天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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きらきらしくて

 あれから執拗に追いかけてくるようになった真選組を、真正面きって相手するのも面倒臭く、『鳥』――私の目と耳を持った式神の様なソレを使いながら避け続けるが、隊士全員を完璧に避けきれる訳もなく、見つかっては追いかけられを繰り返す。

 

 そんな日々の合間で江戸城を遠目に眺め、柳生邸や、恒道館、ついでに屯所も回って見た。危うく土方さんと鉢合わせするところだったけれど、それでもそのリスクを犯すだけの価値はあったね!

 

 けれど、唯一回れていないのが万事屋。なんかこう、いざ行こうとするとダメなんだよね。あそこ。

 きっと理想郷ってのは存在していると夢想していた方が幸せな気がする。夢は現実にするもんじゃない。運良くというか、万事屋の面々にも会うことなく過ごすことができている。これは神様がそーしといた方が良いよと言ってるんじゃないかなぁなんて、呪った次は、責任を押し付ける。

 次はどこを回ろうか。なんて考えながら、食べ終わったアイスクリームコーンの巻紙をクシャっと丸めて捨てる。ちゃんとゴミ箱にね。ポイ捨ていくない。

 巷で評判のアイスクリーム屋さん。評判通り濃厚なバニラがいい感じだった。

 

「海行こうかな~」

 

 ざざーんって白い波を上げる海が無性に見たくなった。黒いアスファルトを地道にテクテク歩き、波止場まで。途中、真選組に追いかけられたので、ちょっとだけショートカットする。

 ついた波止場から見える海は、穏やかで温かく、チャプチャプキラキラ光るだけ。そんな海を見ながら、途中で買ったコーラのプルタブを、プシュッという音と共にこじ開けコクリと飲む。

 

 んー、もっと激しい波を見たかったんだけどなぁ。かめはめ波でもぶち込んでみようか? なんて物騒な事を考えながら、見えもしない海の向こうに思いを馳せる。海鳥達はそんな私を嘲笑うかの様に群れをなして飛んで行った。

 ポップコーンでも持って来れば良かったかなぁー。気軽へ飛んで行くそいつ等を引き止める(すべ)を持たない私は、それを黙って見送る。

 

 真選組は空気を読んでくれたのか、ここまでは追いかけてこなかったので、波止場にいる人間は私一人。気兼ねなく、海から連想される歌を熱唱する。

 海はひろいーなぁから始まり、WAVEまで歌いきった所で、太陽が地平線に沈んでいった。

 赤く焼ける空を見ながら、明日は何しようかなぁーと考える。靴を飛ばして天気を占うと明日も晴れだった。

 明日は山に行こうか、そして今度は山彦と会話をしよう。そう決めて、片足でぴょんぴょんと表になった靴まで跳ねて行く。

 

 だんだん大きくなる地響きの様な音に振り返ると、ドッパンッ!! と激しい水音を立てて船が着水する。波が飛沫(しぶき)を上げ、海が白く泡立った。そーそーこういう波を見たかったのだ。最後に見れたそれに満足して、星が瞬き始めた海を後にする。

 帰りながら空を見上げ、流れ星降ってこないかなぁーと、三回祈る。けれど、神龍(シェンロン)に願い事の回数を増やしてくれとお願いする様なその行為は叶う筈もなく、代わりに見慣れた街明かりが遠目見えてきた。

 

 

 

 

 山崎さん公認のアンパンをもしゃりと(かじ)りながら、相変わらず無茶な遊びをする子供たちを見つめる。いい加減夢だとか妄想だとか、そーいうのを考えるのは止めた。現実だねこれは。ようやく認めることができたそれに、公園のベンチにだらしなく座りながら一人頷く。

 見たことのない江戸城も、屯所も、海も、山も、飛行船もその他諸々も妄想であんなにリアルに想像できやしない。お腹だってすくんだ。死んでもいない? 本当? それは分からない。まあ、結局何でもいいのだ、コギト・エルゴ・スム的に考えれば。

  

 さてと、やりたい事を済ませてしまった後は、さしあたって目標もなく、やるべき事も特には見つからない。

 不思議なマジカル的な力のお陰で、生きていくにも特に困りはしないし……。

 戻れる気配も全くなくって、どうしようかと再び子供達を見つめる。

 ジャングルジムの上で鬼ごっこってよくやるよなぁー。落ちたら痛そうじゃない? その勇気と言うべきか無謀と言うべきか、本能に任せ動きまわる姿に賞賛を送る。

 

 そんな事を考えながら、アンパンをもうひとかじりした所で、うっかりとそれを捉えてしまった。

 視線の端、植え込みの向こう。

 

「銀ちゃん酢昆布買ってヨ!」

「昨日買ってやったじゃねェか。そんなお金うちにはありませ~ん」

「ふざけんな、パチンコ行ってたやつが何言うアル」

「ぐはっ!! タ、タップ!!!」

「神楽ちゃん! 銀さん落ちます。これ以上やったら銀さん落ちるから!!!」

「このクソ野郎はもう落ちる所まで落ちてるアルヨ。これ以上何処に落ちるっていうアルか!! 地獄か? 地獄に堕ちろこの野郎ォオオ!!!」

「その落ちるじゃなくてェエエエ! ストォオーープ!」

 

 首の角度は変えずに、眼球だけをゆっくりそちらに向ける。公園沿いの道を歩く三人組。真っ白な着流しの背後から、伸し掛かる様に首を絞める赤いチャイナ服。それを止めようと手を伸ばす、青年になりかかった少年。

 自分の心臓が一際大きく跳ねる音が聞こえた。光がそこに収束し、呼吸は止まり、瞬きすら出来なくなる。

 

 その姿は憧れそのもので、とてもとても眩しくて自然と目が細まってしまう。

 現実に失望するなんて事はない。むしろ焦がれてしまうような煌きを持っていた。

 

 その銀色が余りにも綺麗過ぎて、その周りを回る二人が余りにも温かくて、なんだか……しまったなと少しだけ思った。きっと私はその眩しさと温度を二度と忘れる事ができない気がした。

 視界の端に収める程度でも十二分だと思っていた筈なのに……綺麗過ぎて思わず手を伸ばしたくなる。

 触れてはいけませんと注意書きがしてある――モナリザに恋する意味を知った気がした。それか太陽に焦がれるイカロスだ。

 蝋の翼しか持たない私は焼け落ちる前に、そっと目を閉じる。それでも瞼の裏に焼き付いたかのようにくっきり浮かぶ彼等に、今度は声に出してしまったなと呟いた。

 

 

 

 

 何度目の逃避行だろうか。もういい加減にして欲しいなぁー。屋根の上から下の路地を覗き込み、走り去っていく隊士達を見送った。

 

「お前、悪い人間アルか?」

「!?」

 

 あっぶねー。危うく屋根の縁に置いた手を滑らし、落ちるところだった。

 背後から聞こえた声に振り向くと、紫色の番傘をさした、青い瞳が綺麗な女の子。番傘が作り出す陰の中で、その瞳は興味津々といった風にこちらを見下ろしていた。

 『触れてはいけません』そんなフレーズが蘇る。

 

「違いますぅー、善良な一般市民ですぅー。ほら酢昆布上げるからあっちに行って遊んでおいで」

 

 手についたゴミを払いながら、立ち上がり、ポケットから赤い箱を差し出しシッシッと追い払う。

 視界が上がり、今度はこちらが神楽ちゃんを見下ろす形となった。

 

「銀ちゃんが『知らない人間から物貰うんじゃねェ』て言ってたネ」

 

 神楽ちゃんはその仕草に一瞬キョトンとした後、物欲しげな目でその箱を見つめる。

 

「『ただで貰えるモンは取り敢えず貰っておいても損はねェよ』とかも言ってない?」

 

 酢昆布の箱とその間で揺れる神楽ちゃんの背中をちょっとだけ押してあげる。

 

「銀ちゃんの事知ってるアルか?」

「知らないよ、全然」

 

 眩しいぐらいに真っ白な着流しを思い出す。あんな真っ白な物を私は知らない。

 その答えに納得したような、してないようなそんな顔を浮かべる神楽ちゃんの手の上に箱を乗せる。

 

「お前いいヤツアルナ」

 

 捨て台詞は心なしか嬉しそうで、傘をくるくる回しながら元気よく屋根の上を駆けてく姿を見送った。

 あーあ……本当もう勘弁してほしいなぁ……色々と。

 

「チャイナ! テメェ人の頭踏み台にすんじゃねェ!」

「そんな所にいるお前が悪いアル」

 

 遠くから、そんな声が聞こえる。

 その声を追って響くバズーカの爆発音。

 

 本当勘弁して欲しい。手を伸ばしたくなる煌きを思い出してしまうじゃないか。


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