天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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天国の中心でアイを叫べなかった狐
閃光花火


 ダンボール一箱とギシギシ軋むメリーゴーランド。それが私の居場所で家だった。

 慣れてしまえば、この開放感あふれる住まいもなかなかに良いものだ。

 

「んー。やっぱもう着れないねぇこれは」

 

 傷んだシャツをそれでも捨てきれずに、ダンボールの奥底に仕舞う。

 大切な物は失って気付くというのならば、まさに私がそれだった。

 わざと乱暴に扱った覚えはないけれど、丁寧に扱った記憶もなかった。普通に、その他の物と同じように扱っていただけ。

 思えば、意識的にそうしていたのだろう。大切に扱わない事で、大切では『なかった』事にしようとしていた過去の私。気づいた時には手遅れで、向こうから持ってこれた唯一の服は着ることができなくなっていた。

 

 失う事でその大切さに気付く事ができる。

 もしそれが真理であれば、失っても大切に思えないモノは、大切なモノではなかったと言う事だろうか?

 

 

 

 

 町内会のチラシがバイト先に貼られているのを見つけ、ご自由にと書かれたパンフレットを一枚手に取る。

 祭りかぁ~。皆を誘って行ってみようかな?

 

「だからバーさん所いって来いよ」

「嫌アル。ババァに着せてもらったら折角の浴衣がババ臭くなるアル。銀ちゃんやってヨ!」

「銀さんを犯罪者にする気ですか! できるわきゃねーだろ! じゃあ、妙のところ行って来い」

「姉上もう出勤してますよ」

「よし、新八。お前はやれば出来る子だと思ってたんだ。後は頼んだ」

「面倒臭いからって、僕に押し付けないで下さいよ!」

 

 「ごめん下さい」の返事代わりに返ってきた声。首を傾げながら上がり込むと、帯をぐるぐると体に巻きつけた神楽ちゃんを囲んで、銀さんと新八君が言い合っていた。

 

「どうしたの?」

「いいところにきたな」

「いいところにきましたね」

「えっ?」

 

 掛けた声に、銀さんと新八君がこちらを向いた。

 

「なるほどね、依頼人から貰ったんだこの浴衣。神楽ちゃんちょっと手あげて、そうそう」

「ったく依頼料払えないからって現物支給すんじゃねーつーの」

 

 私が誘う前にもう祭りに行く事を決めていたらしい三人。

 折角の祭りだからと、以前、依頼人から貰った浴衣を取り出したものの、駄々を()ねた神楽ちゃんを二人は持て余していたらしい。

 神楽ちゃん曰く、お登勢さんの着付けはなんだかババ臭いから嫌アルとの事。想像するに、昔気質のきっちりとした着付けなんだと思う。

 それはそれで私は好きなのだが……神楽ちゃんもやっぱり女の子だから、たまにはチャラついた物が(うらや)ましくなるのだろう。

 閉じた襖の向こうから聞こえる銀さんの声が、それを説明してくれた。

 そう言うことならと張り切って、帯を少し今風にアレンジ。お花を後ろで作ってあげる。ついでに襟を少し抜いて大人っぽく。

 

「ひゃっほい!」

 

 姿見の前でくるくる回って嬉しそうにしている神楽ちゃんを見て私も満足だ。

 

「もう開けていいですか?」

 

 遠慮がちな新八君の声に「いいよ」と返せば、開いた襖の間から一振りの浴衣がすっと差し出される。

 

「どうしたのコレ??」

「お登勢さんから借りてきました。古いけど、まだ着れるだろうって」

 

 視線を落とすと、伝統的な紺色に朝顔模様。でも、お登勢さんが着るにしては……もっと若い世代が着るような柄。

 若い頃着たのだろうか。経た年を考えると痛みの少ない布地に、大切にされてきた事が予想できる。

 辰五郎さんと祭りに行くこともあったのだろう。年月に思いを馳せる。

 私に着ろという事なんだろうけど、そんな物を……いいのか?

 

「使わねーとこーいうモンは余計傷んでくんだよ。使ってやれ」

 

 そんな思考を読んだかの様な銀さんの声に、そっと手に取る。

 

「ありがとうね、新八君。後でお登勢さんにもお礼言わなきゃ」

「どういたしまして」

 

 再び閉められた襖の奥で、浴衣を広げ着付ける。帯は神楽ちゃんと同じ様に。「お揃いアルナ!」と嬉しそう笑う神楽ちゃんに「そうだね」と笑い返した。

 

 

 

 

 銀さんと新八君も浴衣に着替えた様で、ついでに借りてきてくれた下駄を鳴らし、祭りへ向かう。

 

「焼きそば、焼きそば、ボソボソの焼きそば!」

 

 神楽ちゃんは楽しそうに繋いだ手を大きく振る。

 

「お前の腹満たせる程ウチの家計は甘くねぇんだぞ、ほどほどにしろよ」

「それもこれも、稼ぎをパチンコでなくしてくる、どっかのクソ天パのせいですけどね!」

「ばーか、あれは夢を買ってんだよ。別になくしてる訳じゃねぇよ。コレだから童貞は」

「それ今関係ないでしょぉおおお!?」

 

 減らず口は健在で、新八君の皮肉もどこ吹く風という銀さん。

 果たして、銀さんはどんな夢を買うのだろうか? 一年分のいちご牛乳? 一生分の糖分? 彼が求めそうなものはそのぐらいで、結局夢と言っても消費前提の物なのだろうから、新八君の「なくす」という表現もあながち間違いではない。

 銀さんは求めない人だ。伸ばされた手を掴むだけ。だけど、大切なものが何かきちんと分かっている人。銀色の月の周りを回る温かい光り。それが銀さんの大切な物だ。

 偽りの光りをそれに混ぜてくれるのは、求めるからなのだろうなぁー。

 

「あれ、旦那じゃねーですか。旦那達も祭りに?」

「ガキ共の付き添いだよ」

 

 隊服を着た総悟は、たこ焼きと水風船を抱えて、りんご飴を舐めながら。頭にはひょっとこのお面までかかっている。

 なかなかに祭りを満喫しているようだ。

 堂々たるサボりっぷりに、ある意味敬意を表したくなる。

 

「オイ、それ寄越せヨ」

「三遍回ってワンと言ったらくれてやってもいいぜ」

「誰が! お前が言えヨ」

 

 遠慮なく手を伸ばす神楽ちゃんの頭を抑えて、総悟はたこ焼きを死守する。

 そろそろ手が出そうなので止めに入る事にした。いつもの服ならともかくも、浴衣で暴れては酷いことになるだろう。

 

「神楽ちゃん、焼きそば一緒に買いに行かない?」

「行くアル!!」

 

 振り向き目を輝かせた神楽ちゃんは「お前には、その冷え切ったたこ焼きがお似合いよ」と、大人びた口調で総悟をムフッと笑い駆けてくる。

 

「あそこの屋台がお勧めネ!」

 

 手を引っ張られた先には『大盛り、大江戸一番』とノボリが立つ屋台。頭が輝かしい大将が盛る焼きそばは、確かに大盛りで、透明のプラスチック容器から溢れんばかりだった。

 どうやら総悟も私達と一緒に祭りを回ることに決めたようで、戻ると、あそこの焼き鳥は固いだの、あそこのクジは当たりが入ってないだの祭り談義に花を咲かせていた。

 

「きーやん、きーやん。次は次はっ!」

「神楽ちゃん、少し休憩~」

 

 強請(ねだ)られるままに手を引かれて歩けば結構な運動量で。「僕が一緒に行きますから、少し休んでたらいいですよ」と言う新八君にバトンタッチ。

 人混みから少し離れた境内の階段で、駆けていく姿を見送った。

 銀さんと総悟も付いていくのは面倒と思ったのか、特に追いかける事なくその場に留まる。

 座ろうかと少し悩んだが、浴衣を汚しそうだったので、立ったまま川の様に流れていく人を眺める。

 祭りばやしと、どこかノスタルジックな屋台の明かり。

 

「若いっていいなぁー」

「自分より若いやつにそれ言われるとイラッとすんのはなんでだろうな」

 

 思わず呟いた私に、銀さんは階段に腰掛け、いつの間に買ったのか赤いかき氷を(すく)いながらそんな事を言った。

 

「年寄りの(ひが)みじゃないですかね」

「年を気にする様になった人間は皆年寄りなんだよっ」

 

 その言葉は最初に言い出した私を揶揄しているのだろう。

 銀さんは掬い損ねた氷を舌を伸ばし受け止める。シロップに染まった舌は赤く、なんだか……。

 ボヨンボヨンと水風船で遊ぶ総悟に視線を移す。

 

「総悟、そろそろ戻んないでいいの? 後で怒られるよ」

「大丈夫でェ、今日は奴は非番でィ」

 

 今日は鎖はついていないのか……。どうりで教育係がいつまでたっても飛んでこない訳だ。

 総悟は何かを探す様に人混みの中を見ていた。

 そう言えば途中途中も何かを探している風だったのを思い出す。

 

「誰か探してるの?」

「いやね、姉上も祭りに来てる筈なんだが……てっきり俺はお前と一緒だとばかり……」

 

 一際大きく跳ねた水風船が地面に当たり、ばしゃんと割れた。

 

「あの野郎……」

 

 総悟が見つめる先には、黒い着流しと、はしばみ色の髪。

 階段を駆け下りた総悟は、土方さんの後ろから肩を叩く。固まる土方さんに何かを言って、言い合いになって。それを見つめるミツバさんは笑う。

 

「ミツバさんが土方さんになったら私、土方さんの事を十四郎さんって呼ばなきゃいけなかったり……うわっ最悪だ」

 

 思い至った未来に、顔を(しか)めてしまう。

 

「くっそ、コレだからストレートは! 銀さんだってなストレートだったらなぁ!!」

 

 一方の銀さんは、土方さんがモテる理由の全てをストレートに込めて、シャクシャクと氷を潰していた。

 

 土方さんに似ていると言われた銀さん。

 口では色々言うものの、果たして銀さんは……恋をするのだろうか?

 私の思う坂田銀時という人物は、恋愛なんて平和ボケしたものからは、ほど遠いところにいる気がした。

 別にそれは剣呑な雰囲気を身にまとっているとか、硝煙と薬莢の匂いを漂わせているとかそういうことではない。

 

 例えばだ、ある日とても可愛くて非の打ち所のない娘さんから愛の告白を受けるとする。

 この男はどうするだろうか。きっと、勘違いだとか言って言い包めるか、目の前でケツの穴を見せるような最低な行為をしてそれ有耶無耶にしてしまうだろう。

 それか、そんな面倒くさい事になる前に、そっと距離を取るに違いない。

 なぜか? 自分にはそんな真っ当な恋は似合わないとでも思っているのか? それとも単純に恋愛なんて面倒くさいと思ってしまうのか? どちらもである気がする。

 

 では逆だったら? 銀さんが誰かに恋をする。あり得るのだろうか。

 あり得ない。率直に思う。理由はすぐに浮かばないけれど……遥か遠くにそんな感情は置いてきてしまって、代わりに重苦しい、身を縛る鎖にも似た、護るという感情を抱いてるからか。そんな誰かの大切を護ろうとする銀さんが、自分だけの大切な物を作るような……恋なんてしない。そんな気がした。

 

「ねぇ、食べにくいんですけど、俺の顔になんかついてるんですかー」

 

 ストローをくわえた銀さんが目を横に伸ばして、見つめていた私に文句をつける。

 

「銀さん、好き」

 

 考察を検証する為に、私は告白をしてみた。

 すると銀さんは、少し嫌そうな顔をする。

 

「お前ね、そーいう心にもない事言うんじゃねーの」

「いや、好きだよ?」

 

 それは嘘ではなかったので繰り返すと、深い溜息をつく。

 

「お前の好きはそーいう好きじゃないでしょ」

「そうだねぇ」

 

 銀さんは正しく私の好きを読み上げて、私もまたそれを正しいと認識する。

 

「銀さんだから良いものの、若い娘がそーいう事を簡単にいうんじゃありません!」

「あれ? お母さん?」

「誰がお母さんだ!」

「銀さんが」

 

 「まったくこの子は」と更にお母さん発言を繰り返す銀さんは、もう一度シャクッとかき氷を(すく)う。

 シャクシャクと掬って、最後の一欠まで全て食べきった、空の容器を少し持て余す。

 銀さんはそれでもまだ物足りないのか、屋台を遠目に眺めていた。

 

「キリ、金貸して」

「いやだよ、銀さんに貸したら返ってこないじゃんか」

「じゃあ、奢りで。アイツ等には散々奢ってやってんじゃねーか、俺にも奢れよ」

「子どもと大人を一緒にしないでよ」

「ケチくせぇなー。懐と胸の大きさは比例すんだな、コレだから胸の小さい女は」

「もう絶っっ対貸さない!」

「どうせ貸す気ねぇ癖に」

 

 あーあと、銀さんは意地汚く、ストローを咥えてぶらぶらとさせる。

 

「お前さー、アイツ等に甘すぎんじゃねーの?」

 

 まだ戻ってこない二人の事を指して、銀さんはそう言った。

 

「……子供はさ、甘やかされるべきなんだよ」

 

 少し過分に甘やかしているという自覚はあったので否定はしなかった。

 

「そーいうもんかねぇー」

「そーいうもんですよ」

 

 思いを巡らせ、それは私の後悔なのだと気付く。

 大人になれない私は、早く大人になりたかった。そして大人になってしまうと気付くのだ。

 もう、子供には戻れない事を。

 だからまだ子供である彼等を甘やかしてしまうのだろう。

 

「どっちかつーとお前の方がお母さんじゃねーの?」

「あんな大きな子供いてたまるもんですか!」

「その台詞、年寄り臭ぇよ」

「若かったり年寄りだったり、どっちが本当の私なの!」

「間を取ってババアなんじゃねぇ?」

 

 パーソナリティを見失った私は悲鳴を上げ、銀さんは投げやりな回答を寄越す。

 ヒューに続き、ドンッと心臓に響く様な音が鳴る。

 銀さんの白い髪が七色に染まり、頭上を見ると夜空に綺麗な花火が咲いていた。

 

「たまや~」

「かぎや~」

 

 あちこちからそんな声が飛ぶ。

 

「おっ、始まったな」

「綺麗だねぇー」

 

 暗い空を美しく彩る花火は、その一瞬に死力を尽くし大輪を咲かすから、人々の目を引きつけて止まないのだろう。

 ダラダラと死の延長線を生きる私には、真似る事のできない美しさだった。

 そうやって空を見上げていた私は、だから銀さんがどういう目をして私を見ていたか知らなかった。

 

 花火が終わる頃、神楽ちゃんと新八君は戻ってきた。途中、始まった花火を一緒に見ていたのだと言った。

 帰る人々でごった返す中、はしゃぎ疲れた神楽ちゃんを銀さんは背負う。

 それを見ながら思う。

 もし私が銀さんを好きになってしまったら、銀さんは私から離れて行くのだろうか? そして、それを少しは大切だったと思ってくれるだろうか?


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