天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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アルテミスはバッカスより多くの人を救った

 ブブブッと震える携帯電話を取り出し開くと、見知らぬ番号。

 少しだけ迷った末、受話ボタンを押す。

 

「もしもし?」

『今から十五分以内に屯所まで来な――ブツッ――ツーツーツー』

 

 耳から離した携帯は待ち受け画面――変顔をした神楽ちゃんと定春――に戻る。

 脅迫電話だと受け取っていいのだろうか? けれど届け出る警察が通話相手であった場合、届け先はどこになるのだろう?

 聞き覚えのある声に頭を痛める。

 そもそも私の番号をどこから入手したんだろう??

 

 大きく構えた門。『真選組屯所』と書かれた看板の脇には、警杖を携えた隊士が一人立っている。

 無茶な呼び出しに応じてしまったのは、総悟を内側に入れてしまった私の甘さだ。

 神楽ちゃんと食べる予定だったおやつの詰まったビニール袋を引っさげて、立ち番の隊士に伺いを立てる。

 

「総悟います?」

「沖田隊長ですか? いることにはいますが……」

 

 酷く驚いた顔をしているのは、総悟を訪ねてくるような知人などいないからなのだろう。

 流石ボッチ。

 

「総悟に呼ばれて来たんですが、入ってもいいですか?」

「失礼ですが……その……酢昆布……さんですよね?」

「まあそうですね」

 

 酷く微妙な名で呼ばれた。隊内ではその名で通っているのだろうか? 自分で名乗ったのが原因とはいえ、凄く嫌な気分になった。

 

「付いて来て下さい、案内します」

 

 疑わしげな態度を隠そうともしない隊士に付き添われ、屯所内へ足を踏み入れる。

 指名手配犯として追われた過去と、攘夷浪士の仲間と疑われた一件。まだら模様の前科を考えるに、まあ、自由に歩かせて貰える身分ではないねと納得した。

 考えれば、総悟の部屋なんて知るはずもなかったので、結果的に良かった。

 板張りの長い廊下を歩く。時折すれ違う隊士達がチラチラ見るのは、例の手配書を覚えているからなのか、それとも普段の女っ気のなさ故か……。

 カサカサと音を立てるビニール袋がやけに場違いに思えてきた。

 

「失礼します、お客様がお見えになってます」

「入れ」

「はっ」

 

 一礼した隊士が障子戸を開け、中へと促す。

 

「おせーぜ、十五分つったろう」

「いや、いきなり呼び出しておいてその時間制限は無茶でしょう」

 

 総悟は行儀悪くちゃぶ台に肘をついたまま、煎餅を齧っていた。

 バリッという音を立てて砕かれる煎餅が、タイムオーバーを許してくれた返事だと受け取り、部屋の中へと足を進める。

 こちらを振り返った総悟の肩越しに見えたテレビ。ブラウン管は、女同士が相手を上げながら、下に置くという器用なトーク模様を映していた。

 その中のどの女よりも高みに存在する総悟は、当たり前だが座布団を出すなどという真似をする筈もないので、自分で隅に転がっていた座布団を引っ張ってきて隣に座った。

 

「食べるかィ?」

 

 差し出されたのは『激辛せんべい』。

 

「こっち食べるからいい」

 

 この前興味本位で少しだけ齧ったが、その時に二度と食べないと心に誓ったので、誓いを遵守すべく、ビニール袋から、んまい棒を取り出す。

 

「見たことねー奴だな」

「新作だって」

「寄越せよ」

 

 総悟の手が焼き鳥味と書かれた袋に伸びる。遠慮なしの行動が、どことなく神楽ちゃんに似ている気がした。

 

「嫌だよ、こっちならいいよ」

 

 神楽ちゃんならともかくも、総悟に譲る理由はないので、それを避け、元々は神楽ちゃん用にと買ったサラミ味を差し出す。

 

「チッ、仕方ねぇな、それで勘弁してやらァ。あ、お前もういいぜ?」

 

 入り口で固まっている隊士を振り向いて、総悟がそう言うと、ピシャリと激しい音を立てて障子を閉めた隊士は「た、大変だ~、お、沖田隊長に、沖田隊長に!!!」と大声を上げて駆けていった。

 無言で総悟が手帳に何やら書き込んでいる。俗にいう殺害計画書(デスノート)という奴だろうか?

 ご愁傷様にと口の中で転がしつつも、変な噂が広まるのは私も嫌だったので止めはしなかった。

 伏せてあった湯のみに勝手に茶を注いで啜り、んまい棒の袋を破いて独特の食感を楽しむ。

 

「何か用事があるんじゃないの?」

 

 いつまでたっても話を切り出さない総悟に、こちらから話を振る。

 

「用つーか何つーか……ちょっとお前、土方の奴とデートしてこいよ」

 

 珍しく歯切れの悪い言葉の先は、どう受け取ったら良いのか分からない命令。

 先日の祭りの件がこじれにこじれた結果の三段論法なのだろうか? もさもさする口の中を茶で洗い、途中経過を推理するが、ブラックボックス化したインとアウトの間を見通す事はできず、諦め理由を聞く。

 

「なんで?」

「なんでも」

 

 その言葉とほぼ同時に、障子がスパンッと音を叩いて開いた。

 

「総悟ぉおおおお!!」

 

 怒りを貯めに貯めた声の主は土方さんだった。

 隊服姿だったので、サボりか? と疑ってはいたのだがやはりサボりだった様だ。

 

「そんなに怒鳴んなくとも聞こえやすぜ? 誰かと違ってまだ若ェんですから」

「人を年寄り扱いすんじゃねー!」

「誰も土方さんの事だとは言ってねぇですぜ?」

「てんめぇええ」

 

 悪びれない総悟もどうかと思うのだが、典型的な手に引っかかる土方さんもどーかと思う。

 私がいる事など眼中に無い様で、土方さんは感情のままに拳を震わせる。

 

「土方さん、これでいいだろィ」

「あ゛?」

 

 そんな土方さんの怒りを涼しい顔で受け流し、総悟はそう言うと「じゃあ、俺仕事に戻るんで」と言って立ち上がり、土方さんの傍を通ってそのまま部屋から出て行った。

 そのままコントが続くのかと傍観していた私は引き止めるタイミングを完全に失い、土方さんは土方さんで総悟の行動が予想外だったのか、一瞬遅れて部屋を出て行った総悟を追いかける。

 

「オイ! 総悟! ちょっと待て」

 

 部屋に取り残された私。

 分かった単語は、土方、デート。

 全くもって意味が分からない。んまい棒をもう一つ手に取り、総悟が消し忘れたテレビを眺める。

 華やかな女性達は、華やかなトークに棘を混ぜて咲き誇る。例えるならばバラだ。

 そんなバラの花束よりも私が綺麗だと思うのは一輪の白詰草。

 何がどうなっているのやら。取り敢えず、話の流れからすると総悟か土方さんがもう一度部屋に戻ってきてくれるだろうと踏んで待つことにした。

 

 

 

 

 コンスターチ味を食べ終わり、三本目に手を伸ばそうか迷っていた時だった。

 

「入るぜ」

 

 了承の返事を返す間もなく、土方さんが部屋に入ってきた。

 

「総悟は?」

「……逃げられた」

 

 (しか)めた顔はバツの悪さ故だろう。

 まあ、そんなところだよね。おおよその行動パターンから推測できた現在に、んまい棒をもう一本取り出す。

 

「取り敢えず座ったら? 食べる?」

 

 土方さんは憮然(ぶぜん)とした表情のまま、総悟が座っていた座布団に腰を下ろした。

 

「で? お前はどうすんだ」

 

 納豆味にマヨネーズをたっぷり掛けるという暴挙を成し遂げた副長は、「うまいな」と言いながらそう聞いてきた。

 

「で? とは?」

「総悟から何も聞いてないのか?」

 

 眉間に皺が寄る。

 

「土方さんとデートしてこいとだけ聞いた」

「アイツは……」

 

 頭を抱えた土方さんが羨ましい。私の方こそ頭を抱えたい。

 

「実はな……」

 

 そう切り出した土方さんの説明を要約するとこうだ。

 巷を騒がすカップルを狙った辻斬。おとり捜査を決行する事となり、女役として白羽の矢が総悟に立った。

 帯刀出来ないため、万が一を考え土方さんが組む事となったが……元より乗り気ではなかった総悟はそれを聞いた途端、本気で逃げ出したと。

 そりゃまぁ……しょうがないよねぇ。

 

「女装の一つや二つ……。覚悟が足りねぇんだよ、んなんで武士やってんじゃねーぞ」

 

 ピンと来ていない土方さんには悪いが、私でも逃げ出すよそりゃ。

 

「他に誰かいなかったの?」

「残念ながら、背格好の都合上な。ザキの奴は別の案件で手が離せねぇーし……近藤さんがやけにノリノリだったが、ありゃあ犯人の方が逃げ出すわ」

 

 げんなりした口調で告げられた第二案に、私もげんなりする。犯人の前に逮捕した方が良い人間が出る所だった。

 

「いいよ、引き受けてあげる」

 

 あの総悟が貸し借り抜きで頼み事をしてきたのだ。苦渋の選択だったに違いない。

 しょうがないと割り切った返事でもあった。

 

「言っとくが遊びじゃねーんだぞ?」

「んー、それは私を護る自信がないと受け取ってもいいんですかね?」

「はっ、バカ言ってんじゃねぇ」

 

 土方さんはそう鼻で笑い飛ばし、私の挑発に乗ってくる。

 剣呑に笑った顔に、『鬼の副長』その二つ名を見た。

 

 

 

 

 借り物の衣装と化粧を施した私は、まぁそれなりの見てくれになったのではないだろうか?

 

「お前……意外と化けるもんだな」

 

 着替えるために借りた部屋から出ると、土方さんが驚いた様にそう言った。

 

「馬子にも衣装って奴じゃないですか」

「自分で言うか普通……やっぱりテメェはテメェか」

 

 溜息と共に吐き出された言葉の意味を問いただすより前に、「行くぞ」と声をかけ、土方さんは先に歩きだす。

 あれですかね、『いかなる時も自分を見失わない、超格好いいなお前』という褒め言葉ですかね? ポジティブに受け取った私は、その後を付いていく。

 屯所を出た後、しばらく歩いてついたのはうら寂しい通り。

 もっとくっつけという指示の元、撓垂(しなだ)れ掛かる様にして歩く。

 

「なんか照れますねコレ」

「お子様には、刺激がきつかったか」

「冗談」

 

 そんな会話をしながら、あたりに注意を払いゆっくりと歩く。

 普段着ることのない、体のラインが出るような青いドレス。むき出しの肩は心持ちなく、タイトなスカートがまとわりついてどうも歩きにくい。しかも調子に乗って履いたハイヒールが歩きにくさに拍車をかけている。

 だが言い出した手前、そんな事を愚痴る訳にもいかず演技を続ける。

 ふと……思いついた考え。

 

「この姿、ミツバさんに見られたらなんて言い訳しよう」

 

 流石にこんなうらびれた通りにミツバさんが来るわけは無いが、言い訳を考えてしまう。

 

「……なんでアイツの名前が出てくんだよ」

 

 いや、なぜと言われましても。

 

「祭り会場で仲良くしてたじゃん」

「ごっほ、ごほごほ」

 

 盛大に咽た。

 

「……あ、あれはだな……アイツが江戸に不慣れだと言うからっ!?」

 

 かさこそと揺れるゴミ袋に注意を払うと飛び出てきたのは黒猫。

 なーんだと思うも、目の前を横切って行くのはやめて欲しかった。

 

「言うから?」

「……やめねーか? 噂をすればなんとやら……つーか、お前だってこんな姿知り合いに見られたくはねぇだろ?」

「そーですね」

 

 言い訳じみた物言いに納得したフリをする。

 まあ、他人の惚気話を聞きたいかと言われれば……聞きたいかも知れないけれど、目に見えて硬くなってしまった態度に免じて許してあげよう。

 不意にひっぱられ、なんだと思うと誰かが吐いた汚物。

 うえっ勘弁ッ。

 

「それよりもお前、いつの間に総悟と仲良くなったんだ?」

「仲良くなんてなってないよ」

「そうか? アイツが他人に頼み事するなんざ聞いたこともねぇーぜ?」

「じゃあ、仲良くなったんだよ」

「どっちだよ!」

 

 予定調和通りの土方さんをケラケラ笑い、喪失感の大きさを測る。

 仲良くなって離れていったが正解だ。

 総悟は一瞬だけ悔しそうな顔をしていた。それは私に対する負い目から来たものだと気づきたくないのに、気づいてしまった。

 私は総悟にそう大して貸したつもりはないけれど、それは『私』という係数が掛かったものを見ているからで、総悟は違う。

 貸しと借りで危ういバランスを保っていたのが私達の関係ならば、表面張力ギリギリに水を張ったコップ。そこに落とした一滴。それが今回の貸しだ。縁に留まっていた水は次々と流れていく。

 それを寂しいと思ってしまうって事は、私が総悟を思いの外、大切にしてしまっていたという事なのだろう。

 空いた隙間の距離を測り、ノギスに刻まれた数値が取り戻せるものなのか、諦めるべきものなのか何度も角度を変え考える。

 そして、手を伸ばせば手を伸ばす程、離れて行くしかない距離に、諦めるべきものだという結論に辿り着き、それが諦めの良さ故に出した結論なのか、それともそれが真実なのか、と次は悩む。どちらにせよ、その距離は己の欠陥が生み出したものであるから、結論は変わらなかった。

 

 空の酒瓶が詰まったケースが積まれ、見通しの悪い曲がり角からフラッと人影が出てくる。

 手を離して身を硬くするとそれは見慣れたくるくる天然パーマだった。

 

「テメェッ! 紛らわしいんだよ」

 

 離した身をぐいっと寄せられ、死角に入る様、隠される。

 関わりあいになる前に、そう思ったんだろう。銀さんを避けて歩き出そうとした土方さん。

 

「オイ、なにイチャモンつけて勝手に行こうとしてんだよ。ストレートだからって調子こいてんですかー?」

 

 ストレートをまだ根に持ってたんかいって、しまったなこれは面倒臭くなるパターンですかね。

 土方さんの肩が掴み引き寄せられる。

 ただでさえ慣れないヒールで足元が覚束ないというのに、その腕に寄りかかっていた私は引きずられ、バランスを崩す。

 

「わっ」

「おっと、危ねぇ」

 

 慌てて壁に手をつこうとするがその前に、銀さんに腰を支えられ、それを回避する。

 壁が汚くて触りたくなかったので、心の中で感謝を送る。ただし、原因は銀さんなので口には出してやらない。

 

「オイ! 難癖つけんのもいい加減にしろよ!」

 

 総悟にも良く無視される土方さんの声は、当然の如く銀さんにも無視される。声に運命という物があるのならば残念な星の下に生まれたのだろう。

 腰が引き寄せられ、顔に吐息がかかる。そこで銀さんは産毛まで銀色なのだとまた一つ発見をした。

 トロリと死んだ挙句、発酵を始めた目。その眼下はほんのり赤い。漂う酒気。

 

「なぁ、そんな野郎放って置いて、俺と一発……じゃなかった一緒にいーところ行きませんか、おねーさん」

 

 あれあれ? 気付いてない?

 んー? 酒が回っているとはいえ、髪型とメイクを派手なものに変えただけなんだけど? もしかして私のメイクテクニックってなかなかイケてる? そう悦に浸っていると、土方さんが銀さんと私の間に割って入ってきた。

 

「テメー飲み過ぎじゃねぇのか!」

「うっせーなー、俺がどこで何しようが俺の勝手だろ? ストレートはお呼びじゃねぇんだよ」

 

 当然の如く逆上した銀さんは、土方さんを睨みつけ、「やんのかコラ」とボルテージを上げる。やっぱりこうなったかと私は内心溜息をついた。

 仕方なく私は銀さんを押しのけ、土方さんの腕を抱きしめる。

 

「ごめんね、お兄さん。私、天パで、甘党で、お金がない人嫌いなの」

「えっ……ちょっと待って! 天パそんなに悪くないよ! ってか俺ピンポイント!? 食わず嫌いは良くないよって! ねぇちょっと」

 

 一瞬固まった銀さんの隙をついて、腕をぐいぐい引っ張り歩く。

 後ろから「天パの何が悪いんだぁああああ」という悲しそうな声が聞こえてくるが、身を切る思いで切り捨てた。

 一番気になったのが天パってどんだけコンプレックスなんだろうか。

 

「任務続行しましょうか? 副長殿?」

 

 角を二つ曲がった辺りで、必要以上に縮めていた距離を離し、少しあっけに取られていた土方さんを見上げる。

 

「良かったのか?」

「いや、ちょっと可愛そうだけど、あれ以上は面倒くさいじゃん」

「お前がそういうならいいんだけどよ……」

 

 面倒くさいことを回避してあげたのに、いまいち吹っ切れない感の土方さん。もう少し感謝しろよ。

 結局その夜のおとり捜査は空振りに終わった。

 ねだり奢って貰ったラーメンを、屋台のガタついた椅子に並んで腰掛け、ずるりと啜る。

 なかなかに美味い。

 土方さんオススメとの事だが、元が何か分からなくなる程のマヨネーズを掛けた上で、なぜ味が分かるのか不思議だ。

 熱で融けだしたマヨネーズを視界に入れないよう、細心の注意を払う。

 

「礼代わり、本当にこれで良かったのか?」

「煮玉子二個も入れてくれたじゃん。十分十分」

「欲がねぇなぁ」

「そんな事は無いんだけどねぇー」

 

 必要のない借りで、貸しを返す行為のどこが欲がないというのだろうか? 大切な物を削っていけば、必然必要な物も減り、相手の返す手段を奪う。けれどきっと、そんな思考回路そのものが人間的欠陥だ。後遺症というべきものでもある。

 

「んー。じゃあ今度はフレンチフルコースでも奢ってもらいましょうか」

「調子にのんじゃねーよ」

 

 欠陥は排除されるべきで、隠すものであるから私は強欲にならざるを得ない。くるくると回ったロジックの結論は、人間の煩悩は百八つでは足りないという事だ。

 その煩悩を全てかき消そうと思えば、除夜の鐘をつくお坊さんは一生鐘をつき続ける事になるに違いない。

 

 

 

 

「じゃあ、これで」

 

 化粧を落とし、借りていた服を返し元の姿に戻った私は、門の前まで見送りに出てくれた土方さんに別れを告げる。

 

「世話になったな」

「ああ、最後にいーことを教えてあげるよ土方さん」

 

 本当は黙っておくつもりだった。けれどこれ以上貸しを作られるのは嫌で、(つぐ)んでいた秘密を暴露する。

 

「総悟が今回の件嫌がるのはさ、女装云々よりもアンタが原因なんだよ」

「どういう意味だそりゃ」

 

 いまいち分からないという顔を笑う。

 

「総悟ってさ、ミツバさんと良く似ているよね?」

 

 女装なんてもんをすれば尚更だ。

 敬愛する姉上に恋慕した男。その男と姉上そっくりの姿でくっついて歩くなんて事は、拷問以外のなにものでもないだろう。

 ましてや、気に食わないと普段嫌悪している相手になんて。

 

「……なっ」

 

 口をパクパクと開けて打ち上げられた鯉になった土方さんをゲラゲラ笑い、屯所を後にした。

 出会った場所からほど近い所で、銀さんが「天パが……天パが……」と呟いて(うずくま)っていたのを見つけ、拾って帰る。

 どこかで酒をハシゴしたのだろう。酒量を増していた。

 

「銀さーん重い。少しは歩いて~」

「天パの何が悪いんだぁああああ」

「うっさい、耳元で怒鳴んないでよ。あと本気で歩いて、重い」

 

 銀さんの腕を抱えて引きずり歩く。

 

「キリも飲もうぜ、飲んで忘れよう。もう一軒、もう一軒行こう」

 

 へべれけになって歩くのもままならないというのに、まだそんな事をいう。

 大体そろそろ夜も開ける時間帯だ。今からどんなお店に行くというのだろうか。

 

「銀さん、ほら見て月が綺麗だよー」

 

 明るくなりだした空に浮かぶ月を指さす。

 子供だましの必勝法。気を逸らす。

 

「すげーなぁー。今日は月が一つ、二つ……バーゲンセールですか、コノヤロー!」

 

 そんな月に向かって絡むのは銀さん。

 

「そんなに沢山見えるなんてお得だねぇ。でも、飲み過ぎだよ。今度からお酒は控えるんじゃなかったの?」

「控えるよ控える。銀さん、もう絶対酒なんて飲まねぇーよォ」

 

 夜が明ければ、その言葉も、背負って帰った事実もなかった事になるのだろう。

 無遠慮に回された腕と、もたれかかる重さ。

 貸しも借りも、百八つを超える煩悩も、全てチャラにしてしまう酒というものは偉大だと、哲学した月下のかぶき町。


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