天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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薔薇には棘があり、苺にも種はある

 元の世界よりも発達しているからくり達。古き文化。

 入り混じったこの世界にも大分馴染んできた。

 

――カチカチッ

 

 火打ち石を打ち鳴らして皆を見送る。

 切り火。お登勢さんに教えてもらったおまじない。安全に帰ってこれるように。

 

 電信柱の影に山崎さんが見えた。

 相変わらず監察はついて回る。とっととお暇しなければ。家の前を掃くたまに挨拶をしながら、万事屋を後にした。

 今のところ不味いことは起きていないけれど、銀さんは合法すれすれな事件にも手を出すだろうし、白夜叉だとバレるには時期尚早だし、うっかり訪ねてきた桂さんが逮捕されるなんてもっての外だし。万事屋に寄る回数を減らしたほうがいいかもしれない。

 優しい朝の光に照らされた道を歩く。時折見かける黒服。

 報告書に『なんだか落ち込んでるようでした。あれ? 作文』と記載される事を見越して、地面を見つめ、わざとつま先で地面を蹴るようにして歩く。罪悪感でのた打ち回れば良いのだ。

 そうやって歩いていると、どこからか耳障りな笑い声が聞こえてきた。

 

「ギャハハハ、誰だこのヘタレは!」

 

 馬鹿にするような雑言(ぞうごん)。殴りつける様な音。

 そんな音に発生源を探り首を回す。

 遠目に見えたのは、くたびれた浪人の様な人達が一人の人間を囲んで、蹴りあげている姿だった。

 日光に反射し光る刀に気がついたら駆け出していた。

 

「多勢に無勢とは随分(ずいぶん)と卑怯臭くない?」

 

 刀を抜いた人間の鳩尾(みぞおち)に拳を叩き込む。そのままかかって来た人間を奪った刀の峰で殴り飛ばし、後は逃げるに任せた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 振り向いたそこには頭を抱え(うずく)る――土方さん? 視線を巡らせると冷たい目線を向ける、一人の男がいた。

 黒い隊服に身を包んだ銀縁メガネ――伊東鴨太郎(いとうかもたろう)だった。

 

「何事かと駆けつけてみれば、女に護られてるとは……何をやってるんだね土方君」

「伊東……」

 

 絶対零度の視線が交差し、始まった物語をそこで知った。

 

「囮捜査ですよ。あーあ、どっかの誰かさんの所為で逃げられちゃったなぁー」

 

 蚊帳の外に置かれ始めた私の存在を主張するように、手をひさしにして、遠くに見える攘夷浪士の背の原因を伊東さんに擦り付けてみる。

 

「囮捜査? ああ、なるほど、それは申し訳ない事をした。とてもそうは見えなかったもので……。失礼したね」

 

 伊東さんは、あからさまな言いがかりに心外だというように片眉を動かす。反論するかと思ったけれど、含むような言い方に留め置く。

 そして一礼すると真横を通り過ぎ去っていった。去り際の後を引くような笑みが印象的だった。

 立ち上がり手のひらの砂を払っている土方さんは、忌々しげな目でこちらを睨んでいるし……。

 助けてあげたというのに、全くもって心外だ。

 

「駅前にさ、パフェ専門店できたんだよねぇー」

 

 大きすぎる声に、舌打ちが一つ追加された。

 

 

 

 

 目の前にそびえ立つ赤と白のツインタワー。赤い宝玉が頂上を彩っていた。

 冷たい銀色のスプーンを手に取り、どこから攻め入ろうかと思案する。

 崩落事故を防ぐには、頂上のイチゴを取り除く事が先決ではあるが、エース不在で後半戦を挑むのは、愚考だとも知っている。ならば、手前側のイチゴを先に攻略、次いで空いたスペースを使い、計画的に崩していくというのはどうだろう? 見た目の美しさは損なわれるが……。

 

「テメーは一体全体、何を考えてんだ」

「そびえ立つ牙城の攻略法を」

「ちげえよ!!」

 

 テーブルに打ち付けられたコーヒーのマヨが揺れる。

 お願いだからコーヒーにマヨをぶっこむの止めてもらえませんかねぇ? 味を想像しないのがこういう時のコツだと知ってしまう程度には付き合いがあるものの、視界からの精神汚染というものは中々食い止められない。

 

「んだよ」

 

 じっと顔を見つめると、不気味に思ったのか土方さんは身を反らしてたじろぐ。

 

「定期的に記憶がなくなる、気がつけば身に覚えのない物を購入している、今まで興味もなかったテレビ番組を予約してしまう」

「…………」

 

 ざわついた店内の声が大きくなり、窓から差し込む日光が、信号待ちのトラックに遮られ影を落とす。

 瞳孔が広がった。

 

「――どれか一つでも当てはまった貴方は二重人格者です。仕事や、命を狙われる等のストレスが原因と思われます。一時的な休養をオススメします」

 

 十分な間を置いてビシッとスプーンを突きつければ、土方さんはがっくりと肩を落とし溜息をつきかけ――はたと顔を上げる。

 適当な戯言にしては的を射すぎている事に気がついたのだろう。

 

「なぁ、本当にお前は何を知っているんだ」

 

 パフェのグラスからツーと水滴が垂れた。

 てっぺんの一番大きなイチゴをつまみ上げ、口に放り込む。

 

「なふぃも」

 

 半分に切られたイチゴが六粒、手前の三つを順番に片付けていく。

 酸味が強い――。

 糖分補給も兼ねてストロベリーアイスと生クリームの適度な割合を探る。ハーフハーフが妥当か。

 

「自分の立場分かってんのか?」

 

 脅しつけるような目で睨まれた。恐喝? 警察が? まさかね。

 三分の一程食べ終えたそこに、ほど良く溶けかかった生クリームとイチゴを落としていく。

 

「私はさ、アンタ等の敵じゃない。今のところは」

 

 崩し終えたところで、まあ見た目はアレだが味は変わらないだろうと、残りの分量とイチゴを調整し食べていく。

 

「『今のところ』なァ。それはいつか変わるのか?」

「変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。約束はできかねるよ」

 

 真選組という組織を敵に回す必要性というものは今のところないが、いつかという可能性を否定出来るほど、私は優秀ではない。

 彼等が彼等の優先順位を持つというならば、私も私の優先順位をつけさせて貰って構わないだろう。

 それがフェアというものではないか?

 

「結局、そうやって煙に撒いて逃げるのか」

「なんのことやら」

 

 土方さんは、何かを薄々勘付いているのだろうか? 確信たらしめる証拠を与えている訳ではないが、ノーヒントと言えるほど全てを隠し通せてはいない。

 むしろ、一本の糸が原因となり、一枚の布が解けていくようにボロボロと解れていくようにも思える。

 現にこうやって必要性という意味では、無意味な問答の中にも答えは()()ぜになっている。

 

「甘いなぁ。済みません、コーヒーを一つお願いします」

 

 飲み込めない、水でも流しきれない甘さに、店員を呼び止め注文をつける。

 オーダー表に何かを書き込んだ店員が去っていった。

 その背中をなんとなしに見つめていると、予想外の人物の名が土方さんの口から上がる。

 

高杉晋助(たかすぎしんすけ)――奴はお前の味方か?」

「もう江戸に来てるんだ?」

「ふざけるなよ」

 

 探るような目つきに笑い返すと、低く唸るように叱られた。

 味方かどうか。どうも私が疑われているのは事実無根の冤罪という訳でもなさそうだ。

 攘夷浪士に私の存在が漏れている事を考えれば、江戸に入ってきてると思われる高杉との結びつきを考えるのは、なにも不思議なことではない。

 紅桜の一件。アレでも疑われてはいたのだから。

 

「高杉が私の味方かどうかはさておいて、私は高杉の敵でもないよ。今のところは」

 

 おまたせしましたと、コーヒーが運ばれる。

 カチャリと音を立てて啜る。程よい苦味が、舌の上にしつこく残った甘さを消していく。

 

「『敵』なァ」

「言い直そうか? ()()でもないよ、今のところは」

 

 どちらにせよ同じだ。どうにも土方さんの神経を撫で上げてしまいたくなるのは、前の一件を引き摺ってしまっているのだろう。

 たい焼きと共に消化したと思っていたものがまだ胃の底に溜まっているとは、私もまだまだですなぁ。

 半分ほど飲み干したコーヒー。これ以上飲む気にもなれず、最後のパフェを救い上げると、空になったグラスにスプーンを投げ込む。

 

「もしさ、仕事を休めないって言うんだったら。万事屋行ってみなよ。それが私にできるアドバイスかな」

「おい、待て、お前やっぱり何か知ってんだろ。どういう意味だ」

 

 伸ばされた手を避け席を立つ。

 

「パフェご馳走様~。今日の件はこれで相殺ってことで」

 

 手をヒラヒラ振りながら、後ろから聞こえる声を無視して外に出る。

 店内の空調とパフェで冷やされた体に日差しはなかなかに心地良く、午後からのバイトも気持ちよく出来そうだと背伸びする。

 そういえばバイトって有休って使えるのかな? 無断欠勤ってクビになっちゃう?

 慣れてきた職を失いかけるというのはこういう気持ちなのかと、マダオの気持ちに同調してしまった。

 


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