天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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三つ葉のクローバー

 道でばったりと土方さんに会った。

 病院での爆弾魔事件を抜かせば、先日の蔵場の一件以来の再会。爆弾魔事件も一方的に私が見ていただけなので、再会という意味合いからすると、蔵場の一件以来で正しいのだろう。

 

「……なんだ、そのアレだ……健勝か?」

「おかげ様で元気ですよ。土方さんもお元気そうで何より」

 

 なんなんだろうその微妙な問いは。

 立板に水を流すついでに、その他諸々も記憶の中から流したフリをして挨拶を交わす。

 

「オイ、ちょっと面貸せ」

 

 深々と溜息を付いてしまったのは何も私が悪い訳ではないと思う。着流しを着ているって事は、非番なんだろうに、まったくもって鬼の副長殿は仕事の鬼でもあるようだ。まぁ、私も用事があったので良いのだけれど。

 

 そんな土方さんの後を追って辿り着いたのは一軒の茶屋。

 店員に目配せした土方さんは案内もなしにそのまま奥へと入り、個室へ上がり込む。

 後から付いて来た給仕さんは、お盆に乗ったお茶を出すと注文も聞かずに一礼し出て行った。

 四畳程の広さに床の間が造り付けられた個室は、良い雰囲気という奴ではないでしょうか?

 

「出会い茶屋とかそ~言うやつ?」

「ブッ!」

 

 思いついた単語を口にしたとたん土方さんがお茶を吹いた。あーあ、畳シミになんないといいけど。

 

「……ちげーよ」

「なーんだ」

 

 残念。待合茶屋とか引手茶屋とか色々呼び名はあるけれど、少し興味あったのになぁー。流石に陰間茶屋まで手を出す勇気はないが、今度探してみようか。

 

「お前、今、碌な事考えてねぇだろう」

「なんの事やら」

 

 ジト目で見つめてくる土方さんから視線を逸しすっとぼける。

 

「まあいい。先日大江戸病院で爆弾騒ぎがあってな」

「それで?」

 

 はいはい知ってますぅ。とは心の中だけで、表面上はやる気のない返事を返す。

 

「爆弾処理は間に合わず、犯人の目論見通り病院は爆破。寸前でどっかの馬鹿が犯人だけ連れて出てきやがったが、肝心の人質の姿はなく、死んだと思われていた。だがな、死んだと思われた人質がいつの間にか何者かの手によって救出されていてなァ。しかもだ、人質もなんで助かったのか(がん)として口を割らねェ。覚えてないの一点張りだ」

「良かったじゃないですか何にせよ助かって」

 

 適当な相槌を打ちながらズズズッとお茶を濁す。

 ミツバさんも総悟もどうやら私の事は黙ってくれてた様だ。ついでに言えば銀さんも。返した筈の借りがまた戻ってきてしまったなぁーと赤を付ける。

 

「残念ながらな、それで済まねェのがお役所仕事って奴だ。ほうぼう聞き回って得られた唯一の証言が屋上にチラリと見えた桃色の着物。お前が良く着ている奴に似てやがる。なぁ、何か知ってんじゃねーのか? あん時お前も居たんだろ? あそこに」

 

 そんな赤字決算に突入した私の帳簿を覗きこんでくるのは、剣呑な瞳。

 

「知らないですって、同じ色の着物なんてそこら中にありますよ」

「だろうな」

 

 じっとこちらの表情を伺う瞳にニッコリと微笑めば、やけにあっさりと返される。

 肩透かしを食らった様な気分で、煙草に火を付けた土方さんを見つめる。

 

「何、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してんだよ」

「いや、用事ってそれだけですか?」

 

 わざわざこんな場所まで連れてきたにしてはあっさりし過ぎている。

 

「んな訳ねーだろ」

 

 やっぱり。「こっからが本題だ」と前置きした土方さんは、言葉を続ける。

 

「犯人……転海屋の残党だった」

「そう……」

 

 攘夷浪士か、はたまた頭のイカれた野郎かと思って気にも止めてなかったが……繋がっていたのか。

 

「……討ち漏らした奴がいてな。アイツがオレ等に情報を流したんじゃねーかつー根も葉もない噂を信じて、逆恨みした挙句、どうせ手が後ろに回るなら一人でも多く道連れにドカン……そんな計画だったらしいぜ」

 

 ギュッと灰皿に煙草を押し付けた土方さんは忌々しそうに顔を(しか)めた。

 予定通りであればどうだったのだろうか……似た様な事は起きたのだろうか?

 

「勘違いすんじゃねーぞ、明らかにこっちの手落ちだ」

「何を勘違いすると言うんですか。私は拾い物をしただけで、アンタ等の不始末なんて知りませんよ。大体、そんなミスしてるから税金泥棒だって言われちゃうんですよ」

「……そうだな」

 

 ツラツラと辛辣な言葉を投げつけても鉄仮面はピクリとも動かない。

 

「反論しないんですね」

「何を言っても結局お前には無駄なんだろ」

 

 言い切りの形に、確かにそうだなと頷く自分がいた。

 何か手を打てた筈だと嘆ける程自惚れてはいないし、この未来を予想できたかと問われれば首を横に振るしかない。

 それでも全くの無責任でいられるかと言われれば、関わった以上無理だった。

 けれど、そんな自虐プレイを堂々と見せつけれる程、羞恥心は失っていないので、当て(こす)る事で誤魔化そうとしたが、あの夜と同じくこの人には通じなかった。

 

「土方さん、なぜそれを私に伝えに?」

 

 これ以上無様を晒すのも嫌なので、話を変える。

 

「流石にこんだけの騒ぎだ、上も全て黙らせる訳にはいかねェ。俺が伝えなくてもその内ニュースか何かでテメェは知るだろうよ」

 

 ようやく彼の意図を知る。唐突に知らされるよりはと、気を使ったのだろう。

 その親切を無駄にする様な行為に、今更ながら罪悪感が芽生える。

 かと言って己を曲げることも出来ず、礼を言うのも違う様な気がして、冷めてしまったお茶を啜り相槌の代わりとした。

 

「まあ、話はそんだけだ。ここの善哉(ぜんざい)、なかなかに旨いって評判だぜ」

 

 最後に土方さんはそれだけ言うと腰を上げた。

 食ってけって事だろうか? 相変わらず不器用だなと思う。

 きっと払ってくれるのであろう善哉の代金と引き換えるには無粋も過ぎるが、伝えずにはいられなくて口を開く。

 

「ねぇ土方さん。私、一つだけ分かった事があるんだ……。人の命ってのは案外簡単に失いやすく、暖かいって事をさ。土方さんはそれを知っている筈なのに、なんで自分の命ばっか勘定して反対側の天秤に相手の命を乗せないの?」

 

 草履をつっかけた格好で土方さんは動きを止めた。

 

「何の話だ」

「ミツバさんの話だよ」

「…………」

 

 野暮に拍車を掛ける事を知っていながらも、逃げ道を塞ぐ。

 

「ミツバさん、本当はあの夜、病状が悪化して死ぬはずだったって言ったら信じる? 爆弾首に付けられて助け損なう所だったって言ったら信じる? 神楽ちゃんが言ってたよ、最後の時また笑えたら上々の人生だって」

「お前に何が分かる」

 

 この人は、普通に結婚して、普通にガキ産んでそれが女の幸せだと、それを護る事がミツバさんの幸せに繋がるのだと、信じているのだろう。

 真選組を背負い込んで振り返らない生き方こそが、ミツバさんに報いる唯一の方法なのだと信じているのだろう。

 

「何も分からないよ……だけど、女の幸せってのは、男には分かんないって事だけは分かるよ。最後の時、アンタが傍に居なくてもミツバさんはちゃんと笑うよ」

 

 何が正しいか正しくないか。

 正解を決めるのはきっと未来のミツバさんなのだと思う。

 

「……とりあえず、病院の件、礼だけは言っておく」

「土方さん、私は……」

 

 受け取るべき礼などない。

 

「テメェにじゃねーよ。どっかの救出劇のヒーローにだよ」

 

 まわり回って最初の会話がここにきて意味を持つ。私が断れない理由を作るためだったのか。

 不器用なだけだと思っていたが、案外(したた)かだったようだ。流石鬼の副長殿。

 無責任な発言をぶちかました己の責を問う。

 きっとその責めを負うのは未来の私だ。

 

 

 

 

 人々が行き交う駅前で、一組の男女が銀色時計の下に立っていた。

 肩と肩との間を拳八つ分程空け、お互い視線を合さないよう常に前を向いている。

 傍から見れば知り合いとは思わないだろう。

 同じ場所で別々の人物を待つ、赤の他人にしか見えない。

 ハシバミ色の髪を持つ女が頭上の時計を見上げる。

 

「……すっぽかされたんじゃねーのか」

 

 男は相変わらず前を向いたまま、ぶっきらぼうに言い放つ。

 

「そういう貴方こそ、かれこれ一時間はここにいるじゃない? すっぽかされたの?」

「ちげーよ。一時間前行動が江戸での常識なんだよ」

 

 黒髪の男は、いつの間にか懐に入っていた「駅前の銀時計前、三時。 Byマヨネーズの妖精」という怪文書を思い出しながら、苛ついた様に組んだ腕を指でトントンと叩く。

 

 リゴーン、リゴーンと時計の鐘が四度鳴った。

 

「電車、行っちまうぞ」

「次の電車に乗るわ。それよりいいのよ? 煙草吸っても。お医者様からもう大丈夫だって言われているから」

 

 腕を叩いていた指が止まる。

 

「……禁煙週間なんだよ」

「あら、そうだったの」

 

 鳩が首を揺らし歩いている。ゆっくりとした歩みが左から右へと通り過ぎる。

 

「すっぽかされたんじゃねーのか」

「さっきもそれ聞いたわ。そうかも知れないわね。でも、いいのよ。最初にすっぽかしたのは私だったもの、もう少し待ってみるわ」

 

 ふふっと笑い、女は手に持った風呂敷を抱え直す。

 女に気付かれぬ様、男は一瞬だけ風呂敷に視線を移し、気にする素振りをした。

 

「……すっぽかされたんじゃねーのか」

「貴方それしか言えないの? 大丈夫よ、見た目程重くはないから」

 

 組んでいた腕を解き、男はガシガシと頭を掻いた。

 

「……いつまで待つつもりだ」

「さぁ……。でも、待つのは慣れているから、いいのよ」

「お前はいつもそうだな。いいんだっていいんだって全部他人に譲ってばっかで、少しはテメェの事を考えやがれ」

 

 そこで男は初めて女を向いた。

 女は少し驚いた様に琥珀色の目を丸くし、やっぱりふふっと笑う。

 

「いいのよ。譲らない物、一つだけ決めたから」

「……何をだ」

「教えて上げないわ。女同士の秘密よ。それにしても遅いわ、何かあったのかしら?」

 

 正面に設置された巨大モニターに目を移すが、CMが流れるばかりで特になにも情報は得られなかった。

 

「なぁ、お前が待ってるのは……」

「キリちゃんよ。知ってる? 不思議な子よね。なんでもお見通しだって目をしているのに、何か一生懸命で」

 

 男はメモ書きをクシャリと握り潰した。

 

「……なぁ、待ってる間、善哉(ぜんざい)でも食うか」

「いいわね。美味しいところ連れて行ってくれる?」

「美味しいかどうかはしらねーがな、近くにあるよ善哉屋」

 

 貸せと風呂敷包みを奪った男はスタスタと後ろを気にする事なく歩きだす。

 善哉以外、女に何を与えたら良いのか分からぬ様を、相変わらずねと笑いながら、女は男の後をついて行く。

 


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