいなら、相応の対価が必要なんじゃない?」
「ふざけてるのか……チッ、予定より早いがやっちまうか。悪く思うなよ。呪うならテメェの不運を呪え!」
振り下ろされる刀よりも早く、一閃。
「悪いね、お兄さん。呪うなら自分の不運を呪ってね?」
クビレから上を失い、ダイエットの必要の無くなった体が、ゴトリと倒れる。
「貴様っ!」
色めき立つ面々を前に、死神然と立つ。
――ギュルルルッ
土煙を上げ、砲台を付けた車輌が向かい来る。一閃。
首を切り落とされた体が前のめりに倒れ、引っかかったハンドルがギュルンと回った。そのまま方向を変えた車は木にぶつかり、ブスブスと黒い煙を上げる。
砲撃が飛ぶ、向かい来る刀、轢き殺そうと特攻する車。全てを一閃。椿の花のようにぽろぽろと首が溢れ落ちていった。
ひっくり返った車輌。地に伏した死体。流れ出た血が、地面に吸い込まれていった。
「そして誰もいなくなった? なんて――嘘。銀さん久しぶり」
くるりと振り返ると、白い着流しを
走ってきたのだろうか、いつかの様に荒い息をつき、片手に木刀を引っさげながら――。
想定外に想定外が重なる。本当、世のことというのは中々思い通りにならない。
「伝言聞いてなかった? 何しにきてんのさ」
「溢れ落ちそうなモン拾いにきた」
握った刀は更に汚れを増していた。
馬鹿だなぁ……。なんで銀さんがそんな痛そうな顔してんのさ。
拾うべき物を拾わずに、ガラクタばかり拾って歩く。でもそれが坂田銀時なのだなと、得心した。
したが、
「拾うべきモンなんてここにはないよ。銀さんが拾うべきモンは向こうだ、万斉の相手は神楽ちゃんと新八君じゃあ荷が重いよ。それに――ああ、土方さんは大丈夫だね」
溢れかけた魂はミツバさんと近藤さんにすくわれた。安堵の息を漏らす。
「お前、何をみてる」
鳥の事か、未来の事か、両方か。
「何も、何も見えないよ――。ただ、前を向いて歩いて行くだけ。そうでしょう銀さん?」
「そうやって見透かす様に、何でも知ってますぅーって顔してる奴が一番腹立つんだよ。嫌いだね、俺ァ、そーいう奴」
「でも……私は銀さんのこと好きだよ?」
「俺は嫌いだつってんだろ」
繰り返される嫌いという言葉は、好きになれるようにどうにかしろと言っている様に聞こえた。
「ごめん……銀さん」
「そうじゃねェ。なぁ、何で何も相談しない。何で一人で解決しようとする」
少し苛立ったような声だったけれど優しかった。いつだってどんな時にだって、引き上げる為の腕を伸ばすのだこの人は。馬鹿だなぁ。
「私は一人でいきたいんだ。だから、私の道は私が決める。行って銀さん。皆、銀さんを待ってるよ。大切なものを間違えないで」
鴨ちゃんと土方さんが斬り合いを始めた。万斉から――、追加投入された鬼兵隊から――、近藤さんを護るべく、神楽ちゃんと新八君が相手取る……けれど、ミツバさんまで庇いそれは時間の問題。
「お前は――……」
何と言おうとしたのだろうか? 強制的に坂田銀時の戦場に戻された声は最後まで聞く事はできなかった。
「ばいばい、銀さん。来てくれてありがとう」
そして、私は、私の戦場に跳ぶ。
――キンッ……
高い音を奏でながら鴨ちゃんと土方さんが打ち合う。
近藤さんを追って、追い詰めた、護ろうとした先――切り離された先頭車両の中。双方狭い空間をものともせず、突き、弾き、斬りかかる。座席が切り裂かれ、飛び散ったクッション材で死角となった狭間を刀が縫う。
乱暴な、試合とはおおよそ呼ぶことのできない殺し合い、暴風の如く荒れ狂う間に、私はスルリと滑り込む。
「はいはーい、ちょっとそこ、通れないんでどいててくれます?」
「おま……っっ!?」
土方さんの襟首を掴まえ、放り投げる。座席と座席の間に落ち、したたかに背を打ち付ける。息が詰まったのか、声にならない苦悶の声を上げていた。
「邪魔をするな!」
ギラギラと目を輝かせながら、
その手首を掴まえ、足を払い、地面に縫い止める。
「ぐっ……なんの……つもりだ」
斬り殺そうとした鴨ちゃんが今、それを言う? と思ったが、寛大なキリ様はそれを見逃してあげる事とする。
まあ、見逃そうとも、そうでなかろうともやることは一緒なのだが……。
「鬼兵隊がね、裏切っちゃった」
「なんだと……」
――ドォオオン
進行方向から、家でも吹き飛んだかのような爆発音が響き、カタカタと車輌が揺れだす。その揺れが段々と激しくなり、金属と金属がこすれる音を立てながら、次第に車体が傾いていく。
「まさか……」
「くるよっ、捕まって」
がしゃんとも、どしゃんともつかない、破壊音を轟かせながら横方向からの重力に、真っ二つに斬られた座席や、割れた照明、その他諸々のガラクタが流れていく。
ごおおんと鈍い音が最後に鳴り響き、終る。
「……うっ、どうなってる……土方は!?」
脱線し、
見渡した先、少し離れた瓦礫の間から手足が生えていた。それがピクリと動く。示された生存反応に鴨ちゃんはほくそ笑む。
「はい、すとーっぷ」
そのまま行こうとする鴨ちゃんの腕を引く。
「いい加減に……!?」
良い所を邪魔するなとばかりに振り向いた鴨ちゃんの喉元に、歪んだ刀をビタリとつけた。
「なんの真似だ」
掠れた声は戸惑いを含んでいた。
「言ったよね? 鬼兵隊が裏切ったって」
「ふっ、そんなもの……計画を立て直すだけの話だ。土方さえ
「そういう事じゃないよ。そもそもさ、私、鴨ちゃんの計画なんてどうでもいいんだよね。鬼兵隊とお近づきになるのに良い機会だと思ってたって言ったらどうする? 色々ややこしい事になってるけど、手土産に鴨ちゃんの首、持って行けば仲間にしてくれちゃったりしちゃったりしないかな?」
輝きを失った刀の下で、コクリと喉仏が動いた。
「……裏切る気か」
「裏切るも何も、鴨ちゃんも私の事信じてなかったじゃない。お相子だよね?」
咄嗟に振りぬいた刀を弾く。くるんくるんと三回回った刀は、天井――今は壁になっているそこに突き刺さった。
「鴨ちゃんと私の仲だから特別に痛くしないでおいてあげる。だから動かないで。手が滑っちゃう。初めてが無理やりの強姦沙汰なんて嫌じゃない?」
「ふざけるなっ」
逃れようとのけぞる体を押し倒す。押さえつけようとすると、必然、座席の側面に背を付けた鴨ちゃんの腰の上にまたがる格好となった。
絶望を浮かべた顔に、刀を振り上げる。その腕をめがけ、銀色の煌めきが飛んだ。刀と刀がぶつかり、衝撃で取り落とす。
「人の得物を横取りするのもいい加減にしろよ。これで何度目だテメー」
ゆらりと立つ。額から血を流し、ギシリと睨みつける黒い双眸。
白いスカーフは流れ出た血で染まり、解けかかっていた。
「何度目だっけ? ま、どちらにせよどうせ殺すんでしょ? 誰が
取り落とした刀を手に取る。その隙に逃げようとした鴨ちゃんの背を踏みつける。背を踏まれ、腹ばいになり逃げようとした鴨ちゃんは恥辱にまみれ酷く歪んだ顔をしていた。
頬を地に付け、首を捻りにこちらを見上げる。
「こんな真似、許されると思っているのか。後で後悔……ぐがっ」
「今、土方さんとおしゃべりしてるから、ちょっと黙ってて?」
押さえつける足に力を込めるとカエルが潰れたような声をあげた。
一方の土方さんは、弾かれ突き刺さったままだった鴨ちゃんの刀を抜き、脅すように構える。
「首の取り合いでもする? 負けないよ?」
「取り合うも糞も、ソイツは俺が殺るって決まってんだよ。いいからそこを退け」
「んー、でもさ、大人しく譲っておいた方が土方さんにとってもいいと思うよ?」
「どういう……」
土方さんの言葉が言い終わるか言い終わらないかのうちに、空に向かい口を開けた窓の上から強い光が差す。
眩しさに手をかざし、上空を見上げた土方さんは、目を見開く。
激しい音を立てて旋回するヘリコプターと、それに搭載された鈍い光を
「くそっ……」
「鬼兵隊の目的は、真選組の壊滅。土方さんも鴨ちゃんも皆、舞台で踊らされてるだけなんだよ。妥協案で手を打っておいた方が賢いと思わない? 交渉ついでに、土方さんが逃げる間ぐらいの時間稼ぎはしてあげるよ」
「ざけんなよ……」
椅子の影に隠れ、銃撃をやり過ごした土方さんからそんな声が漏れる。際どい角度で土方さんを狙っていたヘリは、上手く射線が取れなかったのか、一度離れていった。
「また来るよきっと、だから――……」
「ふぬぅううううううううっ!」
聞いたことのある声とともに、金属が破裂するような音をたてて、土方さんの背後、横向きの扉がはじけ飛ぶ。扉の向こうに立っていたのは、近藤さんと、ミツバさんそして――神楽ちゃんと新八君。
「キリさん!」
「きーやん!!」
私の刀が向いている方向、押さえつけている人物、それを
そんな二人の間をぬって、近藤さんが土方さんの側に寄る。
「トシ! どうなってる!」
「どうもこーもねェよ。伊東の首を手土産に、鬼兵隊に取りいるつもりらしーぜ、奴は。近藤さん、アンタは早くここから離れてくれ。大層なもんぶら下げたヘリがさっき通り過ぎてった、また戻ってきたら皆、蜂の巣だ」
「トシ、お前はどうするんだ」
困惑した表情を浮かべながら近藤さんは言った。
「……先、行っててくれ。アイツとの決着をつけたら俺も行く」
「何を言ってやがる! お前を置いて、行ける訳けねぇだろ!」
「それでも……行かなきゃなるめーよ。アンタは
目線を合わさない土方さんに、近藤さんは
言葉通り、バララララというローター音が段々と大きく、聞こえてくる。
時は金なり。何か言いたげな鴨ちゃんを一瞥し、私も切っ先を上げる。
「土方さんの言う通りだよ。賢く生きた方が長生きできる。私としては土方さんにも賢く生きて欲しいんだけどね」
「馬鹿で上等。人様の喧嘩に水差した奴がどうなるのか……身をもって後悔させてやるよ!」
言い終わるや否や、倒れた座席を足場に駆ける。間合いに入った瞬間――振り抜かれると思った刀は素通りし、身構えてた私は一瞬その姿を見失った。伸びきった腕。そのがら空きの脇を狙い刀が迫る。手の平で打ち払う――あまりの手応えのなさに違和感を覚えた。だがその狙いを考える間もなく、低く取ったその姿勢から足――鴨ちゃんを押さえつけている――を払われた。
「っっ!」
ピクリとも動かない軸足に悲鳴を上げたのは土方さんの方だった。
だが、腐っても鬼。突き刺そうと振り下ろした刀を、転がりながら避ける。
「足に鉛でも仕込んでんのか……」
「タイムリミット」
対峙する土方さんの言葉には答えず、空を見る。
頭上高く、銃口が光る。火を噴く。
チン、チンと始めは明後日の方向に当っては弾かれるだけだったが、狙いがついたのか次第にそれも収束していく。
「近藤さん!」
まだその場に留まる近藤さんへ土方さんから怒号が飛ぶ。近藤さんは迷う様に瞳を彷徨わせる。けれど、何かを決心したのかギュッと引き結び、刀を抜いた。
土方さんの横を抜け、真っ直ぐに上段から討つ。受けた半身が沈むような重い一撃。
ギチギチと虫が鳴くように刃が鳴った。
「俺ァ、難しい事は分からねぇ。だが真選組の魂が俺だと言うなら、お前らは全員俺の体の一部みてぇなもんだ。それを見捨てて逃げるなんてやっぱできねぇ」
「近藤さんっ! くそっ」
追って、土方さんが補佐するように回り込み、刀を突き入れる。近藤さんの刀と十字に交差し、防いでいる刀の柄から片手を離し、平で、迫る刀を押すように弾く。好機と見たのか、ここぞとばかりに近藤さんが力を込める。それを片腕一本で払いのけ、そのままの刀で土方さんへ迫ろうとした。
――チュンッ
弾が目の前を掠め、踏みとどまる。
ヘリからの音ではない。
紫の番傘の先から煙が出ていた。
「神楽ちゃん、ここは危ないよ。先に帰ってて」
「きーやんも帰るなら帰るヨ。でも違うんダロ? だったら私も帰らないネ」
強く射抜くように傘を構える。
「重心はぶれてるし、残心もできていない。そんな剣を教えた覚えはないですよ、僕。帰ったら素振り千回。きっちり稽古つけてあげますから覚悟しておいて下さいね」
木刀が向けられる。
「聞いてなかった? 私の用があるのは鬼兵隊の方、ごっこ遊びはもう……」
「知りません」
「知らないアル」
赤と青が飛び込んでくる。土方さんの刀に刀を合わせ、鍔で近藤さんの突きを止める。振り下ろされる木刀――手首を捕まえ、勢いを利用し、番傘を弾く。文字通り四方から迫られ、刀を手を、あらゆる手段を駆使して――足元の違和感。
ミツバさんが鴨ちゃんの服を掴み逃がそうと懸命に引き抜こうとしていた。
上空からばらまかれる鉄の弾。メガネが弾け、近藤さんの肩を、神楽ちゃんの頬を掠める――。
「自らの手で裏切り者斬るのがそんなに重要? 武士の誉れって奴?」
柄で腹を打たれ仰け反ったそこに一太刀、土方さんが吹き飛ぶ。
開いた空間に近藤さんが飛び込んでくる。
「言っただろ、こいつらは俺の腕だ、足だ、
斬撃。切り結ぶ。
「裏切り者だよ」
「関係ねっ……ッッ!?」
「近藤さん!」
足を撃ち抜かれ、膝をつく。新八君の悲鳴じみた声が飛ぶ。
「次はどこが飛ぶか分からないよ? いい加減引きなよ」
「だからどうした。替えの利かねぇモンが目の前にあんだ……俺のどこ弾け飛んでも見捨てねぇ、見捨てられねぇ」
剣を支えに、足を引きずり立ち上がる。
「先生、済まなかった。俺ぁ……あんたの期待に応える事ができなかった無能な将だ」
「なにを……何を言っている」
抜け出そうとしていた動きを止め、その姿を食い入るように鴨ちゃんは見つめていた。
「将が打たれりゃ戦は終めぇーだって言われたけど、そんな馬鹿だから解らねーんだ。兵、見捨てて勝つ戦なんてしたくねぇんだ。先生、俺はアンタともっと……」
「何を言ってるんだ! 君達は何をしてるかわかってるのか!! 僕は君を殺そうとした裏切り者なんだぞ!!」
「それでも、俺にとっちゃぁ同じ酒を酌み交わした仲間だ」
動きの鈍った近藤さんを契機と捉えたのか、一点に弾が集中する。
「近藤さん!」
「ゴリラ!」
神楽ちゃんと新八君の悲鳴が響く中、列車に上った土方さんが助走をつけてヘリに飛びかかる。
鋭い一刀によりローターが切り飛ばされる――ヘリは浮力を失い傾き地面に落ちていく。土方さんもまた同じく。
「土方ぁあああああ!!」
今更どんな手を打っても遅いというのに、渾身の力を込めて鴨ちゃんは抜けだそうと藻掻く。
だから、私は跳ぶ。