あの日から今日の今まで万事屋に足を運べずにいた。ターミナル復旧まだしてないし、とか、天気が悪いから、なんてどうでもいい理由をつけて避けに避け続けてしまった。
神楽ちゃんは私を許してくれたけれど、結局その根本は解決できないまま、彼女の自己助力に頼ってしまった。それが後ろめたいというのも勿論あるが……。
銀さんとの会話に私は、きっかけを求めていたのだ。記号だけの謝罪に
全て自己都合なのだ。それが悪いとは思わない、人間ってのはそーいうもんでしょ? それを否定できる人間がどれだけいるっていうの?
「――であるからして、攘夷というのは肉体と同時に魂も鍛えることができる素晴らしい活動だということを……」
そもそも宇宙へ行こうという行為ですら自己都合だという事に気付いてしまえば、私はもうどうしたらいいのだろうか? 六の目が出るサイコロなんて要らないと銀さんは答えた。きっと私の知る全ての人間がそんなもの欲しないだろう。それを私は知っている。そんな物を欲する様な人達じゃないという事は嫌という程知っているのだ。
それを踏まえた上で、それを欲しがっている自分に気付いてしまえば、本当どうしたらいいのだろうか?
「聞いとるのか貴様は!」
「あ、はいはい聞いてますよ」
そして、どうして私は桂さんに捕まってしまったのだろうか。
けれど、自分以上に自己中心的な人間を見ていると、自分なんて実はまだマシな方なんじゃないか? という幻想を抱ける気がした。
それは、流石に限界だなと、重い足を引きずって万事屋に向かう途中。長屋が軒を連ねる細い路地。近道をしようと思ったのが悪かったのか……。
「貴様か、真選組から逃げおおせてるという指名手配犯は」
「人違いです」
銀さんも羨むというか、私も羨ましいぐらいの艶やかな長髪ストレートが前に立ち塞がる。とっさに踵を返し道を変えようとすると、気が付けば背後には白いでかい物体。疑う余地もなく、狂乱の貴公子こと桂小太郎と、謎の宇宙生物エリザベスの二人組。
エリーの真っ黒な瞳がこちらをじっと見つめている。薄暗い路地の雰囲気と相まって中々に怖い。
「あの、本当人違いなのでそこ通して頂けないでしょうか」
『潔く認めな』
遠慮がちに伝えると、エリーは真っ白なプラカードを掲げ、反対の手で、とっくに時効となった筈の指名手配書を突き出す。相変わらず、無駄によく書けてるなぁ。
「しらばっくれてもこの桂小太郎は騙せはせんぞ」
「いや、本当勘弁して下さい」
攘夷活動の一貫とか攘夷入隊の誘いとかどーせそういうのでしょ? 結構だから。いや結構とかいう曖昧な言葉を言ったらこの人の事だ、良い方に捉えるに違いない。
「先急いでいるので、失礼します」
「まあ待て。この話を聞けば、その辺の雑事など
ああ、何を言っても、無駄なんですね。逃げ出そうにもエリーの真っ黒な瞳が、不気味にこちらを見つめている。無表情で見つめる瞬きもしない目というのがこんなに怖いものだとは……。それから永遠諾々と続く、いかに攘夷活動が素晴らしいかという話。いい加減そろそろ終わって欲しいなぁ~。
「……というわけだ。その手腕を見込んで、一緒にJOYしようじゃないか」
「いや、しません」
「これだけ言葉を尽くしてもまだ理解出来ないというのか!? 何故だ!?」
桂さんは目を見開いて信じられないという顔をしている。何故かと言われたら答えるのが世の情け? いやいや、それは
「そもそも私、興味ないんでそーいうこと」
「興味ないだと! これが今流行の三無主義というやつか! この国を担う若人ともあろうものがなんと嘆かわしい」
「いや、どこの流行りですか、聞いたこともないですよ」
「よく見れば何事にも関わりを持とうとしない、友達がいなさそうなダメ人間。致し方あるまい、人一人救えずして国を変えることなどできようか? 否! 不肖桂、この可愛い子猫ちゃんの腐り落ちた魂を救うと天地神明に誓おうぞ!」
「うっさいよ、友達いないとか地味に人の心抉るの止めて貰えません? 子猫ちゃんって言葉のチョイスおかしいでしょ、大体、魂腐らせた覚えなんてないよ? 賞味期限まだまだあるって聞いてますかー? 本当結構なんですって、あっ、結構って言っちゃったじゃないか」
「何をぐちぐち言っておる。四の五の言わずについて来い、行くぞエリザベス!」
「いや、ちょっちょっと!
一人何をどう納得したのか、熱くなる桂さんに、ぐいっと腕を引かれ、いかにも治安が悪そうな薄暗い道に連れて行かれる。
何このゴーイング・マイ・ウェイ。ってか桂さんのこと知らないと本当恐怖だよ。背後からなんだかペタペタという足音が付いてくるし、微妙な圧迫感あるし。気にはなるが、極力見ない様にする。見たら最後、黒い事が書かれたプラカードを差し出されるに違いない。
「か~つ~らァアアアアアア!!!」
「ちっ! 見つかったか、逃げるぞ!」
ゴミ袋が積まれた路地の曲がり角を曲がった先にいたのは土方さん。グッドタイミング! この
「ま、待ってください!!」
「そう心配せずともこの桂がついている限り、真選組に後れは取らん!」
「違うって、私、逃げる必要ないから! お一人でどうぞ!! って巻き込むなぁあああ!!!」
「待ちやがれ!! オイ、お前等回り込め!!」
土方さんが腕を回し、見えない誰かに合図を送る。おいおいおいおい! 本当関係ないから! ってあの! バズーカーとか構えるの止めてそこの沖田さん!!!
どこから現れたか、沖田さんがバズーカを構え行く手を遮る。左右を木の塀で囲まれ逃げ場はない。咄嗟に桂さんを突き飛ばし、避けた。黒々とした硝煙が立ち上る。
「くっ……このままでは、俺が囮になるから貴様は逃げろ」
いや、一人何シリアスしてるんですか。飛んで火に入る桂さん? いやいや、どんなバタフライだよ。
あーあーもう面倒臭い。
「今から退却路作るんでちゃんと逃げて下さいよ。因みに、助けるのは今回だけですからね」
きっと無駄だとは思うけれど念を押す。桂さんを置いて、沖田さんに向かい走る。背後には隊士が数名。前方がまだましだと踏んだ。
次弾を装填し、躊躇なくそのトリガーに指を掛ける……。だけど……残念。
薄い瞳が大きく見開かれる。トリガーが引かれるその前に、間合いをつめ、構えたバズーカを手で払い、足で踏み抑える。バズーカを奪われ中途半端に空を泳ぐ腕を取り、捻り上げ壁に押し付ける。
「くっ」
「アディオス!」
『じゃあまたな』
その隙をついて背後を、桂さんが駆け抜けていった。その後を白いプラカードを掲げたエリーが続く。中身何入ってんだろう本当。
「隊長! 貴様ァアアア!」
「その腕を離せ!」
気がつけば真っ黒な集団に取り囲まれていた。足元には、踏まれ
腹いせにそれを蹴飛ばし、腕を放す。
「てめーは……」
感触を確かめる様に、腕を擦りながら沖田さんがこちらを睨みつける。
「今度はちゃんと話聞いてもらえませんかねぇー」
両手をハンズアップするも、刀が次々と抜かれていく。今日は厄日なんでしょうか。
「いや、だから知りませんって」
「嘘をつくな、桂とはどういう関係だ」
「ナンパされてたんですよ。それをどう勘違いしたのか分かりませんが、追っかけ回してくれちゃって……。何? 嫉妬ですか? 男の嫉妬は見苦しいって知ってました?」
「
「やめといた方がいいですよ。美しさに耐え切れずに割れちゃいますから」
「あ゛? 鏡の代わりに足りないドタマかち割ってやろうか!?」
切れる土方さんと、私。かれこれ一時間ばかりこういうやり取りを続けている。土方さんのふかす煙草のせいで、狭い取調室が
「足りないって失礼な。土方さんよりは色々足りてると思うんですがねぇ、忍耐力とか忍耐力とかとかとか。それよりいつまでか弱い一般市民を繋ぎ止めて置くつもりですか? 弁護士~。弁護士はいらっしゃいませんかー」
「いる訳きゃねーだろ!! いい加減真面目に答えれば弁護士でも何でも呼んでやるよ!」
バンッと叩いて机の上の白い紙を示す。白紙答案ならぬ、白紙調書。そこには、名前欄に”酢昆布”とだけ殴り書かれている。住所の欄も生年月日の欄も何もかもが全て空白。これがテストならば赤字でゼロの字が刻まれるだろう。
突きつけられた現実から目を逸らし、できうる限りの蔑んだ目を作る。
「そんなに怒ったら血圧上がりますよ、ただでさえ毎日
「余計なお世話だ!! つーか何でテメーが
「さァねェ」
「ぶった切るぞ!」
何度目かの絶叫が響き渡る。こんな事している暇はないんだけどなぁ。早く万事屋いかないと。青筋をビキビキ立てて今にも殴りかかりそうな土方さんに視線を合わす。
「一つだけ言っておきます。私、本当に、桂さんとは関係ありません。分かったらさっさとこれ外して下さい。でないとそろそろ暴れますよ?」
「上等じゃねーか、暴れてみろよ。取り押さえる為に多少手荒な真似するかもしんねーけど文句言うんじゃねーぞ」
一つどころか勢いに任せて二つも三つも言葉を足してしまった。
ジリジリと私と土方さんは睨み合う。その中心に可燃物でもあれば自然発火するに違いない。
「土方死ねコノヤロー」
「あぁああ゛!?」
キィと油が足りなさそう音を立てて、鉄でできた取調室のドアが開き、沖田さんが顔を出す。
「酢昆布、テメーの保護者が来たぜ。とっとと帰りやがれ。ったく人の仕事増やしやがって、後で覚えておけよ」
保護者……? 一瞬思い浮かべたあの人はここにいる筈もなく、というか居てはいけない訳で……。
「総悟テメーはまた勝手に!」
怒鳴る土方さんを無視して、沖田さんは慣れた手つきで勝手に腰紐を解き、ほらいけよと背を押す。
「いや、いいの?」
「何言ってやがる、おめェがもう少し素直だったら、こんな手間すら要らなかったんでィ」
とばっちりを食らう筈の土方さんをチラリと見ると、忌々しそうな目をしているもののそれ以上引き止めはしない。本当に大丈夫なのか? それより保護者って……? そんな人間なんて……。何でもないフリを装いながらドアを潜る。
切れかかった蛍光灯がちらつく打ち付けのコンクリート。その先に居たのは何故か、白い着流しを付けた――銀さん。
「ったく、何やってんだよ。ほらとっととけーるぞ」
いやいやいやいや? なんで一瞬そうだよなぁ、なんて、残念な感じに思ってしまったのよ。
「いつから私の保護者になったんですか? どうせなら、もう少し甲斐性のある人間を希望したいんですが?」
それを誤魔化す為の憎まれ口ですら、心を置き去りにしてしまったままでは覇気がなく、平坦な口調になってしまう。
「贅沢言うんじゃねーよ」
「頼んでないよ、私。大体なんでここにいるんですか」
「俺が連れてきてやったんでィ。這いつくばって感謝しろィ」
背後から沖田さんの声が聞こえた。
どうして私が万事屋と繋がりがあることを知っているのだろう? 神楽ちゃん経由? いや、きっとターミナルで一緒に帰るところを見られたんだな。
振り向くと、沖田さんが透明な空気を身に纏い立っていた。
「なんで……私、桂さんの仲間かもしんないじゃん。何してるんですか」
「折りかけただろ、腕」
心臓がきゅうと締め付けられる。
あの時――腕を取り、壁に押さえつけた時――加減を誤り危うく折りかけた。骨の軋む音、手の平に伝わった鈍い感触を覚えていた。逸らしてしまいそうになる顔をそれでもまっすぐに向ける。
「本当に
台風のあの日の借り、それを精算したつもりなのだろう。余計な事を……。いや諸々を考えるとそれで良かったのか? だけど……。イマイチ煮え切らない私に、銀さんはもう一度「帰るぞ」と声をかけ、返事もしないうちに背を向け、行ってしまった。
「チャラにしておいてあげるってのは私が言うべき台詞なんですが……。まあ、この場は取り敢えずそうしておいてあげますよ」
『ありがとう』その語源ともなった、有り得ることが得難い助けではあったけれど、素直にそれを認めるのはいささか難しく、見えなくなってしまった白い人を追いかけた。