お昼ごはんを食べようと公園に来たら、マダオがベンチに腰掛け
「俺はもう何をやってもダメだ……どうせ俺はマダオなんだ……」
そんな声が聞こえる。先日のスーパーの件が尾を引いているのだろうか。自業自得とはいえ、哀愁ただようその背は可哀想なものがある。
「マダオ、アンパン食べる?」
手に持った紙袋からガサゴソと音を立ててアンパンを取り出し、目の前でプラプラと振ってみる。グラサンの奥に透けて見える胡乱な瞳。見えてるだろうか?
しばらく反応もなく、ぼんやりそれを見つめていたマダオはゆっくり視線を上げる。
「あぁあああああ!!! お前は!!!」
アンパンを差し出しているのが私だという事に気付いたのか、突然大声を上げる。耳が痛い。
「お前の所為でなぁああ! 折角見つけた仕事がパーだ! どうしてくれんだよ! それにな……」
顔を上げたマダオは、どこにそんな気力が残ってたのかという勢いで、捲し立て始める。それを私は右から左へ聞き流し、アンパンをもう一度振る。
「いらないの?」
「誰がお前なんかから!」
ぐぅーと情けない音が鳴る。
「いらない?」
「だ、誰が……!」
ぐぎゅるるるるぐぅー。あ、少しさっきよりも長くなった。
「いらないんだったら、食べちゃうよ?」
「くそおおおお!!」
人として大切な何かをかなぐり捨てたマダオは、アンパンを奪い取り、泣きながら貪り始めた。今日は機嫌がいいので、その態度も勘弁してあげよう。
マダオの隣に座り、入れてくれたペーパーを使い、紙袋からカレーパンを取り出す。
まだ熱い。
火傷しないようザクッと音を立てて二つに割る。すると、焦げ茶色のルーに混ざり、艶やかな半熟の黄身がとろりと垂れ、食欲をそそる匂いが漂う。
運良く揚げたてに出会えた。運命を感じる。機嫌がいい理由。
脇に置いた、紙袋が風揺れカサリと音を立てた。黒く描かれたロゴは、最近見つけたパン屋さんの物。
木の棚に、飾りっけのない白のプラチックのトレイ。その上に仲良くパンが並べられているそこは、少しボロくて、全然おしゃれじゃないんだけど、毎日食べても飽きの来ない、
「感謝しろよ」
はみ出し、指についたルーをペロッと舐める。
「くそぉ……こんなしょっぺぇアンパン初めてだ……」
グラサンから流れ出る涙。泣くほど感謝されるとは……。良い事をした後は気持ちが良いなぁ~。
カレーパンを食べ終わり、ジャムパンを取り出す。
んー、喉乾いたなぁ~。
手についたパンくずを叩いて、ポケットからお釣りを取り出す。チャリっという音に視線を動かすマダオ。貧窮してますね。そんなマダオに指令を下す。
「マダオ、飲み物買ってきて」
「なんで俺が!」
「もう一個食べる?」
取り出した、コロッケパンにちくしょーと泣き声を上げながら、自販機に走って行くマダオ。そんなに頑張んなくても、ちゃんと取っておいて上げるのに。
「……ほら、寄越せよ」
「ん、ご苦労ご苦労」
忌々しそうに差し出す、冷たいペットボトルをコロッケパンと引き換えに受け取る。
嫌がらせでお汁粉ドリンク(ホット)とか買われるかと思ったけど、意外と普通にお茶だった。
キャップをクキッと開け、一口飲む。ちゃっかりマダオも自分の缶コーヒーを買っていた。まあ、いいんですけどね。
食後の煙草だろうか? それに火を付けるマダオ。シケモクってのがいかにもって感じだけれど、こちらに煙がかからないよう、そっぽを向いて吐き出す姿に、少し認識を改める。
「ねぇ、マダオ。どっかにボロい仕事落ちてない?」
「ごほっ! 落ちてる訳ないだろぉおお!? おじさんの姿見てそれ言ってんの!? 嫌味なの、それ嫌味なの!? ねぇ!」
咳き込み、危うく取り落としそうになった煙草を寸前で手に取り、声を上げる。
「やー、万が一って事もあるしさ、一応念の為に。ま、知らないんだったらいいや、あんがとねマダオ」
お昼も食べたし、そろそろ行こうかな。空になった紙袋を折り曲げ絞り、立ち上がる。
「あのね……そのマダオっての止めてくんない、地味に傷つくんですけど。おじさんこう見えて結構繊細なのよ。
視線を上げて、半分諦め口調で伝えられた希望。
まあ、最初から名前知ってましたけどね。しょうがないなぁー。
「りょーかい、長谷川さん」
「なあ、アンタ名前は?」
酢昆布と答えようとして、真面目にそれを呼び続けられても困るので、「キリだよ」そう言って公園を後にする
グラサンの隙間から僅かに見えた瞳は、少し元気を取り戻した様だった
それにしても、ボロくて楽な仕事、降ってこないかなぁー。
長谷川さんと別れた後、バイトマガジン置いてあったよなぁーと、近くのスーパーに立ち寄る。
記憶通り、スーパーの入り口に置いてあるそれをパラパラと捲る。んー……どうしようかな。
なんでこんなに職探しに奔走しているかというと数日前に遡る。
万事屋のソファーに座り、銀さんから借りたジャンプを読む私。
「なー、きーやん。きーやんの仕事って何アルか?」
何がきっかけだったのかは知らないが、神楽ちゃんが唐突にそう聞いてきた。
「……借り暮らしですよ」
「狩り暮らしって何するアルかー、狩りするアルかー? クマと闘うアルかー?」
ねーねーと、顔を覗き込む神楽ちゃんから必死で目を逸し、ジャンプの文字を追う。
ギンタマンやっぱりつまんないよねー、一文字違いなのにどこかの漫画とは大違いだ。わんぱーくの方が好きだわ。
何気なさを装い、神楽ちゃんに背を向ける。
「きーやん聞いてるアルかー? オイ、聞けヨ、人の話はちゃんと目を見て聞きなさいって習わなかったアルかー」
回り込みジャンプを引っ張る神楽ちゃん。負けじと引っ張り返す。能力の無駄遣いそんなタグがチラリと脳裏を掠めるが関係ない。死活問題である。人間としての。
「聞けヨぉおおお!!」
「何も聞こえませんンンン!!!」
大岡裁きと違い、愛情の足りなかった私達の間でジャンプはバリッと二つに裂ける。
これが
「あぁあああ!! まだ読んでたのに!!」
「読んでたのにじゃねーよ!!! 何してくれてんだよ!! 後でもっかい読み返そうと思ってたのに!」
「あ……ご「いい機会ネ、そろそろ銀ちゃんもジャンプ卒業しろヨ」」
「ジャンプに卒業とかねぇよ。そーいうのはどっかのアイドルに任せときゃーいいんだよ。ったく」
ジャンプの残骸に悲しみのため息をつく銀さんに、鼻をほじって悪態をつく神楽ちゃん。
「お前等暴れるなら外に行ってこいよ」
そう言って銀さんは、ゴミ箱にジャンプを突っ込み、ソファーに突っ伏す。あーあ、謝るタイミングを逃してしまった。ここで謝るとムキになって捻くれる姿が目に浮かぶ。
どうしたものか、ゴミ箱につっこまれたジャンプと銀さんの間で視線を彷徨わす。
「定春、散歩行くアルヨ」
「きゃうん」
あ……ズルい。下手人の一人は定春を引っ張って外へ行ってしまう。一瞬悩んだが、私もそっとその後を追い、気まずい空間から逃げ出した。
という事がありまして……。まあ一応あの後時間を置いて謝ったけどさ、いちご牛乳つきで。
でもさぁ、よくよく考えたら神楽ちゃんもちゃんと働いてるんだよねぇ……。現に、今日は万事屋の仕事があるって行っちゃったし。
働いたら負けとか言ってみちゃう? それで押し通す?
パラパラとまくったバイトマガジンを、棚に戻す。
「すみませーん、ここでレジ募集してるって聞いたんですけど、まだ募集してますか~」
『急募 レジ募集(※時給要相談)』そんな壁に貼り付けられたチラシを横目に、店長と書かれた名札の人を捕まえる。
「ああ、まだ募集してるよ。君土日勤務大丈夫?」
そんな事を言いながら思案する店長さん。どうやらこっちの顔は覚えてない様で、というかこの人天人だから地球人の見分けがついていないかもしれない。文字通りアンコウ顔の店長はぴょこぴょこと触手を揺れ動かす。
「土日祝日全然おーけーですよ」
「じゃあよろしく頼むよ。実はねぇー前の担当者が客とトラブル起こしちゃってさ、本当困ってたんだよ」
それは大変でしたねぇーと白々しく相槌を打ち、長谷川さん、貴方の尊い犠牲は決して無駄にはしないと胸の内で手を合わせる。
人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない。その真実に従い、私はアンパンとコロッケパンで良心の呵責を相殺し、職を手に入れた。