天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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閑話 山崎退の監察日記

 桂と高杉の抗争。それに関わったんじゃないかと、キリちゃんを張るように副長から言われ、三日目。

 そろそろアンパンも飽きてきた。

 副長も無茶を言う。かつて真選組の威信をかけて追ったにも関わらず、その尻尾すら掴めなかったというのに。今更俺一人でとか……。数えるのも嫌に成る程、見失っては追いかけるを繰り返した日々を思い出す。

 現に今もまた見失ってしまった。本当にどうなっているんだろうか?

 余りにも説明のつかない見失い方を繰り返すの内に、一時期は隊内で幽霊じゃないかと噂される程だった。

 まさかね……いや、足ちゃんとあるし。監察が科学的根拠の無い噂に振り回されてどうするんだと首を振る。

 

「今日はもうお終いかなー」

 

 頭を掻いて辺りを見渡すが見当たらない。紺色の絵の具を端から流した様な空を見上げる。雲すらその白さを失い、昇り始めた銀色の月が、今日という日に終わりを告げる。

 

 必ず行方をくらますタイミング。それに気付くのに時間はかからなかった。寝床、きっとあの子にもあるのだろう。そこに戻るとき、決してその場所を知られないように、キリちゃんは姿を消す。まるで野生に住む動物の様に注意深く。

 そして日が昇り、一日が始まると、どこからともなく姿を現す。昼間しか現れない幽霊なんて聞いたこともない。ダメだ、やっぱり噂に囚われている。そして、先入観はいけないなと、もう一度周辺を見廻る。単純に何か見落としただけなのかもしれないし。

 

 日が暮れかけたとは言え、左右に商店が並ぶこの通りは、それなりに人通りは多く、仕事帰りと思わしき男や、これから街に繰り出そうとはしゃぐ若者達が道を賑わしていた。

 そんな雑踏に紛れた――買い物帰りなのだろうか――買い物籠を抱える中年の女性と、その回りを回る兄妹と思われる十に満たない二人の子供。

 キリちゃんにも、きちんとした家があるのだろうか? その姿を見ながらそんな事を思う。人のことは言えないけれど、家族がいるとは思えない生活にやるせなさを感じる。そんな感情を抱いていると副長あたりに知られれば、きっとどやされるに違いないけれど、彼女を見ていると、自然とそんな物を抱いてしまう。

 

 野良猫。一定の距離を保ち、誰にも近寄らせない、近寄らない。キリという人物を注意深く観察したのならば、誰しもが抱くであろう当初の印象。

 それが、最近変化したのに気付く。

 江戸を離れ戻ってきて以来、腹を見せ、日向ぼっこをするかの様な、飼い猫じみた行動を見せるようになった。

 きっと万事屋の旦那の影響なのだろう。ともすれば酷くチャランポランで、どうしようもない人間に見えるが、その本質に触れれば影響を受けずにはいられない、不思議な人物。決して自ら認めたりはしないが、うちの局長や、副長……沖田隊長あたりも、その影響を受けてしまっているという事実。

 真選組として少しどうなのかと思うが、俺自身も影響をまったく受けていないと言えるのかと言えば微妙なところだから、口をつぐむ。

 

 店舗から漏れ出る光と、等間隔で灯された街灯。黄昏――誰そ彼――そんな言葉を払拭する様な科学の力に照らし出されたそこに、結局キリちゃんを見つけることは出来なかった。これだけ明るいのだ、見落としはないのだろう。

 すっかり昇りきった月に諦め、アンパンと牛乳をコンビニで買う。アンパン生活はきっとまだまだ続く。

 張り込みの神様がいるのならば、取り越し苦労である証拠が見つかり、この生活が早く終る事を祈らずにはいられない。

 借りたアパートの階段を上がる、きっと明日になればまたフラリと姿を現すのだろう。

 

 

 

 

「山崎じゃねーか、何見張ってんでェ」

「あ、沖田隊長」

 

 公園の草むらに隠れ、キリちゃんを見張っていたら唐突に背後から声をかけられた。振り向くと、欠伸半分少し眠そうな沖田隊長。

 オデコに愛用のアイマスクがかかっているのを見ると、大方その辺で昼寝でもしていたのだろう。

 気配を隠さずに近付いてきた事に助けられた。驚いた素振りや、焦った素振りを見せればこの隊長の事だから、それをスイッチに何かしらの嫌がらせを始めるに違いない。

 

「酢昆布かィ?」

 

 俺の答えを待つまでもなく、視線の先にいる人物を見定めて眠そうだった目をわずかに開ける。土方さんも飽きねェなぁーと言いながら伸びをする沖田隊長にこちらはヒヤヒヤものだ。

 「折角隠れてるっていうのに、向こうが振り向けば丸見えじゃないですか!」そう抗議の声を上げれば、馬鹿だなぁーお前ェはと呟く。

 

「ありゃ、気付いてるぜィ」

「えっ、そんなバカな!」

 

 思わず上げた声に、わずかにキリちゃんが此方を向いた気がした。けれど、フッとその視線を不自然に逸らす。

 

「だろィ? 気ィ使われてんだよ」

 

 泳がされているのは此方だったのか……? 子供達と一緒にドッチボールを始めたキリちゃんを再び見る。言われてみれば毎日必ずと言っていいほど、万事屋か公園どちらかに現れるキリちゃん。どちらかを張っていれば捕まえられるから楽だった。

 疑われていると知っていて……? 屈託なく笑う顔の裏を想像し、落ち着かなくなった。何を思っているのだろうか? 何を考えているのだろうか?

 追い掛け回した事に対する恨みや、憎しみなんて一欠片も抱かず、するっと何事もなかったかの様に副長をからかうキリちゃんを思い出し、なんだかそれが嫌だなって思った。

 だってそれは、キリちゃんが、キリちゃん自身に対する重さを認識せずに、そんな事どうでもいいと思っているに違いないのだから。

 

「それだから監察失格だって土方さんに怒られんだぜィ?」

 

 その胸の内を読み取ったのか、それとも気づかれている事を気づけなかった事に対してなのか、沖田隊長はそう言うと、興味を失ったのか、背を向ける。

 日光が足りないせいか、下生えが生え揃わない雑木林。その間を走る獣道と行っていいのか、踏みしめられた跡を歩く隊長。その肩に、チラチラと木漏れ日が落ち、隊服をまだら模様に染める。

 そんな姿が木々の向こうに消えていくのを見ながら、沖田隊長はキリちゃんの事をどう思っているのだろうか? と考える。友達と言えるほど近くはなく、ただの重要参考人と警察と言うだけでは説明がつかない――万事屋の旦那を身元引受人に仕立て上げ、副長を巻き込みその事実を無かった事にした過去の捕物。

 俺如きでは隊長の秋の空よりも移ろいやすい心を推し量る事はできず、その疑問を解決する術はなかった。

 一際大きく上がる歓声に振り向けば、ドッチボールであてられ、いの一番で外野に追い出されたキリちゃん。要領よく生きている様に見えて、結構どんくさい。そんな事を一つ報告書に付け加える。

 

 

 

 

 それは、江戸を出て何処へ行ったのだろうかと足取りを辿る為、訪れた入国管理局。

 俺の心情はともかく仕事は仕事だと頭を切り替え、バレているならば張っていてもしょうが無いと、別の方向から調査をすることにした。

 

 白いカウンターの向こう側で、焦り恐縮する入国管理局の年若い役人。新人なのだろう。たどたどしい手つきで端末を操作している。

 

「済みません、その方に関する記録はありません」

「えっ、そんな馬鹿な!」

「念のためもう一度確認してみます」

 

 思わず上げた声に、再び端末を操作し始めるが、「やはりありません」と回答が返ってくる。

 もう一度確認して下さいと強く言えば、ベテランらしき人間を連れてきて一緒に操作を始めた。けれど、その甲斐なくやはり見つからないという同じ答えが返ってくる。

 

 地球を出た後の記録を追えば、何度も乗り継ぎを繰り返し、最終的には宇宙船を丸々一隻個人チャーターするという、あり得ない手段を取られ、記録はそこで途切れた。

 それならばと、戻ってきたルートを辿(たど)る為、入国記録の照合を求めれば……それは存在しないという。

 

 密入国。戻ってきた時期に丁度入ってきたと言われている、春雨――高杉一派が関わったとされる宇宙海賊――。副長の勘が当たっていたのか。まさかそんな……。そう考えるが、特例として出国した経歴を考えると正規の手続きでは帰ってこれなかったのかもしれないと思いとどまる。大体理由がないんだ。信じたくはないその事実を否定する証拠を探し、大量の監視カメラの映像を確認していく……。

 

 暗闇に映るモニター。何日も見続けたせいで、映像が網膜に焼きつく様に感じ、痛む眉間を抑える。見落とした可能性も考え、何度も確認した映像。けれど、そこにはキリちゃんらしき人物をついぞ見つけることは出来なかった。

 

 

 もう一つ裏付けを取らなければいけないと、進まない気を引き締めて、宇宙船をチャーターした資金の出処を探る。春雨と無縁であってくれよと祈れば、キリちゃんと思わしき人間が、大量の金を取引したという事実。

 唯一の救いが、キリちゃんと思われる人物が大怪我を追い、高杉の船から出たという目撃証言。そんな怪我を負っているようには見えなかった。

 結論としては、はっきりと断定は出来ない、黒に近いグレー。

 その事実を監察として捻じ曲げる事はできず、報告書に纏め提出した。

 

 翌日、別の案件が持ち上がり、調査中断の命が出る。問題の先送りではあるが、正直ほっとした……。

 隊長の言葉じゃないが本当に監察失格だと思う。けれど、どうにもやり辛さを感じたのは事実なのだ。


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