戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 今回の展開は作者がG視聴中に「これ絶対やるんだろうな」と個人的に思ってたらやらなくてちょっと残念だったことです


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 彼はただいい人なだけだ。

 ゼファーが普通に好きで、翼が普通に好きで、だから彼らのために必死に頑張れる。

 そんないい人なだけなのだ。

 そして、この手の人種には珍しく、思いやりを形にするだけの突き抜けた能力を持っている。

 

「何か……何かないか……!?」

 

 藤尭朔也は策を練る。

 彼にはもやしレベルの戦闘力しかない。銃を握っても足手まといにしかならないのだ。

 しからば彼が少年達を助けようとするならば、首から上を最大に活用せねばならない。

 それこそ、常識外れなレベルでだ。

 

(記憶を探れ……一つ残らず明確に思い出せ……!

 打開策があるとしたら頭の中にしかない。強くない俺にはそれしかない。

 あるとしたら、二課に来てから二課の中で見た記憶の中に――)

 

 藤尭朔也の人並み外れた記憶力が刻み込んだ、過去の情景の一つが想起される。

 この任務を受ける前、弦十郎との会話の中。一瞬チラッだけ見た画面。弦十郎の横にあったPCとそこに映っていた潜水艦の図、その横に表示された数字の羅列。起死回生の一手となる文字列。

 全てが繋がり、発想が転換され、閃きが来る。

 

(――あった)

 

 朔也が戦場を見れば、ゼファーがリリティアの跳躍による踏み付けをかわしたところだった。

 彼はゼファーへの通信を繋げたまま、天戸達から『リリティアの戦域干渉がネガティブフレアに燃やされた結果、二課本部と通信可能になった』という連絡を受け取る。

 ナイトブレイザーの規格外さに驚きつつ、「好都合」と呟いて、朔也は二課本部へと通信を飛ばした。

 

「二課本部! 聞こえますか! 緊急要請です!」

 

 今この場所は、海沿いの山間部にある。

 

「この時間、この場所に近い航路を某潜水艦が通っているはずです!

 予定の航路を変更して指定したポイントに移動させてください!」

 

 海に向かえば、使える手段が一つある。

 

「それと、司令! 『あれ』の使用許可を!」

 

 藤尭朔也は、それに賭けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十九話:なおも剣風吹き荒ぶ 5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発音。

 それはリリティアの一撃がナイトブレイザーに直撃したものではなかった。

 

「!」

 

 ゼファーに"携行ミサイル"が直撃し、炸薬が爆発する。

 アガートラームの強靭な鎧はこの程度では傷付かないが、爆発で吹っ飛びはするのだ。

 体の数カ所を空間ごと固定されていたゼファーはそのおかげで脱出し、本当にギリギリのところで強制昇華兵器『霧氷大后』の攻撃を回避する。

 

 指定した軌道を通り、指定した場所に当たるようにと携行ミサイルにプログラミングし、発射したのは何を隠そう向こうの山の山頂に居た男達。

 藤尭から送られてきたデータを元に、彼らは「自分への攻撃を無力化するリリティア」ではなくナイトブレイザーを攻撃。爆発で彼を救い出したのだ。

 ゼファーを助け、メガホンに持ち替えた天戸が叫ぶ。

 

「空間凍結は内部からの抵抗にのみ極端に強い。

 その上全身くまなく空間凍結されたわけじゃなかった。隙間もある。

 なんで外部から爆破して吹っ飛ばしゃあ、抜け出せる……

 だってよ。あんま新人の後輩に心配かけてやんじゃねえぞ!」

 

 ゼファーは地面に頭からぶつかりそうになるも、左手で地面を押して跳ね、綺麗に着地。

 

「ありがとうございますッ!」

 

 天戸は助けるためだけにゼファーに携行ミサイルをぶつけたのか?

 否。爆発の方向、吹っ飛ばされるであろう方向はきっちり計算されていて、ゼファーは翼が囚われたリリティアの棺の前に着地していた。

 氷の棺を前にして、ゼファーは右手を振り上げる。

 ゼファーはあの絶体絶命の中でも諦めず、敵を見据え続けていた。

 それゆえに、右手の焔はそっくりそのままチャージされたままだ。

 振り下ろせば、その手の焔は棺を溶かす。

 

「出て来い、ツバサッ!」

 

 焔は氷だけを溶かし、音楽を焼くことはない。

 だからこそ中から飛び出してきた翼に、火傷の痕などあるわけがなかった。

 

「待たせた?」「待たせたか?」

 

 二人の声が同時に重なる。

 翼はゼファーに言葉を向ける。

 もっと早く、自分の力で出て来るつもりが遅くなってすまないという意を込めて。

 ゼファーは翼に言葉を向ける。

 もっと早く、一刻も早く助け出すつもりが遅くなってすまないという意を込めて。

 二人の声は同時に重なる。

 

「全然!」「全く!」

 

 対する返答の声に、相手を責める意は全く込められておらず、ただただ重なる感謝があった。

 二人の声は同時に重なり、間髪入れず声以外のものも重なっていく。

 翼の目に七つの正六角形が映り、プログラムが起動した。

 

「ラインオン・ナイトブレイザー、天羽々斬!」

「コンビネーション・アーツ!」

 

 ゼファーがリリティアの空間凍結から脱出してから一秒か二秒。

 翼が溶かされた棺から飛び出して、着地したまさにその瞬間に、二人はその手を掲げて合体技を解き放った。

 

「「 シンフォニックレインッ! 」」

 

 天高く舞い上がる朱と蒼の二色光球が絢爛に輝き、焔の剣を雨のように戦場に降らせる。

 通常、これはかわすにも防御するにも苦労するであろう攻撃だ。

 一発一発をしっかりと防御しなければいけない上に、間接的に防御しなければ魔神の焔に焼かれてしまうし、何より数が多すぎる。

 クラスター爆弾に近い攻撃なのだ。

 

 だがリリティアは完璧な対応を返してみせる。

 自身の頭上に氷の壁を数十枚形成して浮かべ、徐々に上昇させながら追加の壁を生成し続けるという防御で焔の雨を受け止めた。

 リリティアの氷は魔神の焔から熱を略奪し、その侵食を抑える。

 かつ剣によって一枚や二枚破壊されたとしても、次々と新しい壁を生成しながら緩やかに上昇させることで、シンフォニックレインを見事に防ぎきっていた。

 

 それがゼファー達の狙い通りであることにも、気付けずに。

 

「よし」

 

 リリティアは翼を捕まえ続けるために使っていた出力を自由に使えるようになった。

 すなわち、先程までよりも更に強くなったということである。

 早速リリティアは凍結の世界(フリージングゾーン)の出力を最大にして、ナイトブレイザーとシンフォギアが動けなくなるほどに、運動エネルギーを奪おうとした。

 ところが、止まらない。

 加速能力を用いるナイトブレイザーと、風を斬って跳ぶ天羽々斬の高速移動が減速すらしない。

 そこでようやく、リリティアは先のシンフォニックレインの意図に気付いた。

 

「―――」

 

 戦場のいたる所に突き立つ無数の刀剣。それら全てが燃え盛り、戦場を過熱する。

 ただの炎ではない。コンビネーションアーツによって熱量を増した魔神の焔だ。

 それゆえに、リリティアがエネルギーを略奪しようとしても到底おっつかず、氷の戦域支配は焔の戦域支配にて上書きされる。

 凍結の世界(フリージングゾーン)炎熱の世界(フレイミングゾーン)で上書きするという離れ技で、彼らは勝機をたぐり寄せたのだ。

 この焔達が燃え続ける限り、リリティアの能力を著しく減衰させることが可能なはずだ。

 制限時間は、コンビネーションアーツで放った刀剣と焔のエネルギーが尽きるまで。

 

「ツバサッ!」

 

 ゼファーの掛け声に、歌いながら翼は頷き、彼に続いた。

 リリティアもここまで来れば奥の手を隠そうともしない。

 運動エネルギーの略奪、転じて位置エネルギーと運動エネルギーの総和を0にする能力はかなり近付かなければ使えないが、空間凍結ならば問題はない。

 腹の装甲が展開し、その奥の宝石が光る。

 ……これが初見であれば、あるいは通じたかもしれないが。

 

「そいつを見るのは二度目だな」

 

 装甲が開くという予備動作もあるそれが、二度もゼファーに通じるわけがない。

 装甲の展開を見て、ゼファーは己の直感をリリティアに向けて集中的に使用する。

 そして空間が凍結されるその直前に、焔の壁を作り上げた。

 壁はリリティアが放つ空間干渉を遮断する。

 ただの壁なら無理かもしれないが、これはあいにく魔神の焔。

 空間を伝う攻撃も、時間を操作する攻撃も、使い手次第で焼き尽くせる炎熱だ。

 気休め程度のAIであっても、リリティアはさぞ驚いているだろう。

 だがゼファーもまた、今のリリティアの攻撃を感知しようとした直感の効きが微妙に悪かったことに、多少なりと冷や汗をかいていた。

 

(直感でも感知しづらい……どういうシステムを使ってるんだ……!?)

 

 リリティアを始めとするゴーレム達は、先史文明期における最先端技術の結晶だ。

 当然、アウフヴァッヘン波に干渉するコーティングがなされている。

 直感の機能がアウフヴァッヘン波を利用するものに進化したゼファーの直感が、ことここに至り"ゴーレムに対しては効きにくいこともある"、という事実が判明してしまう。

 ゼファーはより一層の注意を余儀なくされた。

 

 負けてたまるか、必ず仕留めると、氷の女王は内部のギアをフル回転させる。

 負けてたまるか、必ず生かすと、焔の黒騎士は手足を全力で突き動かす。

 負けてたまるか、必ず倒すと、剣の防人は風斬るように歌を歌う。

 

 翼が歌っている最中は言葉と言葉で意思の疎通が出来ないために、ゼファーと翼は目と目を合わせてアイコンタクト。目だけで会話し、意思の疎通を図る。

 

(ゼファー、攻め手を途切れさせないように!)

(ああ、分かってる!)

 

 ナイトブレイザーが炎の矢を連射する。

 シンフォギアが蒼ノ一閃を全力で放つ。

 リリティアがそれら全てを叩き落とす。

 一進一退。

 コンビネーションアーツの効果でリリティアの戦闘力を落としてなお、戦局はいまだにリリティア有利で、ゼファー達はそれをひっくり返すため次々と手を打ち続けていた。

 

「―――♪」

 

 翼の歌が一曲終わり、再度同じ曲のリピートに入る。

 そこで翼は呼吸を調整、曲の頭にシンフォニックゲインを意図して高めた。

 生成するは頑丈で、沢山で、しっかりと空中に固定される剣の結界。

 翼はアームドギアを一気に何十本も生成し、リリティアの周囲に浮かべた。

 そしてそのまま射出し攻撃……するのではなく、その場に固定する。

 

(ゼファー!)

(ああ!)

 

 そして、"攻撃のため"ではなく"足場作りのため"に作られたアームドギアに向かって、ナイトブレイザーとシンフォギアは跳び上がった。

 アクセラレイターで加速する騎士、その騎士に素で匹敵する速度の武人。

 二人は空中に固定された剣のアームドギアを足場にし、縦横無尽に跳び回り始めた。

 走るように、飛ぶように、舞うように、空中を駆ける。

 

 こうなるとリリティアは的を絞れない。

 朔也が立てた作戦通りに、運動性が極めて低いリリティアの弱点を突く形で、ゼファーと翼は撹乱しつつの機動戦を選択していた。

 リリティアの周囲、頭上に固定された剣から剣へと飛び移りながら、絶えず攻撃を続ける二人。

 そして、ようやく巨人は付け入る隙を見せ始めた。

 

 翼とゼファーはその隙を揺さぶり、決定的な一撃を決められる決定的な隙へと押し広げるため、更に攻める。

 まずは初手。翼がリリティアの頭上より『早撃ち』にて蒼ノ一閃を放つ。

 零時間抜刀、瞬間剣閃、一撃必殺を旨とするその一閃は、リリティアの反応速度と処理容量をもってしても"あと一瞬反応が遅れていれば真っ二つだった"と確信させるほどのものだった。

 氷の女王は、なんとか奇跡的に氷の防御を成功させる。

 頭上に作った厚い氷の壁はたった一撃で粉砕されてしまったが、リリティアはなんとかスクラップになる運命を回避した。

 

「―――」

 

 されど、それもその一撃に限っての話。

 ローキックを決めるためにハイキックを打ち込むコンビネーションがあるように、意識と注意をを上下に誘導するというのは、格闘技の王道だ。

 上から翼が攻めるのを囮に、ゼファーは地を這い下から攻める。

 

「絶招」

 

 走った勢いを乗せ、そのままリリティアの脇を抉る軌道で彼は絶招を解き放つ。

 直接当てれば確実に倒せるという認識が彼の中にはあったのだが、近付くに連れて減衰していく体の運動エネルギーのせいで、接近しきれずに撃たざるを得なかったのだ。

 奇襲自体は成功したが、近接戦殺しのリリティアの特性のせいで必殺とはならず、絶招の焔はリリティアの氷の壁によって軌道を逸らされてしまった。

 

 拳を直接当てれば仕留められていたであろう絶招。

 真正面から受け止めていれば氷の壁も貫通していたであろう絶招の焔。

 その両者をリリティアは軽々と捌き、ナイトブレイザーの足元から彼の体よりも大きいくらいの氷の刺を生やして、反撃した。

 

「とッ!?」

 

 計算された位置から計算された方向へ伸びる刺。

 ゼファーが絶招直後の万全な体勢でなかったこともあり、前に跳ぶ以外にその攻撃を避ける手段は存在しなかった。

 リリティアはそうして、自分が移動させたかった位置に、彼を誘導する。

 ゼファーは距離を詰めたその位置から、前に跳ばさせられた。

 必然、彼はリリティアに"近付き過ぎてしまう"。

 

「……!」

 

 先の戦いの再現だ。

 ゼファーの体は宙に浮き、移動手段の全てを失ってしまう。

 リリティアはまたしても腹部の装甲を開き、空間凍結を実行しようとして……

 

「何度目だと思ってるッ!」

 

 ……ゼファーという、戦闘巧者に対応される。

 二度も三度も同じ手は通用しない。

 ナイトブレイザーは自分の両腕から噴き出した焔を体の周囲に循環させ、即席の焔の球体を作り上げていた。

 焔は流転し、球を維持し、その内側にまで空間凍結を届かせない。

 リリティアは幾度となく空間凍結の為の干渉を行うが、片っ端から焔に焼き尽くされてしまう。

 ならばと、氷の女王は空間凍結を諦める。

 敵が身動きが取れると対応される危険性はあるが、それでも構わず、シンフォギアが乱入してくる前に強制昇華兵器『霧氷大后』をナイトブレイザーに叩き込もうとし――

 

「―――♪ッ!!」

 

 ――たが、タッチの差で翼の攻撃の方が早かった。

 翼は歌を歌いながら、高めたゲインを注いだ剣を地面に突き刺す。

 するとリリティアの足元より、100m以上のサイズの剣が生え、リリティアを押し上げながら空に向かって一気に伸びていった。

 

 翼が頭上から攻撃し、それを囮にゼファーが地上から、下からの攻撃を敢行する。

 それすら通じないのであれば、それすらも囮にし翼が更に下から突き上げるのみ。

 名有りの技でなければ、翼の剣の一撃ですら貫けないリリティアの装甲の頑丈さと手応えに翼は驚くが、構わず剣を伸ばし続ける。

 最終的に地上から200mほどの高さまで30tはあろうというリリティアを打ち上げたところで、ゼファーと翼は声を揃えて空に叫んだ。

 

「今だ!」

「今よ!」

 

 ゼファーが翼に叫んだのではない。翼がゼファーに叫んだのではない。

 二人は空と、そこに浮かぶリリティアを見ながら、通信機の向こうの仲間へと叫んでいた。

 この敵には、戦える者がこの二人だけでは勝てはしない。

 

「カナデさんッ!」

「奏ッ!」

 

 けれど、三人ならば、きっと勝てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奏は"何故かタイミングよく起きたノイズ騒ぎ"によって二課を離れさせられていた。

 今は一刻も早く帰るために、新幹線の中である。

 ……と、二課の一部の人間は思っていた。

 が、天羽奏が有事に大人しくしているわけがない。

 彼女は通信機片手に、ゼファー達を助ける『無茶な作戦』を二課に提案する。

 二課の多くの人間は、奏の『無茶な作戦』を聞いて目玉を剥いていた。

 そして彼女に許可を出した弦十郎に、誰もが驚愕の声を上げた。

 

「よっと」

 

 作戦はシンプルだ。

 速く動く物の上に乗り、物を投げればもっと速く投げれるんじゃないのか、という理屈。

 奏はシンフォギアを纏い、槍を片手に力を込める。

 槍にエネルギーを注ぎ込み、投げた後もブースターで加速していくように調整。

 バリアコーティングを槍に念入りに織り込み、着弾までの一瞬の間、空気抵抗やその他諸々を無視できるように設定。

 網膜に投影されるデータを使って、どの方向、どの高さで投げ込めばいいのかを計算。

 そうして、準備を終え……

 

「方向性バッチシ。よっこら――せっとッ!」

 

 『新幹線の上に乗る』。

 

「ぶち抜けぇッ! あたしのガングニールッ!」

 

 そして"新幹線の速度と力を乗せた槍投げ遠投"などという、とんでもない無茶を敢行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上200mの地点、周囲の小山の山頂よりも高い所で、リリティアに槍が命中する。

 それはゼファーと翼よりも更に強い戦士が放った、リリティアのフリージングゾーンによる減衰すらも抜けてくる、絶大な速度と膨大な物理的破壊力を伴った一撃だ。

 リリティアは咄嗟に、ナイトブレイザーに打ち込もうとしていた『霧氷大后』を槍に撃ち込むという妙技を見せるが、それで殺しきれる威力でもない。

 氷の女王は腕を弾かれ、空中で大きなダメージを受けつつ、空中で回る。

 

 通信機越しに打ち合わせていたゼファーと翼の行動は早かった。

 もとより、ゼファー・翼・奏の呼吸は阿吽のそれである。

 大技は繋げる。ここで決める。その意思のもとに、二人は動く。

 

 Mrk-3よりAI制御機能がついたバイク・ジャベリン。翼は事前にそれを呼び寄せており、このタイミングで近くに居たそれに跨がり、バイクを走らせた。

 ゼファーは彼女に続くこともなく、腰だめに両手を構えて胸部装甲を展開。

 胸部からせり上がる砲口をリリティアに向け、最大最強の一撃を放った。

 

「バニシング――」

 

 リリティアであろうと、直撃すれば消し飛ばす。そんな一撃を。

 

「――バスターッ!!」

 

 空中のリリティアに向け、粒子加速砲が解き放たれる。

 だが、開放された加速圧縮粒子は一直線に巨人へと向かうも、一点集中された絶対零度のフリージングゾーンによって受け止められた。

 

「何!?」

 

 これまで防御すら許さなかったバニシングバスターを止められたことに、ゼファーが驚愕の声を上げる。リリティアは超広範囲の熱と運動エネルギーを奪っていた力場を解除、それら全てを一点集中し、自分の前面に最大出力の冷気のバリアを張ったのである。

 加速された粒子が減速と減衰の効果によって速度を奪われ、リリティアの前で霧散していく。

 だが、勘違いしてはならない。

 リリティアも必死だ。

 

 何しろ自分の全出力を用いて一点集中の防御をしているというのに、むしろバリアは押し込まれているという、恐ろしい事態になっているのだ。

 リリティアは空中で押され、海の方へと押し出されて行く。

 止まらない。止められない。

 バニシングバスターの威力は途轍もなく、それ以外の機能のほぼ全てをカットして一点集中のバリアを構築して、なんとかリリティアは破壊を免れているのである。

 

 ナイトブレイザーが放つこのバニシングバスターという技は、かすっただけでもリリティアを再起不能にしかねない威力を秘めていた。

 

「―――」

 

 そうして空中でこらえつつバニシングバスターを減衰させて受け止めるリリティアの下、地上を走って先回りするバイクが一台。

 風鳴翼だ。

 最新のアップデートでとうとうシンフォギアとの合体機能が追加されたバイク、シンフォギア支援機・T2T-003『ジャベリンMrk-3』に跨がり、なんとバイクと合体していた。

 バイクの前面部分には翼が自ら形成したアームドギアが装着されており、山の木々を片っ端から切り裂いていく。木があってもなくても速度が変わらない、それほどの切れ味であった。

 

 彼女はその上で坂の登り降りという時間的ロスを生む道を避け、リリティアがバニシングバスターに飛ばされていくであろう先、海へと向かって走る。

 リリティアより先に、海へ。

 ナイトブレイザーとリリティア、炎熱と冷気の力比べでどちらが先に力尽きるかまでは分からないが、どちらが勝とうが彼女のすべきことに変わりはない。

 ゼファーが、朔也が、奏が加わったこの作戦。

 フィニッシャーに選ばれたのは、翼なのだから。

 

(この先に―――)

 

 翼は海が見える場所まで来た所で、バイクを飛び降り乗り捨てた。

 内臓AIの力で勝手に停車するジャベリンには目もくれず、翼は海上に目を走らせる。

 そして、目当ての物を発見した。

 

(居た!)

 

 海の下から飛び出してくる鉄の塊。

 普通の潜水艦よりも数段創作のデザインじみた形状の潜水艦を見て、翼はそれに向かって跳び上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある国に、聖遺物の研究機関があった。

 しかしながらこの国、資源はあれど聖遺物もなければ技術もない。

 更にお馬鹿なことに弦十郎が仕事で滞在していた時に騒動を起こし、聖遺物の研究機関を弦十郎に叩き潰され、実験に使っていた子供達も皆解放されてしまったのである。

 焦った彼らは、日本と二課へのご機嫌取りに「腐敗を正してくれた礼に『一部の人間が勝手に作っていた』研究成果を、『接収したから』受け取って欲しい」と、媚を売って来たのだ。

 実質弦十郎が巻き上げたような形になったが、日本サイドとしても、国交正常化のためにそのおためごかしを受け入れないという選択肢が存在しなかった。

 

 受け取ったものは潜水艦。

 かつ、情報戦にも十分に対応できる性能の高さと、某国が聖遺物の実験に使えるだけの異常な頑丈さを求めた結果の耐久力という、二つの長所が揃っていた。

 通常の潜水艦であれば、海の底の水圧や弱い魚雷にだって耐えられるが、潜水艦の上で聖遺物の産物同士が戦えばすぐに壊れてしまう。

 だがこの潜水艦ならば、潜水艦の上で聖遺物の産物同士が戦ったとしても、短時間であれば問題にならないほどの強度を持っていた。

 

 が、二課は少々これの使い道に困ってしまう。

 司令部は健在で、活動拠点として使うにも大仰。

 かといって秘密裏に使うにしても使い道がなく、大手を振って使えば出自を怪しまれる。

 維持費を考えれば、いっそ捨ててしまうのも手かと言われてしまう始末であった。

 そこで一つ提案したのが、櫻井了子その人である。

 

「ちょっと試してみたいことがあるんだけど、いいかしら?」

 

 彼女は実証してみたい理論がある、と言った。

 特に誰かが反対することもなく、彼女の主張は受け入れられる。

 その理論とは、『非聖遺物による聖遺物のエネルギー制御』というものであった。

 つまり聖遺物でないもので巨大な盾を作ってそれを聖遺物で強化したり、聖遺物でないもので巨大な砲塔を作って完全聖遺物のエネルギーを撃ち出したり、といったことをするための技術。

 それを彼女は、この潜水艦で試してみたいと言ったのだ。

 

 シンフォギアの力を吸収し、船体を強化する機構。

 アームドギア形成の要領で艦底部分に巨大な刃を生成するシステム。

 内部のエンジンからエネルギーを生み出し、シンフォギアの負荷を抑える補助機能。

 潜望鏡付近が変形し、巨大ブースターになる脅威のギミック。

 その結果、生まれたゲテモノ兵器。

 

 『シンフォギアが手に持つとブースター付き巨大剣になる潜水艦』。

 

「行け、ツバサぁッ!」

 

『決めろ、翼ちゃん!』

 

 ゼファーの声援を背に受けて、通信機越しに朔也の応援を聞き、翼は手にした潜水艦を振り上げる。眼前には、バニシングバスターの防御に全てのエネルギーを集中している氷の女王。

 リリティアがここまで無防備な体を晒しているチャンスなど、ここを逃せば未来永劫もう回っては来ないだろう。

 翼が手にするは、もはや潜水艦ではない。

 刀へと変わったシンフォギア支援機の一角だ。

 

「はぁぁぁぁぁッ!」

 

 その名も、正式名称T3T-001『斬艦刀』。

 『斬』るために潜水『艦』を変形させて作る巨大な『刀』の略である。

 

「一閃―――迷いもない、迷う暇もありはしないッ!」

 

 シンフォギアに強化された筋力が、斬艦刀を振り下ろす。

 ブースターが火を吹き、重力が斬艦刀を加速させ、その一撃を必殺へと変える。

 洗練された翼の技量が、その上でこの刀を"切れ味で斬る"軌道に乗せる。

 暴力と技術の二重奏。

 それが、リリティアへと叩き込まれた。

 

 二つの戦場を跨いだこの日の戦いは、風鳴翼の最後の一撃によって幕を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィーネ・ルン・ヴァレリアは、自身の拠点にて回収した機械の巨人を眺めていた。

 昨日のことだ。

 彼女がぶつけた氷の女王が、外装をこっぴどく破壊された上で敗北し、彼女が二課にも気付かれないよう秘密裏に回収するハメになってしまったのは。

 

「ずいぶんやられたわね……中枢系は無傷だけど。

 私でも直せる程度の損傷で助かったわ。これなら一年か二年で直せるもの」

 

 フィーネは無念そうに俯くリリティアの頭を撫で、彼女らしくもなく優しげな声でリリティアを励ます。

 

「大丈夫よ、あなたはリミッター付きで全力じゃなかったんだから。

 元より、氷の女王リリティアが全力を出したならば大規模都市でも一瞬で崩壊するもの。

 全てを凍らせ、砕き、絶対零度を行き渡らせる……気温低下なんかで収まるわけがないわ」

 

 フィーネが向けてくる優しい声。

 それを機械的に分析したリリティアは、それが自分に向けられたものでないことに気付く。

 この光の巫女が機械の心などを愛さない人物であることに気付く。

 

 フィーネが見ているのは、リリティアの向こう側。

 過ぎ去った過去の中に居る、今では彼女の思い出の中にしか居ない、彼女を置いて先に逝ってしまった彼女の大切な人達の姿だ。

 彼女が優しい言葉をかけている相手は、もう思い出の中にしか居ない、愛した仲間達だった。

 リリティアではなく。

 リリティアが思い出させた、フィーネの大切な人達に向けて、フィーネは優しい言葉をかける。

 

 彼女は今でも過去のために生き、過去を忘れられず、過去の中に生きている。

 過去の皆が守ろうとした、未来をその手で守るために。

 その未来に生きたいだなんて思っても居ないくせに。

 できれば過去に戻りたいとすら思っているくせに。

 

「しばらくはお休みなさい。あなたの次は……」

 

 フィーネは振り返る。

 その視線の先には、同志から受け取った数体のゴーレムが佇んでいた。

 

「さて、どれにしようかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二課の空気が少し引き締まったことをゼファーは感じていた。

 以前から、二課も感づいてはいたのだ。

 聖遺物が勝手になくなるわけがない。イチイバルも、アースガルズも。

 ゼファーがノイズが人の手で操作されている可能性を提示したのもそうだ。

 ゴーレムの存在や行動パターンも疑惑を呼んでいる。

 

 天羽夫妻が聖遺物を発見した途端に現れたノイズも実に怪しい。

 発掘現場にあったとされる神獣鏡(シェンショウジン)は未だに見つかっていないのだ。

 ゼファーが米国軍人の可能性が高いと言った、かのノイズ数万体事件の裏事情が全く見通せていないのも問題だ。

 二課にゼファーが来てから今日まで、二課本部へのハッキングの量が段違いに増えたという露骨に怪しげなデータもある。

 F.I.S.を始めとした不透明な怪しい組織の存在や、米国を始めとする各国政府の水面下の動き、世界的規模で起こっているノイズの出現率の増加。

 そして、『紅き災厄』(ヴァーミリオン・ディザスター)

 

 別に『全ての黒幕』『元凶である悪』が居るとまで思っている者は居まい。

 ただ、『裏で糸を引いている暗躍者』は確実に居るだろうと、二課は当たりをつけている。

 そしてその暗躍者は、聖遺物を扱う技術を持ち、ゴーレムを始めとする聖遺物を所持し、二課をターゲットと定めていることもまた確実なのである。

 

「あ、おはよう。ゼファー君」

 

「あ、おはようございます。サクヤさん。よく眠れました?」

 

「初めて二課の宿舎使わせてもらったけど……なんというか、金かけてるなって感じ」

 

「実際かけてますからね。かなり」

 

 帳簿整理の手伝いもした経験のあるゼファーの口から出て来た金額に、藤尭朔也は口元を引きつらせて苦笑いした。

 二人はリリティア撃破後、どうやら二課に泊まったようだ。

 激戦の後だというのに、別所でノイズと戦っていた奏やゼファー達と共に戦った翼がここに居ないのは、学校があるからだろう。

 ゼファーも少し遅れて、リディアンへと向かうはずだ。

 少年がここに居る理由は、翼や奏の分まで事後処理を請け負ったのと、朔也に昨日の戦いの顛末を伝えるためだろう。

 

「結局、リリティアは見つからなかったそうです」

 

「やっぱりか……」

 

 戦いは彼らの勝利に終わった。

 だが、翼の一撃で戦闘不能まで追い込まれたであろうリリティアは結局発見されず、リリティアを操っていたであろう『誰か』に回収されたのだろうと推測されていた。

 勝負に勝って試合に勝ったけど敵は笑っていた、といった感じの、勝ったことは嬉しいがなんとなく引っかかる……そんな印象が彼らの心に残る。

 

 二課の誰もが気を引き締めたのは、そういう理由だ。

 これからはノイズだけでなく、ゴーレムとも戦わなければならないかもしれない。

 リリティアは二課の皆が一丸となって仮想的と思い定めている『誰か』の尖兵である可能性が非常に高く、戦いはここから更に激化するだろう。

 

「シンフォギアを捕獲して、特に何をするでもなくその場に留まる……

 正直、メリットも目的も分からない。現状はデータを分析しながら待ちの姿勢一択さ」

 

「……悪意は感じませんでしたけどね。勘ですけど」

 

「他の人なら笑い飛ばすんだけど、俺もここまで君の勘を見せられたら信じるしかないかなあ」

 

 ゼファーが笑い、朔也が笑う。

 軽く笑いあった後、朔也は表情を引き締めて、ゼファーに頭を下げる。

 真摯に、真剣に、"大人"が"子供"に向かって頭を下げる。

 

「すまなかった、ゼファー君」

 

「え? どうしたんですか、突然」

 

「俺は君に翼ちゃんを、君の友達を任された。なのに……

 無茶はさせないと約束したのに、結局無茶をさせてしまった。だから、すまない」

 

 普段の話し方や態度はフランクなのに、その時の彼の謝罪はどこまでも真剣だった。

 それはゼファーが『友達を任せる』という言葉に、どれだけ真剣な思いを込めていたかを、藤尭朔也が理解していたという事実の証明に他ならない。

 他の二課メンバーは、ゼファーがそうやって仲間のために常に本気で言葉を紡ぐのには慣れたものだが、朔也はかなり真剣にその言葉を受け取っていたようだ。

 

 無論、ゼファーは気にしていないし、朔也を責める気持ちなんてこれっぽっちも持っていない。

 ただ、子供に向かって真剣に頭を下げ、約束を守れなかったことを悔やみ、自分のやるべきことを果たせなかったことを反省する彼の姿に、好感を持った。

 いい人だと、掛け値なしにそう思う。

 

「いえ、いいんです。結果的に最良の結果になったと思ってますし」

 

「だけど……」

 

 藤尭朔也を選んでスカウトした、風鳴弦十郎の人を見る目を、ゼファー・ウィンチェスターは改めて尊敬し、信頼した。

 

「あなたを信じてよかった。俺はそう思えてるから、いいんです」

 

「……!」

 

「約束を守られたのに嫌な思いをすることも、

 約束が破られても良い心地で居られることも、あると思います。今のこれは後者ですよ」

 

 絶対に約束を破ってはいけないと考え、約束を破るとうじうじと後悔し続けるくせに、他人に約束を破られても笑って許す少年は言う。

 藤尭朔也を。"こう"言える彼を、"そう"できる彼を、"ああ"助けてくれる彼を信じたいと思う。

 

「話してる内に思ったんです。

 俺はまた今日みたいなことがあっても、あなたを信じて、頼って、託して、任せたいって」

 

「……君は」

 

「信じる人くらい選ばせてください。そのくらい俺の自由でしょ?」

 

 翼の無理を諌められなかったことへの謝罪に対し、ゼファーが返してきた言葉は、なまじ罵倒されるよりも数段強く、藤尭朔也の心を叩いた。

 朔也はゆっくりと深く息を吸い、肺の空気を全て吐き出さんとばかりに溜め息を吐く。

 そうして、彼はゼファーの目をしっかりと見据えた。

 

「やれやれ。なんだかなあ、そういうこと言われたらもう次から失敗できないじゃないか」

 

「人間誰だって失敗しますし、大丈夫じゃないですか?」

 

「大丈夫じゃないんだよ。気分の問題さ、気分の問題」

 

 グッと背伸びをして、朔也は少し気合を入れる。

 きっと、この少年から未来に託されるであろう物事の数々は、今の自分の能力でも足りないかもしれない、と思いつつ。

 今のままの自分で居ようとする甘えを、朔也は心の中から追い出した。

 

「頑張ろう、って思ったんだ。少しさ」

 

「?」

 

 朔也は数年前まで子供であり、二課の周りの人間と比べればまだ子供であり、けれどゼファーの目には大人として映っている。

 少年の目には、頼りになる大人として映っている。

 だから、『頑張ろう』と彼は思った。

 少年の中で、頼れる大人で居続けるために。

 

「次はもっと上手くやるさ。ま、頼ってくれ」

 

 それは大学を出てばかりの青年の背伸びであり、ちょっとした見栄であり、そして子供が寄りかかれる自分で居たいという、男の意地だった。

 

 

 




「子供の頃は良かった」と思うのは大人
「早く大人になりたい」と思うのは子供

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