天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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エレメンタル・パレード

 今日も夕食の相伴を預りに万事屋へ向かう。すると何やら三人がお登勢さんのスナックの前で揉めていた。

 

「だーかーら、怖いなら怖いって言ってくれれば、僕等二人で行きますよ? その代わりアンタ明日から米、一粒も食べれないと思ってくださいね! 働かざる者食うべからずです!」

「こ、怖い? んな訳ねーだろ? 幽霊なんざ今どき三歳児でも怖がらねぇよ。それよかお前らに任す方がよっぽど怖ぇよ」

「銀ちゃん、背中に……」

「のわっ!?」

「綿埃ついてたアル」

 

 指についた埃をふぅと吹いてにやりと笑う神楽ちゃん。

 盛大に飛び退いた銀さんは「あ、あれだよ反復横跳びの練習!」なんて苦しい言い訳を繰り広げている。

 

「こんにちわ、どうしたの三人で」

「あ、キリさん」

「きーやん!」

 

 「聞いて下さいよ」と新八くんの口から語られるのは、幽霊退治の依頼を受けた事。

 廃墟になった遊園地に現れる人影とチラチラ光る不審な光。

 不法侵入した近所の悪ガキだと思った管理会社の職員は、連絡を受ける度、何度もその人影を追いかけたらしい。

 けれど何度追いかけても、行き止まりや、隠れ様の無い場所で見失ってしまう事から、実は人間ではなく幽霊じゃないか? と話が発展。お祓いをしたり、御札を置いたりしたが効果はなく……その内に悪影響もないからと放って置かれることとなった。

 けれど、最近持ち上がった再開発計画を前に、(うれ)いを断とうと万事屋に依頼を持ってきたとの事。

 

「ダメ元っぽい態度が気に食わなかったんですが、前金も頂いちゃいましたし……。大体、幽霊なんている訳ないんですよ。どうせ見間違いか、無能な職員の言い訳だと僕は思うんですけどね」

「だよなー、銀さんもそー思うわ。ところでさっき食べた饅頭があたったみたいで、腹の調子が……」

 

 まったく信じていない様子で、新八君は腹を抑えている銀さんの腕を取る。

 

「だから今日は遅くなるんで、お登勢さんのところでご飯食べて下さいね。ほら銀さんもごねてないで行きますよ」

 

 歯医者を嫌がる子供の様な銀さんと、それを無理やり引っ張っていくお母さんの様な新八君を笑いながら見送る。

 その姿も見えなくなり、降っていた手を下ろす。

 さてと、幽霊ねぇー。

 聞き覚えがあるというか、見覚えがあるというか、身に覚えがあるような……。

 死んだ人間が生きているという事は、幽霊みたいなもんで、当たらずとも遠からずという推理に拍手を送る。

 取り敢えず問題を先送りにして、腹が空いては戦はできぬの精神で、『スナックお登勢』の暖簾をくぐった。

 

「すみませーん、今日のお勧めなんですかー?」

「ったく、ここは定食屋じゃないんだよ。新八といいアンタといい、何か勘違いしてやいないかい?」

「あははは、新八君何かいってました?」

「アンタが来るはずだからなんか用意してやってくれってね」

 

 そう言いながらもお登勢さんはサンマ定食を出してくれる。

 眼鏡のお母さんと、かぶき町のお袋さんの好意によりありついた夕飯を食べながら、どうしようかなーと思案する。

 そんな事を考えてたせいで箸が遅れていると、「そんな不味そうな顔して食べるぐらいだったら、食べるの止めな」と怒られる。

 済みませんと謝り、姿勢を正して食べたご飯は、お米がふっくらしていて、サンマも油が乗っていてとても美味しかった。

 

 

 

 

 日がとっぷり暮れ、上弦の月が夜空を飾る。

 いつもどおりの手順で帰宅。

 こっそり穴を開けておいたフェンスをくぐると騒がしい三人の声が聞こえてくる。

 

「こんだけ探しても見つかんねぇーんだ。見間違いだよ見間違い、そうに決まってる。って事で依頼は完了。とっととけーるぞ」

「見間違いにしても、何度も見間違える様な事ってありえます? とりあえず原因だけでも突き止めないと……。何も収穫なしってのは万事屋の名が廃りますよ」

「廃る様な名なんてあったアルか? もうすでに腐りきって腐敗臭ぷんぷんヨ。銀ちゃんの足と同じ臭いしてるヨ」

 

 新八君の肩に手を置いた銀さんは、口こそいつも通りだが、落ち着きなく辺りをキョロキョロと見渡し、なんだか可愛い。

 何度も「帰ろう」を繰り返す銀さんに、神楽ちゃんが「うぜえアル」と毒を吐き、新八君が「そんなに怖いんだったら一人で帰ればいいじゃないですか」と分かった上で無茶を振る。

 街灯一つない、キィキィと鉄が軋む廃墟と化した遊園地を、しかも幽霊が出るという噂付きで……銀さんが帰れる訳がない。

 クスクス漏れそうになる笑いを耐えながら、三人が下を通り掛かるのを木の上で待つ。

 

「そう言えば、名前を呼ぶと出るっていいますよね」

「で、出るって何が」

 

 怯えた声は銀さんの声。

 

「幽霊ですよ」

「幽霊に名前なんてあるアルか?」

 

 接触が悪いのか、点いたり消えたりする懐中電灯の豆球を覗き込み、スイッチをパチパチと神楽ちゃんは入り切りしていた。

 

「うーん、代表的な名前だったらお岩さんとか、キクとか花子とか……」

「だせぇアルな。そんなん名前付けられたから恨み祟って出るアルヨ。私ならもっと格好いい名前付けるネ」

 

 三回目ぐらいで付かなくなってしまった懐中電灯を神楽ちゃんはぶんぶん振る。

 

「例えばどんな?」

「ウルティモストロンジャーとか格好いいアル」

 

 中々のネーミングセンスを唱えた神楽ちゃんは、振り回し過ぎて真っ二つに折れた懐中電灯を眺め、伸び放題の生け垣の中にそれを隠す。

 

「いや、どんな名前だよそれ。そもそも幽霊の名前って生前についた名前でしょう? 後から名前付けるなんて話……」

「ウルティモストロンジャー!! ウルティモストロンジャー!!」

 

 新八君のツッコミを無視したまま両手をメガホンの様にした神楽ちゃんは、その名前を繰り返す。

 

「ばっ、呼ぶんじゃねーよ。本当に出たらどうするんだよ!」

「いいじゃないですか。探してるんですから、出てもらわないと困りますよ」

 

 銀さんに口を抑えられた神楽ちゃんは、抑える手を引き剥がしもう一度叫ぶ。

 

「ウルティモストロンジャー!!」

「呼んだぁ?」

「うわぁああ!!」

「およ?」

「……!!」

 

 がさりと音を立てて、目の前に逆さ吊りでぶら下がれば……。

 

「び、びっくりした。キリさんじゃないですか」

「きーやん! きーやんも一緒にお化け退治するアルか?」

「退治されては困るんだけどね……。あーあ、銀さん伸びちゃってるねコレ」

 

 弁慶宜しく立ったまま白目を向いている銀さんを見ながら、よっと木から飛び降りる。

 

「もしもーし、銀さーん」

 

 返事がないただの屍の様だ。やり過ぎた……かなぁ?

 

 

 

 

「う……あ??」

 

 首を振り起き上がった銀さんに、「気がついた?」と笑えば、何かを思い出す様に視線を上に向け、「そ、そうだ奴は、幽霊は!?」とガタガタと音を立てて、寝ていたベンチから落ちそうになる。

 落ちかけた腕を掴み起こせば、ようやく目の前の光景に気がついた様で……。

 

「幽霊の正体って……もしかしてお前?」

「ご名答」

 

 眩いばかりに偽装されたメリー・ゴーランドが軋みを上げながら回る。

 白馬に乗った神楽ちゃんは、王子様よりサドスティックに「荷馬車の様にくるくる回れヨ」と命令を下し、楽しそうに笑っていた。

 新八君は新八君で、前のめりになる神楽ちゃんを後ろから支えて、それでも天上を彩るフレスコ画と天使の彫像に目を奪われている。

 

「真夏の夜の夢って奴ですよ」

 

 ナイトパレード。

 色とりどりの明かりと幻想で、生前の姿を取り戻したメリーゴーランド。最後となる夜に別れを告げるには良い催し物になったんじゃないだろうか?

 

「お前……本当にホームレスしてたんだな」

「なに? それ嫌味? 借り暮らしだって言ってんじゃん」

 

 頭をガリガリ掻きながら銀さんは少し言い辛そうに、そう言った。

 ベンチの背に体を預け、足を下ろした銀さんは、目の前の光景に「綺麗だなぁ」と目を少し生き返らせる。

 空いたスペースに私も腰掛ける。

 

「万事屋さん、新しい依頼引き受けてくれる?」

「んー?」

 

 間延びした返事。

 

「お家探してくれない? 二万平米ぐらいで、馬が付いてて、満点の夜空が見えて、夜は静かで、幽霊付きの物件」

「ばーか、んなんあるわきゃねーだろう」

 

 「ここ以外にそんなのある訳ないだろう」そう付け加えられた銀さんの言葉は、少し後悔が含まれていた。

 

「嘘だよ。本当はどこでもいいんだ。保証人と身分証なしで借りれる所、ボロっちくてもいいや。依頼料もう払っちゃったし、キャンセルはなしだよ」

 

 その後悔を消したくて、メリーゴーランドを指さし笑えば頭をぐしゃりと撫でられた。

 

「お前、本当に馬鹿だなぁ……」

「馬鹿って言った方が馬鹿なんだよばーか。でも、本当にどこでもいいんだ。私、あんまり拘りないから」

 

 気に入っていたのは本当。でも、今更そんなモノを大切にしようとは思えなくて、だから私は笑う。

 遠い未来。私は失った事を後悔する事ができるだろうか?

 

「銀ちゃーん」

 

 白馬から飛び降りる神楽ちゃん。

 神楽ちゃんに捕まっていた新八君は、バランスを崩し白馬から転げ落ちる。

 

「だからお前はダメガネなんだヨ。だせぇアル」

 

 その姿を笑いながら神楽ちゃんは、「銀ちゃん! 銀ちゃんときーやんも一緒乗るアル」と着流しの袖を引っ張る。

 

「しゃーねーなぁ」

「じゃあ、今度は馬車に乗ろうか、何色がいい?」

「白!」

「白好きだねぇ神楽ちゃん」

 

 手を引かれ乗り込んだ馬車。新八君は「定員オーバーアル」と閉めだされ、「べ、別に乗りたいなんて言ってないでしょ!」と言いながら()ねる。

 それを笑いながら見ていた最後の夜。

 白い馬の目も優しそうに笑っていた。


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