似蔵の事も嫌いじゃなかった。盲目であるが故の焦がれる思いを知っている。似蔵は銀さんに斬られる瞬間、救いを見い出していたんじゃないだろうか? 一本の剣として斬られたそこに美学を見い出せていたのではないか? 銀色の光、それが似蔵を救ってくれた筈なのに。
それを私は……。
かつて約束された未来は、遥か遠く彼方へ行ってしまった。
思いを振り切るようにして、忍び込んだ船内は既に鎮まり返っていた。
鳥を飛ばし船内を詮索する。神楽ちゃんは独房でいびきをかいてぐっすり寝ていた。良かった……。
ここからでもまだ、元に戻せるだろうか? 脳裏を
どうするべきなのか私は……。
未来を知っているのに、何でも出来るはずなのに、無力感しか感じない。
長い夜が明け、船を
鬼兵隊の連中が取引に使おうと、十字架に縛り付けられた神楽ちゃんを運びだそうとしている。
もう、いいんじゃないか? 似蔵が死んだ今、ストーリーは戻りようがない。
何も覚悟は決まってくれないまま、私は神楽ちゃんを取り戻す。
「万事屋のマスコットアイドルに対する扱い、ちょっと酷いんじゃないの?」
運んでいた鬼兵隊を殴り倒しながら、神楽ちゃんを奪い取る。
「きーやん!!」
「久しぶり、神楽ちゃん。助けに来たよ」
神楽ちゃんの嬉しそうな笑顔は一切の曇りがなく、今の私には眩しすぎた。太陽の下に引きずり出された化ケ物。そんな自虐思考を振り切り、ワラワラと出てくる鬼兵隊を張り倒す。きりが無い。
ギギギギッと軋みを上げ船が斜めになる。慌てて神楽ちゃんを拘束具ごと抱え、壁に走るパイプに捕まる。反応できなかった連中が廊下の先へ転がり落ちていった。手間が省けた。
「舌、噛まないようにね」
再び船が水平になる。
神楽ちゃんに忠告し、新八君が来ている筈の甲板を目指し駆け出す。
甲板につながるドアをわずかに開け、外の様子をこっそり伺うと、そこは、大勢の人間がいるにもかかわらず、しんと静まり返り、独特の雰囲気に飲まれていた。
その空気を作り出しているのは、中心にいる――高杉。
ピリピリとした空気が漂う。
高杉の正面には、鬼兵隊に囲まれた新八君と、庇う様に立つエリザベス――中身は多分桂さん――。
その空気を断ち切る様に、高杉の刀が抜かれ、エリザベスが切り裂かれる。
「オイオイ、いつの間に仮装パーティ会場になったんだ、ここは。ガキが来ていい所じゃねーよここは」
ニヤッと獣の様な表情で高杉が笑う。
けれど――。
「ガキじゃない……」
そんな高杉の隙をつき、切り裂かれたエリザベス中から桂さんが飛び出す。
「桂だ」
予想外の人物に硬直した高杉は、そのままに斬られ、倒れこむ。
「晋助様ァァァ!」
また子の悲鳴が響き渡る。
その悲鳴をかき消す様に砲撃音が響く。似蔵が船を落とさなかったせいで、未だに砲撃は止まない。
知ってる未来と知らない未来が交差する。
物陰に隠れ、背負っていた十字を降ろす。拘束具を外すと、神楽ちゃんは手首を確認する様に、プラプラと振り動かす。撃たれたであろう傷口もふさがっており、怪我はなさそうだ。
「神楽ちゃん、後は大丈夫だね?」
神楽ちゃんの無事を確かめた後、そう声をかける。見上げた青い瞳は不安に揺れていた。
「きーやん……。どこ行くアルか?」
「熱烈な桂ファンクラブを
「ヅラにそんなんいる訳ないネ」
「どこの世界にもコアなファンってのはいるもんなんだよ、神楽ちゃん」
笑って頭を撫でても、神楽ちゃんの不安を消せなくて、「ごめんね」と何度目になるか、もう分からない謝罪を繰り返す。
再び船が揺れる。
「そんなに心配しないでも大丈夫だよ。ちゃんと戻るから」
侍にはなれないけれど、出来もしない約束はしたくはない。だから、そう告げた言葉は嘘じゃない。例えもう一度別れる事になっても、嘘じゃない。それは誤魔化しだろうか? ズルい大人の言い訳を知ってか知らずか、「約束ヨ」と神楽ちゃんはようやく笑ってくれた。
上空に漂う船を見上げる。止めないとこの船が落とされる。桂さんの仲間が乗る船をどう止めるか。
格納庫に向かい走る。似蔵が乗っていた小型機があるはずだ。
一際大きく船が揺れる。砲撃? いやこれは、きっと武器庫が爆発した音。確かめるように辺りを見渡すと、遠目に黒い煙が立ち上っているのが見えた。
船が傾く。小型機なんて乗っていたら間に合わない。
上空の船に跳ぶ。
姿を見られるよりも早く、広範囲に電撃を打ち込む。倒れ伏す攘夷浪士達。何が起きたかも分からないままだっただろう。
砲手を失い砲撃が止む。
操縦者を避けてなんて器用な事ができる筈もなく、操縦不能に陥った不安定な船をしばらくの間、固定する。
そうやって何度も同じ方法で転移を繰り返し、すべての船を沈静化させた。
全てが寝静まる船。最後の船だった。辺りを見渡しても、動く影はない。高杉の船に戻らないとな……。足が竦むような、忌避感を感じていた。
鳥からの映像では、高杉の船は既に血まみれで……。そして銀さんと対峙しているのは、
想定外だった。似蔵が死んだことで完全に安心しきっていた。唇を噛み締める。救えないのか……。
「兄者ァアア、もう、もう止めて!! 兄者の作りたかったモノはこんなものなの!?」
鉄子さんの泣き叫ぶのような声が響く。
「もっとだ、もっともっていけ紅桜ァアアア! 余分な物を捨て去るんだ!」
「無駄つってんのが分かんねェのか! いい加減止まれつってんだよ!!」
体の半分を侵食されながらも、鉄矢さんは紅桜に全てを渡そうとする。
素人目でも、似蔵にはるかに劣る鉄矢さんに、銀さんは攻めあぐねていた。
銀さんは……鉄矢さんが人として意識がある限り、斬れないだろうきっと。
「キリッ!!」
船の中央にあるブリッジ、その屋根の上で、破片を撒き散らしながら銀さんがこちらに気付き私を呼ぶ。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん」
できる限りの軽さを装いながら、銀さんと、鉄矢さん――紅桜――の間に割り込む。
「下がってて、銀さん」
「ざけんな!」
「邪魔だからどいてて」
銀さんは私を制しながら前に出ようとする。思わず上げてしまった冷たい声に、自分でもビックリする。銀さんはその声に動きを止めた。
常に余裕をもって優雅たれだっけ? フォローするように「大丈夫だから、少し下がってて」と柔らかく伝えようとするが、硬さが残ってしまった。
その間にも鉄矢さんの侵食は進む。
紅桜を振るう腕を掴み、固定する。拘束から逃れようと、無理な姿勢を取る鉄矢さんの体からブチブチと筋が切れる音がした。構わず、力任せに抑えながら、介入し、侵食を止める。
「どおした紅桜ァアアアア!!」
体の侵食が止まったことに気付いた鉄矢さんが、暴れ狂う。
触手がのたうち足場が崩れ、堪らず、鉄矢さん諸共、瓦礫を巻き込みながら下の階層に落下した。
「キリィイイイ!」
銀さんの叫びが聞こえる。瓦礫が崩れ落ちた先にいた武市とまた子を、ドサクサに紛れてなぎ飛ばす。
「きーやん」
「きりさん」
神楽ちゃんと新八君が駆けて来るのが視界の隅に見えた。武市とまた子を相手取っていたのだろう。頑張ったねと褒めてあげたいところだけど、そんな余裕はなかった。
手を離してしまった時に侵食が進んだのか、触手が大量にのたうつ。
埋もれる様に存在する本体を抑える。侵食を止め、電流を流し込み、無力化を図る。
だけど、紅桜は止まらない。似蔵の姿が重なる。
「くそっ、鉄矢さん聞こえてる!? 貴方の作った刀は凄いよ、こんなに凄い刀見たこと無い。でも! 大事な人を泣かせるような刀なんてダメだ」
「そんなことはない! 斬れない刀など意味が無い! 斬れれば良いのだ! それ以外大事なものなどない!!!!」
それこそが唯一無二の真実であるかのように言い切る鉄矢さんに、殴りかかりたくなる衝動を抑える。
「あるだろ、大事なもの! 命をかけて貴方を迎えに来た人がいるだろ! 私はもう無くしてしまった。無くしてからじゃあ遅いんだよ! 気づけよ、このバカヤロウ!」
神楽ちゃんが、新八君が触手を切り飛ばし、跳ね飛ばし私を護ってくれる。銀さんが、傷口が開くのにも関わらず、触手の雨を掻い潜りこちらへ向かう。
その暖かさをなぜこの人は分からないのだろうか。
「もう止めてお願いだから!」
懇願する鉄子さんの声が聞こえる。手を伸ばしても届かなくなってからでは遅いのだというのに。
「貴方を護ろうとして打つ剣は、打った人は意味がないというの!? 斬れなくても護れる物はあるんだってなんで分かろうとしないの!!」
「きーやん!!」
――ビュッ……ドスッ
「ぐっ……ふっ……」
神楽ちゃんの悲鳴と共に、弾けなかった一本の触手が唸りを上げて脇腹に突き刺さる。
侵食を止め、身体制御を行い……頭上に浮かべた数十の船に力が臨界点を迎える。
焼けつく様な痛みが襲い、そこから逃げ出したいと泣き叫びそうになる。
だけど……ちゃんと、届けないと……。
「聞け! 貴方……はまだ……戻れる。ちゃんと……見て」
口を開けば痛みに気が遠くなる。
「うるぁああああ!!」
「兄者ァアアアア!!!」
上から降ってくる白い着物と突き刺さるとぐろ竜を鍔に持つ刀。
届かな……かった……?
力が抜ける……。視界がブラックアウトした。