天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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鬼のパンツはイチゴのパンツ

 ペラリと一枚の紙を太陽に透かす。一応決まりだからと書かされた履歴書。真選組(けいさつ)と違って裏付けなんて取るはずもないと、住所、生年月日、その他諸々を適当に書き込んだ嘘八百。

 

「電話番号……どーしよ」

 

 空白になった住所欄の下の黒枠。流石に連絡先もなしに働くのは無理だろう。携帯電話、そんな精密機器を作れる様な器用な力ではない。たすきに長し帯に短し? 少し違う?

 携帯電話を正規の店で契約しようにも、身分証の提示求められる始末。なんかいい方法ないかなぁーとやってきたのが、『地下都市アキバNEO』。江戸一番のからくり街だと聞いて来たんだけど……。

 

「いいのかな、こんなん売ってて」

 

 アイドル生写真! とポップが打たれているそこで売られてるのは、真選組の生写真。アイドル? まぁ顔だけはいいからね奴等。明らかに盗撮だと思われる写真が多数吊り下げ売られている。それに紛れ売られている桂さんの写真。なんでも有りなのか。

 他にもトモエ5000のフィギュアや、良くわからないアニメのDVDやグッズ。表通りはそんなオタクの聖地と呼ぶにふさわしいもので溢れかえっている。

 面白いではあるけれど、私の用事はそこにはない。一本入った通り。そこは表のチャラついた雰囲気を一変しギークな装いを身にまとう。電気コードと精密部品を細かに並べた店舗、ジャンクと銘打たれた箱にコレでもかと突っ込まれたからくり部品の数々。

 店員は皆、見て分からない奴はとっとと帰れと言わんばかりにカウンターで部品を磨いていたり、何かを組み立てたりしている。んー……失敗したかなぁー。誰か案内役が必要だったかもしんない。

 そんな、人付き合いよりも、からくりを愛する人達のお店が並ぶ一角。そこだけは表の浮ついた雰囲気を少しばかり残していた。

 

「今月分入荷致しました~。数量が限られてるので早いもの勝ちですよ~」

 

 そう呼び声を掛けてるのは金髪のリーゼント。和柄のスカジャンと金のネックレスが小物臭を増大させている。

 箱のなかには大量の携帯電話。スマホはないのか、ガラケーが並ぶ。どれもこれもショップで見た携帯よりもかなり高めの金額が設定されている。

 

「すみませーん、携帯売ってるんですか?」

「おねーちゃん携帯入用(いりよう)? いいの揃ってるよ~。ここのはどれも買ったら直ぐ使えるから便利だよ」

 

 買ったら直ぐ使える? 通話料を引き落とすための口座も何もいらないのか?

 

「購入するのに身分証とか何か必要です?」

「いらない、いらない、そんなの。前払い制の特別な携帯だからね」

 

 分かるだろ? という風に笑うリーゼント。まぁこの際、使えれば何でもいいんだけどね。値段が高いのは通話料が含まれてるって事だからだろうか?

 

「じゃあこれ一つ」

 

 目についた黒い携帯、それを手にしようとした時だった。

 

「おお!! キリ殿ではないか!! いや奇遇だなぁこんな所で会うとは!!」

 

 バシンと背を叩かれる。いった~。

 背中を擦りながら振り向くと、片腕には大量のからくりを抱えた鉄矢さん。あれ? じゃあ今叩いたのは? 包帯に巻かれた右腕が半着の袖から顔を覗かせている。

 

「先達は直接礼もできぬまま済まなかった! ここで会ったのも何かの縁、是非茶でも馳走させてくれ!!」

「あ、いえ。お礼なら鉄子さんから頂いてるので、それよりその腕……」

「しかし今は師匠に買い物を任されている身……。そうだ一度キリ殿も師匠に会っていかれよ! 癖はあるが面白い御仁であるぞ」

「いやいや、待って私も用事がって人の話聞いてます?」

「何をしておる、こっちだ」

 

 グイッと手を繋がれ引っ張られる。アレ何このデジャブ。何で銀さんの周りは人の話を聞かない人間ばっかりなの? それは銀さんが人の話を聞かないからだよって納得できるかぁああああ!! 強引に引っ張られる腕を振り切る事もできず、仕方なしにそのまま連れて行かれたのは道にまでからくりが溢れだした、からくり塗れのボロ屋敷。ここは……。

 

 

「師匠!! ただいま戻りました!!!」

「うっせー!! いちいち怒鳴んなくても聞こえんだよ!!」

「がはっ」

 

 飛んでくるスパナで強制的に黙らされた鉄矢さん。奥から聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。やはりここは江戸一番のからくり技師、平賀源外(ひらがげんがい)の工房、『からくり堂』だ。

 

 

 工房の奥にある生活スペースに招かれた私は、約束通り鉄矢さんが淹れてくれた、苦くて熱すぎるお茶を苦労しながら啜る。鉄矢さんらしいお茶はお世辞にも美味しいとは言えなかったが、こうやって憂いなく、ちゃぶ台を囲んでお茶を飲めるというのは、存外悪くないものだった。

 

「そうだったか、お主が銀の字の所のな。話は鉄の字から聞いておるよ」

「所というか、銀さんとはまあ友達ですね。鉄矢さんは何でここに?」

「よくぞ聞いてくれっぐはっ!」

「うっせーつってんだろうが!」

 

 鉄矢さんを容赦なくぶったたく源外さん。人の話を聞かない人間は、強制執行しかないんですね。勉強になった。流石年の功。

 ぶったたかれた頭を擦りながら、鉄矢さんは声をワントーン落す。それでも人より十分大きな声であるが。

 

「これを見て欲しい」

 

 そう言って、包帯をスルリと解くと鈍色に光る、義手?

 

「刀匠としての俺はもう死んだものだと思っていた……。己のしでかした不始末故、それで構わないと思っていた。刀を諦め別に生きる道もあると……」

 

 膝の上に置いた手が握られる。

 

「そんな中、師匠に出会い一筋の光を見つけた。迷ったが、やはり俺は刀を諦める事ができない! すまない!!」

 

 一歩引き畳に頭を擦り付ける鉄矢さん。

 

「キリ殿には迷惑をかけたと思っている! だが俺はどうしても!!」

「鉄矢さん、私は私のやりたい事をしただけだよ。鉄矢さんも自分のやりたい事をやりたい様にしたらいい。それには誰の断りも必要ないよ。それより止めてくんない? なんかこっちが居た堪れないんで、それ」

 

 大したことをしたつもりはない。たまたま私には私にしか使えない裏ワザが存在していて、たまたまそれを使えるタイミングに居ただけ。だから、そんなに平服されるのは本当に居心地が悪いのだ。

 

「キリ殿!!!」

 

 ガバッと顔を上げた鉄矢さんは熱苦しい涙を浮かべていた。もうなんだコレ、スポ根ばりに熱苦しい。そーいうキャラじゃないんだってば、私。

 

「刀とか食べられないもんに私、興味ないよ。それよりお茶おかわりくれない?」

「あいわかった!!」

 

 立ち上がった鉄矢さんはどたどたと急須を持って奥に下がっていく。思わずちゃぶ台につっぷす。少し冷たいちゃぶ台がほてった頬に気持ちいい。

 

「照れておるのか」

「うっさい黙れエロじじい」

 

 ニヤニヤする源外さん相手に、口が悪くなるのも仕方ない。渋いお茶はもう一杯呑まないといけないし、源外さんはエロいし、スポ根は趣味じゃないし、もうなんだコレ。

 

「そーいえば何で鉄矢さんは源外さんの事を師匠と?」

 

 ここにいる理由は分かったけれど、刀匠に戻るのだったら、何で源外さんを師匠と? からくりと刀……もう一度紅桜を作るつもり? いやそんな馬鹿な。熱苦しかったが、下げた頭はそんなもんの為に許しを請う頭じゃなかった。

 

「あの義手は未完成なんだよ。刀を打つにはもうちっと色々必要なんだが……全部自分でやると言ってな。その罪を今一度見つめなおすと」

 

 普通に考えれば、回り道だと思う……。だけど、悪い事じゃない。全てを捨てたのなら、もう一度拾って歩けばいい。銀さんならきっとそう言う気がした。

 

「それよりお前さんもからくりが必要か? からくり通りに居たとか……。あそこはお前さんの様な人間じゃあ、探しもんをするのにも苦労すんだろ? ここで揃うものだったら用意してやるよ」

「忘れてた。源外さん、直ぐ使える携帯電話ってあります? って無理ですよね。どーしよう、買いそびれちゃったなぁ……」

「直ぐに使える携帯電話なァ……あー、それを売っている店員は何か言っとらんかったか?」

「あ、えっと確か、特別な携帯電話だとかなんとか」

「恐らくそれは、飛ばしつってな、闇携帯だ。持っているだけでコレだぞ」

 

 そう言うと源外さんは目の前で両手を合わせる仕草をする。うわー……危なっ。そんなの普通に売ってたりするんだ。なにそれ江戸怖い。まぁ攘夷浪士が潜伏する様な場所だし、ありっちゃありなのか……。

 

「後で鉄矢さんにお礼言っておこう……」

 

 それは置いておいてじゃあどーしよう。そう悩んでいたら、源外さんは箱の一つを漁りだして白い折りたたみ式の携帯電話を取り出す。

 

「お前に必要なのはこっちの方じゃねーのか」

「これは?」

「プリペイド式の携帯電話。ちと細工はしてあるが、合法なモンだ」

「いいんですか?」

「……出来の悪い弟子(むすこ)が世話になった礼だ、持ってけ」

 

 息子か……。三郎さんを思い出す。

 そーいうことならと、使い方を説明してもらい、それを懐にしまう。有り難く使わせて貰う事とした。

 

 

 

 手にした携帯電話を見つめる。お試しにどこか掛けてみようか。

 迷子になってさ、携帯電話持ってたらどこに電話する? 警察? 万事屋? それとも……お家かなぁ~。

 (そら)でも言える番号を思い浮かべパカパカと携帯を開け閉め。

 そんなことを考えてたら、気がつけば河川敷。初めて土方さんと出会った場所。それはつまりそーいう事で。

 

「一番繋がりそうとか思っちゃったんだよね」

 

 思わず口に出してしまった、頭の悪そうな考え。馬鹿だなぁー。そう思うのに開いた液晶に映るデフォルトの壁紙を仕舞えずにいる。フル充電を示すメモリ、アンテナはきちんと三本立っていて、キャッシュのチャージも済んでいる。

 親指が慣れた番号を押し、緑の受話ボタンを押すのを、何処か遠くに置いた頭が眺めている。

 

『お客さまのお掛けになった電話番号は現在使われておりません』

 

 そんなアナウンスを想定した。けれど聞こえてきたのは……トュルルルルというコール音。

 イタ電になっちゃうのかなぁー、なんて言おう。定型文はおねーちゃんパンツ何色ですか? おっさんだったらどうしよう。ブリーフ派ですか? トランクス派ですか? 切ればいいのにそんな事を考えてしまう。

 繋がったらどうしよう……。なんて言おう。

 

『はい、万事屋銀ちゃんです』

 

 何たる偶然、何たる奇跡。声に出して笑いたくなった! これはもうネタにするしかないでしょう! 携帯買って、試しに適当にボタンを押したら万事屋繋がっちゃいましたって! すごくない? どんな確率だよ! って笑ってそー言おうと思ったのに……。しゃがみ込み口を抑える。

 

『おーい、もしもしー? 無言電話ですか、今どき古いよそーいうの。もう少し手の込んだイタズラにしてくんない? こっちも暇じゃないんだからさ。スリーサイズを上から言ってみるとか、パンツの色指定させてくれるとか、あ、これ綺麗なおねーちゃん限定な。おっさんは及びじゃねーんだよ。ねぇ聞いてる? もしもーし』

 

 普段電話なんて取らない銀さんが偶然取る奇跡。なんだよコレ、ヤラセですか? これが漫画だったらご都合主義で読者からクレーム殺到だよ馬鹿!

 

『もう切るよ? 切っちゃうよー? 聞いてますかー?』

 

 聞かないでいいから切れよもう! 口を抑え、頬を伝う何かが伝わらないよう心のなかで叫びを上げる。どうしろというんだ。私、銀さんのパンツなんて興味ないんだって。

 

『なぁ……お前もしかしてキ』

 

 思わず終話ボタンを押す。馬鹿じゃないの……本当に馬鹿だ。大切なものなんて何もないと思ってた、だから未練なんてなくて、少し寂しいなぐらい。

 大切があるとしたら、後で食べようと思ってた冷蔵庫のプリンとか、最新刊を待っていた漫画とか、クリア直前で止めてしまったゲームのセーブデータとか、せいぜいそのぐらい。それなのに……そんなもの一つ一つがとても大切なものだったような気がして。それなのに、繋がった所で伝える言葉なんて何も思いつかなくて、生きているにしろ、死んでいるにしろ何も何もなくて……。どうしよう苦しい。

 

 まるでそこで石になってしまった様に、このまま苔が生えて、誰にも見つけてもらえなくてそのまま。ぐるぐると思考があっちこっちに飛ぶ。悲劇のヒロインにでもなったつもり? いつまでそーやってんの。そーやってても、何も世界は変わらないよ? そう言い聞かせても動けずに……。

 

 助けてよ銀さん。

 

 無意識下に求めている物に気づき、自己嫌悪に陥る。何を助けるっていうの? 帰り道? それはもうないって知ってるじゃないか、無茶ぶりもいいところだ。銀さんのことだから言えば助けてくれるだろう。それは必死になって、見つからなくても何か道を示してくれるだろう。だけどそんな事して欲しくなくて……。本当……馬鹿だ。

 そう思うのにやっぱり立ち上がれない……。

 

「何やってんでィお前ェ」

 

 降ってきた声は、求めたものとは違って。本当に嫌だ。こーいう姿は誰にも見せたくないのに。取り繕う事ができない。答えられない私。無視して去っていけ、そう強く願う。もう一回ぐらい奇跡を起こせよバカヤロウ。

 そんな祈りも虚しく、頭に被せられる黒い上着。掴まれ強引に引っ張られる腕。

 

「痛い……」

「文句いうんじゃねーよ」

 

 そして、蹴り、押し込まれたパトカー。やがて走りだす。

 

「気持ち悪い」

「オイオイ、車酔いかィ、吐いたら殺すぞ」

「違う!」

 

 腹いせに運転シートを蹴飛ばす。

 

「ってーな」

 

 仕返しに急ハンドルを切られた。勢い良く窓枠に頭をぶつけ、痛い。

 

「沖田さんが優しくてキモい」

「俺ァ、優しくした覚えなんてねーぜ」

「嘘つき」

「嘘じゃねーよ。テメーと違って真っ正直に生きてんでィ。人の嫌がることを進んでやりなさいってかーちゃんに習わなかったんでィ」

 

 沖田さんが言う『嫌がること』というのはそのままの意味だ。

 私は、誰にも頼りたくなかった。一人で立てることを証明したかった。

 

「……知った上でとかサド過ぎる」

「サディスティック星の皇子様だからな」

 

 紫色の空とネオンサインが窓ガラスに反射する。二重に遠回りをして辿り着いた万事屋。わざと乱暴にドアを閉める。

 

「この借り、倍にして返すから」

「期待しないで待ってるぜィ」

 

 白と黒のパトカーはそのまま夜の街に消えていった。

 階段を上がり戸を開ける。

 

「今日の夕飯なにー」

「肉じゃが。それより今日イタズラ電話があってよー」

「えー何それ? パンツの色聞かれた?」

「聞かれた聞かれた、履いてないって答えた」

 

 嘘つきはここにも一人いた。温かいそこは居心地が良くて傷を癒してくれる。

 

 

 

 

『総悟!!! 総悟! 聞いてんのか!!』

 

 ボリュームを元に戻した無線から土方の野郎の怒鳴り声が聞こえる。

 

「あーすいやせん、なんか無線ちょーし悪いみたいで」

 

 それに応える説教をラジオ代わりに車を走らす。偶然知り合いを見つけて、泣いてるようだったから、からかいついでに、その泣きっ面でも拝んでやろうと思った。助けるつもりなんてこれっぽっちもなかった。

 それなのにどうしてだか浮かんだ姉上からの手紙。ちっとましな事をすれば、ましな事が返ってくるんじゃねーかと思ったのに、返ってきたのは運転席を蹴り上げる、行儀の悪い足だった。

 

「可愛くねーの」

『なんか言ったか! それより今何してんだ』

「迷子送ってたんでさァ」

『迷子ぉ!? 嘘つくんじゃねー!! どうせまたサボってたんだろ!』

「土方さん、俺がいつもサボってると決めつけるのはどーかと思いやすぜ? そーやって素直な少年の心はぐれていくのであった」

『テメーの心がいつ素直だったつーんだよ! 御託はいいからとっとと戻ってこい』

 

 切られた無線。情けは人の為ならずたァ誰がいったんでィ。全くもって回ってきやしねェ。


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