「おい、生きているか?」
ゆすられ起きてみればあたりはすっかり明るくなり、昨晩の台風なんて何処へ行ったのだろうという快晴。
「おはよう、マダオ」
「いや、ちょっとまって今なんか不穏な呼び方されたんだけどォ!?」
ゆすった方を見てみれば臙脂色の作務衣に、グラサン。恐らくマダオもとい、長谷川さんだろう。最初にエンカウントする筈のその人は順序を間違えたのか、微妙なタイミングで現れた。
昨日はぐしょ濡れになった服そのままに公園に戻り寝てしまった。そのせいで、少し熱っぽい気がする体を無理矢理治す。微妙に便利だなコレ。
「気のせいだよ、マダオ」
流石に服までこの人の前で乾かす訳にもいかず、トンネルから抜け出し背伸びをした後、服の端をギュッと絞る。後でキレイキレイしようっと。
「何なの一体!? 何で見ず知らずの他人にマダオって呼ばれなきゃいけないの!?」
「いやだって、そのグラサン、マダオ臭がしますよ」
無駄に遭遇率が高いのはなんなんだろうと思う。マーフィーの法則?
「えっこのグラサンせいなの!? 明らかに俺よりダメそうな人間にダメ出しされる程!?」
そう騒ぎ立てる長谷川さんを放置し、どーしようかと考える。どう考えても昨晩のアレは私のせいだよなぁー。
一番隊の隊長がわざわざ見回りに出る必要性を感じなかった昨日。
そろそろ無理だな、自分を誤魔化すのに限界を感じた私は、鳥を飛ばす。
その後も長谷川さんが何やかんや煩かったので、公園から抜け出し、ピロロロロロッと電子的な音を立てながら開く自動ドアを潜る。ガラスに白地で『でにいす』とロゴが描かれていた。もちろん途中で服はキレイキレイ済み。
ぐるりと席を見渡し、案内しようとするお姉さんに「こっちでもいいですか?」と断りを入れて白い後ろ姿が目に入るような席に座る。
ストーカーじみているなぁ~と思いながらも、鳥情報からついでにゲットした、白い頭の君の場所。チョコレートパフェを頬張る後ろ姿を見過ぎない様に眺めつつ、オムライスを口に運ぶ。
真選組が私を追いかける理由。
私が現れるより少し前。
ここまではやる気も起きない逃走劇の間に拾えていた情報。それ以上拾うと、手を出してしまいかねないという不安もあってあえて調べなかった。
それに、別段証拠がある訳でもなしに、私は偶然その場に居合わせただけである。いい加減諦めて、方針転換を図ると思ったんだけど、中々しつこい
方針を変えたことにより追加された情報。テロのあった天人が権力者の親縁で、犯人を中々挙げきれない真選組が吊し上げられている事。そして、その火消し役に近藤さんが東奔西走中という事。
しょーがないかなー。行儀悪く、スプーンを咥えたまま、変えた針の方向を考える。
コップの氷がカランと鳴った。その音に意識を取り戻し、ふと視線を巡らすといつのまにか白い人もいなくなっていた。それに習い、私もそろそろ席を立とうとした。
「お客様困ります!」
そこそこ賑やかな店内でも一際高い声が上がる。
「いいじゃねーか。端数なんて細かい事。別にアレだよ? ジャンプ買ったの忘れてて、お金が足りないとかそーいうんじゃないからね? ここは大人同士そーいう細かい事を気にしないでいこうじゃねェか」
「大人なら、自分の食べた代金ぐらいきっちりかっきりお支払いをお願いします」
「大人だから払わないといけないってのはアレですか? 子供だったら払わないで良い訳? 俺ァどーかと思うねぇーそういう年齢を理由に差別する様な発言。店長には黙っておいてあげるからさァ、代わりにそれ払っておいてよ」
「うっさい! いいから払えつってんだよこの白髪頭!」
そちらに目を向けると、あろうことかカウンターの前で銀さんが代金を踏み倒そうとしていた。いやいやいや、私そーいう姿見に来たんじゃないよ? 居たたまれなさにそっと視線を逸らす。
しばらくそういう押し問答を繰り広げていたら、ガタイのいいおっさんが奥から出てきて銀さんはそれに連れて行かれた。『触れてはいけません』その言葉を言い訳に私はそれを見なかったことにする。
日が暮れ、真っ白な月が空に昇る。最後の一押しとなる証拠を手に入れるのに、手間取ってしまった。
「こんばんは、月が綺麗ですね」
夜回り中の土方さんと沖田さんに、公園の入口から声をかける。意外そうな顔をしている沖田さんとは対照的に、土方さんは
「大丈夫ですって、もう逃げませんから。ここではなんですし、少しついてきて頂けませんか?」
それにヘラリと笑い手招きする。
公園の奥へと歩みを進め、ちょうど中央に位置する、噴水の淵に腰を掛ける。噴水は夜間という事もあり、停止しており、台風の影響からか落ち葉やビニール袋などのゴミが多数水面に浮いていた。
二人は、三歩ほどはなれ、正面に対峙するように立つ。
「犯人、私じゃないですよ」
何か言いたそうな顔に口火を切ってあげる。それに土方さんはチッと舌打ちをした。なんとなくそうじゃないかとは思ってくれてたみたいだ。沖田さんは相変わらずのポーカフェースで、やる気のないまま突っ立っている。
「これ差し上げます」
鞄から書類を取り出し、土方さんに渡す。それをパラパラとめくる土方さんの眉に皺が増えていく。最後まで読んだのを確認して説明を加える。
「それ、テロに使用した武器・弾薬類を木乃目組が横流しした証拠書類。本当の犯人はそこに記載された過激派攘夷グループですよ。そいつらは現在、十六番街に潜伏してます」
そこで言葉を区切り、「武器と弾薬の種類、状況証拠と一致してます?」と確認すると「ああ」と短い返事が返ってきた。
「で、ここからが本題ですが、テロにかこつけた本来の目的は、
私に対する通報も、その田宮の手によるもの。本当に偶然とは恐ろしい。
他に質問は無いですか? とにっこり笑えば、土方さんは苦虫を十匹ほど噛み潰したような顔をしていた。
「テメー、最初から知っていたのか」
「さァねェ」
某中二病を真似て笑って誤魔化す。ククッという含み笑いは似合わない事この上ないので止めておく。
「もう用はないでしょう? それじゃあコレにて失礼」
「オイ、待て!」
「まだ何か?」
振り返ると気持ち顔を下に向けた土方さんが、頭をガシガシ掻いていた。
「送っててやる。家はどこだ」
詫びのつもりだろうか、引き止めてしまった言い訳のように付け加えられた。
「早く行かないと攘夷浪士逃げちゃうかもよ?」
間を開けずに返せたのは奇跡だった。送ってくれるといってもどこに? 帰る場所なんて見当たらない。じんわりと広がる喪失感を無理矢理やり過ごし、へらりと笑う私に土方さんは、聞えるか聞こえないかぐらいの声で済まなかったなと言い、私を通り越し公園の出口に向かい歩いて行った。
「お前ェ、名前は何てェんだ?」
「酢昆布」
その後ろを着いて行く沖田さんから聞かれた問いにそう応えると、沖田さんは一瞬虚をつかれた様な顔をして「何でィそりゃ」と呆れたように笑った。
二人を見送り今日のねぐらを探す。公園はマダオがいるし、橋の下は台風のせいでびちょびちょのゴミまみれ。星が瞬く夜空の下を気が向くままに歩いていたら、万事屋銀ちゃんの看板を見上げていた。ほんの少しだけお借りしよう。『触れてはいけません』それに対する合理的な反対意見を思いつけないままに、屋根の上に登る。とても月が綺麗だった。