天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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馬鹿も風邪を引く

 どうも銀さんが風邪を引いたらしい。らしいというか、いつもの様に遊びに行くと、這いずりながら出てきた銀さんが、「(わり)ィ、いちご牛乳買ってきて」と死にそうな声で呟き、千円札を渡して倒れた。

 いつぞやの、いちご牛乳は万能薬発言を思い出し、「いや、アンタそれ、いちご牛乳で治す気ですか?」と、ツッコむけれど答える声はなく、重症具合に少し引いた。

 

 倒れた銀さんを見ながら、玄関から新八くーん、神楽ちゃーんと声をかけるも、誰も返事をしない。放って置くわけにもいかず、一応、断りを入れて上がり込む。

 和室に続く襖を開けると、空っぽの布団が一組と、仲良く熱で魘されている新八君と神楽ちゃん。

 銀さんだけでなく、三人お揃いですか……。

 とりあえず、引きずってきた銀さんを空っぽの布団に押しこむ。

 顔を赤らめている神楽ちゃん、苦しそうな表情を浮かべる銀さん、「眼鏡~」と寝言でアイデンティティを主張する新八君。いや、そこまでしなくても君のアイデンティティは奪われないよ?

 んー……命に別状がないなら、免疫的にも放っておいた方がいいかと判断し、一瞬空を彷徨わせた手を降ろす。

 

 改めて手元の千円を見つめる。いちご牛乳で治す気であろう馬鹿は放って置いて……廊下を引き返し、台所を覗きこむ。

 カラカラに乾いた流し台、使い込まれたコンロ。当たり前だけれど、すぐに食べられそうな物なんて存在しない。

 薬飲むためにも何か必要だよね? 気の利くキリ様としては、見舞いがてら食料でも買ってきてあげましょうか、という気になるもんである。

 戸を閉める直前に目に入った万事屋。しんと静まり返り、外が明るいせいで薄暗く見える。その落差で強調された暗さに、なんとも言い表せない寂しさを感じた。

 階段を一段飛ばしに駆け下り、近くのスーパーへ向かう。

 

 

 スーパーで必要な物をかごにぶち込んで、レジカウンターに置くと、目の前にはマダオ。今月の仕事先はここかと脳内メモだけして、私自身はイジってやるつもりもなく、素通りしようとした。

 それなのに、マダオはそんな人の親切を足蹴にして、「お前はいつぞやのダメ女!」と騒ぎ出しやがった。

 

「なにこのマダオ臭する人。突然人の事指さして。どういう教育してるんです? ()()()()

 

 隣のレジがスムーズに進んでいる分、その対応に少しイラッとした私は、たまたま通りがかった、店長という名札を付けた人に話を振ってみる。

 そうすると名札をつけたその人は、マダオをしばき倒した後、お会計を値引きしてくれた。やったね。

 『その後、マダオの行方を知る者は誰もいなかった』というナレーションが脳内で流れたが気にしない。例え、折角見つけた仕事が今日限りだとしても、自業自得である。

 

 

「お邪魔しますよ~」

 

 カラカラと音を立てて開けた万事屋は、やっぱり少し寂しかった。薄暗く、冷たい廊下。積み上げられたジャンプの雑誌が、うっすらとホコリを被っている。

 返事なんてないものだと思っていた。

 けれど、予想に反して「ごほっ……いちご……ごほっ……牛乳……早く……」というなんだか必要性のない事に死力を尽くす、銀さん(バカ)の返事が返ってきた。

 冷たく見えた廊下は涼しげに、ジャンプの雑誌はただのゴミに変わる。

 

 勝手知ったる他人の家。台所を漁り、買ってきたいちご牛乳をコップに移し、持っていく。

 銀さん(バカ)だけでなく、新八君と神楽ちゃんも起きた様で、「銀ちゃんばっかズルいアル」という言葉に、酢昆布を渡す。

 新八君には「プリン冷蔵庫入ってるから」と伝えると「僕にまで済みません」と他の二人を見習わせたい程、謙虚な返事が返ってきた。

 

「ご飯たべれそう?」

 

 新八君に確認を取る。

 酢昆布をくちゃくちゃいわせてる神楽ちゃんと、「いちご牛乳があれば何でもできるー」と言ってる、脳が病に侵されている銀さん(アホ)は放っておく。気を遣うだけ損だ。

 

「なんとか……あ、でも何も準備してないから……」

「まぁまぁ、キリ様に任せなさい」

 

 戸惑い起き上がろうとする新八君を布団に押さえつける。

 そうやって再び台所に向った私は、閉めた襖の向こうで――。

 

「なぁ、オイ……。キリってまともに料理できんのか?」

「なんだか僕……嫌な予感がするんですが……」

「きーやん、この前、外食食べ飽きた言ってたアル」

「俺、食欲ないって言っておいて……」

「何一人逃げようとしてるんですか!! 僕も! 僕もなんだか吐き気が!」

 

 そんな会話がなされているとは、知る(よし)もなかった。

 

 

「できたよ」

 

 鍋いっぱいのお粥。神楽ちゃんがいるからこのぐらいの量はきっと必要だと思った。

 

「やけに早くねぇ? 大丈夫なのかよ……」

「見た目はまともですね……あと匂いも」

 

 なんだかコソコソと失礼な発言が聞こえた。

 手を滑らせてやろうか……。一瞬そう思ったが、お粥が勿体無いのでその案を棄却する。

 神楽ちゃんには鍋ごとの方が手早いだろうと、銀さんと新八君の分を取り分けた後、まるっと渡してあげる。

 

「まともだ……」

「奇跡的ですね」

 

 何やらぶつくさ聞こえるが、無視する。

 感謝しろとは言わない。でも、何も文句を言わずに食べる神楽ちゃんを見てみろと言いたい。

 

「ベチョベチョアルなー、もっと固めが私好きネ」

 

 ……聞こえなかったことにする。

 

 お腹を膨らませ、満足そうな神楽ちゃんの首筋に手を当てる。今日いっぱい寝ればきっと大丈夫かな?

 体温に比べ、少し冷たいであろう私の手が気持ちいいのか、神楽ちゃんは目を細める。

 

「なんだか今日のきーやん、マミーみたいアルナ」

 

 少し恥ずかしそうに笑う。遠い星で眠っているであろう神楽ちゃんのマミー。その代わりになれたら良いんだけど。

 頭を撫でてあげると、うとうとと目を閉じ、やがて寝付いた。

 隣を見ると、銀さんと新八君も寝てしまった様で、穏やかな空気が流れる。

 川の字で眠る三人。

 なんだか良いなー、自分の口角が上がってるのが分かる。や、風邪でダウン中だというのは分かるんですよ? それでも、この穏やかな空気がとても良いなと思ってしまうのは、仕方ないじゃないですか。

 

 

 

 

「オイ、お前まで風邪引くぞ」

 

 ふと目を覚ますと、壁にもたれ、私まで寝てしまっていた様で、マスクと冷えピタで顔の半分を隠した不審者……もとい銀さんに起こされる。

 涎たれてないよね? 思わず口元に手をやるが、乾いてるそれに安心する。

 

「体調どう?」

「まだ本調子じゃねーけど、まぁ、なんとかならァ」

 

 動きこそ鈍いものの、フラつかずに歩く姿は大丈夫と言えよう。襖の向こうに消えていくのを見送る。

 窓の外はそろそろ日が落ちようかというところ。けっこう長く寝ていたようだ。

 まだ寝ている神楽ちゃんを見ると、熱はもう下ったようで、手量りだが平熱に戻っている気がした。

 

「おはようございます。今何時だろう。あれ? キリさん、銀さんは……?」

 

 話し声に起きたのか、ゴソゴソと眼鏡を探し、かけた新八君は、空いている隣の布団を不思議そうに眺める。

 そういえば、トイレかと思ったけれど戻ってくるのが遅い気がする。もしかして倒れた?

 

「さっきまでいたんだけど……ちょっと見てくるね」

「お願いしても……コホッ……いいですか?」

 

 この中で一番重症なのは新八君かもしれない。「もう少し寝ておきなよ」と声をかけ、私はそっと和室を後にする。

 ガサゴソと音を立てているのは台所。糖分補給? そう思って覗きこむと、ダルそうに野菜を切ってる銀さんの後ろ姿が見えた。

 木のまな板に打ち付ける音が規則正しく刻まれるのは、流石侍といったところ? 関係ない?

 

「何してんの」

「見てわかりませんか? ガキ共に飯作ってやってんの」

 

 そういえば夕飯までは考えてなかった。

 包丁にへばり付いた人参が、コロンとまな板から逃げる。

 

「私やろうか?」

 

 ダルそうな様子に、バトンタッチを申し出る。

 

「これ見て任せられる程、俺は勇者になれねーよ」

 

 けれど、銀さんは呆れた様に、レトルトの空パックが、これでもかとつめ込まれたゴミ箱を指さす。短時間で大量のお粥を用意できたマジックの種明かし。

 さした指は、逃げた人参をまな板の上に連れ戻し、再び音を刻む。

 

「棚にあった物を全部買い占め、冷たい視線を潜り抜け帰ってきた私は勇者だと思う」

「その栄誉()()は讃えてやっから、黙って大人しく待ってろ」

 

 誤魔化す為に叩いた口は、叩き返される。や、そりゃね、料理なんて生まれてこの方、一度もした事ないけど、そこそこ味には煩い訳で、つまりなにが言いたいかと言うと。

 

「味覚は普通だよ、私」

「オムライスばっか食ってる奴の言葉なんて信用できるかよ」

 

 素気なく却下。一昨日、三食オムライスを食べたとか口走ってしまったのは失敗だった。実はそれが三日続いてるなんて言った日には、もっと馬鹿にされるだろう。

 そう思っている間にも次々と野菜は切り刻まれ、哀れ鍋に投入される。

 チチチチチッ……ボッという音を立て、コンロに火が点く。

 鍋があたたまる間に、油揚げを刻む。慣れた手つき。

 なんだかそれは、彼がここに根を生やし、生きている事を示している様で、フワフワと漂う己と照らし合わせ、不思議な感覚を覚える。

 

「んだよ」

 

 じっと黙り込んだ私に、眉を潜める銀さん。

 

「いや、意外とまともだなぁーと」

「なに、お前は俺がまともなのが不満なの? それとも何ですか、鍋でも爆発させて欲しい訳?」

 

 その回答が銀さんにとっては不満だったのだろう、眉を寄せ、不機嫌そうな表情を浮かべる。そうしながらも手は棚をゴソゴソ漁り、見つけた粉末ダシを鍋に入れると、トポトポと目分量で醤油を垂らす。

 

「そーいう訳じゃないけどね」

 

 曖昧に誤魔化し、醤油が水にじわりと混じる様を見つめる。

 

「食ってくんだろ、飯」

 

 銀さんはその回答に納得したのか、不機嫌を収めて、ゆるりとお玉をかき回す。滲んだ醤油が水と交じり合い、薄く鍋を染める。

 

「……銀さんってさ、私に惚れた?」

 

 ガゴンとお玉が鍋にぶつかり音を立てる。鍋が揺れ、湯気を立てた汁が、とぷんと縁ギリギリを回る。

 危ないなぁー。

 

「……飯の話がどーいう思考回路を辿(たど)ったらそういう回答になんだよ、冗談にしても寒すぎるわ!」

「風邪のせいでそー感じるだけですよ」

「んな訳あるか! 俺は一遍お前の脳みそを輪切りにしてみてーよ」

 

 銀さんは激しく抗議の声を上げ、最後は呆れた表情を浮かべる。

 ま、そーですよね。私も言っていて歯が浮いた。未だに気持ち悪い。だけど説明がつかないのだ、銀さんが私に対して優しい理由が。

 

「銀さんが優しくてキモい」

「なんなのもーさっきから。俺がまともだったり優しかったりするのがそんなに悪いんですかっ……ゴホッ」

「あんまり怒鳴ると、また熱上がるよ?」

 

 銀さんはため息をついて、「一体誰のせいだと……」とブツブツ言いながら、お玉をやや乱暴に小皿の上に置く

 

 火にかけた鍋を、二人で黙って見つめる。

 濁った泡が浮かんでくる。

 銀さんは再びお玉を取り、浮いてきた灰汁を丁寧に掬い、水の張った器に捨てていく。

 醤油のいい匂いが漂ってきた。

 お腹空いてきたなぁー。

 

「ご飯一緒に食べてもいい?」

「勝手にしろ」

 

 銀さんは目線を鍋と器の間で行き来させながら、ため息混じりの回答を返してくれた。

 そーいう親切は居心地が悪いというか……。座りが悪いのだが、嫌ではないのだ。

 やがて出来上がった野菜のごった煮。神楽ちゃんと新八君を起こし、盛るのを手伝う。

 ほっこりとした優しい味がした。


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