戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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『英雄譚』


3

 『ドラゴン』。

 それはかつてこの星に存在した、今や先史文明の遺跡の中にしかその存在を語られていない、半生命半機械の上位生命体の呼称である。

 有機無機のいいとこ取りである彼らは、有機生命体よりもはるかに優れた生命体だ。

 悠久の時を生き、電子頭脳を持ち、あらゆる物質を生体縮退炉にてエネルギーに変えることができ、最上位の個体ともなればこの宇宙を粉砕することも容易な存在である。

 

 彼らの中には高い知能を持つ者も多く、独自の文明を築き上げていたという。

 人とも友好的であり、一部のドラゴンは貴種守護獣(ロードガーディアン)を超える存在となりながらも、人と竜の架け橋となろうとした者も居ると伝えられている。

 

 されど、今や地球には一匹も存在していない。

 彼らもまた、この星に生きる命の一員としてロードブレイザーに立ち向かったからだ。

 その戦争の最中に、この宇宙の外側に吹き飛ばされた数体を除けば、たった一体のドラゴンを残して全てのドラゴンは殺されてしまったのである。

 殺されたとある竜は聖遺物となり"ドラゴンフォシル"などの新物質の元となり、とある竜は地の底に染みて石油等の地下資源となり、その死骸は形を変えて今でも世界のどこかに残されている。

 

 その強さを示す、分かりやすい例がある。

 聖ゲオルギウスを知っているだろうか?

 彼は聖剣アスカロンを手にし、誰も勝てなかった毒の悪竜を討伐したという。

 しかし昔描かれたというゲオルギウスと竜の対峙の絵を見ると、どの竜も大抵が2m程度のサイズなのである。かなり小さい。

 言い換えれば、英雄ゲオルギウスが聖剣を持ってようやく殺せるドラゴンの限界サイズが、2mということなのだ。ドラゴンとはそれほどまでに強い生命体なのである。

 

 鎧殻亜竜『タラスク』もその一角。

 厳密には竜ではなく亜竜。関係性で言えば竜が人ならば、亜竜は猿に近いだろうか。

 知性はなく、戦闘力も本物のドラゴンには及ばない。

 されど竜であることに違いはなく、人と比べればその能力は圧倒的である。

 

 その脅威は並外れた生命力、圧倒的な繁殖力、常識外れの毒性である。

 一種、殺しても死なない・一匹見つけたら三十匹は居る・菌を運ぶゴキブリの脅威を数億倍に拡大した厄介な存在とも言えるのかもしれない。

 なにせ、核爆弾を撃ち込んだとしても殺せるかどうかは分からないのだから。

 タラスクは圧倒的な戦闘力を持ち、短期に殺さなければあっという間に繁殖し、生半可な攻撃では殺し切ること叶わず、そして主食は人間である。

 

 エレシウスの伝承において英雄が立ち向かうに相応しい、恐るべき怪物だ。

 もしも逃してしまい、この広い地球で見失ってしまったならば……それこそ、人類そのものに存亡の危機が迫って来るであろうほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十八話:そして罪人は英雄に至る 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今のゼファーならば、ビル一つ分の高さであればものの数秒で登り切ることが出来る。

 そして加速能力を使えば、その速度は更に跳ね上がる。

 ビルを通り道として、ナイトブレイザーは一気に竜へと向かい駆け跳んだ。

 

「アクセラレイターッ!」

 

 が。飛べなければ、どんなに速くとも辿り着けない地平がある。

 空中に跳び上がったナイトブレイザーはタラスクに一気に肉薄するが、それが限界。

 

「!?」

 

 タラスクは空中で翼を翻し、アルファベットの『C』のような軌跡を空中に描き、自分に迫って来ていたナイトブレイザーの背後を逆に取る。

 そして棘の生えた尾を振り下ろし、ナイトブレイザーを強打。地面に向けて叩き落とした。

 

「づ、ぁっ!」

 

 ナイトブレイザーは錐揉みしつつ、地面に墜落。

 空高くよりドラゴンの強打にて叩き落とされたダメージは小さくなく、ゼファーはぐわんぐわんとシェイクされた意識を必死に繋ぎ止め、弱々しく立ち上がる。

 そこにノイズが飛びかかる。

 今のナイトブレイザーを付け狙うのは、ドラゴンだけではない。

 

「邪魔だ!」

 

 ナイトブレイザーはその場で一回転。

 すると、その両の腕から吹き出す焔の線がひと繋がりの輪となり、一気に大きくなった。

 ゼファーを中心とした焔の輪はゼファーを囲もうとするノイズらを焼き尽くし、切り裂き、そのまま上空へと飛んで行く。

 行き先はタラスクの首元だ。

 この焔の輪でタラスクの首を締め、そのまま焼きちぎるつもりなのだろう。

 

「喰らえッ!」

 

 焔の輪はゼファーの操作に従い、タラスクの首を締め上げる。

 焔の熱も、密度も、締め上げる力も申し分ない攻撃だ。

 けれども、足りない。タラスクを殺し切るにはまるで足りていない。

 焔の輪はタラスクを焼かれる痛みからか絶叫させるが、溶け落ちる首の表皮と一緒にずるりずるりと体表を滑り落ちて、殺し切る前に体表を離れていってしまう。

 

 魔神の焔は強力無比だ。

 燃やせないものはなく、ひとたび着火したならば焼滅させるまで離れない。

 しかしタラスクの表皮は非常に剥がれやすく、かつ恐ろしい速度で再生する代物のようだ。

 最初の絶招といい、おそらくは表皮の内側までもが燃やされる前に表皮を切り捨て、すぐさま表皮を再生することで焔を防御しているのだろう。

 

(なら、もっと接近して表皮の内側にまでダメージを届かせるしかない!)

「アクセラ、レイター!」

 

 ゼファーは再度加速能力を起動。

 今度は大型ノイズと数体だけ残っていた最後の鳥型飛行ノイズを踏み台にし、動きの読みやすいビルの壁を登るのではなく、空中からの多角的な攻撃を仕掛けた。

 行き掛けの駄賃に、きっちりノイズを踏み焼き潰して数を減らしつつ。

 タラスクのスピードはさほど速くはない。こうして近付く事自体は容易なのだ。

 ゼファーは右手を手刀の形にして突き出し、手刀の先端から焔の刃を発射。

 炎刃は一直線に飛んで行き、タラスクの体を一撃で貫かんとする。

 

「!」

 

 が、これもまたかわされる。

 今度はアルファベットで言う『W』のような軌道であった。

 ナイトブレイザーがいくら狙いを付けて右手の焔を撃ち放っても、ジグザグに飛び回るタラスクを捉えることはできなかった。

 現時点でタラスクの脅威は速度ではない。旋回力と、飛べるという事実そのものなのだ。

 

 通常兵器相手ならばこの速度でも脅威と成り得るかもしれないが、この程度の速度であるのならば低空飛行をした途端にナイトブレイザーに首をもぎ取られるだろう。

 問題なのはタラスクが飛べ、ナイトブレイザーが飛べないという事実。

 空中でどれだけ縦横無尽に動けるか、ということなのだ。

 ナイトブレイザーはひとたび跳び上がったならば身動きが取れず、対照的にタラスクはナイトブレイザーの攻撃をほぼ全て回避している。

 

 そしてタラスクは、ジグザグに動きながらナイトブレイザーに一気に接近。

 鋭い足の爪を振り上げ、ナイトブレイザーに叩き込まんとする。

 そのタイミングこそ、ゼファーが狙っていた一瞬だった。

 

(ここだ)

 

 ゼファーは振り下ろされたタラスクの左前足を胴体で受け止め、同時に右腕と両足でその足を絡め取り、まるでドラゴンの足に腕ひしぎ十字固めを仕掛けるような格好で固定。

 タラスクへの攻撃を常に右腕一本で行っている間、ずっと炎熱をチャージしていた左手をタラスクの胴体に向け、左手の形に沿った五つの爪型の焔を解き放った。

 

「ぶち抜けッ!」

 

 胴に爪を貰ったのは痛かったが、受けたダメージに恥じない威力の焔の攻撃がタラスクを襲う。

 表皮を貫くための鋭い攻撃。燃やしてダメなら刺して燃やす。

 そんな思考から放たれた焔の爪は、タラスクの首の付け根へと一直線に向かって伸びて行き――

 

「!? ん、な」

 

 身をよじったタラスクにより、四本が胴体を覆う甲羅によって弾かれ、最後の一本は太い足によって受け止められてしまった。

 甲羅は純粋な固さで炎爪を弾き、足は強靭過ぎるゴムのような肉質で炎爪を咥え込み止める。

 そしてタラスクは反応も早く、自身の左前足に絡みつく騎士にはたった一度の攻撃しか許さぬまま、右前足でナイトブレイザーを叩き落とした。

 

「ぐぁッ!」

 

 ゼファーはまたしても地面に強烈に叩き付けられる。

 なのだが叩き付けられる直前、その瞳は空の上の亜竜の特性を更に見抜くことに成功していた。

 皮膚に突き刺さった炎爪だが、それもまた表皮の切り離しと再生によって無効化されている。

 いくらでも入れ替えられる皮膚、強靭な肉。

 この二重防御がある限り、尋常な攻撃ではタラスクの肉を貫けない。

 あるいは甲羅ならば焔で燃やせたかともゼファーは思ったが、甲羅までもが脱皮しているのを見て、その希望的観測を捨てる。

 

 つまり、この亜竜を仕留めるには『バニシングバスター』以外の選択肢が存在しない。

 その結論に至りながら、ゼファーはコンクリートの地面に叩き付けられるのだった。

 

「がっ……!」

 

 倒れている暇はない。ゼファーはダメージでふらつく体、揺らぐ思考を立て直すための時間すらもったいないとでも言わんばかりに、ネックスプリングで跳ね起きる。

 そして壁に向かって跳び、壁を蹴って空中回転。

 間近に迫っていた大型ノイズの頭を、高速回転しながらのカカト落としで蹴り潰す。

 そうして、改めて空のタラスクを見上げた。

 

(今この段階で、地上からバニシングバスターを撃っても、確実にかわされる……!)

 

 ここまでの戦闘で、ゼファーはタラスクの機動力を十分に確認していた。

 地上からバニシングバスターを撃っても確実に回避される、と判断できるほどに。

 ただでさえ、一度撃てばそれ以後の戦闘続行が不可能になるバニシングバスターだ。

 まだまだノイズも多く、空撃ちになる可能性が高いこのタイミングでは、絶対に撃てない。

 そして、バニシングバスターでなければ倒せない亜竜の防御力が確認されている。

 つまり、王手一歩手前であった。

 

 更に言えば、ゼファーが何度も何度も繰り返しタラスクに攻撃を仕掛けているのにも、理由がある。タラスクに主導権を握らせないためだ。

 だが、ノイズの殲滅とタラスクへの対応を並行して行っているゼファーが、いつまでも戦闘の主導権を握っていられるはずがない。

 タラスクは首を空に向け、大きく息を吸う。

 そして毒々しい色合いの赤紫の(ブレス)を、地に足付けたナイトブレイザーに向けて、吐き出した。

 ブレスは気体でありながら、まるで弾丸のような速度で飛来する。

 

(! またこれか!)

 

 ゼファーは左腕を眼前に伸ばし、掌から火柱を生み出すことでそれを真正面から迎撃する。

 毒のブレスと焔の火柱。

 両者は真っ向からぶつかり合い、押し合い圧し合い、次第に毒のブレスの方が押し始めた。

 

「ぐ、ぎ、ぎ、ぎっ……!!」

 

 絶対に、これを地上に着弾させるわけにはいかない。

 ゼファーは先程このブレスを一度回避してしまったが、その結果建物が一つ溶解してしまった。

 純粋な威力はナイトブレイザーの一撃に及ばないかもしれないが、建物を丸ごとひとつ一瞬で溶かしきるだけの溶解性と、それを撃ち出すタラスクの力が強過ぎる。

 

 加え、ゼファーの直感が『このブレスは通常の生き物に対して危険すぎる』と警鐘をガンガン鳴らしている。伝承の通り、強力な毒でもあるようだ。

 ゼファーが常に攻め続けようとしていた理由もここにある。

 地上でタラスクの攻撃を受け続けていれば、街がタラスクの毒で汚染されてしまうのだ。

 そうなれば、この街には人が戻ってこれなくなってしまう。

 

 アガートラームによって構成された鎧はこの毒程度では溶けはしない。

 だが、タラスクはその表皮も、表皮に滲む体液も、口から放たれるブレスも、爪・角・牙の先から攻撃時に出て来る分泌液も全てが猛毒である。

 物質を溶かし、生物を殺す毒である。

 ゼファーはそれらを全て焔で受け止め、跡形もなく焼滅させなければならない。

 

 街という戦闘環境は、またしてもゼファーに対し不利に働いていた。

 

「どぅらッ!」

 

 左手一本では、このままでは、押し返せないとゼファーは判断する。

 そう決めたならば決断は早かった。

 左手一本で放っていた火柱の発射を止め、前に突き出していた左手を引きつつ、片手間に焔を圧縮し込めていた右腕を突き出す。

 またしても焔の『絶招』だ。これがなければ何度やられていたか分からない。

 そんな使い勝手のいい技をゼファーは解き放ち、撃ち放ち、火柱が消えたことで迫って来ていたブレスに正面からぶち当てる。

 

 そして今度は威力の差か、逆に圧倒的にブレスを押し返していた。

 絶招は風鳴弦十郎の一撃を模した、ゼファーの魂の一撃である。

 直撃で絶殺。焔を撃ち出す撃鉄として扱うだけでも、その一撃を必殺の技へと変える。

 ブレスを雲を散らすように吹き飛ばしながら、ブレスを吐く竜の口内へと一直線に飛んで来る絶招の一撃にタラスクも恐れおののいたのか、翼を羽ばたかせて飛翔。

 攻撃を中断しながらも、絶招をなんとかかわしてみせる。

 流石の鎧殻亜竜であっても、口内への絶招の直撃は確実に死に至る。

 それを分かっているから避けたのだ。

 

(……ぐ、大技の連発は、負荷が……キツい……!)

 

 アクセラレイターを用いるナイトブレイザー、及びその高速戦闘に付いて来るタラスクの速度は尋常なものではない。

 何度も何度も攻防を重ねたとしても、せいぜい十数秒しか費やさないのだ。

 ゼファーは重なる負荷に耐えかねて、ふた呼吸分の休憩を取る。

 タラスクは先ほどの絶招でのカウンターによって警戒しているのか、ナイトブレイザーにむやみに接近せず、彼の頭上を旋回しつつ咆哮した。

 その咆哮は音量のみで、周囲のビルの窓ガラスにぴしりとヒビを入れていく。

 

 タイムリミットは近い。

 ゼファーの変身が解けてしまえば、タラスクという魔物はこの戦場から解き放たれる。

 人食いの竜による甚大な被害が発生するか、しないかの運命の境界線。

 それは未だどちらに転がるかも定かではない、不定の未来であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テレビ越しに、人々は騎士の戦いを眺めていた。

 優勢か、逆転か、かと思いきやまた追い詰められているナイトブレイザー。

 ゼファー・ウィンチェスターが強敵にしぶとく食らいつき、ギリギリの綱渡りのような戦いをするのはいつものことだが、初めて見る人間は心中穏やかでいられないだろう。

 

「おい、しっかりしろよ! お前が負けたら俺達も危ないんだぞ!」

「役立たず……!」

「なにやってんだよ!」

 

 こと、自分の生死が騎士の勝敗に委ねられている人々は気が気でないはずだ。

 その言葉は身勝手で、無責任で、感謝の欠片もない愚かしいものであったが、生き物としては当然の反応だった。

 が、そんな人間ばかりでもなく。

 

「うおおお! 剣道部の俺が助太刀に行ってやるッ! 続け英美、計斗!」

 

「やめなさいルッチー!」

 

「やめてルッチー!」

 

 助けに行ってやる、と考えるような中学生あたりの年齢のバカも居た。

 頭の足りなそうな少年が、友達らしき少女と少年に止められている光景があった。

 

(ああまでなっても逃げないのは、僕らを守るために一人で引き付けてるからか……

 くっ、何か、何か手伝えることはないのか……!? ここままじゃ、死んでしまうんじゃ……)

 

 無言でテレビを見つめ、抱えた腕をぎゅっと握る青年が居た。

 何かした方がいいのでは、という焦燥と、何もできない現実の間でもやもやした思考を抱えつつ佇んでいる。そんな何人もの大人が懊悩する光景があった。

 

「すっげ、かっけー」

 

 その戦いに見惚れ、純粋に憧れる者が居た。

 

「お願い、負けないで」

 

 騎士に救われ、無垢なる祈りを捧げる者が居た。

 

「すごくなくていいから、かっこよくなくてもいいから、無事に帰って来て……」

 

 全ての事情を知り、仮面の下で苦痛を堪える少年の無事を祈る少女が居た。

 

 テレビで放映されたことで、この国の人間の大半が同じ光景を目にしている。

 その思いは多種多様。

 他人事のように見ているもの、自分の生死がかかっているもの。

 身勝手、心配、憧憬、疑問、興奮、無責任、恐怖、信憑。

 混沌とした幾千万の思いが、画面の向こうの騎士へと向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイトブレイザーは何度でも空中戦を挑む。

 焔が効かないタラスク相手には、もはや格闘で物理的に叩きのめす以外に勝機はなく、そして空中での近接戦を挑まなければ街への被害が大きくなりすぎるからだ。

 ゼファーは今度は焔を攻撃にではなく、物質的な属性を強め、ロープのような形状にしてエネルギーベクトルを操作。

 タラスクの足に絡み付かせ、一気に接近した。

 

「らぁッ!」

 

 全力跳躍・加速能力・焔のロープの連携で手足が届くほどの距離を位置取り、ナイトブレイザーは鉄槌のごとくそのカカトを振り下ろす。

 ゼファーの格闘技の中でも、屈指の威力と練度を誇る必殺技であったそれは、タラスクに命中。

 しかし焔のロープを事前に絡み付かせていたからか、その動きはタラスクに対応されてしまい、カカト落としは甲羅の背中側で受け止められてしまう。

 タラスクが嘲笑気味に笑う。その甲羅の背中は、タラスクの体の中で最も硬い部分である。

 が。

 カカト落としはその一撃で、タラスクの甲羅をいともたやすく粉砕した。

 

「!?」

 

 驚愕の唸り声を上げ、タラスクは全速力で飛び退り、ナイトブレイザーから距離を取る。

 そんなことをせずとも、飛べないナイトブレイザーに追撃はないというのに。

 恐怖からか逃げるタラスクを見つつ、ゼファーは空中で身を翻して体勢を整え、近場のビルの屋上へと着地した。

 何度も攻防を繰り返し、ようやくナイトブレイザーがタラスクを捉え始めた……ように、一見思える。

 

(クソ、ここで仕留めたかったってのに……!)

 

 だが、ゼファーの内心の焦燥が示すように、この流れはむしろ最悪だった。

 

(もう打てる手がほとんど残ってない。

 タラスクは攻防を繰り返す度に学習する知能がある。

 攻撃を当てれば当てるほど、警戒して長期戦を仕掛けてくる。

 タラスクと違ってこっちは時間制限付きだ。長続きしない。

 このままだとジリ貧のまま時間切れ……どうする……!?)

 

 鎧殻亜竜タラスクは、ゼファーが想定していた以上の強敵だった。

 そして飛べる者と飛べない者の差というものは、予想以上に大きなものであった。

 短期決戦で決着を付けようとするゼファーが、ここまで手こずってしまうほどに。

 

 ゆえにこそ、今の一撃でゼファーは仕留めたかったのだ。

 ナイトブレイザーがタラスクを仕留められる技は多くない。

 カカト落としか、直接絶招を叩き込むか、バニシングバスターかの三択。

 そして前者の二つは"倒せるかも"であって、倒せる確証などないのだ。

 当たり所次第ではカカト落としでも倒せないということは、先の攻防で確定している。

 

(……あのドラゴン、露骨に距離を取り始めやがった……!

 マズい。この流れはマズい。接近することすらできなくなったら、もう打つ手が……!)

 

 加え、タラスクは警戒する必要があるのは近接戦だけだと察したようだ。

 露骨に間合いを測り、ナイトブレイザーが攻撃を仕掛けづらく、タラスクが攻撃を仕掛けやすい距離を選択し始めている。

 バニシングバスターはこの距離ならば当たらない。拳も足も届かない。

 このままでは、詰む。

 

 加え、ゼファーはもはや一秒後に気を失っていてもおかしくない。

 負荷はもうとっくに限界を超えているのだ。

 経過時間、焔の侵食、アクセラレイターの負荷が異常な負担を彼に強いている。

 一刻も早く戦いを終わらせなければ、ゼファーは自分の力で自滅の道を辿るだろう。

 

「……やるしか、ないか」

 

 しからば、賭けに出るしかない。

 どうなるか分からないような一か八かに出るしかない。

 少年は覚悟を決め、腹を決めた。

 

(限界を超えた加速のアクセラレイター。

 それで何とか組み付いて、ゼロ距離でのバニシングバスターを決める……!

 変身解除後、なにがなんでもそのままノイズとの戦闘に移る。腕が使えなくても――)

 

 ゼロ距離で撃てば自分がどうなるのか?

 ビルより高い高度で変身解除して、無事に着地ができるのか?

 以前のように腕が溶解した状態で、すぐに残りのノイズとの戦闘ができるのか?

 数々の疑問と危険性がゼファーの思考を駆け巡り、けれどゼファーは止まらない。

 できるか、ではなく。

 守るためにはやるしかないからだ。

 

(――やる)

 

 遮二無二跳ぶナイトブレイザー。

 アクセラレイター、及び鎧の脚力を全開にして、最高のタイミングでジャンプした。

 仕込んだ小細工は跳躍の軌道を変えるという、たった一つだけ。

 タラスクの少し下を潜り抜けるように跳び、此方のビルから見て向かいのビルの屋上手すりを踏み台にして反転、タラスクに自分を一瞬見失わせての奇襲攻撃である。

 

 タラスクの首が向いている方向のちょうど反対側、背部の死角を取るゼファー。

 アクセラレイター2.5倍速×ナイトブレイザーのスピードによる接近は、文字通り目にも留まらぬ速さである。

 とった、とゼファーは思う。

 逃げろ、と直感が言う。

 少年の思考よりも正しくかつ早く、未来の危地を感じ取った直感が叫ぶ。

 

 ゼファーが条理に合わぬ速度で防御の姿勢を取れば、それと同時に眼前に迫るタラスクの首。

 バニシングバスターの展開など間に合うはずもない。

 大きな口が、大きな牙が、ナイトブレイザーを噛み砕かんと迫り来る。

 ゼファーは知る由もなかったが、タラスクは『ドラゴン』である。

 通常の生物の範疇にはない、上位の生命体なのだ。

 彼が"この生き物にはレーダーが搭載されているかもしれない"などという、異次元の発想を持てるような天才であったならば、また結果は違ったかもしれないが……

 

(こいつまさか、生物のくせに、周囲への認識に視覚を頼ってな―――)

 

 ゼファーはどこまでも、天才ではない。

 迫る牙。直感が告げる『数秒後の自分の惨状』の可能性。

 かわす手段、あがく手段、どれもない。空中では身動きが取れないからだ。

 ゼファーは仮面の下で歯を食いしばり、竜の口の中で噛み砕かれ粉々にされ、咀嚼される自分の体の痛みを覚悟しながら――

 

 

『頑張れー!』

 

「―――」

 

 

 ――どこか遠く。声も届かないほどの遠くから届いた響の声に、魂が震えるのを感じた。

 

 すかさず、彼は今まで思いつきもしなかった焔の使い方を思いつき、練習もなしにそれを実行。

 それを完璧な精度でやってみせた。

 右肘に炎を圧縮、即座に爆発。

 1000分の1秒(ミリセカンド)でそれを行い、アクセラレイターの加速も相まって、極超音速を超える速度で拳が撃ち出され、タラスクの顎を殴り飛ばす。

 頑丈な鎧で出来ているはずの右肘から先がイカれた痛みがゼファーの腕に走るが、ありえない姿勢からのありえない威力と速度の一撃は、タラスクの頭部をしたたかに揺らす。

 

 ゼファーは右腕を庇いながら慣性で吹っ飛んでいき、跳ぶ前に居たビルの屋上に転がって行く。

 タラスクは少なくないダメージを受けたのか、怒りの叫びを上げつつも、ナイトブレイザーから距離を取った。

 息を整えつつ、ゼファーは何とか立ち上がる。

 今の攻防は本当に生死の境目だった。

 だがそれよりも、彼にとっては届いた声の方が問題だった。

 

「今の声、響……? いや、でも、まさか……、っ!」

 

 しかし思考する暇はない。

 タラスクは今の攻撃でナイトブレイザーへの警戒度を最大まで上げてしまったようで、ここまで温存していた最大の切り札を解き放った。

 六本の足と甲羅に生えたトゲ、足の爪、頭の角、口の牙。

 それらを同時に発射し、タラスクはナイトブレイザーへと向かわせる。

 一発一発が大量のエネルギーを内包する爆薬であり、生え変わるまでに時間が掛かる、ゆえに連発ができない奥の奥の手。タラスクの切り札。

 

「生体ミサイルだとッ!?」

 

 咄嗟にゼファーは焔の膜を展開して防御しようとする、が……

 

「! ぐっ、うっ……」

 

 積み重なる負荷、両腕から与えられる当方もない苦痛、疲労、切れた集中が重なってしまい、膜に厚みを出せなくなってしまう。

 タラスクの生体ミサイルの表面を融解させたのはいいものの、撃墜にまでは至らず、防御に失敗してしまった。

 間近に迫るミサイルの群れ。直感から与えられる情報は、一発だけでも今の弱り切ったナイトブレイザーを倒すだけの力があると告げている。

 ゼファーは諦めない。諦めないが、動けない。だからかわせない。

 

(畜生っ……!)

 

 されど、諦めない。最後の最後まで。

 

 ゼファーは人を助け続けてきた。だから、本当の窮地に助けてもらえる人間である。

 ゼファーは人に優しくしてきた。だから、人に優しくしてもらえる人間である。

 ゼファーは人を守ってきた。だから、他人に"守りたい"と思われる人間である。

 情けは人のためならず。因果は巡り、善い行いに応じて報いる。

 誰かを大切に思う彼は、誰かに大切に思われる彼でもある。

 

 そんな人間が最後の最後まで諦めなければ、きっと繋がるものがある。

 

「……え?」

 

 放たれた生体ミサイルが、ナイトブレイザーに着弾する前に次々と爆発していく。

 呆けるゼファーの、視界の中で。

 ヘリのローターが回る独特の音、機関砲が発射される音、焔に表面を削られた生体ミサイルが爆発していく音が、爆炎の光景と入り混じる。

 

「あれは……」

 

 タラスクの体表に火花が散り、銃火が撃ち放たれているのが目に見える。

 そこでゼファーが周りを見渡せば、そこには三機のヘリが居た。

 ヘリは装備した重火器をタラスクに撃ちながら、ナイトブレイザーの横を通り過ぎていった。

 その三機の内、一機のパイロットがすれ違いざまにゼファーに向かってニッと笑い、親指を立ててナイトブレイザーと視線を交錯させてから、タラスクへ向かって飛んで行く。

 

「……まさか、自衛隊の武装ヘリ……!?」

 

 災厄に立ち向かう者は一人ではない。

 力なき人々を守ろうとする者は一人ではない。

 救うために力を求め、立ち上がる者は一人ではない。

 

 ゼファー・ウィンチェスターは、どんな時でも一人じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二課本部は、拳を握り、声を上げるもので溢れかえっていた。

 

「よし、間に合ったか!」

 

 中でも弦十郎の声は、轟くような音量だった。

 40時間しかない、と会議や相談で彼らは言っていたが、それは裏を返せば『40時間もある』ということでもある。

 ノイズが出現してから自壊するまでの短い時間の間に、日本という国が固有の軍隊を出動させる許可を貰うことは、実に難しい。

 最近改正されてきた法案に加え、認定特異災害数万体という規格外の規模の大災害を前にしたとしても、慎重になる人は大勢居るだろう。

 出現してから申請したとしても、間に合うかどうかは五分五分か。

 

 ならば、40時間の根回しがあったなら?

 ノイズ出現の40時間前から偉い人達と交渉し、有事に動けるよう頼んでおいたなら?

 間に合う。間に合うのだ。

 弦十郎を始めとする一部の二課人員は一睡もせずに走り回り、この一瞬のために頑張っていた。

 

 ゼファーを守ろうとする大人達が駆け回り、結果、戦える大人達が立ち上がった。

 風鳴弦十郎ですら不可能な空中戦を行える、戦闘用のヘリコプターまで引っ張り出して。

 戦いの場にて少年が一人で傷付いていくことを許さず、その力を貸そうとしている。

 それは大人の意地であり、男の意地であり、女の意地だった。

 彼らが世界に貫く意地だった。

 

「解析完了! データ送信します!」

「プランニング完了、行けます司令!」

「っし! これでノイズの方は、ウィンチェスター君に任せなくて良さそうだ!」

 

「各人全力を尽くせ! だが、連絡と報告は怠るなよ!」

 

「「「 了解ッ! 」」」

 

 弦十郎の指揮のもと、二課のメンバーも総力を尽くす。

 二課本部に詰めている者達も、現場でノイズや避難民相手に駆け回っている者達もだ。

 そんな中、ゼファーやノイズの動向や状態を分析している研究班の中で、櫻井了子は自分の思考に没頭しつつ、没頭しすぎているのか思考が声に漏れ始めている。

 

「『アガートラーム』は彼の中の正の感情を食らって焔を跳ね除ける力を発する……

 彼の活動時間の制限は『ネガティブフレア』の侵食によるもの……

 それは大前提だった、けど……これは……いや、まさか……」

 

 この分野においては、彼女の推測が最も正しい。

 ゆえに、彼女が間違えると全員の認識が間違ってしまう。

 

「戦闘可能時間を大幅に引き上げるだけのこの精神力、どこから引っ張り出してきたの……?」

 

 あるいは、彼女がゼファーの『聞き届ける』力を、聞き届けている声を認識していたならば、彼女の推測は間違わなかったかもしれない。

 

「……まさか。私が読み違えた?

 5分と少しで一度活動限界が来たのも、この時間になっても限界が来ていないのも……

 精神状態で活動限界時間自体が変動する? 強さと一緒に? それは、つまり」

 

 画面に表示された戦闘開始からの経過時間の表示、ゼファーが変身してからの時間は、12分を超えていた。安全圏8分、限界10分と考えた了子の推測を、はるかに超えて。

 それはゼファーの中の正の感情がアガートラームの力を引き出し、負の感情を力とするネガティブフレアの侵食を抑えているということに他ならない。

 

「絶望を抱えれば抱えるほど強くなる。希望を抱えれば抱えるほど強くなる。

 希望が強ければ強いほど長く戦える。絶望が強ければ強いほど死にやすくなる。

 絶望が大きければ大きいほど敵を倒すための焔の力が伸びる。

 希望が大きければ大きいほど自分を生かすための力が伸びる……それがあの子の―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘリが一機近付いて来て、そこからゼファーの耳に聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

「ゼファー! こっちだ!」

 

 それは戦闘ヘリではないが、自衛隊のヘリであることには変わりない。

 響いた奏の声に従い、ゼファーはそのヘリに飛び乗った。

 限りなく速く、かつヘリを揺らさないように丁寧に。

 

「っと。……って、カナデさんにツバサに、アオイさん!?」

 

「おう、あたしだ」

「大丈夫? まだやれる? もうひと踏ん張りよ」

「説明は省くわね。私達は自衛隊の方に交渉に行っていたのよ。

 それで、間に合わなかったからここまで乗せてもらって来てたってわけ」

 

 ヘリに乗ると、そこには天羽奏・風鳴翼・友里あおいと意外な人物が勢揃い。

 ゼファーは知るよしもなかったことだが、自衛隊に直接交渉に回っていたあおいと、その手足兼護衛としてついて行った奏と翼は、ノイズ出現時には自衛隊の基地に居たのだ。

 そしてヘリが出ると同時に、戦闘用ではないヘリに同乗。

 ここまでやって来たのである。

 

『ゼファー、聞こえたら応答しろ』

 

「ゲンさん? はい、こちらゼファーです」

 

『ヘリから全てのノイズに炎を当てろ! できるか!?』

 

「え?」

 

『役割分担だ。お前の焔に着火したノイズは―――』

 

 そこで届く弦十郎の声と、二課本部の大人達が見つけ出したこの状況の打開策。

 それを聞いたゼファーは息を呑み、ヘリパイロットに自分の指示通り旋回するよう頼む。

 上層部同士で話が通っていたのか、パイロットはすぐに快諾してくれた。

 そして、ゼファーに向かって一言。

 

「頼むぜ騎士様。ここで守れにゃ、俺達明日から『自衛隊』なんて名乗れねえんだ」

 

「そいつは責任重大ですね。……任せて下さい」

 

 その言葉に応え、ゼファーは感覚を研ぎ澄ます。

 直感(ARM)が彼に全てのノイズの位置を教え、旋回するヘリから腕を伸ばすゼファーの指先から飛び出す焔が、片っ端から次々とノイズに命中していった。

 無論、加圧・加速・加熱などの過程を加えていない火の粉のような焔では、いかな魔神の焔といえどノイズを焼き尽くすのに一時間は要るだろう。

 だが、それでいい。

 この焔による攻撃の目的は、ノイズを焼き殺すことではないのだ。

 全てのノイズに着火し、ゼファーはそこで手を止める。

 

 ここから先、ノイズと戦うのはゼファーではない。

 

「たーめし撃ち、っと」

 

 地上のどこか、ゼファーとは遠く離れた場所で誰かが大口径の銃を撃つ。

 その銃弾は位相差障壁によって無効化……『されずに』、ノイズの脳天を撃ち抜いた。

 撃った当人、二課の天戸は口笛吹いて、獰猛に笑う。

 

「よっしゃ、マジみたいだな。

 ゼファーの焔に焼かれてる途中のノイズは……『位相差障壁を展開できない』。

 この世界の焔に捕まって、隣の世界に逃げることを許されねえ」

 

「だね、おっさん」

 

「いい加減おっさん呼びはやめろっての、甲斐名」

 

 魔神の焔、『ネガティブフレア』の焼却特性。

 この焔は食らいついた相手に一切の逃走を許さず、位相差障壁の展開すら認めない。

 たった一度の戦闘データから分析し、仮定を組み立て、二度目の戦闘であるこの戦闘中に仮定を打開策へと変える二課の面々の優秀さは、一体どうなっているというのだろうか。

 それに命を預けられるほどの信頼を寄せる二課の前線部隊も、また然り。

 

「自衛隊の皆さんとの合同パーティーだ。行くぜ、甲斐名ぁ!」

 

「へいへい、僕は後ろ下がってひたすら撃ってますよ」

 

 二課の部隊、一課の部隊、そしてヘリと同時に合流した自衛隊の部隊。

 それぞれが綿密に連絡を取り、連携し、ノイズを片付けるために戦闘を仕掛けていく。

 避難誘導は戦うためでなく人を守るために居る警察にこそ相応しい、と言わんばかりに全ての避難誘導を警察に任せ、走る。

 この日のために銃を握って来たのだと言わんばかりに、彼らは士気高々に戦いを挑み、今日まで積み重ねてきた訓練の成果を見せていた。

 

 シンフォギアは周囲の全ての炭素転換を無効化する。位相差障壁にはできない。

 ナイトブレイザーは攻撃した相手の位相差障壁を無効化する。炭素転換にはできない。

 ゼファーが『どんな力を欲したのか』には、シンフォギアの存在も強く影響していたのだということがよく分かる。

 ナイトブレイザーに秘められた力には、シンフォギアの能力を補うものが多々あるようだ。

 そして、それは他の誰かと共に戦うことを前提とした力でもある。

 最強の盾を剥奪され、焔の侵食で通常の動きができないノイズは、次々に人の手によって討ち取られていく。

 

「自衛隊との連携を考えろ! 今日まで対ノイズの訓練を積んで来た我々が主導するんだ!」

 

 一課の林田が、犠牲者の出ない最善の指揮を最前線にて執り行う。

 

「知ってるか甲斐名!

 ゼファーの坊主みたいな、一人参戦しただけで戦場の形を変えられるヤツのことを!」

 

「知らないから手ぇ動かしなよ!」

 

「英雄って言うんだよ! 負け戦しか知らねえ兵士に、勝利の味をくれる奴のことだ!」

 

 負けてばかりだったノイズとの戦場を変えた、人がノイズに勝ち得る戦場に変えた、たった一人で戦場を変えたゼファーを語りつつ笑う天戸に、戦闘が本職でないためにひーこら言いつつ銃を撃つ甲斐名。

 

 おそらく、ほどなくノイズは一匹残らず打倒されるだろう。

 ゼファーはそんな戦場を見下ろしながら、少し離れたタラスクを見る。

 そこでは戦闘ヘリが苦戦しつつも、連携しながら絶えず動き回ることで的を絞らせず、タラスクを斜め上方から撃つことで高度を下げるという、頭を抑えるような形での巧みな空中戦術を見せていた。

 

『クソが、どういう装甲してやがる……!』

『町に行った流れ弾が町を壊すのが怖いな』

『しゃあねえだろ、このまま引きずり下ろすぞ!』

 

 人の兵器では、タラスクの表皮に傷一つ付けることもできない。

 ナイトブレイザーの攻撃でさえ生半可なものでは貫けない強度なのだ。

 太陽に放り込んで死ぬかどうかも怪しい。

 が、それでも物理攻撃を全て無効化できるわけがない。

 絶対に壊れない箱があったとしても、殴れば吹っ飛ぶことに変わりはないのだ。

 

 常時上を取りつつ、上から機関砲とミサイルを叩き込み続ければ上昇は封じられる。

 そうしてヘリ達は上を取らせない。かつ、タラスクの動きを封じていた。

 

『とにかく動きを止めろ! 人が集まってる方に行かせるな!

 動きを止めてればあの騎士がどうにかするだろうってのが、上からのお達しだ!』

 

 ナイトブレイザーが最高の一撃を当てられる、その状況を作り出すために。

 

「……ははっ」

 

 ゼファーは笑う。こんな展開、笑うしかない。

 そして、負けられるわけがない。

 戦意が沸き上がらないわけがない。

 ヘリから飛び出そうとするゼファーだったが、そこで背中に手が当てられている事を感じ取る。

 奏の右手と、翼の左手だ。

 振り返りもせず、ゼファーはその手の平から伝わる思いを感じ取る。

 想いを吸い取る鎧を通して、熱い想いを受け止める。

 

「行ってこい。あたしが強いと信じるお前の――」

「行ってらっしゃい。頑張ってきたあなたの――」

 

 彼がヘリを跳び出すのと、二人の手に背中を押されるのは同時。

 

「「 ――ハートの全部でッ! 」」

 

 空を横切りビルに着地したゼファーは、タラスクを見据える。

 胸が熱い。

 体が熱い。

 心が熱い。

 それは自分の身体が焔に焼かれているからではないのだと、ゼファーは知っていた。

 

「……いい風向きだ。本当に、良い風が吹いてる」

 

 ナイトブレイザーはその両腕を腰だめに構え、胸部装甲を展開。

 四つに分かれた胸部装甲は外側にスライドし、その奥から砲口がせり出してくる。

 内臓器官が粒子加速器(アクセラレイター)と化し、体内で粒子を圧縮・加速させる。

 

 それに気付いたタラスクが、戦闘ヘリを始めとする他全ての敵を無視し、ナイトブレイザーに向かって咆哮。その攻撃を阻止せんと、エネルギーチャージ中の彼に飛びかかってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーの直感(ARM)は、他者の声を聞き届ける力を持つ。

 アウフヴァッヘン波を周囲に投射し、ノイズの存在、未来の分岐点、意識の流れ、どこかの誰かの祈りに当たり返って来た波を感じ取る、人の身では成し得ない能動感覚能力である。

 なればこそ、『自分を信じる誰かの声』も、『自分を応援する誰かの声』も聞き届けられる。

 

 彼のその能力に新たな力を目覚めさせたきっかけは、誰かの救いを求める声と断末魔を聞くだけの能力を新たなステージに移行させたきっかけは、立花響の声だった。

 騎士の正体がゼファーであることも知らない、何も知らない彼女の応援の声。

 事情を何も知らなくともゼファーにとっては大切な人であり、彼の心を奮い立たせる繋がりを持つ少女であり、他の誰よりも底抜けに明るい応援の声を届けてくれる女の子。

 それが、立花響という花であり、太陽であるゼファーの友達。

 

「頑張れー!」

 

 続いて、響と手を繋いでいる未来の声が届く。

 

「他の何よりも、自分が生きて帰るために、頑張って……!」

 

 二課の皆の声が届く。

 風鳴弦十郎の、緒川慎次の、友里あおいの、応援する声が届く。

 騎士の中身を知る皆が皆、ゼファーの勝利を信じて声を上げている。

 

「ぶっ殺せ! ノイズとその同類を生かして返すな! お前なら出来んだろ!」

 

「あなたも防人の一員なら、全てを守りながら生きて帰って笑いなさい!」

 

 天羽奏の、風鳴翼の声が届く。

 

 そうしている内に、一課の人達の声、自衛隊の人達の声、力なき人達の声も届き始める。

 

「頑張れ」

 

 その言葉に「もう頑張ってるよ」と返す人は、その言葉の本質が理解できていない。

 額面通りに受け取ってはいけない。その言葉は短くとも、複雑なのだ。

 

「頑張れッ! 負けんなー!」

 

 誰かが誰かを何も考えずに応援する時、その時口を突いて出る言葉は「頑張れ」の一言のみ。

 余分なものを全て削ぎ落とした言葉がそれであるからだ。

 頑張れという言葉には、相手に向ける応援の気持ち以外の何物も込められていない。

 

 お前は頑張りが足りてないだけだからもっと頑張れ、なんて気持ちで「頑張れ」と口にした経験がある者はそうそう居ないはずだ。

 そして生まれてこのかた「頑張れ」と一度も口にしたことがない人間もそうは居ないはずだ。

 「頑張れ」とは、全ての応援の基礎に根ざす、誰かを応援する気持ちそのものである。

 

「が、がんばって……」

 

 そこには祈りがある。

 応援する相手がもっと頑張ることを望む、そんな祈りではない。

 「頑張れ」と口にする誰かは、応援する相手の勝利を願う。ゴールへ辿り着くことを望む。その努力が実を結ぶことを祈る。

 「頑張れ」とは、頑張っている人間が道半ばで倒れないようにとの後押しであり、その頑張りが報われることを願う、真摯な祈りの言葉なのだ。

 

「頑張れ! 気合入れてけ! そんなバケモンに絶対殺されんじゃねーぞ!」

 

 そして、託す言葉でもある。

 部活の仲間が試合に出ている選手に。ファンがテレビの中のプロサッカー選手に。

 親がかつての自分を思い出し、受験に向かう息子に。子が手術を受ける親に。

 その言葉を向ける。

 戦場に出る夫に妻が。出産に臨む妻に夫が。生まれて初めて歩こうとする子に夫婦が。

 師の演舞の前に弟子が。弟子の資格試験の前に師が。

 親友の告白の後押しをする女の子が。親友の夢を応援する男の子が。

 その言葉を向ける。

 

 彼らが口にする「頑張れ」に込められた想いは十人十色で多種多様。

 彼らは時に願い、時に望み、時に祈り、時に託す。

 その瞬間に言葉しか送れない自分が居て、全てをその人物が片付けなければならない状況があって、そんな時に「せめて言葉と想いを」と彼らは大きく声を張り上げる。

 自分の中にある、ありったけの想いを託すのだ。

 

 任せるのではなく。英雄に、未来を託すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての言葉を、全ての『頑張れ』を、全ての想いをゼファーは受け止めた。

 ARMがかき集めた全ての想いをアガートラームが力へと変換し、ゼファーの肉体を侵食する焔を抑え、バニシングバスターの威力とチャージ速度を高めていく。

 だが、タラスクは強く、厄介で、速かった。

 十分な距離を取ってバニシングバスターのチャージを始めたはずなのに、ヘリの攻撃を全て振り切ったタラスクは、既にゼファーを射程距離の内に収めている。

 

(マズい、チャージが終わるよりもタラスクの攻撃の方が早い……!

 だけど、まだ撃てない! このチャージ量じゃタラスクは殺せない!)

 

 相打ち覚悟でチャージを続けるゼファーに、タラスクは己の最大最強の一撃を放つ。

 体内の毒性のある気体と液体を混合し、体内で最大のエネルギーを費やして圧縮、水鉄砲の原理で全てを溶かし毒にて侵すブレスを放たんとする。

 これまでのブレスが毒の息(ポイズンブレス)であるのなら、これはさしずめ猛毒の息(トキシックブレス)

 ナイトブレイザーであっても耐えられるかは分からない、タラスク最強のブレスだった。

 

「―――な」

 

 だが。

 タラスクはあくまで動物的だった。

 最も恐ろしい敵だけを警戒し、自分を殺す力もない雑魚には目もくれていなかった。

 それが敗因となったのだとタラスクが気付いたのは、ナイトブレイザーに向かって放ったブレスが、間に割って入ったヘリに遮られた、その後だった。

 

 ヘリはブレスによって胴体に大きな穴を開けられ、中部の人を乗せる部分に大穴を開けられ、その溶解性によって機体を一気に溶かされていく。

 揮発した気体にまで溶解性があったのか、ローターの動きも次第に悪くなっていく。

 回路に異常が発生したのか、火花まで出始めた。

 だが、ブレスを防いでくれた。

 その身を呈して、ほんの数秒、チャージのための時間を稼いでくれた。

 

「ここまで来たんだッ! 勝ってくださいよぉぉぉぉぉッ!!」

 

 落ちていくヘリと、叫びながらそのヘリと運命を共にするパイロット。

 火を吹くドラゴンのブレスならば、ただのヘリでは耐えられなかった。

 『毒で殺す』というタラスクのブレスの特性が、ここに来て裏目に出たのである。

 滑空するようにヘリが落ちていく先は海。

 上手く脱出したならば、パイロットはなんとか生き残ることもできるだろう。

 善行に相応しい幸運にみまわれたパイロットの声に、ゼファーは大きな声で応えた。

 

「ああ!」

 

 ナイトブレイザーの砲口から、光が漏れる。

 チャージ完了。ヘリによって遮られていたブレスが、彼の眼前へと迫る。

 テレビを通してそれを見ていた者達が、遠くから空を見上げて応援していた者達が、ヘリの搭乗員達が、警察が、自衛隊が、一課が、二課の全員が、少女達が、大人達が、叫ぶ。

 彼が守ろうとしたこの街の人々が、叫ぶ。

 

「いっ、けええええええええええええええええええッ!!!」

 

 鼓膜など破けてしまえと言わんばかりに、叫ぶ。

 その声を聞き届けてこそ、ゼファー・ウィンチェスターは限界を超えられる。

 

「バニシングッ!!」

 

 守るべき者こそが、ゼファー・ウィンチェスターの力の起爆剤(フォースデトネイター)なのだから。

 

「バスタァァァァァァァァァッ!!!」

 

 焔を圧縮した最大の一撃、最強の粒子加速砲。

 それはタラスクの最強のブレスを押し切り、その身を飲み込み、砲口が向いた一直線上にあった太陽系の小惑星を一つ焼滅させ、消し飛ばしていった。

 バニシングバスターの中でも形を保っていたタラスクも、やがて断末魔の咆哮を上げながら消えていく。その体内に圧縮されていた、国一つ滅ぼす量と質の猛毒と共に。

 粒子砲は見た者を魅入らせる美しさを持ちながら、光のラインを形作る。

 

 それがまるで大地から、空へと落ちていく流星のようだった。

 

「……終わった」

 

 タラスクが消え去った後、ゼファーは変身を解除する。

 今度はアガートラームの力がネガティブフレアのそれを上回っていたからか、焔が侵食することも、暴走する恐れもなかったようだ。

 だが、変身を解除したゼファーの肉体はズタボロであった。

 外見だけでなく、中身もそう。

 今度は腕が溶けているなんてこともないが、その分酷い火傷であり、再生能力を持つゼファーでなければとうに使い物にならなくなっている。

 

「……ああ……つか……れ……」

 

 今目を閉じたら死ぬかもしれない、とすら思えるほどに深い眠気が、ゼファーを襲う。

 もはや疲労や痛みを感じる機能すら正常に稼働してないのだろう。

 気絶したゼファーは立ったまま、ゆっくりと倒れ、コンクリートに顔を強かに打ち付け――

 

「よっと」

 

 ――そうになり、奏によって受け止められた。

 奏は空を見上げる。

 そこでは奏の無茶を責める翼とあおいが声を上げていた。

 ゼファーが倒れそうだ、と察知するまではいい。だが十階建ての建物の屋上に匹敵する高さから飛び降り、転がるように受け身を取りつつ着地して、彼を受け止めるのは明らかに無茶である。

 ヘリから飛び降りる奏を見て、翼とあおいはさぞ肝を冷やしただろう。

 奏の身体にすり傷一つ無いのがまた凄まじい。

 

「すげえやつだよ、お前」

 

 奏はゼファーの額に拳を当てつつ、ゼファーの耳に付いた外れかけのインカムから聞こえてくる声を耳にして、ビルの屋上から街を見下ろす。

 誰も死んでいないと、そう叫ぶ誰かの声がインカムから飛んで来る。

 数万のノイズを全て倒したことではない。

 タラスクという強敵を打倒したことではない。

 奏がすごいと言ったのは、ゼファーが死ぬ気で頑張って成し遂げた、彼が本当に求めた目的に対してのことだった。

 

「敵全部倒して、味方全部守って。

 あたしみたいな奴を一人も生み出さなかった。すげえよ、ゼファー」

 

 奏は気を失ったゼファーをギュッと抱きしめて、母親がよくやった子供にそうするように、彼の頭を撫でる。

 彼の健闘を、勝利を、守り切ったというその戦果を褒め称えながら。

 奏に遅れてビルの屋上に降りて来たヘリと、そのヘリから降りて全力で駆けて来る翼を見て、奏は翼が駆けて来る方向へと歩み出していく。

 割れ物を扱うように丁寧に、ゼファーを抱きかかえながら。

 

 

 

 ノイズ数万体が都心に出現するという、日本史上最大級の大災害。

 それでもなお死者ゼロという、日本史上最大級の大偉業。

 二つが両立されることで、今日この時に現実に現れたもの。人それを『英雄譚』と呼ぶ。

 

 全ての神が死に絶えたこの世界に、本物の『英雄』が誕生した物語の一幕だった。

 

 

 












【以下、現段階で公式サイト更新などへの感想。第一話以降は活動報告で】
 弦十郎さんが「相手がノイズでないなら、俺が出張る!」とか言っちゃててもう。想定してた大惨事になりそうですね……
 後に仲間になりそうなライバルキャラは「何するものぞッ! シンフォギアアアァァーーッッ!!」とか叫んでてもうこの時点で好きな子になりました。
 あとすごい助かったのが公式で適合者設定が更新されたことですね。
 LiNKERを使わない正規適合者が第一種適合者、LiNKERが必要な適合者が第二種適合者、融合症例から適合者になったような例外が第三種適合者という区分になったようです。これは本編に反映しても問題なさそうな範囲……

 それと見逃してた方、まだ見てない方に宣伝でごぜーます
【新シリーズ放送開始記念】
 ニコニコアニメスペシャル
「戦姫絶唱シンフォギア」全13話一挙放送
2015/07/05(日) 開場:18:30 開演:19:00
「戦姫絶唱シンフォギアG」全13話一挙放送
2015/07/06(月) 開場:18:30 開演:19:00
「シンフォギアライブ2013」
2015/07/07(火) 開場:20:50 開演:21:00

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