天国には理想郷がありまして   作:空飛ぶ鶏゜

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星間飛光

 搭乗口で列をなして並んでいる天人や、地球人。家族連れやら、仕事だろうか? スーツ姿で忌々しそうに前方を睨みつける人。そんな人達の中央に立ち、パンフレット片手にメガホンで、持ち出し禁止条項を読み上げる入国管理官。

 

「えー、このリストに記載された物は持ち込みを禁止されております。悪意を持って持ち込んだ場合、宇宙法に則り罰せられる恐れがあります。ご注意下さい。まず火器類、第一種宇宙薬事法適用薬物、その他地球固有生物。特にゴリラ、ゴリラの持ち込みは禁止されてます」

 

 ごりら? 一瞬聞こえた単語に耳を疑う。

 

「はい、そこの人! ゴリラの持ち出しはダメって言ってるじゃないか!」

「いや、俺は……」

「近藤……。お前、ゴリラに間違われるの今日何度目だ?」

 

 どこかで聞いた声がすると思い振り向くと、黒い着流しに、赤いマフラーを巻いた、サングラスを付けた渋いオジさん。その隣には同じく着流しを付けたゴリラに良く似た人間。松平のとっつぁんと、ゴリラ……もとい近藤さんだろうか?

 困惑した顔で俺? と自身を指さす近藤さんに、呆れた様にとっつぁんはそれを見つめる。

 メガホンで呼びかけてた人が、「済みませんそこ通して下さい」と、人混みを掻き分けてそちらに向かう。

 

「ちょっとこっちに来なさい」

 

 とっつぁんの腕を引く管理官。

 

「あ、オジさん関係ないんで、これ野良ゴリラです。勝手についてきて困ってたんですよねぇ。おたくらで処理してくんない?」

 

 とっつぁんは警察手帳をチラ見せしながら、あっさりと近藤さんを見捨てた。

 

「これは! た、大変失礼しました! 丁重に処理させて頂きます!!」

 

 警察手帳とその言葉に、メガホンの人は慌てて腕を離し、最敬礼を取る。

 

「ああ、いいよいいよ、オジさんそーいう堅苦しいの嫌いだから。悪いけど後よろしく」

 

 とっつぁんはそう言うと、管理官の背をぽんと叩き、一人、進んだ列の先へ歩いて行く。

 

「えっ! ちょっと、とっつぁん!?」

 

 取り残された近藤さんは、メガホンに肩をガシッと掴まれる。

 

「大丈夫、怖くないよ~。暴れない暴れない」

「とつぁああああんん!!! 違う、俺ゴリラじゃないから!」

「はいはい、ゴリラは皆そんな事言うんだよねぇ」

「言うわけねぇーだろぉおお!?」

 

 必死の抵抗も虚しく、どこから現れたのかもう一人の管理官と、メガホンの二人に脇を固められ、近藤さんは引きずられ行ってしまった。

 

「あーあ、これでスッキリした」

 

 やけにスッキリした顔で、とっつぁんは首を回している。大人って汚い……。

 

「きーやん何してるアルか~。またうんこアルか? ゲリか? ピーピーアルか~?」

 

 呼びかけられ振り向くと、星海坊主(うみぼうず)さんと手をつないだ神楽ちゃんが、「早く行くアルヨ」と別枠で設けられたゲートの前から呼んでいた。

 

「いやちょっと野良ゴリラがいたから珍しくて」

「まぢでか!? どこアルか?」

「もう行っちゃったよ」

「そうアルか、少し見たかったネ」

「まあ、また見る機会あるんじゃないかなぁ~」

 

 神楽ちゃんは残念そうに眉を下げる。

 きっとまた見れるよ、見れるといいねってか見れるよね……? 若干の不安を残しつつ、私もとっつぁんに見習い、それをなかったことにする。まさか本当に間違われるなんて……ねぇ?

 

 神楽ちゃんの後に続き、そんな人混みを尻目にゲートを潜る。

 星海坊主さんが見せた身分証の他には、手荷物チェックも、パスポートチェックもなかった。これがえいりあんばすたー特権か……凄いな。

 乗り込んだ船は3人掛けの座席で、窓際を神楽ちゃん、真ん中を星海坊主さん、通路側に私という順に座る。

 

「きーやん! きーやん! 見て見て地球ごっさ綺麗ヨ!!」

「綺麗だねぇ。神楽ちゃんの瞳みたい」

 

 キラキラした青い瞳とその向こうに見える地球はとても綺麗で本当にそう思った。

 

「何うちの神楽ちゃんに色目使ってんの!?」

「なに言ってるのパピー? 気持ち悪いよ」

「神楽ちゃんンンン!?」

 

 しばらくの言葉の応酬の後、はしゃぎ疲れたのか神楽ちゃんは寝てしまった。

 昨日は眠れなかったみたいだしな……。

 

「銀ちゃん……それ私の酢昆布ヨ……」

 

 漏れ聞こえる寝言に思わず笑ってしまう。

 

「神楽ちゃんが起きるだろ」

 

 不機嫌そうに言う星海坊主さんが面白くて、更に笑ってしまう。

 

「星海坊主さんの声の方が大きいですよ」

「くそっ、このまま連れて行ってしまおうか」

 

 星海坊主さんと神楽ちゃんの旅程は一週間。夜兎でも大丈夫な人工太陽が浮かぶリゾートの星が目的地。想定外の事態になるかと不安に思っていたが、なんの事はない予定調和通りに進んでくれてほっとする。それは多分銀さんへの星海坊主さんなりの嫌がらせなんだろう。

 居なくなれば銀さんも少しは素直になるかなぁ~。ヒロイン争奪戦を思い起こして笑いが止まらない。

 無性に神楽ちゃんの頭を撫でたくなったが、届かない手に諦め、再び窓へ視線を移す。

 

「星海坊主さんアレ……」

 

 甲板端から僅かに見えた紫色の触手。もしかして、二度ある事は三度あるって言う奴?? 位置的にまた性懲りもなく船の下にへばりついているのだろう。

 

「オイオイ……入管なにやってんだぁ!?」

 

 慌てて傘を手に取り、席から立ち上がろうとする星海坊主さんを手で制し、止める。

 

「私ちょっとおっきなビチグソ掃除してくるんで、神楽ちゃんお願いしますね」

「お前……」

 

 本来はどうあるべきかは知らないが、頼まれたのだ。だから……。

 ヘラリと笑って席を立つ。

 

「すみません、おトイレ何処ですか~」

 

 スチュワーデス風の美人なお姉さんに声をかけ案内して貰う。個室に入り鍵を閉めた私は……跳んだ。

 

「うわっっと……」

 

 上も下も右も左もない宇宙空間でバランスを崩す。くるくる回る己を止める手段を模索し、数回回った後、ようやく止まることができた。重力がないというのはとても不思議な感覚だった。

 安定性の欠けたそれは……理由のない恐怖。人間は重力がないと生きていけないのだとしみじみ思う。

 

「君ストーカー? いくら神楽ちゃんが可愛いからってそれは頂けないなぁ~」

 

 耳があるかないかという以前に、空気のない宇宙で声が伝わる筈もないけれど、そう声を掛け、えいりあんの頭らしき部分を掴み引き剥がす。軋む船。慌てて手を放す。

 なんつーモロイ船なんだ。己の馬鹿力を棚に上げて、思案する。しゃーないかぁ~。地道にえいりあんを部分解体しながら、一本一本触手を千切っては捨てる。その度に別の触手が襲ってくるけれど、空間を歪ませそれも切り飛ばす。

 地味だし、超絶面倒臭い……。

 恨めしげにも見える最後に残った頭を放り投げると、お掃除は終了。思ったよりも時間が掛かった。

 甲板を見上げるといつからいたのだろう? 星海坊主さんが宇宙服に身を包みこちらを見ていた。心配性だなぁ~。手信号で船に戻る事を伝え、先に跳ぶ。

 

「お客様大丈夫ですか??」

 

 長いお手洗いを心配したスチュワーデスさんに、ドアの外から声をかけられた。

 

「あー大丈夫です。なかなかにしぶといビチグソだったんで」

「そ、そうでしたか……」

 

 あれ? 若干引かれた? まぁいいや。ジャーと水を流し外に出る。

 席に戻ると相変わらず気持ちよさそうに神楽ちゃんは寝ていた。星海坊主さんが居ないおかげで、届くようになった手でその頭を撫でる。

 

 

 戻ってきた星海坊主さんは、ちゃっかり席を交換した事すらツッコまず、黙って()私の席に座る。

 

「言ったでしょ? 私には地球が狭すぎるって」

 

 ヘラリと笑う私に、「そうだな」とだけ言い、それ以上は何も言わなかった。何か言われるんじゃないかと恐怖した私は、その適度な距離感に助けられる。本当に大人なんだなとつくづく思った。

 

「星海坊主さん。結婚してください」

「ごめんなさい」

「即答ですか!」

 

 唐突なそれにも動じず即頭を下げる。やりますな……。

 

「俺は死んだ母ちゃん一筋だから、小便臭いガキなんてお呼びじゃないんだよ。それに……娘を置いてどっかに行っちまう母親なんてなお更ゴメンだ」

「そりゃ、残念」

 

 星海坊主さんは、諦めの悪い私にそう言うと、嫌そうに顔をしかめる。

 神楽ちゃんのいつの間にかお母さん作戦は失敗した。色仕掛けからからのプロポーズだったら良かったのかなぁ~。失敗失敗。重力のない恐怖。温かい物でそれを埋めようと神楽ちゃんの頭をもう一度撫でる。

 

 

 

 

 それからしばらくして、分岐点となる中継ステーションについた。ここで本当にお別れだ。

 

「きーやん……きーやんはどこに巣を作るアルか?」

「きーやんは巣はもたないのだよ、神楽ちゃん」

 

 何度もやり取りされるどこに行くのかという会話。手紙を出すから、会いに行くから様々な理由を付けて聞き出そうとするこの子をふわりふわりとかわす。

 

「それとね神楽ちゃん、お父さんに聞いても場所は教えてくれないよ。私が脅して口止めしちゃった」

 

 悪女を装いニヤリと笑う。これから向かう先は夜兎が存在できない星。

 神楽ちゃんが可愛い星海坊主さんは決して口を割らないだろう。

 

「だから、お父さんに聞いてもダメだよ?」

「きーやん……」

 

 メッと人差し指を立てて冗談めかして言えば、青い瞳を暗くしてこちらを見つめる。

 泣きそうな時、辛い時神楽ちゃんは無表情になる癖がある。

 その顔を崩したくて、頭をくしゃくしゃに撫でる。

 にっこり出来るだけ上手な笑顔を浮かべて、手を振る。

 

「元気でね。神楽ちゃんバイバイ」

「バイバイ、きーやん」

 

 目的地に行く船に乗り込み、三列シートに一人で座る。

 窓から見える星空がとても綺麗だった。


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