本日も快晴! と言いたいところだが、不穏な雲が広がる空の下で鬼ごっこは続けられる。今日は公園の木の上に隠れて真選組をやり過ごす。がさりっと音を立てて枝が揺れ、青い瞳が葉っぱの間から顔を出す。
「酢昆布見っけ!」
ねぇ神楽ちゃん、私の名前は酢昆布じゃないんだけど? 一度餌付けしてしまったのが悪いのか、私を見つけたら酢昆布が貰える、という何か勘違いした神楽ちゃんは私を見つける度、そう
鬼ごっこと隠れんぼを同時に出来るほど器用じゃない私は、度々にその強欲な瞳に晒されることとなる。
「あーあ見つかっちゃった。はいどーぞ、今日も元気に遊んでおいで」
まぁ、そんな神楽ちゃんの期待に応えるべく、常時酢昆布を携帯している私も私なんだけど、酢昆布の付属品扱いだから問題ないと自分に言い聞かす。
余談だが酢昆布はちゃんとお店で購入している。少し前に、作り出した金を、貴金属買取店で買って貰い、お金も入手済み。
店で買わずとも、酢昆布も同じ方法で作ろうと思えば作れるのだが……細かい作業が苦手なこの力、なんというか味が微妙なのだ。便利なのか不便なのか分からないコレは一体なんなのだろう?
「どうしたの?」
いつもは酢昆布をもらうとそのまま駆けていく神楽ちゃんだが、今日は何か言いたそうにこちらをじっと見つめている。不思議に思いそう声をかける。
「銀ちゃんがもうすぐ台風来るって言ってたネ! 酢昆布は台風対策大丈夫アルか?」
わずかに首を傾けた神楽ちゃんは、嬉しそうにそう聞いてくる。台風が楽しみなのだろう。私も子供の頃はそうだったからなんとなく分かった。
誰かとその気持を共有したい。そう透けて見える心に私も笑う。
「大丈夫だよ。神楽ちゃんこそ台風に巻き込まれないうちに帰るんだよ」
きっと台風の中でも笑って遊ぶ神楽ちゃんだろうけど、一応大人の
「はいはいヨ~。酢昆布もちゃんと帰れヨ~!」
「うん。そーするよちゃんと」
神楽ちゃんは元気にそう言うと、来た時と同じ様に枝葉を揺らして降りていく。
『帰れヨ~』という言葉に私はちゃんと笑えただろうか? 風が枝を揺らし、湿った台風特有の匂いが強くなってきた気がする。あーあ面倒臭いなぁ、今日はどこに泊まろう。いつも使っている橋の下は川が増水するかもしれないから使えないし。
いまだに私は帰る場所も住む場所も――居場所を見つけきれないでいる。真選組の件もいい加減にしないとそろそろ不味い。問題は山積みで、しかし能動的に何かをする気にはなれず、万事屋さん依頼ですよ~と出来もしない他力本願的な事を夢想する。
『触れてはいけません』その言葉をゆっくり飲み込み、予備の酢昆布を齧る。風が泣いていた。
台風は予想以上の強さでやってきた。甲高い悲鳴の様な音を立てて風は空気を切り裂き、雨はバケツの水をひっくり返すという例そのままに降りしきる。その雨のせいで、案の定川は増水し、そろそろ慣れてきた寝床を失った。
そんな台風と呼ぶにふさわしい台風を、公園のアスレチックに隠れやり過ごす。ただし、コンクリートで出来た小山に穴が空いているだけのそれは、壁なんて無いも同然なので、雨は吹き込むし、風なんてその狭い隙間で増幅され、外より酷いかもしれない。唯一の利点は、こんな台風の日に外にいるしかない不審者を人目から隠してくれるというだけだろう。
それでも私は、神楽ちゃんに見習い台風を楽しもうと心に決めていた。後で傘を広げてメアリー・ポピンズごっこでもしてみようか。
そんなつもりでいたのに……念のため飛ばしていた鳥が面倒臭い物を拾ってしまう。何やってるんだこの人は……。
増水した川に飲み込まれた犬。岸に引っかかった一抱えほどもある、折れ裂けた木の枝にしがみつくソイツを、沖田さんは橋の上に止めたパトカーの窓から頑張れーとやる気のない声を上げしばらくの間見ていたが、流されかける犬に黒い隊服を脱ぎ捨て飛び込みやがった。
『触れてはいけません』何度も繰り返す。大丈夫きっと大丈夫……。橋の欄干から伸びた命綱を片手に、もう一方の腕で犬を捕まえる。暴れるそれに、暴れなさんなと、伝わる訳もない事を言いながら必死にロープを手繰ろうとしていた。
けれど、激しい流れに、ロープに掴まるのが精一杯の状態で、体をひきあげることができずにいる。
サボりなのだろうか、パトカーの中には、二人一組である見回り相手はいない。きっと、その犬を手放すのだろう。そうしなければいけない。そうなる筈だ……それでいい筈なのに……。あーあ、もうほんっっとう勘弁して欲しい。
心に張った立ち入り禁止のテープを乗り越え、跳んだ。
「しっかり捕まって!」
濁流に負けないように声を張り上げる。聞こえていても聞こえていなくてもやる事は一つ。欄干に結ばれたロープをゆっくり手繰り寄せる。食い込むロープに手が赤くなる。面倒臭い、面倒臭い、面倒臭い。そんな掛け声を心の中で上げながら、一手ずつ手繰り寄せ、ようやく届いた沖田さんに手を貸し、一人と一匹を引き上げる。
「何やってるんですか一体!!」
雨と風に負けないよう、声を張り上げる。
「テメェこそ何やってんでィ」
私とは対照的に、通常音量で放たれた言葉は風に流されかける。やる気が無い。まあ、流石に一番隊隊長といえど、しんどかったのだろう。欄干に持たれ座りながらダルそうにしている。私は、助けだした犬を抱き上げ様子を見る。もう一度川に投げ捨ててしまおうか。そんな考えが
じっと黙って見つめる私に不穏な空気を察したのか、抱き上げた犬は身を
「イヌ好きなんですよ、私!」
答えになっているのかなっていないのか不明な回答を返しながら、白い毛むくじゃらの超巨大犬を思い出す。嘘じゃない。
「とてもそうは見えなかったぜ。まぁいい、屯所までご同行……といいてェところだが、手錠、川に流されちまったィ」
「そりゃしょうがないですね」
たちどころに雨に霞み消えていく犬を見ていた沖田さんだったが、そう言うとゆっくりと立ち上がり、パトカーの運転席にびしょ濡れのまま潜り込む。
打ち付ける雨もあって、ぐっちょぐっちょになったそれを見ながら、誰が掃除するんだろう? 山崎さん? なんてどうでもいい事を考える。
帰りにコンビニで傘を買ってメアリー・ポピンズごっこをしてみたが、飛ぶ前にビニール傘はバリッベキッと不細工な音を立てて壊れてしまった。安物の傘はダメだなぁ、買って十分の命だった傘に黙祷を捧げ、コンビニのゴミ箱にそれを押し込む。
出来るとはまるっきり思ってなかったそれだが、何か素敵な事は起こらないだろうかと少し期待してしまった。そんな気持ちを誤魔化すために、大声を上げて雨に向って叫ぶ。スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス!